√真実 -012 一転
「ミサさぁん、勘弁してよぉ」
何故か昨日より更に俺に絡んでくるミサ。
昨日は俺と黒生が集中出来てなく早々に帰らされたが、今日はそれ以上にミサが集中出来ていないように思う。と言うか痴漢や不審者から身を守る為の稽古なのに、寧ろミサの方が痴漢や不審者と化しているようだ、撃退しちゃっても良いかな?あまりしたくは無いけど。
俺としては、未だ碌に動けなくなってしまう黒生を慣れさせないとと考えているのだけども。まあ、それでも慣れた俺や智下、ミサ相手であれば何とか動ける程度にはなった。ただ、まだ慣れていない他の生徒やトラウマのある師範が相手になると途端に蹲ってしまう。流石にこれでは稽古どころではないので、何とか慣れさせないといけない。
最近は体験入学で入って来た近い年齢の女子にも相手になって貰っているが、女子同士でも知らない相手だとどうしても動きが悪くなってしまっている。先ずは人見知りを何とかしないとな。明日からは常連組にもお願いして相手をして貰うか。
「ねぇ~、真実君。今日は私も真実君の家に行っても良い~?今日はアルバイト無い日なの~」
「え?いや、良いけど...つまんないと思うよ?帰ったら料理を教えて貰って、その後はみんなで宿題と勉強をするだけだから」
「あら~、勉強なら私に任せて?これでも大学生なのよ?中学生の勉強なら力になれると思うわよ~?」
ふむ、確かに大学生から見れば高校受験の為とはいえ中学生の勉強なんて大した事はないのかも知れない。でも良いのかな?それこそミサにとってはつまらないんじゃないのか?しかしミサとしては問題ないと言う。それよりも構って欲しいと。はい?
中学生を相手に構って欲しいなんて...どうしちゃったんだ?ミサは。 この場に智下がいれば、どうしてだか分かりそうだけど、無駄な知識を聞かされるかも知れないからいなくて良かったのか?
その後、いつも通りの時間まで稽古をすると、切り上げて着替えをしようとしたところで師範に呼び止められた。
やはり黒生の過度な人見知り解消の為にも他の人と交わる事を勧められる。そう言われた黒生はいつも以上に小さくなったが、俺が背筋!と言うとピンと立ってそれを了承した。うんうん、それが良い。出来れば他の男の人とも稽古が出来れば良いが、男連中は夕方の空手の稽古くらいにしかいないからな...今後の課題だな。
俺にはもう少し黒生に厳しくしろと。おい。いつから俺は専属トレーナーになったんだ?俺自身の稽古だって夏休みに入ってからあまりできてないのに...給金貰うぞ?
そしてミサは...
「ええっ!?何でっ!?どうして私だけ居残り!?」
「そりゃお前、昨日の稽古はアルバイトだって早々に逃げ出したじゃないか。昨日の投げ技を矯正しないと相手に怪我を負わせて過剰防衛になるぞ。だが安心しろ。出来る様になるまでキッチリと面倒見てやるからな」
...ご愁傷様。うちに来るのはまた今度だな。俺と黒生はミサを置いて着替え、帰途に着く。ま、あのパターンなら瑞穂に捕まって昼飯をご馳走になり、午後からも確りと稽古を付けて貰えるだろう。あんな恥ずかしい思いを何度も味わいたくはないからな。
「そう言えば綾乃は今日帰って来るんだっけ?」
「...ううん。あやのちゃんが帰って来るのは明日。早い時間に帰って来れればお土産持ってくるって」
良いな、家族旅行か。最後に家族旅行に行ったのは小学校に入る前じゃなかったかな...もう記憶があやふやだ。
てか、家族旅行って何処へ行って何をするんだっけ?前に行ったのは...海だったかな?何をしたんだっけ?てんで覚えてない。あの時は母さんも父さんも揃っていた。あれ以来、三人とも揃ったのは何度もあるけど、丸一日すら一緒にはいた試しはなかった。出掛けても食事に行く程度しかなかった。
