√トゥルース -029 町へ一人で
フェマちゃんに促され、二人でルー君を屋内に運ぶと、心配そうにミーアも付いてきた。
部屋の寝具に寝かすと急いで灯りを点す。すると泥と血にまみれたルー君の寝衣姿のルー君が浮かび上がった。
「これはいかん!嬢、白湯を。急いで身体を洗い流さんと。このままにしておくと手足が腐る!」
ええっ!?それは大変!ウチは涙も引っ込んで慌てて土間にある釜の中の冷めきった白湯を手桶に汲んで走った。
けど、見るからに足りないのが分かったので、ウチは釜の火を上げて水桶を持てるだけ持って街道沿いの川に水を汲みに走った。するとパカパカとメーラがミーアを乗せて付いてきた。そうか、これだけの水桶を満杯にしたら、ウチの力じゃ運べない。メーラが付いてきて良かった!
水を汲んで家に戻るとミールが泥棒を睨んでブルルと唸っていた。ミールもルー君たちを守ってくれてるんだ...ありがとう、ミール、メーラ。それにミーアも。ミーアがラバたちをけしかけてウチとルー君を助けてくれたんだよね。
大鍋に水を移して火に掛け、二回目の水汲みに。戻ると、湯が沸いて冷めるまでは手が空く。部屋に戻るとある程度綺麗に拭かれた裸のルー君の姿が。たくさんの傷口に、無数の青アザ。特に背中が酷い...こんなになるまで...って、ルー君、は、裸!?
でも今はそれどころじゃない。フェマちゃんに聞くと、簡易の塗り薬になる植物と解熱する薬草が畑の隅に生えてはいるけど、ちゃんとお医者さんに診て貰った方が良いと言う。そのお医者さんは次の町にしかいないらしい。でも、今のルー君を動かすのは良くないよね?
なら、ウチが呼びに行くしかない!
「ウチ、町までお医者さんを呼びに行ってくる!その間、ルー君の事はお願い出来る?フェマちゃん」
「おお、任せよ。しかし、あの盗人はあのままにしておくのは心許ないのぅ...あ奴をラバに乗せて官憲に突き出してくれんかの」
「えっ!?でも、あの人だって動かしちゃ駄目なんじゃ...」
「あれか?そもそもあれは人を殺しておるじゃろうから、そんな気遣いは不要じゃ。手足を切り落としてやっても文句言えんじゃろ。のぅ、頼むぞ」
ここにあの泥棒を置いていってルー君の身に何かあるよりは、ウチが一肌脱ぐ方がまだマシだと思って、その提案を受け入れた。
ウチはボロボロの泥棒に応急措置をしてからフェマちゃんに手伝って貰いながらミールの背中に乗せて括り付けると、メーラに乗って次の町へと向かう事になった。メーラを走らせれば、ミールが付いてくると思ったけど、メーラの上にミーアが乗ってくれるみたい。
しかし、フェマちゃんが慌ててウチを止めた。あ、ウチの格好...寝衣のままだった。慌てすぎね。サッと着替えると、綺麗に拭かれて横になっているルー君に声を掛ける。
「ルー君、お医者さんを呼びに行ってくるから、少し待っててね?」
「...ニー、一人で大丈夫か?一緒に行かなくて...」
「何言ってるの?ルー君は今動けないんだから!大人しく寝てて?ね?」
「...分かった。でも、無理はするなよ?ったく、情けないな。この様じゃ碌に動けや出来ねぇ」
「ううん、ルー君はウチやフェマちゃんを逃がそうと一人で戦おうとしたんだもの。それも動かない体に鞭を打って。本当にありがとう...」
ウチはフェマちゃんが残る事を伝えて部屋を出る。うっすらと明るくなってきた空の下、フェマちゃんにくれぐれもルー君をよろしくと声を掛けるとミールに跨がった。
「わしに出来る処置はしたからの。暫くは大丈夫じゃ。慌てず安心して行ってくるが良い」
「ん。あの親子の方が気になるから、フェマちゃんも気を付けてね」
「ふむ。もう夜が明けるからの。もう近寄らんじゃろうて。後ろめたい者は明るい内は姿を表しはせぬからの」
...何て言うのだろう、フェマちゃんって時々ウチよりずっと大人な感じがする。これもお婆さんと一緒に暮らしてたからかな?でも、フェマちゃんにそう言って貰って安心したのは間違いない。今度こそウチはメーラを走らせ始めた。後ろからは泥棒を乗せたミールが頭にミーアを乗せて付いてきている。
よし、少し急ごう。今なら余計な荷物も積んでないから、ラバたちの負担も少ない筈。片道一時半だから、今からなら丁度みんな仕事が始まる頃。ミールなら体力があるから、メーラが疲れない速度まで上げよう。
そうして辿り着いた町の官憲の詰所前。丁度官吏さんたちが朝の入れ替わりの伝達をしているところだった。ウチがその中の一番後ろにいた官吏さんに声を掛ける。
「すみません、泥棒を捕まえて来ました。受け取って下さい」
「...は?泥棒を?」
「ええ、夜中に入ってきて...ウチたちが殺されそうだったのを、この子たちに蹴られて...」
ミールの上で散々揺すられてグッタリしている泥棒を指すが、それに気が付いた泥棒が、違う!俺はやられた側だ!と騒ぎ始めた。何で!?
