√真実 -002 水浴びの顛末とプール
「おはよう、真実。で?辿り着いたのか?」
学校に着くなり、前の席の智樹が後ろを向いて俺の机に肩肘をついて聞いてきた。こちらが挨拶を返す前に...全く、俺の夢の話にすっかりハマっちまったな。仕方ない。話してやるか。
この一週間近く、夢の中の俺は自分の出身地であるバレット村を目指していた。目的は王都でほぼ全てを売り払ってしまった商材を仕入れにだ。
村ではその世界で唯一、その場でしか採れない物を産出しており、出身者でないと村にも入らせて貰えない。余所者には卸さないという村独自のルールだ。村出身者である血縁者はお金に困らないようにという代々続く村の支援策だ。元々は産出量が少ないからという苦肉の策だったが、それが巧く働いて永らく村が繁栄している。
「いや、それがさ。休憩の時に駄ラバが逃げ出してさ」
二人で捕まえるのにえらく手間を取ってしまった。その間、雌ラバのメーラは草を食み、白猫のミーアはメーラの背で優雅に昼寝をしていたが、お陰で二人とも汗だくになってしまった。仕方ないから川で水浴びをしたんだけど、ちょっとしたハプニングが発生。
「洗濯のついでにと服を着たまま入ってみたら、服が身体に張り付いちゃって...」
二人で手伝い合いながら服を脱ごうとしたんだけど、彼女の服を脱がそうとしたらこれがピッタリ過ぎるサイズで、二人がかりでも中々脱げない。
王都のザール商会で、エスピーヌの率いる商隊の護衛のリーダーであるサフランが選んだ服だった。サフランは元々、女性服売り場でカリスマ性を持つ売り場の主任だったが、体を動かす方が性に合うからと護衛職に転向していたのだ。そんなサフランの選んだ服なので、彼女にはとても似合った服であったが、かなりタイトな服も混じっていて、この日は運の悪い事にその中でも一番攻めた服だったのだ。
「...馬鹿だなぁ。それにそれって、絶対危ないだろ」
「...うん。無理して引っ張ったんだけど...破れはしなかったんだけどねぇ」
破れはしなかったけど、脱げた。
下着ごと。
ぶっちゃけ先に服を脱いで、下着で川に入った方が良かったのかも知れない。いや、それも問題があった。彼女が作った下着の生地では、水に濡れると透けてしまうのだ。既に道中で一度、経験済みである。
嬉し恥ずかしハプニング。
だが、夢の中の俺にはちょっと困るのだ。だって彼女とは寝る時までいつも一緒なのだから。
「ま、ラッキーくらいに思っていた方が良いぞ?」
「他人事だと思って...」
一時的な関わりなら忘れる事も出来るが、ずっと一緒だとちょっと気まずいのである。しかも思春期まっただ中の二人にとっては。
特に最近彼女は栄養状態の改善によってガリガリだった身体が丸みを帯びふっくらしてきた。勿論それは胸も...
