√トゥルース -039 約束と白猫の呪い
「少し多くない?」
「いや、まだ足りないくらいだよ」
「え...でも街道沿いならお店も沢山あるし、自炊するような場所は殆ど無いって...」
シャイニーが帝国までの街道の様子を商会の受付で聞いてきて、食料の買い込みはあまり必要なさそうだと進言してくるけど、俺は別の思惑で食料を買い込もうとしていた。
「坊は街道は使いやせんつもりなのじゃよ。そうなのじゃろ?」
「...よく分かったな、フェマは」
昨日買った服に加えシャイニーの結った髪形に、すっかり垢抜けて他の客の目を惹いていたフェマの言葉に、俺は感心する。昨夜はすっかりふかふかの寝床に弛緩してしまい、今後の方針も話さずに寝てしまった。なのでシャイニーもフェマも俺の考えを知らない筈なのに...フェマはよく当てたな。
「え!?もしかして、あの遺跡のある道!?」
「そう。その道を使おうかと、ね」
「でも!その道は危ないから通らない方が良いって...」
「でも全く通れない訳じゃないだろ?訓練した馬なら通れるって言っていたし」
それにあのラバたち、俺の村までの道を初めてなのに難なく歩いた。あの村に興味本意で入ろうとした連中の馬が足を滑らせて、乗っていた奴らが怪我をする事故が何度もある道で。
「言ってたじゃないか、牧場のおじさんが。ラバは荒れた道に強いって。訓練されているとはいえ馬が通れる道ならラバにだって通れてもおかしくないだろ?」
危なかったら降りて進めば良いし、通れそうになければ仕方ないから引き返せば良い。そもそも遺跡があるくらい昔から道として使われているのだから、全く使えない事はないと思うんだよな。
「そう心配せんでも良い、嬢。その道なら尖った石や岩がごろごろと転がっておるだけじゃ。平坦な道しか知らん者どもが、岩場の歩き方も知らず街を歩くつもりで入り込んだのじゃろうて。馬とて同じじゃ。街中で馬車を牽いておった馬を連れて行ったのじゃろうて」
マジか!危ないとしか聞いてなかったその道の様子を、五歳児が知っているだなんて!でも、このくらいの子は興味を持つと異様な力を発揮して何でも吸収するんだよなフェマもその口なのかもな。
それでも心配するシャイニーだが、バレット村への出入りで石がゴロゴロしていた細道もラバの上で経験していたから、上手く反論出来そうも無い。ま、あれだけ脅されたんだから不安なのは分かるけどな。
不安を抱きつつも諦めたシャイニーを引き連れて買い物を済ませた商会を出る。馬留めではラバたちとミーアが日陰で涼んでいた。今日も暑くなりそうだ。少し道を戻る事になるけど、こればかりは仕方ないな。
と思ってたら、遺跡近くの村の方へと行く道が別にあるとフェマが言い出した。
「街道は主に大型の馬車がすれ違っても余裕があるよう造られておる。その道は小型の馬車でも道を譲り合わないとすれ違えない細い道じゃ。が、遠回りにはならんじゃろうて」
馬留めにいた商会の馬の世話役の男の子も、確かにその道はあって通り抜けられると言う。
「観光ですか?遺跡周辺はのどかで良いですね。僕も一度行きましたが、王都の喧騒に慣れた身としては癒されますね」
ははは。観光じゃないんだけど、まあ全くそうでもないから否定は出来ない。折角行くんだから楽しまないと。
街道で行くとゆっくりした馬なら四~五日掛かる所を、その道なら三日ほどで行けるのではという。それに王都に近いとはいえ、次の町から先は道沿いの集落に行く人くらいしか通らないので、盗賊等の危険も殆ど無いらしい。金が欲しければ街道を行き交う者の方が沢山持っている。しかし取り締まりも厳しく割に合わないので地方に散っているからなのかな?そんな道だから、店舗は廃滅的に無いらしい。ほぼ自給自足で、買い物が必要なら次の町や王都に行くらしい。話を聞くだけでものどかだ。だから通る人もいないのか。
「二人とも、あの宿に泊まった後で野宿する事になると思うけど、良いかな?」
すっかり高級宿で緩んだ後に強制的に野宿だなんて結構落差が激しい。次の町に宿があればまだマシだけどな。だが二人ともそこは気にしていないと言う。そもそも昨夜その宿に泊まれたのは自分たちには不相応だと。
シャイニーはもう野宿に慣れたみたいだけど、フェマはどうなのだろうか。ま、子供ならすんなりと適応するのかもな。ふと気付くと、その話に聞き耳を立てていた世話役の子が、向かいの宿に泊まったと聞いたからか、すっげぇ~と目を輝かせていた。
商会の直ぐ横の道を西に進むと隣町に行け、そこから北西に延びる細道に入っていくと言う世話役の子の言葉に従って進むと、三時程で聞いていた町に着いた。と言っても、そこまでの道沿いには家や店が途切れる事なく並んでいたので分かり難かったが、それまで道を逸れれば畑が見られたのが奥に家、通りに店という感じになったので、それが町なんだと理解できた。
丁度官吏が二人、道行く人々を見ていたのでラバから降りて声を掛けるが、この町に宿は二軒あると言う。ついでに遺跡方面への道も尋ねると、三本先の斜めに入っていく道がそうらしい。
「う~ん、どうする?ここで一泊するか?それとも行ける所まで進むか?」
ここで泊まるのも良いけど、まだ日は充分に高い。少なくとも一時以上は進める。ラバたちも道が良かったからか全然疲れた様子はない。
これは進む一択か?と思われたが、シャイニーが難色を示した。
「ルー君、怪我は大丈夫なの?」
ああ、俺の心配をしてくれてたのか。もう激しい運動とかさえしなければ、全然平気だ。ラバさえ暴れなければ...
