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√トゥルース -006 孤児院の女たち



 食堂のおばさんにお礼を言うと、そこを後にした。

 因みに旦那さんは既に仕込みをした後、食材の仕入れに行っており、子供はもう少ししたら起きてきて学舎に行くと言う。


「さて。村に向かう前に銀行でお金を下ろして、食材を積めるだけ買い込んで行くか」

「え?食材を?」


 お金は商材の仕入れに必要だ。が、どうにもお金のやり取りの場を見た覚えがない。みんなどうしてたっけ?

 食材は交通の便がすこぶる悪い村なので、村に入る際は出来る限り食材を持ち込むというのが暗黙のルールとなっていた。そうでなければ、いくらお金を積もうと無い物は無い!と食事も出されず村を追い出されかねない。


「どうする?ニー。もしかしたら部外者のニーは村に入れないかも知れない。そうなったらこの町に戻ってくる必要があるけど」


 この町に残るかを聞いてみる。もっと早くこの事を切り出せば良かったけど、ド忘れしていたのだ。とは言え、バレット村は余所者を村に入れない事で有名なので、シャイニーだって知っててもおかしくない筈。残るのなら二頭一緒でないと動かないラバたちに乗っていく事も出来ないので、買い込む食材の量が変わってくるのだ。


「...ん。付いていく。門の外に雨避け(テント)を張るのは良いんでしょ?」





 少し早い時間という事もあり、先に食材を買い込んでいく。ラバたちがいるから、それなりの量が買い込めた。文句は言われないだろう。銀行はもう少し遅い時間からの開店だ。

 何故こんなに小さな町に銀行があるかと言うと、それはバレット村があるからに他ならない。その扱う商材が高価な事もあり、取引数は少ないが額がとんでもなく高い。トゥルースが村を追い出された時に、売れば安く見積もっても地方の中古の住宅が買える程の商材をポンと渡された程だ。実際、トゥルースが王都で商材を売ると、地方のではなく王都の中古物件が買える程だったのだ。



「ここが...銀行...?」


 銀行と言うより、小さな掘っ立て小屋だった。隣が駐在所なのは防犯の上でも有効だ。その上で出入口には警備員が立っている。

 中に入ると、三人の行員が机に向かってカリカリとペンを走らせていた。


「すみません、お金を下ろしたいんですけど」

「あ、は~い。いらっしゃいませ」


 一番手前の若い女性が対応してくれたので、通帳を出して下ろしたい金額を伝えると、それを聞いていた奥に座る年配の男が立ち上がって窓口に出てきた。


 ...怒られました。


 これだけ小さな銀行(と言っても支店の出張所)には普段あまりお金が置いてなく、金額が大きい時は事前に知らせなければならないらしい。もし払えるだけ出してしまうと、一般のお客がお金を下ろせなくなってしまうからだ。


「ま、今回は良いでしょう。でも、次からはちゃんと事前に知らせて下さい」


 どうやら直前に収穫の終わった農家数軒から纏まったお金が入金されたそうで、申し出た金額を支払っても問題ないそうだ。王都ではそんな事は言われなかったな。でも、そうすると村に仕入れに戻ってくる人たちはどうしているんだろう?


「ま、これも経験です。後日回収する事になるでしょうからね」

「...え?」


 年配の男が、辛うじて聞こえる程度の声を漏らすのを聞いて、俺は首を捻った。流石に大金なので強盗や盗賊に注意するよう言われ銀行を出ると、外でラバたちを見ていたシャイニーが女二人に何か言い寄られていた。な、何だ!?



