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√真実 -029 訪問者は



「危なかったな~」


 取り込んだ洗濯物の山を背に窓の外を見る。雲行きが怪しかったのと、遠くで雷の鳴る音が聞こえたので、洗って干してあった洗濯物やシーツを取り込んだ直後に雨が振りだしたのだ。午前中に買い物を済ませておいて正解だったな。

 洗濯物は午前中の日差しで既にカラカラに乾いていた。これなら部屋干しし直さなくても大丈夫だろう。


 出校日の翌日である昨日は午前中ほぼ空になっていた冷凍庫のストックを少しでも増やすべく料理にのめり込んだ。黒生先生がいないので、少し味付けが大雑把になってしまった。俺もまだまだだな。午後からはやはりストックの無くなった宿題を黙々と進めて一日を終わらせた。

 今日は身体の痛みもある程度解消されたので、通常の掃除洗濯に加えて布団のシーツ類の洗濯を一気に済ませたのだ。パリッと乾いたシーツはこの時期は神にも匹敵するからな。

 それにしても雨が降るのが今日で良かった。今日は陸上部は丸一日休養日だ。もし降るのが昨日だったら智樹たち陸上部の自主練中に濡れていたであろうから、体調管理にも影響していたかもしれない。況してや降るのが明日だったら、雨の中を走らなければならない分全力が出せなくなったり怪我が心配になるからな。


 そんな事を考えながら食した昼飯の食器を洗って籠に立て掛けていた所で玄関のチャイムが鳴った。ん?誰だろ。今日は勉強会はないから智樹たちではない筈。てか、この雨の中を訪ねて来るなんて...

 手を拭いて玄関に向かい、は~い、と開けて驚いた。


「ちょっ!光輝(キラリ)!ずぶ濡れじゃないか!」


 またか!この()はっ!いや、前回は俺も一緒に濡れたのでノーカウントとしても、つくづく運がないと言うか...

 てか、もしかして勉強しに来たのか?勉強会は明日まで無しになったって智下とか智樹辺りから連絡が行って無かったのか?いやその前に、出校日に不調で早退したのはもう良いのか?こんなに濡れちゃ、またぶり返さないのか?


 兎に角、早く乾かさないと!と黒生(くろはえ)を中に招き入れるが...


「...ぐすっ...真実くん...ごめんなさい...ウチ、何も出来なくて...真実が大怪我するのを見てる事しか出来なくって...」


 その細い腕を引いて中に入れたところで、靴を脱がず立ち止まった黒生に引っ張られる形になったので振り向くと、掴んでいる包帯の巻かれた俺の腕に涙を浮かべた目が向いていた。ちょっ!まだそんな事を!?


「待った、待った!病院でも言ったけど、ちゃんと光輝だって役に立ってたって!だからもう気にするなよ。それより早く拭かないと。風邪を引いちゃうから。な?」


 宥めるように言って上がらすと、脱衣場からバスタオルを持ってきて濡れた体を拭かせるけど、服もそれなりに濡れている。このままじゃ身体が冷えちゃわないか?仕方ないな、またシャワーを浴びさせるか。でも今回は一緒には入らないし、入れないからな?

 黒生を脱衣場に放り込むと、また着替えを取りに二階に上がる。一昨日の学校の階段みたいにはもう身体の痛みは出なくなった...ように思う。今回の着替えはTシャツにゴムの綿パン、夏でも肌寒い日用に買っておいたシャンブレーシャツを取り出した。黒生は少しガードが甘いから、俺のTシャツじゃ見えてしまいそうだ。


 脱衣場に戻り、ドアをノックする。すると少し遅れて小さな返事が返ってきた。今度はちゃんと脱げたようでホッとした。ほんの少しドアを開けたところでシャワーの音が聞こえてきたので、今度こそ間違いが起こる事は無さそうだ。

 が、中に入って俺は固まった。視線の先に白くて柔らかそうな塊が着ていた服の上にポンと乗っかっているのを、俺の目がロックオンして離さない!あ、あれは...おぱんちゅ!?それに小さな二つのお山を守っているブラ様!?

 い、いかん!俺じゃない何かが顔を覗かせているっ!ブルブルと首を振って邪念を払い、黒生に声を掛けようとして再度固まった。磨りガラス越しに肌色のシルエットが...

