√トゥルース -041 遺跡と昔話
「なんじゃ、知らぬのか?この村の事を」
翌朝、様子を見に来た陣家のお婆さんに、廃村と化した下の通りの村の事を聞いてみると、知っていて当然のように言われてしまった。が、俺もシャイニーも世間知らずだ。仕方ない。
「下の村は余所者が造った村でな、今は人っ子一人住んではおらん。皆王都へ移り住んで行きおったわ。まぁ、最近は国の軍が一部の建物を使っておるようじゃがな」
「軍が?」
そう言えばアガペーネたちが、何台も大型馬車を連ねて軍が移動していたと言っていた。それがこの遺跡の方だとの事だったけど、それは本当だったのか。
「でも、こんな所へ軍が何をしに?」
「さあのう...何でも遺跡より奥に大型の熊が出よったと言う話じゃが...ワシらが若い頃に迷い熊が一時うろつきおった事があるくらいで、とんと熊なんぞ見やせんがの」
「大型の熊...それって侯国への道に?」
「いんや。北の森の方だそうじゃ。道の方へ出て来ぬよう見ておると言うておったの。お主ら、侯国へ行くのか?」
「ええ。本当は帝国にですけど、街道伝いだと遠回りになるので...もしかして通れないとか?」
「いんや、通れるわい。が、通る者はそう多くはあらせん。二日に一組もあれば御の字じゃろ。時折道を尋ねてきたり、宿代わりにされたりはするがのう。それでも国境じゃて見張りを立てねばならぬから難儀な話じゃて」
そうか、通れるか。これは良い情報だ。ホッとするが、お婆さんに釘を刺された。
「あの馬もどきで渡るのかや?毛艶のええ立派な馬ではあらせんところは好感が持てるがの、無理はしちゃあかんて」
「...立派な馬だと駄目って事?」
「馬も馴らせばええが、均した道しか歩いた事のあらせん馬にあの道をいきなり歩かせる大馬鹿者は大概命の危機に瀕しとる。見栄えばかり気にしよるから足元を掬われるんじゃろうて。じゃがあの馬もどきなら、そう高くはあらせんし、確か荒れ道も得意だったような記憶がある。大丈夫だとは思うが、無理はせんようにの」
成る程、やっぱり行ける気がしてきた。勿論、無理をする気はないしな。取り敢えず今日は道の様子でも覗きに行ってみるか。もし大丈夫そうならそのまま出発しても良いけど...フェマはお婆さんが心配だろうな。どちらも様子見か。
「ああ、行っといで。ニリンちゃんはワシが見とくからの。ついでに遺跡の周りも散策すりゃええて。見晴らしがええでの」
「え?でも、熊が出るって...」
「出やせん、出やせん。出よっても軍がおるから追い払ってくれよう」
中家のお婆さんは心配だけど、陣家のお婆さんが見ていてくれるという事で弁当を持って国境の道を見に行く事にした。勿論、お婆さんズ用の昼飯も用意しておく事は忘れない。
一旦荷物は下ろして軽装でラバたちに乗って国境を目指す。国境まで歩きなら半時強、馬なら四半時程で、遺跡まではその半分だと言う。近いな。地図だともっと遠い印象だったけど。と思ったら、国境の道の入り口までの距離だった。そこからが長いらしい。侯国側の遺跡までは慣れた馬で一日掛かるらしいから、それなりの距離だ。たぶん地図は合っているのだろう。凄いな、買った地図。
ラバに揺られて間もなく、検問所らしき建物が見えた。国境警備らしき人影があるが、近寄ってみたら緊張感の欠片もなく随分と砕けた格好だった。
「お?珍しくお客さんだ。止まれ、止まれ!お前らは国境を越えるのか?」
「いや、今日はまず下見をと。道の様子を見てから遺跡を見に行こうかと」
「ふむ、そうか...ちょっと荷物を検めさせて貰うぞ?」
「あ、はい。弁当以外は持って来てないですけど...」
弁当の入った小さな袋を差し出すと、中を見た警備兵は話が本当だと感じた様だ。しかし荷物が少な過ぎると疑問に思ったようだが、集落の中家のお婆さんのところに世話になっていると打ち明けた事で納得してくれた。
「という事は、越境する予定はあるって事だな?越境する際は必ず検閲を受ける様に。でないと、この国に戻って来た時にお尋ね者になっている、なんて事になりかねないからな。帰りも一応ここを通ってくれ。帰りも荷物検めは必ず受けて貰う事にはなるけどな。それと...」
注意点を説明する警備兵。格好は乱れているけど、仕事はキッチリしている。一日に一組あるかどうかの関所なので緊張を保てと言う方が間違っている。ある程度は仕方ないと許されているのだろう。
てか、密輸も疑われるのか。この先で荷物を受け取って何食わぬ顔で検閲を免れようとする輩がいると...観光で訪れる人が多い時は忙しくなるんだろうな。でも観光の人はどこに泊まるんだろう...と思ったら、この検問所のに天幕を張るんだそうだ。
「道からはなるべく外れないように。特に遺跡よりも北側、森に入る事は禁じる。大型の熊が徘徊していて危険だ。今は軍も入って監視しているが、襲われても責任は取れないからな」
うげ。熊の話は本当だったのか。草原まで出てくる事は殆ど無いと言うが、絶対ではないから充分に気を付けるように言われた。いや、そこまで言われてそんな危険は犯さないよ!