と思った矢先、大人しかったミールがミーアの一鳴きで豹変した。
「ヴェ~~~ン!」
その場で跳んで跳ねるミール。乗っている泥棒は骨折をしている上、ミールに括り付けられているので堪ったものじゃないのは明らか。それまで気が付いていなかった官吏の皆さんも、その騒ぎに注目している。
慌ててミールを止めようとすると、頭の上で上手にバランスを取っていたミーアがまた一鳴き。それでも収まらず、ぺしっとネコパンチをされて漸く収まったミール。
「今、泥棒を捕まえたと言ったな。それは本当か?」
後ろ、と言うか一番前でみんなに声を掛けていた一番偉そうな人が声を掛けてきたので、ウチは何度も頷いた。
「それで、他に大怪我をしている人がいて...来てくれそうなお医者さんは何処かにいませんか?」
「心当たりはあるが、直ぐには駄目だ」
「えっ!?な、何で!?」
「いや、事情を聞かな.い..と...その首飾りは...もしや!おい!その男を直ぐに拘束!誰かテム爺を呼んでこい!それと馬車を一台準備しておけ!その男は何があっても取り逃がすんじゃないぞ!以上、直ぐ動け!」
「「「「「はっ!!」」」」」
うぇっ!?な、何!?何で突然こんなにテキパキと?って、首飾りって...ああっ!ラバたちを走らせて来たから服の中からルー君の首飾りと教会の首飾りが出ている!これを見てなの!?話が早いのは良いけど、やっぱりこの首飾り、ウチには過ぎたる物だよっ!
「先生を呼びましたので、来るまで話を聞かさせていただけますか?」
「は、はい!ええっと...」
ウチは、フェマちゃんの家の状況から、ウチたちが訪ねた経緯、そして夜中に起こった出来事を掻い摘まんで説明した。只、ルー君の起きた時に負っていた怪我については説明しようがなかったから、そこだけは説明を省いたけど。
「夜盗が二組...分かりました、そちらも手配しましょう。親子だと言うのは有力な情報です。今まで親子を疑う事はなかったから...っと、テム爺が来たな。官吏を二人付けますので、実況見聞に少し付き合って頂きたいのですが、宜しいですか?っとその前に、貴女の腫れたお顔を治療しないと...」
「ふぁっ!?いえ、これは元々...叩かれたのは右側じゃ...はぅぅ。」
それは誤解なんです!殴られたのは反対の頬なんです!でも実況見聞か...ウチとしてはルー君の怪我の状態の方が気になるけど、お医者さんに任すしかないので診察の間だけなら、と了承した。偉い人 ~所長さんだった~ が行かないのは、泥棒を徹底的に訊問する為だって...何故か分からないけど悪寒が走った。これ以上聞かない方が良さそう。ブルブル。
それにしても...堅苦しい態度をされるのは何だかムズ痒い。ウチは普通にして欲しいとやっとの思いで申し出るけど、今度は同行する事になった二人が...
そう言えばさっき、不快感を顕にしていた二人に所長さんが耳打ちしていたよね?きっとそれだよね?