「あんたにはこんな贅沢をする資格はないわ!全部置いていきな!」

「そうよ!これはあたしたちが使ってあげるから、有り難く思いなさい!」

「や、止めてぇ!これはウチのじゃないからっ!」

「うるさいっ!良いから寄越しなさいよ!」

「きゃあっ!!」


 バシッと乾いた音が辺りに響き、シャイニーがその場に倒れ込んだ。おい、それはやり過ぎだ。


「何してんだ!そこから離れろ!」

「何だい?あんたは。これはあたしたちとこいつの問題なんだ、関係無い奴は口出しすんじゃないよ!」

「それの持ち主が関係無いだって?何を言ってるんだ!」


 ラバ毎荷物を持って行こうとする女たちとシャイニーの間に割って入るが、どうにも話の通じない連中の様だ。

 一人はまだ子供の様だが、丸く太っており栄養過多のようだ。着ている服は一般的なものだが、ちゃんと洗濯をしているのか疑わしい程汚れている。たぶん孤児院の者だろう。

 そしてもう一人は修道着を着ている事から、教会の者だと一目で分かった。やはりこちらもふっくらとしていて食べる事には不自由していなさそうではあるが、清潔さが求められるであろうその修道着はやはり薄汚れている。こいつら...


「ああん?教会に寄付させてやろうってんだ、文句ないだろ!寧ろ感謝するが良い」

「そうよそうよ!その女の物は全て私たちの物なんだからっ!って言うか、アンタがいなくなってからメシマズなんだけどっ!それに洗濯や掃除をする人がいなくて困ってんの。アンタ責任取りなさいよっ!また働かせてあげるわっ!」


 ...何言ってんだ?こいつら。話にならんぞ?周囲にも騒ぎを聞きつけて人だかりが出来てきた。小さな町だ、騒げばあっという間にこうして人が集まってくる。

 先程頬をぶたれたシャイニーは頬に手を当てながら、心配そうに近寄ってきた白猫(ミーア)を抱いて立ち上がっていた。その様子に全てを察したのであろう周囲の者たちの視線が女二人に突き刺さる。どうやら町の人たちにも最近の孤児院の者たちへの評判は良くなさそうだ。

 しかし、どうしたものだろう。銀行の前でこの騒ぎなのに、すぐ隣にある駐在所から官憲が出てこない。



「あん?何よ、この不細工な馬は。ラバ...でもなさそうだし。牽いても動かないじゃない」

「ったく、このブス女が連れているだけはあるわね。全くの役立たずじゃないさ」


 女二人が、ラバたちがビクともしないのに悪態を吐いているが、残念だな。その二頭は俺とシャイニー...いや、主にシャイニーとミールにだけど...の言う事しか聞かないからな。況してや大人が近くで何かしようものなら...


「うぎゃっ!」「ぎゃあっ!」


 ラバたちが怯え、興奮し、暴れ出して女二人を吹き飛ばした。ざまあ見ろ。周囲で見ていた者たちもその様子に笑いが起きている。


「ほら、言わんこっちゃない。俺は離れろと言ったぞ?」

「くっ!こ、このっ!い、慰謝料だっ!慰謝料を寄越せっ!」

「そ、そうだそうだ!アンタらのせいで怪我をしたんだ、金を払えっ!」


 ...こいつら、自分たちがシャイニーにした事は棚に上げて、とんでもない事言い出したな。そもそもラバたちが暴れたのはこいつらがラバたちを持ち逃げしようとしたからじゃないか。



「おい!何だ、この騒ぎは!」

「ちゅ、駐在...良い所に来た!こいつらを捕まえて!こいつらのせいであたしたち怪我をしたんだからっ!」

「何?それは本当か?」


 群衆を押しのけて入って来た駐在さんであろう人が、女の言葉に顔を顰めてこちらに聞いてきた。どうやら朝の見回りに出ていた様だ。


「いや、こちらからは何も。寧ろこいつらが俺の連れに言いがかりをつけて手をあげた上、俺たちの荷物を乗り物(ラバ)ごと持ち去ろうとしたんです。」

「...本当か?」

「いや、嘘よ!あたしたちはそんな事してない!」

「そうよそうよ!それにそっちの女はウチから逃げ出したんだから!お陰でこちらはいい迷惑だったのよ?穴埋めはさせて貰わないと!」


 うわぁ。こいつら次から次へとまぁ...よくこんなにも嘘八百を並べられるな。


「...あんた、孤児院にいた...戻って来たのか」

「いえ、戻って来た訳じゃ...通り掛かっただけです」


 ミールに頬をペロペロと舐められていたシャイニーが駐在さんの問いに答えると、駐在さんはフムと顎に手をやり考えた後に女二人の方を見やる。


「こう言ってるが?」

「そんなの嘘よ!またウチで働きたくて戻って来たのよ!」

「はんっ!よくも抜け抜けと!そもそも、この娘にお前らがしてきた仕打ちを儂が気付いてないとでも?この娘の頬が赤くなっているのを見れば、嘘は言って無い事は分かるわ!さっさと立ち去れ!でなければ傷害と強盗の現行犯でお前らを拘束するぞ!」