検問所を越えると一気に視界が開け、石や岩がゴロゴロし、高原らしい草花が広がる草原が広がっていた。そして何と言っても真夏とは思えない爽やかな風が流れて、何とも心地良い。
何となく、この辺りに家を建てれば良いのにと思ったけど、フェマ曰く天気が荒れれば雨風に容赦なく襲われ、嵐になれば問答無用で家屋は破壊され、冬になれば寒風で全てが凍り付いてしまうそうだ。なので風雨を少しでも防いでくれる木々のある地に集落が出来、更に木々に囲われた地に村が出来たそうだ。
「じゃが、木々に囲われておると、寒い冬は日が当たり難く寒い。夏は良いが冬は厳しくての。夏だけこの地に住まい、冬は街に下りる者が多くなり、その内家屋が傷み、皆戻らなくなったのじゃ」
成る程、だから検問所はあれ程堅牢な作りだったのか。という事は...
「見えてきたぞ。あれが遺跡じゃ」
そう簡単には崩れなさそうな石作りの建物が、この道と森との間の位置に建っているのが見えてきた。へぇ、道沿いじゃないんだな。
でもあれの見学は後だ。さらに道に沿って進んで行くと草花が急に減って岩と土ばかりの景色へと変わった。草も生えてはいるが、先程までの草木とは違って地面に這いつくばったような背の低いものだった。道には石がゴロゴロとしていて、成る程これは危ないと言われる訳だと納得した。それでも道を逸れて進むよりは道上の方がまだマシな様相ではあった。
「じゃあ、ミーア。こいつらを頼むぞ」
一旦ラバを降りると、メーラに移ったミーアに声を掛ける。するとみゃあとひと鳴きしたミーアがラバに向かってにゃっ!っと鳴く。するとラバたちがその道に沿って歩き出した。
俺たちはそれをその場で見守る。うん、多少は揺られるだろうけど、こんな道でもラバたちなら難なく歩いて行けそうだな。
「これは驚いたのう。まさかラバを猫に任せるとはのぅ」
「ははは。まぁ、ミーアなら心配いらないよ。寧ろラバたちの方が心配だったし。嫌がったり足元がおぼつかないようだったら俺たちが乗って練習するまでもなく諦めようと思ってたんだけどね」
「ほう?あの猫を信頼しておるんじゃの、坊は」
「ミーアはお利口さんだから。ね?ルー君」
「ほう?嬢もあの猫を...じゃが不思議な猫よのう」
フェマが感心するが、俺はミーアの秘密は二人に打ち明けていなかった。もし二人に打ち明けるのであれば、本人が二人とも起きている時に寝具に潜り込めば良いのだ。そうしないという事は、まだ知られたくはないという事なのだろうから。
その後難なく戻ってきたラバたちに乗って俺たちもその道に慣れるべく練習をした後、遺跡の方へと戻る。丁度昼時なので、弁当をそこで広げるつもりだ。
「ふぅ、何とかなりそうだな。」
「少し心許ないけど、たぶん大丈夫...かな?」
「まぁ、それ程心配せんでも良かろう」
遺跡の脇に座り、草原を撫でる風に目を細める。弁当を食べるには本当に良い場所だ。心地よくて眠くなりそうである。
「それにしてもこの遺跡、何の目的があってここに建てられたんだろう?」
「う~ん、検問所にしては窓の向きとかがおかしいわよね?」
そう、シャイニーの言う通り、窓が何故か森の方を向いていた。越境してくる人を監視するなら北方向ではなく南方向なのだ。では昔は道がもっと北にあったのかと思ったが、岩場の形から人が通れるとはとても思えない。う~んと唸っていると、フェマがボソリと打ち明ける様に言葉を紡いだ。
「むかしむかし、この地に竜が現れたのじゃ。突然、何の前触れもなく、の。直ぐ傍の集落の者たちはそれは怯えたものじゃが、その竜があの森からは出て来んと分かると、集落の者たちは安心していつもの暮らしに戻っていったのじゃ。じゃが国はその竜が街に下りて行かぬようここに監視する為の建物を作って監視しておったのじゃ。そんな事をせんでも良いものをな」
「監視しなくても良い?どういう事?」
「...あの森にはの、集落の者が木の実や茸を採りに入る事も多かったのじゃがな、いつまでも採りに入らずにおられる訳にもいかずの。大人が躊躇する中、幼い女子が一人、森の中に入って行ったのじゃ。ここいらは集落の子なら庭みたいなものじゃて、難なく目的の木の実をぎょうさん採り帰ろうかという時...その竜に出会ったのじゃ」
