√トゥルース -040 遺跡前の村
「あれが遺跡の手前の村なのかな?」
「...ああ、そうじゃ。もう村とは呼べぬがな」
王都を出て五日目。最初の目的地である遺跡の直ぐ手前に辿り着いたみたいだ。
移動初日に少し頑張ったという事で、翌日からは余裕を持って移動していたのと、途中の集落で物々交換を持ち掛けられて応じていたので予定より二日余分に掛かったのだが、お陰で三晩屋根の下で寝られたし、人との交流も楽しめた。
人が殆ど通らない道という事で油断して化粧をせずにいたシャイニーだったが、フェマが機転を利かせて立ち回ったのと、集落の人々もシャイニーの顔の火傷のような痕はそれ程は気にしなかった。どうしてだろうと思ったら、数年前まで誰もが呪い持ちだと分かるお爺さんが近くに住んでいたらしい。その呪いとは...少女顔。
その特殊性から集落にすら住めず、離れた場所に小さな家を建てて一人で住んでいたそうだ。成人した頃から気持ち悪がられ、自らそうしたそうだけど、その人の良さから近隣の集落の人々は見た目に囚われず接するようになったらしい。
そのお爺さんも数年前には亡くなったそうだ。
この道沿いの集落ではその話は誰もが知っていて、やはり顔に呪いの掛かっているシャイニーを虐げるような事は全くしなかったのだった。
「フェマちゃん?どうしたの?」
見れば、どこか哀しげな顔のフェマ。何だ?どうしたんだ?
「いや、な。昔は貧しくも明るい村じゃった。がのぅ、この通り廃れてしもうた。この様子じゃと、もう何軒も残っておらんじゃろうて」
「昔?昔って...フェマはここに住んでいたのか?」
だが、フェマはその問いには答えず、廃屋の並ぶ村の奥の方を見て口にした。
「取り敢えず寄りたい所がある。付き合うて貰えるかの?」
俺たちの通ってきた道は村の端より中心に近かったらしく、少し進むと建物の間隔が狭くなり商店や集会所だった建物が並ぶ。反対の東側に行けば街道に繋がるそうで、道幅は充分広く出来ていた。
しかし、少し進めばあっという間に家と家との間隔は広くなり、代わりに放棄された畑だろう区画の
伸びきった草が目立つ。その畑も疎らになり、広葉樹から高原らしい針葉樹が目に付くようになった所で、フェマは脇道へと指示する。
「この先に本来の地元民が住んでおる集落がある。とは言え、そこももう何軒も残ってはおらんがの」
確かにぽつぽつと家屋を見掛けるが、入口近くにあった家以外は廃屋と化していた。更に奥へと進むと、間もなく住んでいそうな家が見えてきた。目的の家のようだ。
「どうしたんだ?入らないのか?」
ラバから降りたフェマだったが、その家の入口で立ち止まっていた。何か入り難い理由でもあるのだろうか。
「...いや、何でもない。坊、悪いが坊が声を掛けては貰えんかの」
「良いけど...らしくないな。こんにちは、すみません」
鍵の掛けられていない扉を開けて中に声を掛ける。中には人が住んでいるだろう匂いが充満していた。薪を焚いた匂いに水の匂い、薬草や玉ねぎ等を乾燥させた匂いに漬物の匂い。視覚でも人の住んでいる事はよく分かった。
が、返事が無い。というか、家の中に熱が籠っている。よく見れば窓は閉め切られており、昼の太陽で家屋が熱せられていて熱が逃げられなくなっている。おや?いないのかな?と思ったが、中でがさごそと音が聞こえた。
「ぬ?いかん!暑さで起きられなくなっておる!坊、急いで窓を開けて風を通すのじゃ!嬢、裏の沢で冷たい水を汲んで来ておくれ」
フェマの掛け声で俺たちは慌てて動く。フェマはここの住人であるお婆さんに声を掛けていた。まだ意識はありそうだ。
高原の乾いた空気が家の中を洗い流すように通ると、家の中は一気に熱を失い爽やかな空気に満たされた。お婆さんはシャイニーの汲んできた水に塩を少し混ぜたものを一口飲むと幾分表情が和らぐが、まだ具合が悪そうだ。手拭いを濡らし、首筋や脇を冷やしてやると漸く真っ赤だった顔に生気が戻ってくる。
