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√トゥルース -043 幼女と集落

本日2話目です



「大丈夫?フェマ...さん」


 自分の血筋をまた一人看取った事で落ち込んでいるだろうフェマを、シャイニーが気遣う。が、その言葉にフェマは顰めっ面を浮かべた。


「やい、嬢!何がフェマさん(・・)じゃ!気持ち悪いわ!いつも通り呼べば良い!」


 いつもはちゃん付けで怒っていたフェマが、今度はさん付けをした事で怒りを露にした。って、ちゃん付けだぞ?あれだけちゃん付けをするなと怒っていたのに...あれ?ここ最近は言わずに許していたような?どうやらちゃん付けで良いらしい。が、シャイニーは余計に戸惑ってしまったようだ。

 ま、当然だろう。俺だって戸惑っているのだから。五歳児くらいにしか見えないフェマが、実は百七十歳を越えた超歳上だなんて...


「お主ら、わしをババア扱いする気か?この通り、わしは充分若いぞ!」

「いや、だってさ...」

「坊も嬢も、今まで通りわしを幼子(おさなご)扱いしてくれて構わぬ。突然扱いが変われば居所がのうなるからの。それとも得体の知れぬ呪い持ちのわしを早く追い出したいかや?」


 いや、それはないから!という事で、出来るだけ今までと同じ扱いをすると約束させられた。今思えば、フェマは俺たちにはあるがままの自分を見せていたように思う。隠す事は隠していたが。



 俺たちは墓前に手を合わせて立ち上がった。


「良いのか?フェマ。少しの間、ここにいても良いんだぞ?」

「いや、ここにいればいるだけ離れとうなくなる。それに気になる事もあるしのぅ」

「...そうか。んじゃ取り敢えず中家に戻って荷物を積むか」


 この地での葬式は簡素なものだった。出席出来る者が少ないのもあるし、関係者を呼ぼうにも何日も掛かる。それに本人とのお別れも生前に充分した。墓石も代々伝わる古い物ではあるが、確りした物で集落を見渡せる場所にある。

 ニリン婆さんは子供たちが巣立って行った後、この地の厳しい冬に耐え兼ねた旦那と別れ、この地に一人残った。巣立った子らは王都や帝国へと嫁いでいったと言う。その子らが戻って来ぬ限りはこの中家は主人のいない空き家となるだろう。それぞれの子たちにはお婆さんが亡くなった事を知らせる手紙が差し出された。丁度軍医が王都へ戻るというのでその手紙を託したのだ。恐らく最も早い手段となろう。帝国へも別途郵便で届けられる。

 いつまでもここにいてはフェマがその血族たちと鉢合わせして厄介な事にもなりかねないというのも、早くこの地を離れる理由となった。フェマの呪いが誰にでも受け入れられる訳は無いのだ。


 中家に戻り、荷物をラバたちに載せていると、何処からともなくミーアが現れて俺の脛を引っ掻いた。みゃあとひと鳴きし、屋内へと俺を呼び込む。何だろう?

 シャイニーたちには、中に忘れ物だと言ってその場を離れミーアに付いて行くと、ミーアはお婆さんの寝ていた寝具に潜り込んだ。すると寝具の膨らみが猫の小さなものから、人の大きさへと形を変えていく。背中から臀部、脚にかけてのしなやかな曲線美たるや...ごくり。


「...ちょっと!ヤらしい目で見ないでよね?」

「ぇ...あっ!ご、ごめん!」


 思わず見惚れてしまった。寝具から覗く鋭い目の先には白い肌の肩と押し潰された二つの膨らみもチラリと見てとれるが、更に吊り上がった鋭い目に、視線を外すしかなかった。


「えっと...どうしたの?ミーア」

「...その名前、この姿では呼ばれたくないんだけど...まあ良いわ。あのね、あの森にさっき行ってみたんだけど...あの化け物みたいなの、あれ、あたしと同じよ」

「え?ミーアと同じ?」

「ちょっ!こっち見ないでって!そう、あたしと同じ呪いで姿が変わってしまった子ね。たぶんだけど」

「え!?ちょっ!呪い!?どうしてあんな所に?いや何でそんな事が?どうしてそれを俺に?」

「ちょっとは落ち着きなさいよ。何であそこにってのは知らないわよ。あの時、助けてって声が聞こえた気がしたから見に行ったんだけど、さっき行ってみたらすすり泣く声がどこからともなく聞こえてきたわ。そして、もし呪いであれば、あんたが戻してやれるかも知れないでしょ?」


