√トゥルース -042 集落とフェマ
「どうしたんだ?そんな顔を青くして」
検問所の警備兵が、慌てて走って来た俺たちを止める。流石にここまでこれば大丈夫なのか?後ろを見るけど、追い掛けてくる事はないようだ。
「で、出たんです。熊...じゃない何かが」
「熊じゃない?何だそれは...どこで見たんだ?」
「えっ!?あ、あの...その...遺跡の奥の森で...」
「...入ったのか?あれ程入るなと言ったのに」
「いや、この子が木の実が採れるからって勝手に入っていってしまって...」
木の実の入った袋を取り出す事もなく、両手に木の実を掴んで離さなかったフェマを見て納得する警備兵。
一人が検問所の屋上に上って森の方に異変が無いかを見るが、特には変わりなかったようだ。俺たちは厳重注意を受け、荷物の検閲を再度受けた後、木の実を半分お詫びに置いて解放して貰った。
「ただいま~。って、あれ?」
中家に戻ると、中には陣家のお婆さんの他、お爺さん二人ともう一人お婆さんが集まっていた。何かあったのか?
「おお、帰ってきおったか。どうもニリンちゃんの調子が良くなくての。お主ら、馬もどきに乗っておったじゃろ?悪いが街まで医者を呼びに行っては貰えんじゃろうか」
ああ、そういう事か。だが、街までって事は王都にって事だよな。往復で六日は掛かるぞ?あっ。
「軍が下の村に来てるんでしたよね。軍医は一緒じゃ?」
「おお、そうじゃった。それなら直ぐじゃ。ちょっとひとっ走り頼めんか」
それなら、と俺がミールで行く事にするが、フェマを見るとどうにも顔色が悪い。先程抱えて揺らし過ぎたか?一緒に診て貰おう。
下の村に駐留中の軍は、村の中でも一番離れた下の大きな宿風の建物にいた。中に入って軍医はいないか聞くと、幸いにも一人。しかし明日には帰るという。
「体調管理の確認に来ただけだから碌な物は持って来てないぞ?」
「多少の薬草なら俺が持ってますので。お願いします」
救護を求められれば仕方ないと付いて来て貰えた。中家に戻ると、フェマが神妙な顔つきでニリン婆さんに付いていた。顔色が悪いのはこのせいだったか。
早速軍医に診て貰うが、フェマ同様その顔色は良くない。
「フム...昨日、暑くなった屋内にいたそうだが、それ以外には?」
「最近はあまり元気がありゃせなんだの」
「畑もあまり長い時間は出ておらなんだな」
「そういや、あまり食欲が出やせんと言うとった」
「昨日も今日も柔らかい食事にしたけど、あまり食べなかったね」
軍医の問いに、お爺さんお婆さんに混じってシャイニーも意見を言う。
「フム...言い難い事だが、もう長くはないだろう」
「えっ!?それって...」
「これは病気ではないだろう。この歳だしな...意識がある内にお別れを言っておくと良い」
軍医の言葉に皆が神妙な顔をする。誰もがその言葉を否定する事が出来なかったからだ。この世界、七十を過ぎればいつお迎えが来てもおかしくはない。そしてお婆さんはもう八十に近い歳だという。更に言えば、ここにいるお爺さんお婆さんは皆その年代なのだ。なので皆一様に、遂にその時が来たのかと。
告げ終わった軍医には丁寧にお礼を言って引き取って貰った。夢の中の世界なら、何やらカラクリを使って延命も出来るようなとんでもない世界なのだが、この世界では病気でなければ自然に任せるしかない。
「みんな、悪いのぅ。ここにあるものも畑も自由にして貰って構わぬからの」
「おう、それは心配せんでもええでのぅ。安心せい」
「お主らはゆっくりこればええでのぅ。慌てて追って来るでないぞ?」
「あ~、それは約束出来んのぅ。心の臓がよう働いてくれんとのぅ」
「ひゃっひゃっひゃ!そりゃ一番信頼出来んのぅ」
「確かにのぅ」
銘々におどけて言い合う様は長年一緒だった集落の者ならではだろう。
「お主らも短い間じゃったが、世話になったのぅ。フェマちゃんと言うたか、お主が誰の子なのやら分からず終いじゃったがの」
「ふむ、見た時はミリィかと思ったのじゃが...この年頃の子は誰かおったじゃろうか...」