その事を伝えると、漸く安心しつつも無理しないでと懇願された。まあ心配されるのも悪くないけど、ちょっと心配し過ぎだ。もう大丈夫だろうと判断して出発してきたのにな。
「ところで本当にお婆さんの息子夫婦のところは寄らなくても良いのか?フェマ」
「ああ。そういう約束じゃ。それに婆様に恩義はあれど、そんな婆様が何度も煮え湯を飲まされたあ奴らには、これ以上関わりとうないからの」
おやま、ちょっと意外だな。この数日感じたのはフェマは人と無暗に関わろうとする節がある。あの夜盗親子(主に父子だが)然り。家を訪れたお婆さんの息子夫婦にも窘める場面があったように思う。俺は怪我でそれどころじゃなかったけど。当然その流れで王都に住んでいる息子夫婦のところへ挨拶に立ち寄ると思ってたんだけどな。
兎に角、進む事に決めた俺たちは少し休憩をした後、追加の買い物をして官吏に教えて貰った道へと進む。
その道は聞いていた通り、大型馬車が通るには狭すぎで小型の馬車でも道を譲らないと通れそうにない細い道だった。しかしうっそうとした感じでもなく、のんびりと進むには気持ちの良い道だった。脇に木が立ち並ぶが、夏の日差しを和らげてくれ暑さは感じない。街道であれば日差しは厳しかったように思う。うん、こちらの道にして正解だったな。
それから日が傾きかけた頃、手頃な空き地を見付けてここに野宿する事に。適度な位置に集落は無かったので仕方ないけど、水場も直ぐ傍にあるので野宿目的の場所なのだろうな、ここは。
水を汲みに行くと、シャイニーが付いてきた。まだ俺の怪我が心配なのだろう。
「ウチも持つから、ルー君は少しだけにして?」
「ははは、ありがとうニー。でも無理はしてないからそんなに気にしなくても良いよ」
「でもウチ...ルー君の為に何もしてあげられてないし...」
「何言ってんだよ。一人で町まで賊を運んだし、医者も連れて来てくれたじゃないか。それまで一人でなんて行こうとしなかったのにさ」
「えっ!?そ、それはルー君が怪我をしていたから、ウチ必死で...それにウチ、ルー君にくっついているだけで何も役に立ってないし...本当にこのまま付いていっても良いのかなって...」
「...何を言ってるんだよ。俺一人だったら、この旅はもう途中で嫌気が差していたと思う。前回の石を売ったお金を元にどこかに家でも買って別の仕事を探してたかも知れないんだ。ニーがいてくれるからこの仕事を続けようって。ニーと一緒に旅が出来るから旅が楽しいって思えているんだ。ニーが嫌だって言うなら俺も諦めるけどさ、それでも一緒にいて欲しいんだ。一人でどこかへ行ってしまうだなんて言わないでくれ」
「...ルー君...」
何か火が着いてしまい、俺はシャイニーに縋るよう捲し立ててしまった。てか、あれ?これって...あれれ?何か告白みたいになってないか?一緒にいてくれだなんて...まるで口説いているようじゃないか...
夢の中の出来事に引っ張られたのかな?でも、今言ったのは俺の本心でもある。足元ばかり見ていた村からの道だったけど、シャイニーが一緒になってからはシャイニーの様子を見ながらだったり景色を見ながらだったりで徐々に楽しめるようになった。食事だって黙々と食べていて味気なかったのに、二人で食べるようになってから美味しいと感じるようになった。勿論、シャイニーの料理の腕が俺より上というのもあるけど。
出会ってたった二月半ではあるけど、もう既にシャイニー抜きの旅は考えられなくなっている。これからも色々な問題に出くわすだろうけど、シャイニーがいれば頑張れる気がするんだ。だから俺と一緒にいて欲しい、シャイニー。
「...ん。ルー君がウチを必要としてくれるのなら、ウチはどこまでも付いていく。でも...ウチ、ルー君のお荷物にはなりたくないの。ウチに出来る事があったら何でも言って」
やっぱりお荷物だと思っていたのか。まぁ、これまでは仕方ないと思うけど、これから国外に出ていくとシャイニーの存在が活きてくると思うんだ。だからこれからはシャイニーにも一肌脱いで貰わないと。
「え?人に?どういう事?」
「王国内にはもう石は売らずに国外で売っていく事になるのは分かるだろ?でもその売り先は宝石屋ばかりじゃなくなると思っている。たぶん領主とかに直接接触する事も増えてくるだろう。その時、シャイニーが俺の隣に立つ必要が出てくる。俺の伴侶として。いつまでも俺の後ろに隠れている訳にはいかないから、早く知らない人に慣れて欲しい」
「ふぇっ!?ルー君の...伴侶!?」
その為にもザール商会で正装の服を揃えているんだから。って、あれ?言い方をまた間違えたかな?