「全く、あの駄ラバのせいであんなに振り回されなきゃならないんだよ...」
「...寧ろご褒美だろ。真実だって健全な男子だろ?」
「...。」
ジロリと睨む俺に気付かない訳がないのに、智樹は更に続ける。
「そもそも、何でそんな服を着てたんだよ」
「ああ、それは次の町が彼女のいた孤児院のある町なんだ。まぁ、町と言うよりは規模的には村なんだけど、一応孤児院はあるし小さいけど銀行もあるから、地元では町扱いだね。彼女なりの孤児院への当て付けだと思うよ」
少し買い物をして通過するだけのつもりだったその町で、もし自分を追い出した孤児院の誰かに見られても石を投げつけられない程度には着飾った姿を見せたいと思ったようだ。
確かに出会った当時は磨れて今にも破れそうな使い古した服を着ていた。そんな服をいつまでも着ていては見ず知らずの人にも印象は良くない事は明白だと、直ぐ様俺は自分のを買うついでに彼女に衣服を古着でだが買い与えたのだ。
勿論、こんな片田舎で自分の取り扱う商材を売る事は出来ない。高価すぎて買い手が付かないからだ。なので手持ちの端金で最低限の旅に必要な物を買い揃え、ここを出立したのが約二ヶ月前。
もうその時から彼女が雨露避けのテントはひとつで良いからと二つ買うのを固辞していたのだ。その時の倹約具合が今でも続くのは元から二人とも倹約生活に慣れていたからに他ならないが、それにしても年頃の男女なのだから俺としては別々に寝た方が良いと思うのは普通では無かろうか。
そんな事を思い出しながら町の中を歩く。
駄ラバの逃走劇のせいでその日の内にバレット村に入るのは無理だろう。特にこの先は大きな馬車は通るのが無理な細くて険しい道だ。通る人が少ないので草も生え放題で、云わば獣道と化している。初めて通る人は、本当にこの先に村があるのだろうかと不安になる程だ。そんな道を陽が傾いてから入れば途端に遭難し兼ねない。俺たちが村に行く事は伝えてないから、もしそうなっても捜索隊は出ないだろう。無理は出来ない。
「じゃあ、その町に一泊するのか。宿はあるのか?」
「いや、宿まではないよ。宿は別の道を進んだ先にあるけど少し離れているから、その町に泊まる人は教会を利用する事が多いらしい...んだけど」
更衣室で着替えをしながら智樹に話を続ける俺。次の四時間目は体育でプールだ。流石に体育は男女別々で、二クラス合同となる。普通なら男子がプールなら、女子は座学か体育館で別のスポーツを行うのだが、今日は夏休み直前という事もあってか女子もプールらしい。他のエロい男子が色めきたっている。
「だけど?何かあるのか?」
「教会で泊まるって事は、棟続きの孤児院に寝泊まりするって事になるんだ」
「うわっ...そんなん、トラブルになるのは目に見えてるじゃん!」
「そう、だよね。だから別の所を探すか、町外れでテントを張るか...」
「で?どうなった?」
「うん。泊めて貰える事になった」
一先ず夕食にと、数少ない町の食道に入って安めの定食を頼もうとした時、店員のおばさんが彼女の顔を見て固まった。何事かと見上げると、そのおばさんが彼女に声を掛ける。
もしかして、シャイニーでは?と。
彼女はその人が誰だか分からなかったようだが、彼女が孤児院に預けられた赤ん坊の頃に孤児院で働いていたらしい。化粧で誤魔化している顔の痕に気付いて、もしやと思ったらしい。時々教会に行くついでに様子を見に行っていたのだが、二ヶ月前に自ら出ていったと聞いて心配していたと言う。
「自らって...追い出されたんだろ?無理矢理に」
「ああ。その後、色々と話がしたいからとそこに泊めて貰える事になったんだけど、そのおばさんの話だと、彼女を預けた人物からおばさん宛に定期的にお金が送られてきて彼女の様子を手紙で知らせていたらしいんだ」
それはそのおばさんが子供を産んで孤児院を辞めた後も続いていた。おばさんはそのお金は自分が受け取る物じゃないからと、孤児院に全額寄付していたそうなんだけど、寄付した足で孤児院の中の様子を見に行くと、他の子達と仲良く遊ぶ彼女を見て安心していたらしい。しかし、それは孤児院の職員がよく似た別の子にフードを被せさせて顔を見難くさせていたようだ。
