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√トゥルース -030 医者と官吏



「ルー君!!」


 家に戻って来るなり、部屋に駆け込んできた(シャイニー)。余程心配だったのじゃろう。が、ここには怪我人がおる。


「これ、嬢。そう叫ぶでない。耳に響くではないか。勿論、怪我人とて同じ事。傷に響くぞ?」


 そう苦言を吐くと、ごめんなさいと途端に小さくなる嬢。うむ、素直で良い。横になっている(トゥルース)を見れば今の大声で目を覚ましたのか、そんな嬢に苦笑いを浮かべつつ痛みで声をよう出せずにおる。全く、こうもよう傷や青アザをこさえたのう。


 すると玄関から複数の人の気配が...む、医者か。それと...官吏も連れてきおったようじゃのう。思ったよりも早かったが、まぁ無理もあらへんの。

 幸い坊の荷物の中に、昨日買うたという解熱や痛み止めにもなる薬草が入っておったから煎じて飲ませておいたが、やはり医者の処方する薬が一番じゃ。まぁ、中にはその薬が怪しいモグリな医者もおりよるがな。さて、嬢が連れてきた医者は当たりか外れか...

 坊を優しく、腫れ物を触るように撫でる嬢を見やり、来訪した客を出迎えに立ち上がった。


「む。聞いていたよりも幼いな。君がフェマ君だね?」

「そうじゃ。見聞に来たのであろう。答えられる範囲でわしが対応しよう」

「...いや、子供では役不足と言うか...ちゃんと話せるのかい?」

「わしを見くびるでない。それに、一人はほぼ殴られ続けて今は起き上がれん。もう一人は一度逃げたのじゃが戻ってきた後に直ぐ捕まりおって最後は()たれて倒れ込んでおった。ほぼ一部始終を見ておったのはわしか夜盗どもしかおらんぞ?わしに任せろ」

「むぐっ!じゃ、じゃあ二人の話を聞いた後で話を聞かせて貰おうか」

「それでも良いが...わしの話で全体の流れを聞いておいた方が良うあらせんかや?それよりも先に怪我人を見てやって貰いたいのじゃがのぅ」

「む。そうだった。テム爺、早速だが診てやってくれ」


 官吏の若造が馬車から降りて腰をしきりにトントンと叩いている爺に声を掛けると、その爺はもう少し待ってくれと言いおる。


「馬車で一時(いっとき)以上も揺られ続けたのは久方振りでのぅ。流石に老体には堪えるわい。う~ん、よしっ!では診に行くかの。お嬢ちゃん、案内してくれるかの?」

「お嬢ちゃんではないぞ、若造が。まあ良い、こっちじゃ」


 わしが坊の寝ている部屋へと案内しようとして家に入ろうとするが、付いてくる様子が無いので振り向くと、三人とも何故か顔を見合わせ顰めておる。なんじゃ?どうしたと言うのじゃ?


「ほれ、早ようせんか。怪我人は中じゃ。夜盗どもは中にも入って来たからの。ついでに順に説明してやろう。付いてこい」


 わしが中に入ると、遅れて三人とも付いてきおった。何とものんびりした奴らじゃの。

 部屋に入ると、嬢の頭を撫でる坊の姿が。嬢が連れてきた医者を招き入れると、後ろから官吏たちも入って来おった。


「では、患部を見せて貰おうかのう。む。むむ?これは...この処置をしたのは誰じゃ?」

「わしじゃ。あと、痛み止めの薬草も煎じて飲ませてある」

「むぅ...この処置をお嬢ちゃんが...確かにこれ以上の処置は医者でないと出来んの」

「テム爺、それは褒めてるのか?それとも処置が間違っていたのか?」

「馬鹿者!何を聞いておった。これ以上の処置は民間では無理じゃ。言い直せば出来る事がきっちりとやられておる。上出来じゃ。洗浄も沸騰させて冷ました水を使っておるのじゃろ?」


 後ろから官吏の者が医者に問うが、一喝されておる。全く、無知な奴らじゃの。問われたわしは当然じゃと頷いておく。基本中の基本じゃ。



「それにしても、怪我が多くないか?」

「なぶり殺すつもりだったのじゃろう。よう耐えたわ」

「ふむ。となると、殺意は疑いようがないな」

「殺意はわしにも向いておったな。嬢は別で可愛がってやるとぬかしておったから、犯した上で殺そうとでも思っておったのじゃろう。慣れておるようじゃったが、他に似た事件はあらせんのか?」


