√真実 -011 勘の良い人々
「...ねぇ~。二人とも何かあった~?」
道場での稽古中に、ミサが俺と黒生に首を傾げながら聞いてくる。びくぅ!
「えっ!?な、何かって、何?」
「何って~...二人ともここ何日か顔を合わせようとしてないわよね~?」
「えっ!?そ、そうかな?いつも通りだけど...な?光輝」
話を振られた黒生が首を激しく縦に振るけど、それ不自然だからっ!!それに...
「...何で二人とも顔が赤いの~?」
「えっ!?」「ふぁっ!?」
「...やっぱり何かあったんだ~」
くっ!いつもはそうでもないのに、何故か今日は勘が鋭いな、ミサ。でも、俺の口からは何も答えられないからな。黒生の為にも絶対だ。
それでも首を横に振る俺たちを見て、ムッとした表情で俺に迫ったミサ。
「真実君~?言いなさい、でないと...」
ミサの腕が俺のTシャツを掴む。
次の瞬間、押されてよろめいた俺は足を踏ん張るが、気が付けば体が宙を舞っていた。
「ぐぼはっ!!むぎゅう...」
「...はれっ?」
「あわわわわ...」
体勢を崩された俺が足を払われて投げ飛ばされたのだ。ただし、技を掛けたミサがそのまま一緒に倒れ込んで俺の上に乗っかってきたのだが。しかも顔に何か柔らかい物が乗っかって息が出来ない。ヤバい、死ぬ!それを至近距離で見ていた黒生がアワアワとしているのが微かに耳に入ってきたけど、今はそれどころではない。
「んーー!んーー!!」
「あたたた。あっ!真実君、大丈夫!?」
慌てて身を起こすミサ。ぶはっ!ゼーゼーゼー。死ぬかと思った!てか、まだ重い...って、ミサ!何処に乗ってるんだよ!俺の腰の上に跨がって...って、まさかさっきの柔らかい物って、やっぱり...オッパイ!?
「ご、ごめんね、真実君!ホントはもっと緩やかに乗っかるつもりだったの!」
いや、待て!ミサ!跨がったまま揺らすんじゃない!アレが刺激されて...おふぅ。
「てか今、聞き捨てならない事を口走ったよな、ミサさぁん!?」
「え?あはっ、あははははは」
完全に態とだ。態と俺に乗っかかってきたんだ、ミサは。全く、何を考えているんだ?チラリと横を見ると黒生が何だか機嫌を悪くしているような?黒生さんや、あんたがミサに投げ飛ばされたり乗っかかられた訳じゃないのに、どうしてさ。てか、こんな黒生って珍しいな。
「おい、そこの三人!こっちに来い!」
ミサが漸く俺から降りると俺は慌てて足を組んで俺の暴れん棒を隠す。し、仕方ないだろっ!生理現象だ!
しかし、そんな俺たちに師範が俺たちに手招きする。まさかまた見世物にするんじゃないだろうな!顔を見合わせた俺たちはすごすごと師範の元へと行く。
「さて。先ずは真実と光輝君。二人とも何かあったのか?ここ最近は身が入ってないし、何か様子がおかしいぞ?特に真実!今のは何だ!碌に受け身も取れてなかったじゃないか!このままではその内怪我をするぞ。今日は稽古を終わらせて帰れ!」
...え?まだ30分も体を動かしてないのに?てか師範にまで分かる程、いつもと違って見えた?なるべくいつもと同じように振る舞っていたつもりだけど、そんなに変だったのか?
原因は分かりきっている。この前のゲリラ豪雨に二人で濡れた後、何をトチ狂ったのか黒生が二人でシャワーを浴びようと俺を誘ってきたのだ。その前にも黒生の濡れた服が張り付いて脱げなくなるというハプニングもあって黒生の下着姿をモロに見てしまったからなのだろうが...あ、やべっ!思い出したらまた俺の暴れん棒が元気に...