 無茶を言うなぁ。相手が何なのか得体の知れない姿をしているのに、それを俺に戻してやれって?寝具の中でモゾモゾと動くその肢体を睨み付けるけど、ほぼ顔は隠れて分からない。が、無理やり起き上がったミーア。うわわ!腕で寄せられた軟らかそうな胸の谷間が丸見えなんですけどっ!慌てる俺に向けて艶やかな唇が続けて動く。


「流石にあんな化け物の姿じゃ可哀そうじゃない。あんたならそれが出来るんだから。頼んだわよ?ね?」

「...ルー君?誰かいるの?...ルー君」


 ガラッと扉が開けられてシャイニーが覗き込んだ頃にはミーアはいつもの白猫の姿に戻っていた。ぐしゃぐしゃに乱れた寝具の前で座り込んでいた俺が何をしていたのかと問い詰められたのは、言うまでもない話だ。




「もう行ってしまわれるのか...」

「寂しくなるのぅ」

「ここに留まる事は出来ぬのか?」

「無理言うもんじゃないぞ」


 中家の家屋にも別れを言った俺たちがラバに乗って下っていくと、陣家の前で皆が集っていた。今後の相談でもしていたのだろうか。


「ああ。お主たちだけならまだしも、近くには遺跡もある。ここに長くおれば怪しむ者もおろうからの。お主らも無理はせず子や孫を頼るが良い。わしみたいにどこで野垂れ死んでも誰にも気付かれず終いなんて事にはならんようにの。健やかに暮らせよ」

「無理をするな、か。確かにの。もうふた世帯四人しかおらんしの。やはりそれも考えねばのう。いつまでも検問所の警備兵たちには頼れんしのぅ」

「息子夫婦のところに手紙でも書いてみるとしようかの」

「そうじゃの。孫たちとも暫く会えておらんしの」


 近くに気を掛けてくれる親戚でもいれば別だが、馬も飼っていないこの集落では連絡を付けるのは警備兵たちを頼るか自分の足で行くしかない。自分たちが体調を崩した時に、今回のように都合良く医者が近くにいるとは限らないのだ。もう若くは無いのだから。その言葉をお互いに言い出してからどれだけの月日が経ったのか分からなくなった程である、無理は即ち死を覚悟しなくてはならない。それも人知れず。そんな恐ろしい事にはなって欲しくないとフェマが懇願する。長く生きるフェマの言葉は重い。こんな(なり)でも、だ。



「...あの集落の者には呪いの類はほぼ皆無じゃ。恐らくじゃが、わしが一身に背負ったからじゃろう。それが唯一の救いじゃな。ニリンも穏やかに暮らせたじゃろうて」

「...呪いのない集落、か。それが一人の犠牲で成り立っているとは思わないだろうな」

「フェマ...ちゃんは良かったの?それで。ウチなんかより比べ物にならない位、とても重い呪いにしか感じないんだけど」

「ええんじゃ。わしの子孫たちがあのように穏やかに生き、暮らし、そして永遠の眠りに就いてゆく。それだけで御の字じゃ。わしはそんな集落を捨てた罰が当たったんじゃろうて」


 呪いは自分のせい、か。もしそうなら俺の呪いも自分のせいなんだろうか。人を妬む心が呪いを引き起こしたと?じゃあ、産まれながらのシャイニーの顔の呪いは?あれは自分のせいなんかじゃないだろうに。

 そんな事を考えている間もなく検問所に辿り着く。集落での出来事を知っているのだろう、警備兵たちも少し神妙な対応をしてくれる。


「大変だったな。お悔やみ申し上げる。あの集落者たちには私たちも世話になっていたからな」

「そうか...なら墓に手を合わす事くらいはしてやって貰えんかのぅ。ニリン婆もきっと喜ぶじゃろう」

「ああ、そうしよう。他の爺さま婆さまたちは?」

「直ぐにではないじゃろうが、集落を出て行く事になろう。誰もおらんようになるのはやはり寂しいのう」

「...そうか。婆さまたちの作る漬物は美味かったから、お裾分けが貰えるのが待ち遠しかったんだが...もうそれも無くなるのか」

「おお、漬物なら少し分けてやろう。確かにあれは美味かったからの」


 取り出した包みを受け取る兵たちの目にも薄らと涙が浮かんでいた。

 結局、荷物検めは碌に受けずに通して貰えた。良いのだろうかとも思ったが、あの集落の関係者らしき成人したての男女と幼女が大したものは持っていないだろうと思われたのかも知れない。それに元々、犯罪人を通さない為という色合いの濃い検問所なので、その心配が無いと分かれば緩いものらしい。確かにこれから通る道は普通の人には酷な道だろうから、危険を冒してまで通ろうというのは怪しい事この上ないのだ。


「...坊。少し寄って貰いたい所があるのじゃが...」






本日、複数話を投下予定です


よろしくお願いします

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