 坊の治療を施す中、官吏の呟きに付き合って問うてみたが、また顔を見合わせた後に間抜け面を顰めてボソボソと話合っとるが、どうやらわしの問いに当て嵌まる事案は記憶にないようじゃ。使えぬ奴等じゃの。あれ程に手慣れておりそうな奴は方々で派手にやらかしておろうに。

 使いから帰った嬢は、坊が心配で唸る坊の手を握ったままじゃ。これで夫婦(めおと)じゃないと言い張りおる。まぁ、時間の問題じゃろうから、怪我が癒えたら背中を押してやろうかの。楽しみじゃわい。


 その後、夜半から明け方までの出来事を官吏に順を追って説明していく。(あいだ)あいだに坊や嬢から補足が入るが、概ねわしの説明だけで大半を伝えられたと自負出来よう。

 部屋から出ると、わしが拘束を解いてやった夜盗の坊に引っ張られ外に出た経緯も話すが、官吏らは良い顔をせなんだ。



「何故逃がしたんだ?」

「何故って...お主らは馬鹿か?逃がさないと殺されるからに決まっとろうが。婆様の家で殺しがあるのは以ての他じゃが、後でどこぞの山の中に連れて行かれて殺され埋められでもしたら寝覚めが悪い」

「それはそうかも知れんが...夜盗同士の潰し合いになるんだし、危険を冒してまで助ける義理もなかっただろう?」

「救いようもない者同士ならわしも手は出さんよ。じゃが、あの子供は親に言われて動いていたに過ぎん。充分更生出来る幼い命を粗末になんぞ出来ぬわ!」


 わしは何も分かっておらぬ官吏の二人に活を入れる。人を善悪だけで区切るものではない。

 しかし...あの夜盗の坊はわしを庇いおった。わしは包丁を持っておったというのにのぅ。泥棒をさせるにはまだ純粋過ぎるわ。

 顰めっ面を下げる官吏どもに、続けて外での出来事も事細やかに伝えると、意外だと言うように感心するような声を上げおる。何か失礼な奴等じゃな。わしに任せろと言ったではないか。



 つつがなく見聞が終わって中に戻って見れば、治療は問題なく終わったようで医者が靴を履くところじゃった。後ろを見れば嬢が見送りに付いてくる様子はあらせん。どうしたのじゃ?


「ふぉっふぉっふぉ。手当てが終わって安心したのか、二人とも寝不足が祟ってか寝おったわい。起こすのも何じゃから、儂は退散しよう」

「む。そうか...世話になったな」

「いやいや、初期の手当てが適切じゃったから怪我の多さとは反して楽じゃったぞ?」

「何、当たり前の事をしたまでじゃ。それはそうと...お主とは初めての様な気がせんのじゃが...どこぞで出会おうとらんかいのぉ?」

「儂とお前さんとが、か?はて、記憶にはないがの。儂は二年程前まで王宮に仕えておった身。二年前から町で診療をしておるが、そこででかのぅ」


 はて。わしが町医者に罹った事もなければ、婆様が医者を呼ぶ事もなかった筈。そもそもそんな金などないからの。じゃが、こ奴のこの感じ、どこかで...


「テム爺、こちらは充分話が聞けたが、そっちの二人からは...無理そうか」

「そうじゃな。睡眠も良き薬じゃて。そもそも夜中に叩き起こされたそうじゃないか。聞き取りには耐えられぬじゃろうて」

「そうか...なあ、お嬢ちゃん。後日で良いから、そっちの二人と詰所まで来てくれないか?」

「ふむ、良かろう。とは言え、わしに決定権はあらせん。坊には言付けておいてやろう」

「ああ、出来るだけ立ち寄って欲しい。いくら詳細な説明があったからと言って、未成年からの証言だけでは奴に逃げ道を作ってしまうからな」

「おお、それなら心配いらんじゃろう。思ったより塗り薬を使ったから、二、三日分しか残っておらん。動ける様になったら診療所まで受け取りに来て貰う事になっとるからの」

「ほう、そうか。相分かった。ところでお主たち、昼はどうする?実はこの家を出て行かなくてはいけないのじゃが、食材が少々余ってしまうのじゃ。これから作るのじゃが、食って行かんか?」


 ちょうど昼時である事を思い出し、これ幸いとばかりに提案してみる。畑にはまだ食い切れぬ程の野菜が次から次へと育っておるし、婆様の葬式用に無理言って近所に分けて(もろ)うた肉も、殆ど食さず残ってしまっておる。婆様の息子夫婦には悪いが、坊の傷が癒えるまで此処に残る事にはなろうが、それでも食い切れぬ量が...まさか婆様の葬式に列席する者があれ程少ないとはな。さあ、腕を振るうとするかのう。






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