「えっ!?じゃあ、その女の子は...」
「おお、腰を抜かしての。逃げるに逃げられぬ。もう駄目じゃと思ったものの、一向に竜は何もしてはこん。それどころか、大丈夫かと言わんばかりにオロオロしおっての。それが竜との出会いじゃった」
これは俺も小さい頃に聞いた事のある昔話だ。が、聞いた事のある物とは少し違うような?シャイニーも首を傾げている所を見ると、やはり巷の昔話とは違うのだろう。
「それ以来、女子と竜との交流は続いての。途中でもう一頭増えたのには度肝を抜かされたものじゃが、どちらの竜とも仲ようできての。時には人の食い物と木の実を交換もしたものじゃ。じゃが...」
楽しそうに話していたフェマだったが、急に顔が曇る。
「竜と出会って五度目の冬じゃったか。あまりにも厳しい冬の嵐が数日続いた時じゃ、その風に掻き消されて竜の遠吠えが聞こえたのじゃ。嵐が漸く静まって見に行くと、竜は一頭しかおらんようになっておった。二頭目の竜じゃ。僅か三年で姿を消したのじゃ。恐らく命を落としたのじゃろうがの、その亡骸はあらせなんだ。残った竜は、それはそれは悲しんでのぅ。それからというもの、その残った竜も徐々に衰えていくのが分かったものじゃ。そしてそれから二度目の冬、初めて竜と出会うてから七度目の冬に、遂にその竜も姿を消してのぅ。方々を探してみたものの、竜のおった場には竜の足跡の他に人の足跡もあった他は何も残っておらなんだ。それ以来、軍の監視もぱたりと止んでの。まるで狐につままれたようじゃった」
沈み込むフェマ。まるで自分が体験した様な話し振りだが、あの集落に伝わる昔話なのだろう。ご当地ならではの現実味のある話だ。
「何だか悲しい話だけど、聞いた昔話とは少しづつ違うね?昔話はもっと...」
「一緒に空を飛んだりかや?羽はあれど飛ぶ事は知らなんだ様じゃ。他にも色々と付け足された話はあるようじゃがの。まぁ子供向けに創作されたのじゃろうて」
「じゃあ、その女の子がどこかに行っちゃうのも?」
「おお、それは本当じゃ。成人して直ぐにの。この場を見続けるのが辛くてのぅ」
「そう...だったんだ」
どうしてその娘が村からいなくなったかは昔話では語られてなかった。しかし...本当に具体的な話だな。散々聞かして貰って覚えたんだろうか。
「さて、今の話にあった通り、あの森には木の実や茸がわんさかと採れよる。ちょいと採りに行こうかの。婆様にええもんを食わせてやりとうて」
「えっ!?でもあの森には熊が...」
「そんなもんこの辺りには出やせん。何かを見間違えたのじゃろ」
そう言ってタッタと走っていってしまった。うわぁ、フェマってちょいちょいこういう無茶をしてかなわない。俺とシャイニーは手早く弁当箱をしまい、フェマを追い掛けた。
やっと追い付いた時にはフェマはそれなりの木の実を手にホクホク顔だった。成る程、これは恵まれた森みたいだ。仕方ないなと弁当箱を入れていた袋にその木の実を入れていくが、あっという間にいっぱいになってしまった。
「さあ、もう持てなくなってしまったから帰るとしよう。これ以上採っても食べきれないだろうし」
フェマも納得したのだろう、今度こそ言う事を聞いてくれそうだ...と思った矢先、森の中からガサガサと音が聞こえてきた。え?
振り返った先には何かとんでもない影。ずっと高い位置からジロリと突き刺さるような視線。
「なっ!!!」
「お?これは...って、坊!何をする!降ろせ、坊!!」
俺はフェマを脇に抱え、シャイニーの手を引いて全力で走った。じたばたするフェマを落としそうになるし、所々治りかけの傷が痛むが、がむしゃらに走った。シャイニーの足がもたつくがお構いなしに引っ張って走った。
遺跡の近くで草を食んでいたラバたちも異常を感じたのか、半狂乱しているのをミーアが必死になって抑え検問所の方へと導いている。ラバたちが落ち着いてからしか危なくて乗れなさそうだ。
な、何だった?今のは!熊ってレベルじゃない!!




