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√トゥルース -024 弔いの灯



「あそこが会場かな?」


 香草焼きの屋台を後にして人の流れに身を委ねて進むと、徐々に人の流れがゆっくりとなり一所(ひとところ)へと吸い込まれて行く。それを見て、ここで何かが催されるのだろうと推察出来た。

 それにしても、さっきはビックリしたな~。ちょっと目を離した隙に変な輩がシャイニーに言い寄ってるんだから。手を離した途端にこれだよ。ま、相手が墓穴を掘ってくれたせいで案外あっさりと官憲に引っ張ってって貰えたな。


「で?確かニーは、村で師匠に護身術を習ってなかったか?」

「はうっ!!?そ、それは...」


 言い淀むシャイニー。油断していて思わぬ展開に怖くなって体が硬直したってところか。やっぱり慣れが必要だな。

 ...夢の中(・・・)のような。


「明日の昼頃にはフェマたちの家に着くから、休憩がてら稽古をするか」

「ううっ...うん。お願いします」


 元々されるがままだったであろうシャイニーが、手を上げてくる相手に立ち向かうのは先ずもって無理だろう。であれば、逃げられる程度にはなって貰わないと。まぁ、その前に声を出して周囲に助けを求めるくらいにならないとな。



 それにしても...試しに俺の呪いが意図的に掛かるかを試してみようと皮肉を言ってみたら、思っていた以上の結果になってしまった。あれが俺の呪いのせいだとしたら、ちょっと気軽には使えないぞ?明らかにやりすぎで反感を買ってしまう。バレット村の時のように。

 これは自分でコントロール出来るようにならないと、何がどう転がるか分かったものじゃない。脅かそうと蛇を出そうとして大蛇が大口を開けて出てきたようなものだったからな。

 俺の呪いが意図的に掛かるのは分かった。しかしそれがどう作用するかが、まだ分からないんだ、今後はそれを意図した通りに出来るようにしていかなくちゃいけない。トライ&エラーを続けるしかないな。

 ま、今回はあの三人には悪かったけど、俺の呪いが本物だと認識出来たと思う。あの三人、お灸としては大火傷だな。すんなりと釈放されれば良いけど...


 しかしシャイニーが教会から貰ったネックレス...あれは何か嫌な感じだな。司教は教会でVIP待遇される特別な物だと言ってたけど、官憲にもその話が回っている感じだった。あの駐在の仕業なのか、サフランが吹き込んだのか、はたまた...




 俺たちは人の流れに任せて、会場と思わしき広場へと入っていく。するとそこには、あの町とは比べ物にならないくらい大きな教会と思わしき建物が、そこに集まった人々の手元で黄金に輝く無数の灯火により照らし出されて夜空に浮かび上がっていた。

 会場入りする人々から次々に感嘆の音が上がる。それは俺たちも例外ではなく、俺の肩の上にいたミーアまでもが、うにゃ...と鳴き声にもならない声を上げていた。


 教会の建物の前では、町の子供たちが声を揃えて歌を歌っていた。もう既に始まっているみたいだ。

 気付くと、繋いでいた手を離したシャイニーが俺の腕に絡まって身を寄せてくる。もしかして孤児院の事を思い出したのかと思ったけど、震える様子はない。単にその光景にうっとりとしているみたいだ。良かった。教会にトラウマがあると思うので、駄目なら離れようと思っていたけど、これなら大丈夫そうだ。



 子供たちの歌が終わると、次第に淡い灯りがゆっくりと移動していく。あれ?ここが会場で間違いないんだよなぁ...と思って後を付いていくと、次にその灯りで照らし出されたのは川面だった。

 教会の脇は街道沿いを流れていた川だったみたいだ。街道自体はその川からは離れ、支流の川に暫く沿った後、王都へと続くらしい。


 暫く(つつみ)の上からその様子を見ていると、その灯りはひとつふたつと川面に浮かび、緩やかな流れに乗っていく。そしてその揺らめく灯りは次から次へと増えていき、川面が灯りに埋め尽くされていった。