ニリン婆さんの言葉に皆が首を傾げる。が、それまで黙ってニリン婆さんの横にいたフェマが口を開いた。それは俺たちを含めて皆が驚く内容だった。
「...ニリンや。お主はのぅ、わしの玄孫の子、来孫に当たるのじゃ。わしの本当の名はフェルマール・アーキー。この名なら聞いた事があろう?まさかお主まで看取る事になろうとはのぅ」
は?玄孫の子?何を言っているんだ?フェマは。どう見たって五歳児くらいにしか見えないじゃないか!しかしこんな短い間でも、その知識や行動には疑問が付き纏っていたのも事実だ。妙に大人びた行動に信じられない知識...言動もおかしなものばかりだった。
しかし、その名を聞いたお爺さんお婆さんたちは、それこそ心臓が止まるのではないかという驚きの顔を見せる。
「フェルマール・アーキーじゃと!?それは中家に伝わる名ではないか!かの竜と心を交わしたと言う...まさか、本当に?」
「し、信じられぬ。じゃが、この面影は中家の女衆の幼い頃にそっくりじゃ」
「じゃあ、お主様はわしの...高曾祖母じゃと?」
「...ああ、そう呼ぶのやも知れぬの」
「じゃが、どうしてそのようなお姿を!?」
「...呪いじゃよ。徐々に若返る、の」
「な、なんと!」
皆が驚きを通り越して言葉が出ない。マジかよ!!
竜がいなくなってから、隣の侯国へと移り住んだフェマは、二十五歳の頃から老いが鈍くなり、誤魔化しきれなくなって逃げるように転々としたそうだ。何度も名前まで変えて。時には国王の元で働いたり、幼女趣味の貴族に拐われそうになったりと、並大抵の人生ではなかったと言う。途中、方々に散った自分の血筋を訪ねたり、やはり死の瀬戸際に立ち会ったりといった事もあった。
「覚えておらぬじゃろうが、お主が幼い頃にこの集落に立ち寄った事もあるのじゃぞ?まだ辛うじて下の村に人のおった頃じゃ」
「そう、...じゃったのか。全く覚えてはおらぬのぅ。じゃが、何故このような話を?」
「なに、冥土の土産じゃ。あちらで自慢するが良い。お主らもな。じゃが、生きておる間は誰にも言わないでおくれよ?これ以上生きにくくなるのも困るのでな」
「...くくく。高曾祖母様はまだ生きられるおつもりか?既に百五十年...いや、百七十年は生きておいでじゃろうて」
「そうじゃの。このまま若返り続ければ、何れは自我も消え失せようし、もしやしたら消えて無くなるやも知れぬ。じゃが、一筋の希望はあるでの。この坊の呪いじゃよ。この坊は口にした事とは反対の出来事が起こせるのじゃ。その呪いでわしの呪いも止められるやも知れぬ。そのまま死ぬやも知れぬがの」
なんと!まさか俺の呪いが当てにされていようとは思わなかった。でも...人の命を左右するかも知れない呪いか...何だか怖いな。それにその理屈なら、このお婆さんの命だって...
しかし、それはやんわりとフェマに止められた。万一自分のように悠久の時を重ねる事になるやも知れないのだから。そんな不幸な事は自分だけで良いと...
「あれ?昔話にあった、竜のいた所に姿を表す村娘の幽霊の話って...」
「たぶんわしの事じゃな。時折この地に戻っては、先の短い者に今の話をしておったからの。全ての者ではないがのぅ」
「なんじゃ、先代にも知っておる者がおるのかや。それはちと残念じゃな」
「くくく。違ぇねえ」
「さて、皆腹が減ったじゃろうて。森で採ってきた木の実がたんとあるからのぅ、食え食え」
「なんと!森へ入ったのか!?軍が森へは...」
「森へ入るな、熊が出る、か?熊がなんぼのものじゃ!わしは竜に出会うて友となったぞ!」
違いない!と、どっと沸く。今日あった事には触れはしない。たぶん不安にさせない為だ。
ニリン婆さんには柔らかく甘い実や、すりおろした果汁を。皆もそのお裾分けを。
森の恵みをたっぷりと食したニリン婆さんは、その夜フェマに抱かれて眠るように息を引き取った。
本日、複数話を投下予定です
よろしくお願いします




