√真実 -015 病室への来客
「...さのりくん。真実君?起きている?真実君」
軽く肩を叩かれた事に気付いて覚醒する。あ、寝ていたのか俺は。ふと声のした方を見ると、見覚えのある看護師がこちらを見て微笑んでくれた。
...以前入院した事のある奴が、看護師は天使だ!結婚するんだ!って息巻いていたのを遠巻きに見ていた事があったけど、コレか!と確信する。確かに天使の微笑みだ。
「真実君。晩御飯は食べられそう?もう食べないと衛生上下げないといけないのよ」
「...あ、ええ~っと、はい、食べます」
そう言えば昼飯も騒ぎで食いそびれてたんだ。でも食えるかな?幸いにも骨折はなかったって聞いてはいるけど、肋骨なんて簡単にヒビが入るって聞いた事がある。しかし、腹は蹴られているっぽいからな。ちゃんと飯を受け付けてくれるかな?その辺、身体中が痛いから、よく分からないんだよな。
看護師に電動ベッドの背もたれを起こして貰い、ワゴン台に載ったトレイを見ると、大半が流動食っぽい軟らかい物だった。半流動食らしい。看護師から、もし痛いと感じたらナースコールを押してね♪と言われて素直に頷いた。ああ、天使が行ってしまう...
スプーンで粥状になったご飯を掬って口に入れると、空腹も手伝ってかやたらと甘く感じた。何だ、病院食は意外と美味いじゃないか、と思うのは時期尚早だろうな。
ゆっくりと飯を口にしていると、コンコンとドアを叩く音が。この部屋には俺しかいないから、俺の客なんだろうけど...まだ誰にも連絡をしていないから、誰だろう?と首を傾げる。
「よう、坊主。派手にやられたって?」
「えっ!?おまーりさん!?」
ドアを開けて入って来たのは師範の兄、倉楠昭一。警官だ。時々道場に顔を出しては、生徒の相手をしてくれたり、事案の詳細を話して警戒するように警告して帰っていく。生徒たちにとっては他人事でないその話はみんな真剣に聞く。何時、どんな場所で、どんな状況で...どれも聞き逃せない重要な情報だ。
「署で聞いて驚いたぞ?襲われてた瑞穂さんを庇ったってな。で、どんな奴らだったんだ?」
「近い!顔が近いよ。それにしても、またイキナリだなぁ。話は明日だって聞いてたけど」
「ああ、刑事課が聞きに来る。今回は中学生への傷害に妊婦への暴行及び強盗未遂、特に妊婦の瑞穂さんに対して暴行を働こうとした件が刑事課に火を着けた。が、そんなのはどうでも良い。その前にその屑どもを捕まえてぶっ殺す!!」
って、おいおい!それでも警察官だろ!?なんつう悪人面をしているんだよっ!!しかも本気の目じゃないか!!いくらなんでも殺しちゃ駄目だかんね!
「安心しろ、坊主。ぶっ殺すのは肉体的にも、精神的にも、社会的にも、だ」
ひぃっ!!ニタァと見た事の無い笑みを浮かべるおまーりさん。どこが安心しろ、だぁ!!
しかし、おまーりさんはかなり頭にきているらしい。以前、智下と黒生を襲おうとして俺が撃退した奴らだと心配しながら伝えると、一転、おまーりさんの顔から表情が消えて、そうか、と一言だけ返ってきた。余計に怖いよっ!!
おまーりさんは巡回の途中で抜け出して来たらしく、直ぐに戻っていった。最後に、瑞穂を守ってくれてありがとうよ、と肩を思いっきり叩いて。ぐおおおぉぉぉ。
全身の痛みが治まった頃、今度は病室のドアがとても控え目なノックの音を伝える。ん?この部屋のだよな?どうぞ、と返事をすると、ゆっくりとドアが開いた。そこにいたのは...
「光輝...大丈夫か?倒れたって聞いたけど」
そう声を掛けたが返事がない。返ってくるのは...