実際の彼女はと言うと、朝から晩まで掃除洗濯料理を強制され、人目に付かないところで殴る蹴るの暴行を日常的にされ続けていた。それを聞いたおばさんは愕然とし、彼女に泣いて謝った。遠目に見守るだけでなく、ちゃんと声を掛けていれば良かったと。
「酷い話だなぁ。追い出されて良かったんじゃないのか?」
「そう、だろうね。実際、栄養状態も良くなかったみたいだし」
「それにしても、よくそんな環境に耐えていたよな」
「まあ、そこにいれば一人きりにはならなかったからじゃないかなぁ」
「あ~、もしかしてお前に付いていくのは一人になるのが怖くて、か?」
「う~ん。そう、なのかなぁ。まあ、ちょっと依存されてる感はするかな?」
「...何かさ、今の真実と智下や黒生みたいじゃね?」
「はあ?何でそうなるのさ?」
「だってよ、ほら」
智樹が手でクイクイと指す方を見れば、智下が俺たちに手を振り、黒生もこちらを見ていた。
俺もだが、この二人は文化部と言う名の帰宅部で、ここ最近は土日も含めて校外ではほぼ一緒に行動していた。と言うのも、学校が終わった後は俺の家で勉強を、終末は俺が小学生の時から通っている護身術の道場に二人も通う事になり、同じ時間帯に受けている。
とは言え、今まで師範とワンツーマンだったのが、俺がこの二人の相手をする事も多く、更に大学生のミサまで対抗心を燃やして?一緒に稽古をしていた。俺、最近は自分の稽古を録にしてないような気がする。
と、今は水泳の授業だが、既に一学期の期末テストも終わり夏休み直前で先生たちも気が緩んでいるからか、途中から自由時間になっていた。
智下も黒生も、他の人たちからは距離を置いていたが、俺たちには平気のようだ。他の女子も男子とはなるべく距離を取っているようだが、一部馬鹿な男子たちに追い掛けられて逃げ惑う姿も見掛けられ、見咎めた先生に男子たちが捕まって腕立て伏せを強要させられていた。
改めて目の前に来た二人を見る。指定のスクール水着で色気は殆ど無いが、文化部らしく二人とも色白で柔らかそうな肌が印象的だ。智下はそうでもないが、黒生は少し線が細く夢の中の彼女を思い起こさせる。ちゃんと食べて...いるんだよな?少なくとも俺に料理を教えてくれているんだから、その心配は不要の筈。
そして、二人とも胸はまだ発達途中なのか、慎ましいものだったが、若干智下の方が大きいかな?という感じだ。早い子は小学生の頃から大人顔負けの育ち方をしているのを考えると、少し遅いのかも知れない。まあ、終末に私服姿を見てるから知ってたけどな。
「...どこ見てんのよ?」
智下が胸元を腕で隠して睨んできた。え。あ~。その...何でもないよ?
思わず水の中に沈んでその視線から逃げようとしたが、水の中ではそのすらりとした体肢が目の前に。あ。やべ。何か下半身がウズウズと...
「てか、陸上部エースの秦石君は分かるけど、帰宅部の飛弾が何でそんなに体が引き締まってるのよ」
智下が俺たちの体を見てぼそりと言うが...どこ見てんのよ?
「お~!またこの四人か?お前ら好きだな~。もしかして付き合ってんのか?」
そこに布田が豪快なクロールで近寄って来ると、それに引き寄せられるように和多野まで近寄ってきた。
うわ、和多野は意外と胸があるんだな。って、何故か智下の目が更に鋭くなった。てか、いつも控え目な黒生まで俺を睨んでいる?何か珍しい物を見たな~。
「こらー!フダ!変な目で女子の体を見るな!」
「はあ?何言ってるんだ?見るも何もおれは今来たばかりだろ!てか、ワタは来なくても良いから!目が腐る!耳が腐る!水が腐る!」
「なんだってー!!」
バシャン!!
和多野が水中から一気に跳ね上がると、見事な延髄斬りが布田を襲った。あまりにも見事な蹴りだったので、四人が呆気に取られてしまった。流石に智樹も和多野がこんな技を持っているとは思わなかったようだ。それをマトモに受けた布田がプカリと浮かぶ。あ、死んだ。
ザバッ!
「くぉんのぉぉぉぉぉ!ワタァァァァ!」
「何?やんの?受けて立つわよ!?」
途端に水中プロレスが始まったけど、止めなくても良いのかなぁ...最近のストッパー役の黒生もあたふたしてはいるけど、流石に水着では暴れる二人を止めには入れないようだ。
あ、和多野が布田にヘッドロックを決めて水中に沈めようとしている。布田ぁ、和多野の胸に半分埋もれた顔がだらしなく緩んでいるぞ?そのまま布田を沈めても誰も文句を言わないかも知れないな。