聞けば道場の周辺でも降ったそうだけど、うちの方よりは大した事はなく傘なしで買い物に出ていた師範の奥さんの瑞樹が軽く濡れて帰ってきたそうで、タオルで拭けば良い程だったのを師範が瑞穂は身重だからと騒ぎまくったらしい。残っていた生徒たちが白い目で見ていたそうだ。
...うちの辺りが一番雨が酷かったんだ。本当に局地的に降ったんだな。
「ミサ君は再度稽古し直し!痴漢を悦ばせてどうする!それにちゃんと確認しないと、今のは周りを巻き込みそうだったぞ!今の投げ技を完璧に出来るようになるまで叩き込んでやるから覚悟しろ!」
「えっ!?ええーー!?」
こうして俺に狼藉を働いたミサはロリコン師範相手の決して勝てない戦いに、言われて心当たりのある俺と黒生はすごすごと道場を後にするのだった。
「...真実くん。何か...ゴメンね。ウチのせいで...」
「ん?いや、悪いのは俺だよ。今日はちょっと上の空だったかも」
ぎこちなくも勇気を振り絞ったのだろう、目を合わせようとしないながらも懸命に俺に声を掛けてきた黒生を見ると、トボトボという言葉がしっくりくるように下を見ながら歩く黒生の姿。学校では二つ結びで幼さが前面に出ていて、非常に目立たない黒生だが、学校の無い夏休みに入ると頭の高い所で一つに結ぶ所謂ポニーテール姿となっていて雰囲気がガラリと変わっていた。今日は家族旅行でいないが、智下曰くポニーの方が髪で熱がこもり難く夏場は特に涼しいらしい。
中々良い感じで似合っているとは思うんだけど...う~ん、何だかな...あ、そうか。
「光輝。光輝ってさ、いつも背中が丸まっていて、より小さくなって見えるんだよ。こう、背筋をピンとしてみな?」
「...ふぇ?こ、こう?」
「そうそう。あと顎を引くともっと良いかも。自然と背筋が伸びるようになるよ」
「...こう、かな...」
やっとこちらを見た黒生。俺の提案に少し驚いた表情ながらも、先程までのぎこちない感じはスッと抜けたみたいだ...と思うんだけどな。あまり後に引くとこちらとしてもやり難いからなぁ。
背筋をピンとした事で姿勢が良くなり猫背気味だったのが解消された黒生は、頭に沿って垂れ下がっていたポニーちゃんが頭から離れて。うん、またひとつ印象が変わったような気がする。本人も今まで束ねた髪が首筋に掛かっていたのが後ろに投げ出されて掛からなくなった事で涼しくなったのか、しきりに後ろを気にしている。良い感じになったぞと伝えると、黒生は照れながらも満更でもなさ気に薄く微笑みを浮かべていた。お、可愛いじゃん。いつもこうしてれば良いのにな。
そのまま俺の家に当たり前のように二人で向かう。
途中、買い物にスーパーに寄ると入口で瑞穂と入れ違いになった。散歩がてら買い物に毎日出ているって言ってたけど、こっちの方に来てたのか。いつもより早い時間に帰る俺たちに首を捻る瑞穂だったが、そんな事もあるかと深くは追及してこなかった。サバサバした性格で助かったな。
「ん?真実に黒生じゃないか。道場からの帰りか?...にしてはちょっと早くないか?」
買い物も済ませ店を出たところで、今度は智樹と出会った。流石に瑞穂の様にはスルーしてはくれないらしい。俺はちょっとな...と誤魔化そうとするが、やはり智樹は勘が良い。
「何か...ここ何日か二人ともいつもと違うような...何かあったのか?」
「えっ!?いや、何も...」
「...何も?本当に?」
...今日は暑いな。汗が噴き出てくる。もうダラダラだ。俺が本当にと言い切るも智樹の疑いの目は止める事を知らず、今度は黒生の方へと向く。
