√真実 -028 出校日-5 (母無双?)
入って来るなり、バシッと俺の頭を叩く母さん。
「お前、何してんだい!」
その様子にホッとする表情をする教師たち。やっと話の通じる人間が来たと胸を撫で下ろしているようだが...
「もっと言いたい事を整理して、落とし所を考えてから口にしなさい!今のは思い付いた事をただ口に並べただけでしょ!そんなんじゃ纏まる話も纏まらないわよ!」
...は?それって、落とし所を考えればもっとやって良いって事か?教師の三人も意表を突かれたようでポカーンと口を開けている。
「それで?今日は何で私が呼ばれたのかしら?」
母さんに声を掛けられてハッとする教師たち。入口に近い席に座っていた担任が着席を勧める。
「ああ、そうですね。お座り下さい。先日の事件についてです。街中で乱闘をして怪我を負ったとか」
「乱闘なんてしてない!」
「でも事件に首を突っ込んで怪我をしたのは本当だろ?」
「だから!知り合いを庇ったからって言ってるだろ!?」
「事件に関わった事が問題だと言ってるんだ!」
いや、それは今初めて口にしただろ!?
「それに、聞けば以前にも同じく事件に首を突っ込んで、事もあろうか相手を投げ飛ばしたそうじゃないか!違うのか?」
うぐっ!それも耳にしていたんだ。確かに投げ飛ばしたのは事実だ。でもそれは女子二人がピンチだったからで...
俺が狼狽えていると、母さんが深い溜め息を吐いて立ち上がろうとする。すると体育教師が話はまだだとそれを止めるが...
「くだらない事で呼んだものね。あんたたち学校って何?子供たちを勉強だけする機械にでもしたい訳?もしそうならさっさと辞表出してどっかの工場にでも勤めなさいな。こっちは人の命を預かる仕事を放っぽって来てるんだから」
「は?いや、お母さん。息子さんは街中で喧嘩を...」
目を吊り上げて愚痴る母さんに、担任が怯みながらも問題を口にしようとするが、直ぐに母さんに止められた。
「あんた、警察から何をどう聞いたの?真実は喧嘩じゃなくて人助けをしたの。それもお腹に赤ちゃんがいる人を。誉める事はあっても非難する事なんて何もしてないわよ?それとも何?良いガタイをしておいて自分には出来ない事を教え子がしたから僻んでいる訳?情けない男ねぇ。それに、貴方にお母さん呼ばわりされる覚えはないわ、坊や」
「ぼ、坊や...」
うぇ!?体育教師を子供扱いする母さん。そんなに歳は変わらないと思うんだけど...
「まあまあ、飛弾さん。我々は息子さんが事件に介入して怪我をした事を重要視している訳で...もっとやりようはあったのではないかと言っているんですよ」
今度は教頭が口を出してくるが、その言葉に母さんは溜め息を深く吐く。
「...はぁ、本っ当に頭が悪いわね。やりようって何?状況から真実が身をもって女性を庇うか相手を殴り飛ばすしか選択肢は無かったと思うけど。まだ身体の軽い真実じゃ殴っても飛ばせなかっただろうから、庇うので正解だったと私は考えているわ。それとも身重な女性が蹴飛ばされているのを警察が到着するまで黙って見ていろと?あんたが蹴られる立場だったら、警察呼んだからそのまま蹴られながら待っててねって言われて納得するの?況してや身重な女性。お腹の赤ん坊が流れたらどう責任を取るの?真実はその女性と赤ん坊、後悔してしまう自分と、加害者をも守ったのよ?今言った意味がそのスカスカな脳筋の頭で理解出来る?全く、何も考えずにただ非難するだなんて、何て腐ったミカンなの?頼むから生徒まで腐らさないでよ?」
三人を睨み付けながらマシンガントークを吐いた母さんに、一同は口をつぐんだ。口は悪いが、母さんがどう思っていたのかよく分かる言葉だった。俺をそんな風に評価していてくれたんだな。ちょっとジンと来たぞ?母さんが俺を誉める事なんて滅多にないから...