 まるで灯籠流しだな、と思ったらまんま灯籠流しだった。遥か昔、本流と支流に挟まれたこの町が濁流に呑み込まれた事があって、沢山の犠牲を出したそうだ。その後町は堤に囲われて、それ以来災害には遭っていないと言う。

 ...凄いな。食堂の店長が勧めるだけある。本当に来て良かった。


 灯籠流しは、その時の亡くなった人々を弔う為と、災害を忘れない為に代々続いているらしい。初夏祭りは後からくっついたそうだ。そりゃ以前の教会にも文句を言わせない訳だ。こんな事にお金でも取るようになってたら暴動になっていただろうな。



 俺の腕にしがみついていたシャイニーも何かを感じ取ったのか、いつしか手を合わせて祈りを捧げていた。孤児院でしこたま働かされていたとはいえ、一応教会にいたには違いないからな。それに周りを見れば、あちこちで同じように祈りを捧げる人が。まぁこれを見たら、教会とかは関係無いよな。

 因みに流す灯籠は、船の部分は近くで取れる大きな笹の葉で、蝋燭は蜜蝋を使った特別製だと言う。万一燃え尽きる前に沈んでも、自然の物だから自然に帰するだろうと。そうなのか?水に溶けないんじゃ...


 そんな馬鹿な事を考えながら、次から次へと流れて行く灯篭を眺めていると、いつの間にか俺の腕がシャイニーの肩に回っていた事に気付いた。あんれ~?俺っていつの間にこんな事してたんだぁ?

 周囲を見ると、カップルで来ている男女の殆どが同じように女性の肩に男の腕が回って身を寄せ合っていた。

 ...無意識でやってたのか?これを見て。うわぁ、どうしよう。今更手を引っ込める訳にもいかないんだけど。それにしても...

 毎晩、寝る際には俺にしがみつく様にくっ付いてくるシャイニーは、出会った当初は身体が細いと言うよりはガリガリでアバラが当たって痛かったくらいだったのが、ここ最近では大分肉付きが良くなってきて柔らかさを伴ってきている。とは言え、こうして肩に手を回してみると...


 シャイニーって本当に小さいのな。

 シャイニーって本当に細いのな。

 シャイニーって本当に壊れそうなのな。

 シャイニーって本当に可愛いのな。


 マジで、これはおいそれと手を出しちゃ駄目だ!って思ったよ。

 マジで、この()は泣かしちゃ駄目だ!って思ったよ。

 マジで、守ってやらなくちゃ!と思ったよ。


 ...あれ?すっげぇデジャヴなんですけど?つい最近、同じような事を思ったような?うん?

 てか、その前にこの状況をどうしようか。なんて考えていると、意外にもシャイニーは自ら身体を俺に預けてきている事に気付いた。

 おんやぁ?もしかして、満更でもない?


 いや、そもそもシャイニーって、世間を殆んど知らない筈。精々買い物の荷物持ちとして連れ出された程度で、碌に孤児院の外へは出歩かなかったって言っていた。


 そんなシャイニーが突然外に放り出されたのだ、頼る人もいない中で俺に出合い付いてきた。考えてみれば俺たちの関係って、ある意味カルガモの親子だ。初めて見た外の人間()を親として認識してしまったのではないか?

 赤子の頃に捨てられたと言ってたから、親の温もりも知らないだろうし。


 そして俺も人の事は言えないだろう。

 今にも命果てそうなのに健気にも付いてくるその細身の少女の姿に、ペットを飼うくらいの軽い気持ちだったのか、寂しくなるだろう旅の同行者としてだったのか、不幸だと思っていた自分以上に不幸そうなその姿に庇護欲を掻き立てられたのか、あるいはその全てだったのか...

 何れにせよ、俺はその少女の同行をすんなりと受け入れたのだから。


 そう、だからこそ、周囲のカップルのような良い雰囲気とは少し違うんじゃないかな?


「みゃあ!」ぺしっ!


 特に俺の肩には存在感たっぷりのミーアが睨みを利かせているんだし。痛いよ、ミーア。分かったよ、腕を退かすからさ。いや、だから!痛いってばよ!






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