√トゥルース -031 フェマと医者と婆様の息子
引き留めに成功したわしは早速収穫してあった野菜を切り、肉を焼く。男共には肉はウケが良いからのぅ。坊の傷の回復にも良かろうて。味付けは以前棒に分けて貰うた調味料を。おお、そうじゃ。
「のう、坊には普通の飯でも構わぬのか?それとも消化の良い物の方が良いか?」
「む?そうじゃの。少々内臓も痛み付けられておるやも知れぬ。刺激の少なく消化の良い物を小分けした方が良いじゃろう」
「...なあ、お嬢ちゃん。本当におれたちは手伝わなくても良いのか?」
「お嬢ちゃんではないと言っておろうが。ったく、良い良い。かえって邪魔じゃ。どうしてもと言うなら、川から水を汲んで来ておいてはくれぬか?嬢が汲んできてくれた水がもうすぐ無くなりそうじゃからの」
そう言うと、官吏の二人は早速水桶を手に二人で出て行きおった。医者には重労働は酷じゃろう、そのまま座っておる。
...ん?テム爺?医者のテム...
「おお、そうじゃ!お主、テム坊か。荷物持ちのテム坊。そうか、王宮で働くほど腕を上げておったか!」
「ぬぅ?荷物持ちの?確かに儂は駆け出しの頃...十五歳で成人してから二十歳に成る頃までは教えて貰う医師に付いて回っていたが...ん?んんっ?」
「まあ、それについては良い。わしの事はこれ以上詮索は無しじゃ。良いな」
「お前さん、もしや...クレス...ちゃん?」
「その話は終わりじゃ。でなければ、あの時の恥ずかしい話を...ええと、サーミヤとミーシアじゃったか?披露する事に...ほれほれ、出来た順に味見してくれ。どれも美味い筈じゃぞ?」
懐かしい記憶に思わず口に出してしもうたが、懐かしい名前が出てきたのぅ。じゃが、この話は終わりじゃ。面倒な話になるじゃろうからテム坊もこれ以上は聞いてこん位の気遣いは出来よう。幸いにも、坊も嬢も寝ておるし、官吏の二人も水汲みに行っておって、他に人はおらぬ。二人だけの秘密じゃ。わしはテム坊にシィッと人差し指を口に当てた。
その後、作っておった料理が出来上がる頃に開け放たれていた玄関から人の入ってくる音が...ふむ、水汲みから戻って来おったかのう。美味い飯で労ってやるとするか。と思うたら違うた。
「おいおい、もう出て言った頃かと思ったら馬車は止まってるし、それに知らない爺さんが増えてやがる。まさか人を連れ込んで居座ろうってんじゃないだろうな」
入って来たのは一昨日顔を会わせていた相手。婆様の息子夫婦じゃった。それにしても相変わらずじゃの。本当にあの温厚な婆様からこの口悪い者が産まれたのか?
「...はぁ。違う、違う。そんな事はしやせん。ちと夜盗に押し入られての。怪我人を出したから医者に来て貰うたのじゃ」
「何!?夜盗って...何か盗まれたのか!?」
...やはりこの者は...怪我人がおると言うたのに、先ずは盗まれた物が無いかどうかの確認とはの。何とも嘆かわしい。
しかし、わしの返事を聞く前に後から入って来おったカミさんが疑いの目を向けてきおる。
「まさか!あんた、それを理由にこの家の物をネコババしようってんじゃ無いだろうね!」
「...はぁ~~~~~~。わしはそんな事などせん。嘘だと思うなら中を見てまいれ」
わしにそんな興味など有りはせんし、そもそも婆様に物を溜め込む癖も趣味もあらせんかったからの。要は例え盗んだとしても大した物はないという事じゃ。
婆様に聞いた話じゃが、息子が王都に移り住む際と結婚し家庭を持つ際に、ほぼ全財産を渡したという。なので婆様はその後直に亡くなった旦那の遺したこの家で自給自足に近い暮らしを続けておったのじゃと。そんな良い話をこの馬鹿息子たちが台無しにしおる。全く!
