車上荒らし
一台の乗用車が路上に止められている。
銀色の車体に全体的に四角いシルエットのよくある形の車。
そこに一人の男が近づいていく、出で立ちは浅黒い肌にスキンヘッド、おまけにタンクトップから露出している腕にはでかでかとタトゥーが掘られている。誰が見ても一目で「いかにも」といった雰囲気を感じずにはいられないような男だ。
男は乗用車に近づくと窓ガラスに顔を近づけて中をじっと覗き込み始め、辺りを警戒する様に見回し始める。そして周囲に誰もいないことを確認すると、ポケットに手を入れ何かを取り出した。それは黒い小さな袋のようなものであり、それを鍛えられた右手に握り締める。
すると男はそれを持った右手を振りかざすと窓ガラスに向かってぶんと叩き付け始めた。何やら固いものが入った袋が窓ガラスに辺り、ガンという音を立てる。
しかし男はそれを一度や二度で終えるようなことはない、何回も何回も明らかに叩き割ることを目的として黒い袋を叩きつけている。
「た、大変だ……」
その一部始終を少し離れた路地から見ていた男は、慌てて懐からスマホを取り出した。理由はもちろん、車上荒らしの現場を目撃したということを警察に通報するためである。
少し慌てながらポケットのスマホを取り出し電話機能を開く、そしてダイヤルを画面に出して、いざ掛けようとしたところで男は固まった。
「えっと……警察は110番……あれ……119番だっけ……」
一瞬、男は思考停止状態となったが。数秒後にはすぐにどっちであったかを思い出す。
「そうだ110番の方だよな……」
男はトントントンと三つのボタンをタッチし、耳に当てる。
「(危ない危ない……119は救急だ、間違ってる場合じゃない)」
頭の中で反省しているとすぐに電話が取られた。
「こちら緊急通報指令室です。事件ですか? 事故ですか?」
「えっと事件、です」
「いつですか?」
「今、今です、今そこで車の窓ガラスを割ってる人がいます」
「場所はどこですか?」
「えっと……」
なるべく落ち着くことを意識しながら男は答えていく。
「分かりました、次に犯人の特徴などを教えてください」
「はい――」
犯人の特徴を聞かれた男は、もう一度車上荒らしの男の特徴をよく確認するため、路地から顔を出して車の方を見た。
「誰か! 赤ん坊が車に放置されていたんだ! 救急車を呼んでくれ!」
そこに車上荒らしの姿はなく、車に放置されぐったりとしている赤ん坊を優しく抱きかかえている一人の勇敢な男の姿だけがあった。
「どうかしましたか?」
答えない男を心配する様に電話の向こうから声が駆けられる。
それに対して通報者の男はこう答えた。
「すみません、救急と間違えました」