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√トゥルース -003 宿屋の行方は?



「はぁ~、やっとここまで来たか~」


 昼前に次の宿のある町に着いて昼食をとった後、次の町を目指していた俺たち。午前中は馬車で一時(いっとき)の距離の筈が、結局二時(四時間)掛かってしまった。まあ馬車で半日ちょっとの距離を三日掛かったのだ、一時の距離を倍の時間にまで短縮できた。荷物を背負っての徒歩だと王都から四~五日掛かる距離だそうだから、まあ良しとしよう。

 更に午後の行程は馬車で一時半程度だったのが、二時ちょっとで着く事が出来た。ラバたちが徐々に慣れてきたようだ。


 この町はザール商会のエスピーヌたちに出会った町でもある。俺たちの運命を変えたであろうあの出会いの地だ。


 俺たちは故郷の村からこの町に辿り着くまでに徒歩で約一ヶ月掛かった。実際は徒歩で約半月の距離であったが、手持ちの商材を売って路銀を作りながらだったのでおよそ倍の日数が掛かっていたのだ。しかし今回の帰路では特に立ち寄る所もないしラバでの移動なので、目的地である俺の出身地(バレット村)まで日にちもそんなに掛からないだろう。駄ラバ(ミール)が言う事を聞けばだが。



「ニー、晩飯はどうしようか?」

「ええっと、エスピーヌさんたちと出会った食堂は? あそこは美味しかったと思うんだけど」


 俺たちは町中ではなるべく食堂等を利用する。町の外れに出て自炊すると言う選択肢もあるが、それでは旅をする意味が薄れてしまう。だからその地の名物があればそれを口にするし、美味しい店があればそこを利用するようにしている。シャイニーはあまり良い顔はしないが、そこだけは俺が拘って意見を通している。財布の元は俺のだしな。


 まあ、確かにあの店は当たりだった。エスピーヌたちが利用するだけある。宿で食べる手もあったけど、この町ではそれはあまり良い思い出がないからシャイニーの提案に快諾した。じゃあ、その店にしようとそちらに向かうと、以前この町で泊まった宿が見えてきた。

 あの宿は酷かった。同じ宿にエスピーヌたちも泊まっていたのだが、料金に差が無いのに食事の内容が大きく異なっていた。食堂で出会った時に教えて貰ったのだが、俺たちの朝食には堅くなった小さいパンと湯で薄められた具の少ないスープが出ただけだったのだが、常連だったエスピーヌたちには柔らかい大きなパンに具沢山のスープ、サラダも付いたと言う。たぶんもう二度と利用はしないだろう。宿の女将には嫌味を言われたので嫌味で返しておいたのだが、何とも後味の悪い宿だった。


「あれ? 宿が閉まっている?」

「本当だ…… 昼時は閉めているのかな。でも泊まり続けている客もいるだろうから、あんな完全に閉めてちゃ駄目なんじゃないのか?」

「臨時……休業?」


 二人で閉じた宿を横目に訝しみながら、目的の食堂を目指す。




「ああ、夜明亭(よあけてい)…… いや、名前が変わって新宿野苑(しん・しゅくのえん)だったかな? 数日前から閉めてますね。最近、非常に評判を落としていたので、宿泊客が殆ど無かったようです」


 食堂の店長に聞いてみると、ああそれならと教えてくれた。情報通は相変わらずだが、宿の者たちがどうしたのかまでは知らないらしい。まぁ自ら評判を落とすような事をしていたのだ、そのうち町中に広まるのも時間の問題だろう。

 てか、あの宿、そんな名前だったんだ。何でも、あちこちの町のあまり流行ってない宿が、宿野苑という名にどんどん変わっていってると言う。チェーン展開でもしているのかな?


「……ねぇ、ルー君。あの宿で女将さんに色々言われて言い返してたでしょ? もしかして呪いが……」


 耳元でシャイニーがそう言ってくるけど、それは俺のせいじゃないと思うんだけどな。確かあの時はシャイニーの顔をジロジロと見て嫌そうな顔をしながら、俺たちが居るから他の客が逃げていくなんて嫌味を言ってきたんだ。そんなの嫌味で返すに決まってるじゃないか。

 どうせ他の客にも似たような接客をしていたんだろうから、自業自得である。だが、俺の呪いで宿を閉める事に繋がったと言うのなら心外だ。


 そんな馬鹿な事を言うシャイニーに、俺はコツンと軽く頭を小突くと早く食べるように促して、店長に目的地であるバレット村方面の情報とこの町の宿の情報を聞く。

 幸い注意すべき事は何も無いようだ。俺の故郷のバレット村方面と名指ししたのは、この辺りでそちら方面へは馴染みある表現であるからだ。その道がバレット村で行き止まりだという事、この地方ではバレット村には余所者が入れない事で有名だという事も関係する。

 まぁ、情報はバレット村までではなく、手前のシャイニーがいた村までだったが。バレット村までの道は一般人には縁がなく、情報がないというのが正しい。


 宿は他に二軒あり、素泊まり出来る方を紹介して貰った。同じ轍は踏みたくない。


「君たちはエスピーヌさんたちと奥の部屋で商談していた人ですよね? その後どうでした?」


 店長、覚えてくれてたんだ、ちょっと嬉しいかも。あの場で決まらずエスピーヌたちに付いていったのを気に掛けていたようだ。大成功だった事を伝えてお礼を言うと、若いのに大したものだと感心される。何だかくすぐったいな、俺はただ座っていただけなのに。