「校長!そこで聞いてるんでしょ!?出てきなさい!」
入口とは別の扉に向かって叫ぶ母さん。確かあの扉は職員室に繋がってた筈。そっと半分程開いた扉から禿げ気味の頭が覗く。
「さっさと出てきなさい!校長もこの三人と同じ意見なの?」
「い、いや。私は表彰をしましょうと言ったのですが...他の先生方が問題だと...」
「それで私が呼ばれたと?ったく、そんな弱気だから胃に穴が開くのよ!」
は?胃に穴が?もしかして校長先生って母さんの患者?他の三人も目を白黒させている。
「そうは言いましても...生徒だけならまだしも、こう癖のある教師たちを纏めるのは骨が折れましてね。おかげで生徒たちへの目も疎かになっていたようですわ。はぁ、あって欲しくはないと思っていた虐めが...飛弾先生、どうしたら良いと思いますか?私の胃を治した先生なら何か良い方法をご存知ありませんか?」
「そんなの私は専門外よ。自分で考えなさい。校長には出来は悪いけど、たくさん兵隊がいるじゃない。顎で使えば良いのよ。分かった?さて、私はもう仕事に戻るけど、問題無いわよね?これくらいの事で呼び出すのは二度と御免よ?」
溜め息を吐いた母さんは今度こそ立ち上がって帰ろうとすると、俺に目を向けた。
「真実。この位の事、今後は自分で何とかしなさい!態々私が出て来なくても良いように、ね」
俺の返事を聞く前に指導室を出ていく母さん。ポカンとそれを見送る一同。校長だけがペコペコと頭を下げていた。
今一度、校長を交えて事のあらましを学校側に伝えた俺は、問題無い事を確認して生徒指導室を出た。壁の時計は12時半を過ぎていた。はぁ、疲れたな。
幸い説明は今回の事についてだけだったから、前回の智下や黒生の事は学校には話さなくて済んだ。二人の名前を出せば、また二人が呼ばれて面倒な話になる所だったし。体育教師、担任、教頭の三人は母さんの圧力に負けてその事を聞き出す気力も出なかったようだ。うん、分かる。俺もそうだから。てか、俺の苦労の一端を分かって貰えたかな?はははは。
「...え?あれ?もしかして待っててくれたの?」
廊下には、先に帰ったと思っていた智樹と智下が待っていた。
「お務めご苦労様」
「ぷくくっ。爽快だったわね?何かスッキリしたわ」
二人とも聞いてたんだ。てか母さん、二人がいるのを分かっててあんな啖呵を切ったんだな。
「何だか酷く疲れたよ。あんな人の話を聞かない人たちだったなんて...まぁ予想は付いてたけどな」
「ああ、教師たちは外聞に敏感過ぎるからなぁ。既に噂で問い合わせでも来ていたんだろ。で、そういう問い合わせは全て良くない話だと決めつけて...」
「あ、分かる。PTAにも弱いよね~。特に三年前のPTA!すっごい口煩いオバサンがいて振り回されてたらしいって聞いた事があるわ。確か二小の方の人だって...小学校の時にPTAが強かった事が無かった?」
ああ、そう言えばそんな事もあったな。確か小三の時だったっけ?当時、児童に人気の癖の強い先生が、翌年他の学校に飛ばされてガッカリしたものだ。その時に散々クレームを付けられて染み付いてしまった隠蔽体質が影響しているのだろうか?それで見付かったらその時に対処すれば良いと...
「あ~、その話は一小でも有名だったな。まぁ、一小でも似たようなものだったけどな」
「へぇ、普通は逆のような気がするんだけどな。言われて良くなっていくものじゃ無いのか?」
「言われ過ぎたんじゃないか?疲弊して対処しきれなくなったってところだろ」
成る程、それは同情するけど...俺たち生徒を蔑ろに、犠牲にしないで欲しい。それにしてもそのオバサン、迷惑な話ではあるけど本人としては児童を思って真剣に取り組んだからだろうな。憎みきれない。
「それにしても...飛弾のとこのおばさんって何の仕事なの?命を預かるとか校長の胃がどうとか言ってたけど...医者...じゃないわよねぇ。看護師?」
「いや、医者だろ。飛弾先生とか呼んでたし。教師でも無さそうだしな」
流石は智樹、大当たりだ。何科の医者なのかは未だに知らないけどな。内科か何かなのかな?
「それはそうと、光輝は大した事はないそうだけど、綾乃は?中々戻って来なかったろ?」
「あ~。キラリや華子と一緒に保健の先生の特別授業を受けた後、酷く眠くなってね。無理するなって、キラリと並んで横になって寝てたのよ」
ガクッとした。心配したのに寝てただなんて。ああ、だからスッキリした顔をしていたのか。そんなの許されるのか?と思ったら今日は授業じゃないので出欠は関係無いそうだ。二度ガクッとした。無理して来なくても良かったのかよ!
それにしても、特別授業?何だか興味を持ったけど、それは何故か智樹に止められた。智下も苦笑するばかりだ。俺だけ除け者?
その後、碌に冷蔵庫の中身がない事を思い出した俺は、買い物に行きたいからと今日の午後の勉強会は辞退して明日からにして貰おうとしたら、明日は明明後日にある陸上の大会の為の最終調整の日なので、暑さに慣れる為にも午後も自主練に出るつもりだと言う。地方選を勝ち抜いた和多野もそうだと言うし、黒生は無理しない為にも明日は静養する事を薦められていたそうだから来ないだろうと。智下は二人きりで勉強するのも何となく憚れるから止めておくと言い出したので、明明後日までは勉強会は見送ろうという話になった。
あらま、こんなんだったら教室で決めておけば良かったな。そうすれば二人とも残らなくても済んだのに。でも二人は面白いものが見れたと気にはしてなかった。
さて、帰ったら冷蔵庫の中の残り物を温めて食べたら買い物に行くか。でも怪我の事もあるから買いすぎ注意だけど、財布の中身を調整しておけば大丈夫だよね?だよね?