しかし、どこか目は虚ろだった。やっぱり熱にやられたのか?と思ったが、フェマは老いのせいだろうと言う。
「良い歳じゃからのう...もう先が長くないのやも知れぬ」
「...おや、ミリィかい?おっ父やおっ母と来てくれたんかい?」
「...悪いがわしはミリィではあらせん」
「ほう?ほんに、ミリィによう似てはおるが、違うのぅ。ミリィよりも幼い。誰の子じゃ?」
「わしの事はええて、婆様の具合はどうじゃ?」
「ああ、ワシか?幾分良うなったが...起きるのはしんどいの」
「そうか。ならよう寝る事じゃ。そうじゃ、腹は空いておらぬか?わしが作ってやろう」
その後、二、三話をした後、食事を作る。主に柔らかい物ばかりだ。体力の衰えたお婆さんに固い物は酷であろう。お婆さんを起こして一緒に食事をした後、フェマに聞いてみた。
「なぁ、フェマ。さっきお婆さんの言っていたミリィって?」
「ああ、婆様の曾孫の事じゃろうな」
「その子と間違われるって事は、フェマはこの家の血筋なのか?」
「まぁ、そうとも言えるが...」
何か言い難そうなフェマ。まぁ無理して聞き出す事もないけど、この村の、それもこの家の出身者の血筋だという事は分かる。なので、偶然にもお婆さんを助けられた事には心底ホッとした事だろう。今晩は無理を言ってでもこの家に泊まらせて貰おう。
夕方、この集落の人らしいお婆さんが、この家のお婆さんの様子を見に来てくれた。いつもこの時間帯にいる筈の畑に姿を見せなかったので、心配で見に来たと言う。
「ニリンちゃん、やはり調子が良くなさそうじゃの」
「うむ。昼の暑さにやられておるだけでは無さそうじゃの」
「ワシらもまだまだ若い気になっておったのじゃが...やはりもう歳じゃの」
「仕方なかろう、もう齢80になりおるじゃろ」
「...ところでお嬢ちゃんは誰の子じゃ?三年前に見たニリンちゃんの曾孫によう似とるが...と言うか中家の娘たちの小さい頃によう似とる」
様子を見に来たお婆さんは、脇道の入り口近くにあった家の人らしく、その家の事は集落の中では陣家と呼んで外の人間との窓口役を果たしていると言う。因みにこの家は集落の真ん中程にあるので中家、一軒上の家は坂の途中にあるので坂家と言うそうだ。そうか...家の名前がみっつしか出てこないって事は、この集落に住んでいるのはもう三軒だけって事なのか...
フェマは親とは死別していて名前はもう覚えていないと説明すると、そうじゃったか...と神妙なふんいきになったので、自分たちが今夜は泊るので何かあれば連絡すると言って帰って貰った。
その晩、フェマはお婆さんの寝床に一緒に寝る事になった。もしかしたら実の曾婆さんなのかも知れないし。俺とシャイニーは少し離れたところでいつも通り二人で寝る事に。
が、この日のシャイニーは箍が外れてしまった。数日前にギュッと抱き締めてやったけど、それでもふと思い出してしまうらしい。
「お願い、ルー君!あの人がやったみたいに後ろから抱き付いて!後ろから胸を掴んで!急に胸が疼いて思い出してしまうの!」
これまではフェマがいたから自制心が働いていたけど、もう我慢の限界だったらしい。悲痛な声をフェマに聞こえないように抑えているのがせめてものシャイニーの道徳心の欠片だろうか。しかし...問題はそこではない。
本人が頼んできたとは言え...女の子を後ろから抱き付いて胸を掴めだなんて...通報案件じゃないか!てか、そんな事をして俺の理性が保つのだろうかが怪しい。この娘は分かっているのだろうか。
「...坊。やってやれ。でもそこまでじゃぞ?」
うげっ!フェマに聞かれていた!しかも釘を刺す念の入れようだ!
...俺、詰んだ?