「ああ、あの部屋は先代が趣味で楽器を思う存分鳴らしたいと作ったものでして。防音に優れてますからああして商談にも使えるように手直ししたんです。流石に夏場は窓が少な過ぎて熱が籠り、使えませんがね」


 苦笑する店長。成る程、店内には弦楽器等がお洒落に飾られているが、そういう事だったんだ。


 シャイニーの方を見ると漸く食べ終わったようだ。よく残すシャイニーだが、この店では完食していた。店長にお礼を言って食事代を支払うと、店を出た。やっぱりこの店は当たりだな。


 店の前では駄ラバ(ミール)の上で白猫(ミーア)が頭をペシペシと叩いていた。どうやらミールが大人しくしていられなくなったようだ。ミーアが抑えている内に泊まる宿に移動しよう。幸いそれほど遠くはないし。




 宿に着き餌にありつくと、漸くミールは落ち着いてくれた。腹が減っていたようだ。欲望に忠実だな。

 俺たちはいつものように一部屋を借りる。素泊まりなのでラバたちの餌代が高く感じるが、まあ適価と言えるだろう。晩飯はもう食べたから、後は体を拭いて寝るだけだ。



「あら、ミーア。いつの間に?」

「みゃ~」


 ふと気付くと、いつの間にか白猫(ミーア)が部屋の中に入って来ていた。旅人が猫を連れ歩くのは珍しいらしく、お湯を貰いに行ったらミーアが女将さんから餌を貰っていたのは知っていたのだが…… 抜け目がないな。

 こいつ意外とグルメで、人と同じ物を普通に食べる。以前、サラダやパンなんかも食べているのを見た時は、マジで大丈夫かと心配したくらいだ。



 二人で手拭いをお湯で濡らし、それぞれ背を向けて服を脱ぎ体を拭く。

 ふう、今日も土埃が多かったからスッキリするな。出来れば風呂に入りたいところだけど、風呂付きの宿はグレードが上がって宿泊料金もビックリするくらいだろう。収入源が安定しないので、いくら銀行にそれなりのお金を預けてあるとはいえ、無駄遣いは怖くてできないと言うのが心情だ。もっと言えば今までの貧乏性が二人とも抜けないと言う方が合っている。

 俺とシャイニーは今、同じ部屋でお互いに背を向けて服を脱ぎ体を拭いている。と言う事は今振り向けば恐らく桃源郷……とまではいかないだろうが素晴らしき光景が広がっているだろう。しかし俺にそれを犯すような勇気はない。


「……」


 てか、何か視線を感じるんですが?

 その元が何か気になって目を向けると、その視線の元はミーアだった。目が合うとフイっと顔を横に向けて視線を逸らす。


「……」


 何だ? 人が体を拭いているのが珍しかったのか? でもここまでの間にもシャイニーの近くにいる事が多かったから、それ程珍しくはないと思うんだけどな。あ、そうか。


「ミーアも体を拭くか?」

「みゃっ!? ふみゃー!!」

「えっ!? ど、どうしたの?ミーア」


 俺に声を掛けられたミーアが、シャイニーの方に逃げていく。それに驚いたシャイニーが、慌てて両手を上げてミーアを視線で追う。

 俺もミーアの突然の行動に、思わずミーアを視線で追ってしまった。ミーアの逃げた先はシャイニーの元。そのシャイニーは未だ体を拭いている途中であり、突然の出来事に驚いて両手を上げている。当然俺の目に入るシャイニーの裸体。


「……はっ! ご、ごめん!!」

「ふぇっ!? はわわっ!」

「フーーーーッ!!」


 何だ? このカオスは!

 逃げていったミーアが俺とシャイニーの間で、俺に向かって毛を逆立てており、それを目で追い掛けていたシャイニーが体を横に捻って両手を上げていたので丸見えだったのだ。今は慌てて両手で身体を隠している。勿論、俺もシャイニーから視線を外して後ろを向いているのだが、ちょっと決まりが悪い。


「ええっと……ミーアはどうしたの? ルー君」

「ああ、珍しく俺が身体を拭くところを見ていたみたいだったから、拭いてやろうか?と声を掛けてみたんだ。そしたら……」


 そうなの?と寝着を羽織りながら聞いてくるシャイニーの声に怒気も狼狽感もない。良かった、どうやらシャイニーを見てしまった事は無かった事にしてくれるようだ。


 それにしてもシャイニーの肌は綺麗だったな。それに出会った頃は骨が浮き出て見るに堪えなかった身体だったのに、今では程よく肉が付いて柔らかそうに丸くなっていた。シャイニーが孤児院を追い出されていた場面に遭遇したんだけど、追い出す側の人間たちはそこまで痩せ細ってはいなかったのにな。出会って一月半以上、もう少しで二月が経つが、この短い間に随分と栄養状態が改善出来たみたいで、本当に良かったと思う。

 って事で、邪な目では見てないからな? 勘違いするなよ?


 さて、明日は朝イチで買い物を済ませてこの町を発つ予定だ。これより東は徐々に山道になっていき、まともな宿も無くなる。ちゃんとした布団で寝られるのは暫くお預けになるから、今日は早めに寝よう。と言っても、俺はまともには寝る事が出来ない(・・・・・・・・)んだけどな。



 シャイニーも疲れを確り取る為に早めに寝る事には賛成のようだ。俺が布団に入るとシャイニーも素早く同じ布団に入り込み、いつものようにピタリとくっつく。すると直ぐにすやすやと寝息を立て始めた。相変わらずだな。

 さて、俺ももう寝るとしよう。


 瞼を閉じると、シャイニーと反対側の布団の中にミーアが潜り込んでくるのを感じたが、直ぐに意識は微睡みの中に消えていくのだった。





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