「そもそも夜盗なんて出鱈目なんじゃないのか?ん?ガキが嘘吐いて引っ込みつかなくなったとかな」
「それはない。怪我人も出てるし、一人は捕縛されたからな」
玄関からたっぷりの水を溜めた水桶を提げて入って来た官吏が真面目な顔付きで言う。ククク、キリッとした顔は格好良いが、何故か締まらぬな。
じゃが引き留めて正解じゃったの。こ奴らは色々と厄介じゃ。人の話を聞こうとせんからの。じゃが流石に官吏の話なら聞くじゃろ。
「怪我人って...誰の事だ?ここには死んだお袋以外は勝手に住み着いたこのガキしかいなかった筈だが...」
「偶々婆様を訪ねて来た者たちじゃ。生前に一度世話になっての。婆様の具合を心配して見に立ち寄ってくれたのじゃ」
手遅れじゃったがな、と肩を竦めるが、息子は更に目を尖らしおる。
「ふんっ!そうは言うが、そもそもそいつらもお前とグルなんじゃないのか!?」
「はぁ~~~。そんな訳あるまい。それどころかその者たちは婆様にとって恩人なのじゃぞ?おっと、この話は詳しくは出来んかったの。兎に角、お主の言うような悪意のある者が、大怪我をしてまでわしらを逃がそうとする訳がなかろうて」
「ふんっ!そんな話にオレは騙されないぞ?何が恩人だ。説明が付かないから言葉を濁して誤魔化そうってんだろ。どうせ仲間割れか何かじゃないのか?」
「ああ言えばこう言う。全く、誰に似たのやら。本に爺様、婆様の息子なのかや?」
「それを言うならお前はどこの子だ!!知らぬ間にお袋に憑りつきおって!!」
「喝っ!!」」
わしの呆れ声に立腹しおった婆様の息子に、テム坊が一喝する。ほう...あの弱音ばかり吐いておったテム坊が声を荒げるか。
「聞いておればくどくどくどくどと。お主、王都で大工をしておる者じゃろう。見た覚えがあるわ。請け負った棟梁の下請けの、更に下っ端として荷運びばかりさせられておったろう。碌に腕が無いから何一つ任せられんと嘆いておったのを聞いたぞ。そんな半端モンが一丁前の事並べたところで事実は事実じゃ!それをこんな幼子相手に...幼..子..?ブルブル、兎に角、大の大人が子供相手に何を力んでおるんじゃ、みっともない!」
「ふむ。黙って聞いていたが、その者の疑う事も尤もではあるな」
「ほら見ろっ!」
「が、怪我を負った者たちはその心配はないだろう」
「はぁ!?な、何でっ!?」
「詳しくは言えないが、あの者たちは我々この国の官憲が身元を保証するからだ。それに夜盗なんてセコい事をしなくても充分稼げるだろうしな」
「はあ?官憲が身元を保証?そんな話、聞いた事ないぞ?」
「まあ、それだけでなくお嬢さんの方は教会から...って、これは俺たちの口からは言えないな。何れにしろ、あの者たちに牙を剥くのであれば、相応の覚悟をしろって事だ」
はぁ?ちょっと待て。そんな話はわしも初耳じゃぞ?一体、坊も嬢も何を仕出かしおったのじゃ?怪我が癒えたらたっぷりと説明させぬとな。それにしても...この馬鹿息子たちは婆様に王都で良い稼ぎになっとると言うておったのに、良い歳をして下っ端かや。呆れたモンやの。ほんで金目のもんは持ってこうって訳か。散々爺様婆様から金を貰っておいて...仕方ない馬鹿者たちじゃのう。
「おい、お主たち。腹が減っておるんじゃなかろか。じゃからそんな怒りっぽいんじゃろう。飯でも食っていけ。丁度今から飯じゃて」