シャイニーは未だに人見知りが激しい。今までの境遇がそうさせているんだろうけど、これからはそうも言ってられないだろう。ほかにも、下心のある相手をあしらう事も覚えて欲しいし、やるべき事は多いだろう。
...俺も頑張らねば。人の心配ばかりしていられない。交渉能力だってまだ素人なのだから。世のタヌキを相手にしなければいけないのだから。
「...ルー君。ひとつお願いが...少しで良いからギュッとして?ウチ、あの泥棒の人に身体を触られてから何だかずっと身体がおかしいの。あの時の事を思い出すだけで嫌な感触を思い出しちゃって...早くあの事を忘れたいの」
ああ、そういやあの男にシャイニーは胸とかおもいっきり触られていたな。そうか、そんなに嫌だったんだ。俺がギュッとしただけでも良いならいつでも良いぞ?ってか、寝る時はいつも俺にくっついているじゃないか...と思ったけど、それだけでは解消できなかったと言う。仕方ない奴だなぁ、ほらおいで。
その後、シャイニーとフェマの合作の夕食を美味しく頂くと、張っておいた小さな天幕に入り寝る事にした。明日も暑くなりそうだから、確りと寝ておく。天幕を張った場所は周囲に木が沢山立っている事もあり、思っていたよりも涼しく感じる。代わりに虫が多いので雨の心配も無いのに天幕を張ったのだ。中に入ると早々にいつも通り俺にくっついて寝息をたて始める。心なしか密着度が上がっている気がするが、どうやら気のせいではないようだ。フェマもそれを見て苦笑しながら、シャイニーの隣に入る。
さあ、俺も寝るとするか。
すると、いつの間に天幕に入ったのか、ミーアが俺の隣に潜り込んできた。
...あれ?ミーアってこんなにも存在感があったっけ?
「...やっぱり狭いわね」
ぇ?今のは誰?シャイニー...はもう寝息を立てているし、フェマはそのシャイニーの向こう側で静かになっているところを見ると寝たのだろう。じゃあ今のは?聞き覚えの無い声...いや、この感触はどこかで...
「ねぇ、起きてる?って、もう寝ちゃったかな?」
「...君は誰?どうやってこの中に?」
「あら。まだ起きていたのね?分からない?」
「もしかして君...ミーア?」
「ええ、そうよ。あ、こっち向かないでね?触るのも無し。服がないから...」
うぇ!?いやちょっと待て?白猫のミーアだって?確かに今、シャイニーとは反対のミーアが潜り込んだ場所からは、シャイニーと同じような人の感触が...
「ミーア、もしかして君は呪いを?」
「ええ、猫になる呪い。どうやら寝床の中でだけ元の姿に戻れるみたい。ちょっ!こっち向かないでよ。裸なんだから!」
「あ、ごめんなさい。で、何か俺に用なの?」
「まっ!それはご挨拶ね。あの馬モドキを勧めたのもわたし、乗れるようにしてあげてるのもわたし、馬モドキをけしかけて賊から助けたのもわたし、泥棒の女を官権に捕まえさせたのもわたしなのよ?それが何か用なの?って...他に何か言う事があるんじゃないの?」
「えっ!?あっ!!あの...色々とありがとうございました」
「ちょっと!こっち見ない!まぁ、いくらでも感謝しなさい。ご飯は美味しいのをヨロシクね?てか、あなた色々と面白いわね。これからも付いていくからヨロシクね?」
すると、ミーアはやっぱり暑いからと、寝床から出ていく。白猫に姿を戻して。
うわぁ、これは驚いた。ミーアが女の子だったなんて。実はチラッと顔が...いや、白い肩から上が見えたんだけど、俺やシャイニーと同年代っぽかった。肩より下のふたつの膨らみは大きいとは言えないまでも、栄養の足りていなかったシャイニーよりは育っているらしい。先の方は隠れて見えなかったけど。
いや、それどころではない。猫だと思っていたミーアは実は呪いの掛かった人間だったんだ。しかし、驚きを隠せないまま急激に眠気に襲われた俺は、どうしたら良いのか分からないまま、また夢の中へと沈んでいくのだった。