さて、そんな俺の話は置いておいて、今日は何を作ろうか。先ずは買い物に行って安い物を物色してからか。夏休みに入ってから毎日、黒生と買い物に行くのも慣れてきてちょっと楽しかったりする。
「なあ、光輝って宿題はどこまで進んだ?」
ふと気になって黒生に夏休みの宿題が何処まで進んでいるのか聞いてみた。今日はもう8月2日。夏休みの三分の一が過ぎた。
毎日のように集まって教え合いながら進める宿題は結構効率が良い。特に成績の良い智樹が混ざっている事で、問題に引っ掛かっても全員が立ち止まってしまう事もない。
それに一人だと中々集中するのも大変だけど、周囲に一緒に勉強する仲間がいれば集中力も長続きする。
「...ん~と、半分を越えたかも。真実くんは?」
「結構進んでるな。俺はまだ数日分しか先行出来てないよ」
ただ、今年の夏は単純に宿題をする為だけに集まっている訳ではない。智樹の提案で高校の受験の為に今から勉強をしておこうとしているからだ。
手順としては、先ず夏休みの宿題をやった後、その問題に関わるところのおさらいだ。こうする事で理解度を深めようという作戦である。
「...前に教えて貰った数学が、結構解けるようになって...もうすぐ数学だけ終わっちゃうかも」
「お?そ、そうか。それは良かったな」
以前、マイナスのかけ算割り算がどういう事か理解出来ていなかった黒生に、俺が例え話をしてやった事で何とか理解出来た黒生。俺の家でみんなとやる以外に家に帰ってからも宿題を進めていたそうだ。たぶん智樹の次に宿題が進んでいるだろう。
ん?何か今、声が聞こえたような?
そう言えばこの辺りは以前、智下と黒生が男たちに襲われていた所じゃないか。脇道に連れ込まれる二人に気付いたのと、智下が俺に気付いて声を上げた事で、結果的に俺が二人を助け出したんだ。
と、回想に耽りそうになったところで今度はハッキリと聞こえた。
助けて、と。
俺は黒生と顔を見合わせた後、その声のした方へと駆け出した。今の声は...
後ろからは遅れて黒生が追い掛けてくる足音が聞こえてくる。しかし、それを待っている隙はない。その理由は...
「瑞穂さん!!」
そう、助けを求めた声の主は師範の奥さんの瑞穂。やはり人目の付かない脇道に引きずり込まれていた。駄目だ!今の瑞穂は...
「マ、マー君!」
「チッ!お前ら、ちゃんと見とけって言っておいたのに...お前ら相手してろ。おい!さっさと渡せ!」
って、瑞穂のポシェットに入っているだろう財布が目的か!
「おい、コイツもしかしてあの時の...」
「げ!このヤロウ...コイツのせいで鼻頭に出来た傷がなかなか治らなくて...やっちまえ!」
なっ!コイツら、智下と黒生を襲おうとしてた奴らじゃないか!また性懲りもなく!しかし、今はコイツらの相手をしている場合じゃないんだ!
「光輝!警察に電話!いや、その前に誰か人を呼んで来てくれっ!!」
「あっ!?えっ!?」
後ろから付いてきていた黒生に声を掛けると、俺に迫っていた男たち二人を躱して瑞穂のポシェットを奪おうとしている男に一気に迫る。しかし...
「この女!さっさと渡さねぇか!!」
男がなかなかポシェットを渡そうとしない瑞穂を蹴り上げようと足を後ろへ構え...それは駄目だ!瑞穂のお腹には赤ちゃんが!!もう反撃なんて考えるだけの余裕すらない!間に合えっ!!
手にしていた着替えの入った手提げを投げ付けて男の蹴るタイミングを遅らせると、俺は瑞穂に覆い被った。
ボコッ!
「マー君!!」