無理やり席に着かせて出来たばかりの料理を並べていく。なんぞ文句を言っておるが、目は料理を追い鼻はヒクつかせておる。おう、食え食え。婆様に食わせておった味じゃ。存分に味わうが良い。
「...美味いな、これ。本当にお嬢ちゃんが作ったんだよな」
「お嬢ちゃん言うでないと何度言えば気が済むのじゃ?」
「うむ、うちのカミさんの飯より美味いぞ」
「それをカミさんに言うでないぞ?」
「確かにあの時の味付けじゃ。いかん、思い出したら涙が...」
「(余計な事を言うでないぞ?)」
「「...。」」
「食え食え、たんと食って帰れ」
うむ。わしや嬢を入れて五人分作ったが、こ奴ら五人分としてはちと少なかったか。気持ち良い程の食べっぷりじゃ。わしの分も含めて坊や嬢の分はまた別に作るとするかのぅ。
仕上げに食べ過ぎた時用の薬効のある茶を出してやると、皆スッキリとした顔をしおる。どうやら満足そうじゃ。
「どうじゃった?婆様が最期に食した飯の感想は」
「...ああ、美味かったな。だが、お袋はこんな物でも味が分からなかったのだろうな」
「いや、そうでもないぞ?最後の数日間は味覚が戻っておった。美味い美味いと食ってくれおったわい」
「何っ!?味覚が戻った!?だってお前、あれは...」
「ああ、呪いじゃったが、神の思し召しであろう。最後に美味いもんを食わせる事ができたわ」
「...そう、か。あの出鱈目な味付けが嫌で、この家を出たんだが...そうか...最後に...」
「...どうして葬式の時に言ってくれなかったの?」
「忘れおったのか?お主ら、わしの話を聞こうとはせなんだじゃろうが」
やっと話す事が出来たわい。まぁ、呪いが解けた理由は濁したがのう。坊が呪いを解いたなどと知れれば大変な事になるのは火を見るより明らかじゃ。
それに神の思し召しと言うのもあながち間違ってはおらぬ。
あの時、わしが水を汲みに行かねば。
あの時、坊と嬢があそこで水浴びをしておらねば。
あの時、坊がわしに声を掛けてなければ。
あの時、わしが坊の申し出を受けておらねば。
そしてあの時、婆様が坊と嬢に泊まっていくのを勧めねば...
何一つ欠けてもあの奇跡は起きなかったじゃろう。この奇跡的な出逢いがあったから、婆様は最期に美味い飯を味わう事が出来たのじゃ。であれば、わしもこの出逢いを大切にせねばのう。
「...ふんっ!一応は礼を言っておこう。だが、約束は今日までだ。ちゃんと出ていって貰えるんだろうな」
「それはきちんと覚えておるがのう...あと数日、延ばして貰えぬかのう」
「やはり約束など守る気は無いのだろう。ここに居座るつもりか?」
「違う、違う。怪我をした坊が動けるようになるまでじゃ。今は怪我で動けぬからの」
あの様子じゃと数日は動けぬじゃろう。テム坊に聞けば、坊は二、三日程で動く事は出来ようが、無理は出来ぬらしい。
「だが、約束は約束だ。」
「そう言うな。婆様にとっては二人がわし以外で最後の来訪者なのじゃからな」
「...むぅ...動けるようになるまでだぞ?」
漸く折れてくれおったか。骨は折れたが、何とか数日延期する事を勝ち取る事が出来た。はぁ、やれやれじゃ。
わしは五人を見送ると、寝ておる二人の部屋を覗く。そこには以前にも見た、寄り添って寝る二人の姿。ふむ。あれはそれ程までに気持ちの良いものなのじゃろうか?興味が湧いてきたのう。わしもあれを試してみるとしよう。
その前に腹を空かせて起きるじゃろう二人の為に、飯を作っておくとするかの。とびっきり美味い飯を。