 な、生黒生がこのドアの向こうに!ゴクリと喉が鳴る。ブンブンブン!だ、駄目だ!つい今しがた邪念を払ったばかりじゃないか!!


「中までは濡れてなかったか?着替えを置いておくから」


 返事がないけど、シャワーで溺れる事もないだろう。何か温かい飲み物でも作っておこう。上がったらリビングに来るよう声を掛けて湯を沸かしに行く。ん?紅茶とかよりも牛乳系の方が良いか。料理用にと一本買っておいたからな。落ち着くには温かくて甘い方が良い。

 ミルクパンに牛乳を入れて火に掛け、砂糖を投入。暑い日にエアコンを効かせた部屋で温かい飲み物を飲む。それも良いじゃないか。暑いと言っても体を冷やし過ぎちゃいけない。



「...真実くん。シャワーと着替え、ありがと。何度もごめんなさい」

「...謝る事じゃないだろ?まぁ、先ずは座ってこれを飲んで」


 シャワーを終わらせて出てくるなり何に付いてか分からない謝罪をしてくるので、俺は小さな溜め息を吐いて大きめのマグカップを渡す。同じ中身の入った一回り小さなカップは俺用だ。

 クピッと一口飲んだ黒生の顔が少しだけ弛んだ気がした。うん、温めたミルクは正解だったみたいだ。そう言えばと黒生に昼は食べたのか聞くと、食べてないけど、食べる気にならないから良いと言う。む、ちゃんと食べないと。あ、そうだ。冷蔵庫からプラカップに入ったそれを取り出して小皿に盛りスプーンと一緒に持っていく。


「...あ、これ」

「うん。綾乃に貰ったお土産。冷やしきんつばだって。知らない内に二つ、母さんに食われちゃってね。一緒に食べよう。これだけの暑さの中、何も食べないのは良くないだろうから」

「...でもこれ、真実くんの分...」

「良いよ、俺はひとつ食べられれば。光輝はもう食べた?」


 すると首を横に振る黒生。まだ食べてなかったのかと思ったら、少し違うみたいだ。


「...お母さんが仕事先に持ってっちゃって...」


 ありゃま、食べられなかったのか。じゃあ丁度良いじゃないかと言って勧めると、漸くそれを手にした。それにしても食べ方が何だか可愛い。丸でハムスターだな。

 先に食べ終わり、その様子を微笑ましく思って見ていて気付いた。黒生、髪がまだ乾いてないじゃん。遠慮してドライヤーを使わなかったのか?仕方ないなぁ。ドライヤーを持ってきて、乾かしてあげるからそのまま座っていてと言うと、えっ!?と固まってしまった。


「一昨日、学校を早退したじゃないか。濡れたままじゃ、折角体を温めても風邪を引いちゃうから」

「...いや、その...一昨日は初めて女の子の日になっちゃって...それでその日は問題無いから帰っても良いって...」

「えっ!?女の子の...!?」


 それって所謂...あの日って事だよね?あ、いや、その話は俺は聞いちゃいけないんじゃ...???あたふたする俺に、尚も話続ける黒生。


「...保健の先生は一週間前後かなって言ってたけど、今日はもう殆ど大丈夫みたいだったから...」


 保健の先生に、なる前とかは精神的にもイライラしたりお腹が痛くなったり、不安定になりやすいものだから気にしなくて良いって...それでか?丁度その時期にあんな事があったから余計に不安定になって...っていや、そんな事まで聞いてないからね?安心させようとしてるのは分かるけどさ!ああ、それで姉妹のいる布田はピンときたのか。智樹は何でも知ってそうで納得だけど。知らぬは俺だけだったって事か。大会云々だけじゃなくて、それもあっての明日まで勉強会中止なのね。


 でも病気とかじゃなくて良かった。事情が分かった事で少し安心してドライヤーのスイッチを入れる。黒生があたふたしだしたけど、お構い無しに温風を髪に当てる。勿論うわべだけじゃなく、髪をかき上げて根元から乾かすように。それも近付け過ぎないように熱くなり過ぎないように。

 ...あれ?何でこんな事を知っているんだ?俺は。女の子の髪を乾かすなんて事はした事ないのに。って、ああそうか。

 幼い頃、小学校に上がる前だったかに、母さんの髪を乾かしてあげようとして教えて貰ったんだ。それ一度きりだった筈なのに、よく覚えていたな。






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