√真実 -024 出校日-1 (バス通学)
「あ、降ります!」
俺は財布から170円を取り出して料金箱に入れた後、ステップを降りようとして身体の痛みで足を止めた。うぐっ!家の階段より段差が大きい。家では問題なかったのに、こんな所で痛みが走るなんて。
運転手が顔を顰めて俺を見てる視線が背中からビシバシと伝わってくるけど、これはしかたないんデスヨ。手摺りにつかまってヨチヨチと何とか降りると、バスはそそくさと走り去っていった。朝のラッシュの時間にスミマセンねぇ。それもたった二区間だけの乗車だなんて、寝過ごして遅刻寸前でもない限りは中学生が乗るなんて事はないだろうし。それも夏休み中の出校日にだなんて、何て弛んでるんだ!?と思われたんだろうけど...ほんとスミマセンねぇ。年間で何人くらい乗ってるんだろ?
時間的には余裕がある筈。バス停からの約100mを一人トボトボと歩いていると、元気よく何人かの下級生が俺を追い越しながらチラチラと俺を見ていく。はぁ、やっぱり目立つよなぁ。
いくらTシャツや制服で身体は隠れていても、夏服なので開襟シャツから出た包帯まみれの腕は隠しきれていない。その上、歩くペースは身体が痛まないよう気を遣っている為、極ゆっくりだ。これで目立つなという方が無理だろう。
校門をくぐり、下駄箱で不自然な格好でしゃがんで上履きを取ると、トントンと肩を叩かれた。
「よう、おはよう。ちゃんと来れたみたいだな」
「あ、おはよう、智樹。でもないよ、バスを使っちゃった」
「あ~、流石に退院直ぐにあの距離は無理があるか」
「まぁ、歩けない訳じゃないけど、痛まないように歩くのは結構時間も掛かるから」
俺は智樹に宿題の入ったカバンを持って貰い、手摺りを掴んでゆっくりと階段を上る。途中、クラスの女子が智樹に挨拶しながら俺を追い越し、首を傾げている。ま、どうしたのか聞いてくる程の関係でもないからそのままスルーだ。
やっとの思いで三階の教室に入ると、自分の席に着いて大きく溜め息を吐いた。しんどい。
「大丈夫か?昨日の話じゃ、もう痛まないような事を言ってたのに...」
「平坦で荷物が無ければ、だよ。特に階段がキツい」
机に突っ伏すと背中の皮が突っ張って痛いし、背もたれに身体を預けると怪我に障って痛いので、背筋をピンとしているしかない。
暫くいつものように智樹と昨日の出来事や夢の話をしていると、日焼けしたクラスメイト達が次々に登校してくる。予鈴の15分前には半数の生徒が登校していた。そしてその中に布田と、杖を突く布田の補助に和多野の姿も。その二人の姿に、教室内からひゅ~ひゅ~とからかう声が上がるが、当の二人は全く気にしてなさそうだ。周囲の連中も反応が無い事に詰まらなさそうな顔をして自分たちの会話に戻っていった。
「よう、マサ。おはよう。退院が昨日に延びてたんだって?何かあったのか?」
「ああ、何でもないよ。母さんに延期しろって言われただけだから」
「ヒダぁ、何の連絡もないって、酷いだろ。炎天下の中をどれだけ待ってたと思ってるんだよ」
「悪い悪い、和多野さん。連絡先が分からなかったんだ。ま、その前に、それどころじゃなかったんだけどさ」
「うん、分かってる。取り敢えず文句のひとつ言いたかっただけだから。それにしても...身体全体だって?大丈夫なの?すっごく痛々しく見えるんだけど...」
ははは...と布田と和多野に乾いた返事を返す。動き回るにはまだ、痛み止めを飲んでいないと痛む事が多い。
と、俺は病院で聞きそびれた事を思い出した。
「あ~。膝前十字靭帯が中度で前距腓靭帯が重度、だってよ」
「へ?それって...どういう事よ」
布田の怪我の状況についてだが、布田の言葉に俺は首を傾げた。
「ちゃんと治療しないと幅跳びは無理って事。手術しても再発するリスクは低くないってさ。日常生活に戻るのに三週間、普通の運動が出来る様になるまでに三ヶ月ってところらしい」
「え...じゃあ年末頃まで体育の授業も受けられないって事?」
そういう事らしい。結構深刻じゃないか!