 駐在さんがそう叱責すると、女二人はチッと舌打ちを打って俺達をひと睨みし、教会の方へと逃げるように離れていった。すると周囲の観衆からワッと歓声が上がる。町の者たちも、今の駐在さんの叱責でスッキリしたらしい。やはり方々で孤児院関係者がトラブルを起こしていた様だ。


「嬢ちゃん、大丈夫だったか?」

「は、はい。ちょっとジンジンするだけです。こんなのは全然平気です」

「...それは以前はもっと酷かったという事か?」

「...。」


 その問いにシャイニーは視線を外す。暗にそうだと言っている事に本人は気付いているのだろうか。


「ったく。税金で飯を食らうだけでなく、寄付でブクブクと肥えやがって!碌に仕事をせずに金を無心する事しかせん。あんな奴らに税金を使われていると思うと(ハラワタ)が煮えくり返るわ」


 駐在さんが愚痴るが、どうやら寄付する人には腹黒い姿は上手に隠しているそうで、上手い事支援者から金を引き出していると言う。


「通り掛かっただけと言ってたが、何処へ行くんだ?その格好を見るからに、王都の方へ行ってたんじゃないか?それでいてここを通るという事は...まさかバレット村へ?」

「ええ。一度帰ってまた旅に出るつもりです」

「...そうか、君は石の売人だったか。世の中にはあんな碌でもない者も多い。十分気を付けてな。嬢ちゃんをよろしくな」


 町を出て行った時と比べ、随分とふっくらし化粧を施した上、流行の服を着れる程に好待遇されている事が分かるシャイニーを見て、にこやかに俺に声を掛けてきた。駐在さんから俺は認められたようだ。


「それにしても...あいつらを逃がしても良かったんですか?あのままでは他にも被害が増えると思うんだけど」

「そうしたいのも山々なんだがな。教会に国家権力が介入しようとすると色々と厄介でな。教会は影響が国境を越えるからな。下手すると国際問題になる。それ以前に、信徒たちが黙ってないからな。あいつら、それを見越して好き勝手やってやがる節があるんだが...」

「ええ~?それは...人殺ししても捕まえられない、なんて話にならないでしょうね」

「流石にそれは無いけど...教会内や孤児院の中では余程の事が起こらなければ介入できん。歯痒いがな」

「そんな事言ってるから、ニーの様に酷い目に遭う子が出て来るんじゃないのか?」

「まあ、それは済まないとは思っている。だが助け出したところで、結局そういった子は行き先が無いんだよ」


 困った事に、孤児を受け入れるのは教会だというのが半ば常識化していた。行政がやろうとすると人件費が掛かる上、何故か上手くいかなくなって荒れてしまうのだ。ある意味呪われていると言って良いだろう。

 思わず声を荒げてしまったが、許して欲しい。


「...こりゃいつまで経っても解決しなさそうだな。その内、教会が世界を牛耳るようになるんじゃないか?でなければ"官憲は教会より弱い"って烙印が押されるだけだ。てか、もう押されているんじゃないか?」

「...辛烈だな。だが、今の官憲ではそれも否定できない。ま、私はそう言われないよう頑張るだけだけどな」


 俺の指摘に自嘲気味に答え苦笑する駐在さん。案外この人は頑張ってこの町を守っているのかも知れない。

 因みに銀行の警備員は銀行を守る為に立っているので、持ち場を離れる訳にはいかなかったようだ。女二人が嘘を言いまくっていた事をこっそりと駐在さんに分かるように知らせていたらしいが。


 俺たちは場を鎮めてくれた駐在さんにお礼を言って、その場を後にするのだった。





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