当然そんな智樹の追及の目に耐えられる訳もなく黒生は首ごと視線を横へと避けた。やい、コラ。黒生をそんな目で見るなよ。怯えてるじゃん。
「それはそうと、何で智樹がスーパーにいるんだよ」
「オレか?ちょっと荷物持ちを頼まれたんだよ。米を20キロ買うって。部活の帰りを拐われた...と、呼んでるから行くわ。いつものように午後から行くからキッチリ話を聞かせて貰うからな?」
店内に駆けて行く智樹を見送ると、黒生と目を合わせる。その時の俺たちは言葉なくとも、どう説明しようと困惑顔だったのは言うまでもない。
家に帰ると、昼飯の準備を始める。今日は早くに帰らされたので時間は充分。なので少し手間のかかる料理を教えて貰う事に。
今日はズバリ餃子だ。
それも一般的な餃子の他、変わり種の餃子も何種類か作る事に。トマトやチーズを入れたり、鶏肉を混ぜたりに、キムチ入り餃子にもチャレンジしてみた。勿論、全て焼かずに小分けして冷凍に。大きな冷蔵庫の冷凍室はテスト期間終盤を除いていつも一杯だ。しかし、冷凍室は一杯の方が冷気が逃げにくくなるから電気代はあまり変わらないと言う。へぇ~。
焼く時もちょっとひと手間を。溶いた小麦粉や米粉を水の代わりに使うのだ。パリパリ羽根つき餃子の出来上がりである。
それにしても料理ってこんなにも楽しかったんだな。以前は半分義務だったから、どちらかと言うと楽しいんじゃなく辛かったな。でも今は料理をするのが楽しい...いや、黒生と料理をするから楽しい、のか?
何だか今まで考えられなかった今の状況がとても心地良い。
早速二人で昼食がてら試食会をする。意外や辛い物が苦手という黒生のレシピ通り作ったキムチ餃子は期待ほど辛くはなかったが、それでも美味くはあった。勿論、他の餃子もだ。羽根つきは小麦粉と米粉の二種類を焼いてみたのだが、どちらも甲乙つけがたいな。今まで既製品の餃子しか食べてこなかった俺としては、同額の材料費で随分と作り溜めが出来たのは驚くばかり。黒生様々である。
それと俺たちは臭い対策もしてみた。食前に牛乳を飲んだ上で、餃子と一緒に緑茶を飲むようにした。本当はリンゴを食後に食べると良いそうだけど、今は旬ではないからお高い。なので出来る対策と言えばお手軽な緑茶なのだ。
もし午後から来る智樹たちが、俺たちの口が臭いと言ってきたら、みんなにも羽根つき餃子をお見舞いしてやる!だって、どれも美味いんだもん♪おっと、俺の中の俺じゃない何かが出ちゃった。
フフフ。覚悟しろよ?智樹。大会が終わってから...と言うかあの事件?が起こってから毎日、誤魔化す為に試食会と銘打って続けている飯テロ。昨日は揚げない唐揚げだったが、今日はウマウマ餃子による飯テロだ。これに抗う事の出来る中学生などいないのだよ!当然、最近夫婦漫才がめっきり減った布田と和多野も道連れ決定だ!
因みに一昨日作った茄子の挽き肉入り赤味噌炒めは顰蹙を買った。白い飯も一緒に出せと。あれは白い飯が進む。寧ろ白飯ありきのおかずなのだ。
ぐふふふふ。俺と黒生の飯テロは日に日に威力を増しているのだ。今日も逃しはせんぞ?
※作者注
飯テロ成功。目論見通り智樹たちの追及から今日も逃れる事ができた二人。
因みに足を負傷中の布田に和多野が付き添うのが最近のパターン。付き合っちまえYO!
陸上部の活動時間は、『暑くなる前の早朝』と『10時から昼まで』の時間帯を、他の部活と日に日に入れ換わっています。