しかし本人はけろっとしている。どちらかと言うと、周囲の方が俺のように深刻に受け止めていた。
「ま、最後の大会で記録を残せなかったのが唯一心残りだけどな。でもそんなの、今更言ったって仕方ないだろ?」
...はぁ、そういうものなのか?何だかよく分からないが、本人が納得しているみたいだからヨシとしておこう。こればかりは周りが異議を唱えるものではないだろう。
そう言う俺だって、こんな怪我をしてまでどうして人を助けたんだ?と聞かれれば、体が動いたんだから仕方ないだろ?と答えるしかないし、結果には満足している。
唯一心残りは犯人を取り逃がした事くらいだけど、それはもう警察の仕事だ。また同じ場面に遭ったら今度は容赦なく撃退してやるけどな。だけど警察からは止められている。やり過ぎれば俺だって逮捕の対象と成り兼ねないからだ。過剰防衛って奴だな。
対して師範は、人助けの時に限って反撃を許してくれた。今回、俺がやられっぱなしだったのがどうしても許せないらしい。道場に復帰したら対応方法を教えてくれるそうだ。勿論、半殺しにまで至らないように、と釘は刺されたけど。
そして、万一半殺しまでやらかした時は揉み消してやる!と息巻いていたのはおまーりさんだ。身重な義理の妹が襲われかけたという事で、相当ご立腹のようで、俺がやらなくてもおまーりさんが半殺しにすると。いや、マジで洒落にならなくなりそうだから、止めようね?ね?
そんな冗談で済まないさそうな話を半分冗談っぽくみんなで話していると、息を切らした智下が教室に入って来るなり机にカバンを放り投げてドスドスと俺たちの方に駆け寄ってきた。お?おおう...
「は~、遅刻するかと思った。思わずバスを使っちゃったわ。それよりちょっと!何で私に連絡来なかったのよ!炎天下の中、どれだけ待ってたと思ってるのよ!」
いたよ!ここにバスを使う人がいたよ!てか、ゴメンナサイ。ご迷惑をお掛けシマシタ。
仲間たちに再三ペコペコと謝る内に、教室の中が随分と賑やかになってきた。予鈴寸前になり、大半の者が登校したみたいだ。しかし...黒生はまだ来てないのか?
キョロキョロと見渡していると、数人の男子がニヤニヤしながら近寄ってきた。
「聞いたぞ?妊婦を庇って大怪我したって新聞に載ってたの、お前だろ!」
態々持ってきたであろう新聞をバサバサと振って聞いてきた。何でその事を!?と思ったのは一瞬、智樹が、親が警察関係者の奴がいると言ってたのを思い出したのと、背中を勢いよく叩かれたのはほぼ同時だった。うがっ!!痛ってええぇぇぇぇ!!
俺が声にならない悲鳴を上げて席でもんどり打っていると、教室の入口でドスンとカバンを落とす音が聞こえた。
「黒生?良かった、学校に来れたんだな」
智樹のホッとした声で黒生が登校したのが分かったんだけど、背中の痛みで瞑った目が開けられない。が、教室内が急にザワっとしたのが分かった。な、何だ?
「光輝!?」「キラリ!?」
俺を取り囲んでいた智下と和多野が黒生の名前を声に上げ、黒生がいるであろう入口の方へ駆けて行くのが気配で分かった。何があったんだ?俺は背中の痛みを堪えて薄目を開けて顔を上げ、そちらを見ると、そこには黒生が泣き崩れている姿が。ええっ!?何で!?