「...ひっく。真実くん...ごめんなさい。ウチ、ウチ、何も出来...ひっく」
俺の顔を見て一気に涙を溢しそうになる黒生の顔と後悔の言葉だった。
ああ、そうか。黒生は自分が何も出来なかったと悔やんでいるのか。俺は食事の載ったワゴン台を退かすと、未だドアの近くに佇んでいる黒生に手招きすると、黒生は躊躇しつつも、ゆっくりと寄ってきた。
「光輝、どこか痛めたところは無いか?気分が悪いとか...」
俺の問いに首を横にブンブンと振る黒生。そうか、何ともないんだな、と俺は安堵すると、黒生の頭をポンポンと叩いて良かったと笑顔を返す。
「なぁ、光輝。お前は自分に出来る事をしようとしたんだろ?奴らを撃退する力は未だ無いんだから近付かない、そして人を呼ぶ。そしてそれも出来なければ人に気付いて貰う。光輝が俺たちの場所を人に教えてなければ、俺は勿論、瑞穂さんだってどうなっていたか...」
だけど黒生の顔は晴れない。そしてボソボソと話し始めた。
「...ウチ、真実くんに言われて...人を呼ぼうとしたんだけど...足が動かなくて...声を出そうとしたけど、大きな声が出なくて...蹴られ続ける真実くんを見てる事しか出来なくて...」
そうか...やはり黒生にはまだ早かったか。でも俺はそんな事より、黒生も瑞穂も無事だった事の方が嬉しいんだ。
「何だ、道場で習っている事が出来ているじゃないか。今回出来なかった事は今後出来るようにすれば良いんだからさ。そんなに自分を責めるなよ。な?」
しかし、黒生は目を伏せたまま。う~ん、どうしよう。やっぱり何も出来なかった事が余程悔しかったんだろうか。
「...ウチ、夢を見たの...襲われる夢。一緒にいた人がみんな捕まっちゃって滅多打ちにされて...このままだと死んじゃうって飛び込んだんだけど、ウチの力が弱くてウチまで捕まっちゃって...ウチ、このままじゃ何も出来ない...一緒にいる人を助ける事なんて一生出来ないかも...」
...そうか。黒生はこれからもずっと何も出来ないままだと思ってるのか。
「大丈夫。夢の中の光輝はちゃんと動けたんだろ?なら今度はそれが実際に出来る様に稽古すれば良いんだ。それだけでも一歩前進だ。誰だって急に出来る様になんて成らないし、ぶっつけ本番で稽古以上の事が出来る人なんて早々いるもんじゃない。今回は良い経験になったんだからさ、今後は稽古で徐々に出来る様にすれば良いんだよ。ま、先ずは逃げる事と声を上げる事からだな」
いつしか俺は黒生の手を取っていた。ちょっと体勢が悪くて身体が痛むけど、男なんだから我慢だ。
な?と俺は目線を上げた黒生に笑みを向ける。やっと俺の顔を見てくれたよ。しかし、泣き止んでいたかに見えた黒生が、俺と目が合った途端に泣き崩れた。俺の太股の上にしがみつくようにして声を上げる黒生。ええ~~~?
俺は痛みを我慢して黒生の背中を擦りながら頭を撫でる。
不安だったんだろうな。心配させたな。怖かったんだろうな。だけど、もう大丈夫だから。
ちょっとだけ怪我や打撲が多いけど、痛みが引けば動けるんだから。母さんからは一晩二晩大人しく寝てれば腫れも痛みも引くと言っていたし...って、それ本当だよな?
てか、中学三年にもなって...黒生は泣き虫だったんだな。学校ではあまり感情を出さないから、ちょっと新鮮だ。
俺は黒生の背中をポンポンと優しく叩きながら頭を撫で続ける。黒生が乗っかる事であちこちに痛みが走るが、黒生の軽い体重が寧ろ心地好い。
いつしか泣き疲れたのか、寝息が聞こえてきた。子供かよ!
仕方なくそのままの体勢で食べかけの飯を食べる。あ、そう言えば黒生も昼から何も口にしてないんじゃないのか?俺は手に掛けたゼリーの封を開けるのを止めてナースコールを押す。流石に黒生をこのままにしてはおけないからな、風邪を引いてしまう。
看護師が病室に入って来ると、あらあら、と苦笑いする。俺は看護師に残したゼリーを黒生にあげて欲しい旨を告げると、目を閉じた。先程から黒生の温もりが心地好過ぎて眠気が襲っていたのだ。ああ、そう言えば午後からみんなで勉強をする約束だったな。何も知らせてないから怒ってるだろうけど、どうやって知らせよう。電話番号は部屋だし...黒生が知らせてくれるかな?
耳には、仮眠室まで運ぶのはしんどいわね~、ベッドが空いてるからここでも良いか、と看護師の聞き捨てならない言葉が聞こえてくるけど、俺はそのまま意識を手放すのだった。
活動報告の方へ、ボツ原稿を公開しました。良ければ読み比べてみてください。
あ、R15でも引っ掛かるかな?大丈夫デスヨネ?




