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√トゥルース -019 峠の茶屋再び



 村を出て四日目、初日のいざこざが嘘のように順調な道程だ。


 王都へと向かう官憲の馬車には初日に既に追い抜かれた。川原に下りてへばった駄ラバを休ませていた時の事だ。檻付の馬車を真ん中に配置していたのに気が付いたけど、中の囚人を見る事はなかった。

 途中で雨に降られる事もなかったのも大きいだろう。その分クソ暑いけど、自分の足で歩かなくて良い分はまだマシだ。



 そして...


「あ、見えてきたな。最後の峠の茶屋だ」


 王都方面への街道で、平地と山地を区切っていると言っても過言ではない坂道の頂点にある峠茶屋だ。

 初めて王都へと向かう際に休憩がてら立ち寄ったし、村へ帰る際にも立ち寄った...のだが、前回立ち寄った時に店内が悪臭に満たされていた茶屋だ。恐らく呪いだろうと、対応策として席を屋外に作る事を提案してそこを後にしたのは記憶に新しい。


 その茶屋にまで山道を下ってきたのだが、ペースとしては悪くない。

 初めてここを通った時はラバたちはまだいなくて俺とシャイニーの二人だけ。自分たちの足で歩いてきたのと、商材の石を売って換金しながらだったのと、後はシャイニーの体力的な問題から、ここまで一ヶ月程も掛かっていた。

 それがラバに乗っての移動に変わっただけで僅か四日しか掛からずに来れてしまった。登り坂より下り坂の方が多く荷物も少ない事もラバの足が速かった理由のひとつだろうが、最初の苦労は何だったのだろうと考えてしまうと同時にラバを分けて貰って良かったと心底思う。


 その茶屋に近付くに従って、以前と大きく雰囲気が変わっている事に気が付いた。俺が提案した屋外の席がたくさん出来て、以前はガラガラだった茶屋が賑わっていたのだ。いや、最初に通った時と比べてもお客の数は増えていた。


 一体どうしたというんだ?と近付いてラバから降りる。お客は歩きの者、ロバに荷物を満載した者、荷馬車の者、そして乗用馬車に乗って来たであろう者がいた。その何れもが外の席に座り寛いでいた。

 のんびり茶を啜り、話に夢中になったり、ボ~っとしたり...しかし皆、鳥のさえずりに耳を傾け、遠くの景色に目を向けていた。


 あ、成る程。ここは景色が良いからな。

 ここからだと、奥の山脈が一望出来るし、今思えば眼下に広がるのは直ぐ近くの町だけでなく遠くに見えるのは王都じゃないか?あれ。

 馬留めで他の馬たちに並べてラバを繋ぎ留め、店の方へと歩き出した時、ふと俺たちに気が付いた者が。満面の笑みを浮かべていたその人の顔が、俺たちを...いや、シャイニーを見た途端、表情が崩れていく。



「チッ!気分が良かったのに、変なものを見せるんじゃねぇよ!」


 その人の一言で周囲の者たちも俺やシャイニーに気が付いたようで、徐々に罵倒が拡がっていく。当のシャイニーはビクッとして俺の後ろに隠れ、謝りながら暑くて外していたフードを被り直した。


 このところ、気温が高くなってきた。それもその筈、今日からもう八月。夏だ。それに涼しかった山から下りてきてもう直ぐ街に入ろうかという場所、徐々に気温も高くなってきてフードを被り続けるには暑すぎるのだ。

 それに汗をかくようになって化粧をしても直ぐ落ちてしまうようになったシャイニーは、今日は敢えて化粧をしていなかった。夕方に着くだろう街に入る前に化粧をするつもりだったのだ。

 前髪で隠しているとは言え、天気の良い日中の屋外では、シャイニーの顔の痕は隠しきれない。

 このままここを離れようかとも思ったが、ここで休憩する前提で進んで来たのでラバたちも暫くは動こうとしないだろう。



「お待たせしました~...って、どうされたんですか!?皆さん」


さあ、どうしようかと考えあぐねていると、建物の中から団子を手に出てきた店員さんが目を丸くする。あの時の女性だ。お客たちの視線の先にいた俺たちに気付いた店員さんが一人顔を綻ばせた。

 注文した客の席に団子を置くと、店員さんは俺たちの方へと寄ってきて、シャイニーの姿に再度目を丸くした後、俺たちを素早く店内へと案内した。


 躊躇しつつ俺たちは店内へと入る。以前来た時は奥で調理する旦那さんが呪いのせいか悪臭を放っていて、店内も悪臭が充満していたのだ。それを思えば中に入るのは躊躇して当然...なのだが、その恐るべき悪臭の気配が一向にない。おや?もしかして料理人を変えた?店内を見渡すが、店内にお客は一人もおらず外のお客が全ての様だ。うん、これならシャイニーも少しは安心できるだろう。


「いや、ビックリしましたよ?他のお客さんの様子がおかしいから...でも、前はお姉さんのお顔は...こう言っちゃ悪いんですけど、今の様な感じじゃなかった様な?」

「あ~、今日は化粧してないから...それにしても驚いたのはこっちだよ。お客は多いし前の臭いはしてないし...料理人を別に雇ったとか、調理場を離したとか?」


 店員さんの問いにはあっさりとした返答を返しておく。詳細まで教える義理もないし。そして答え難い問いへのお返しにと、こちらも答え難いだろう問いをしてみると、思いもよらない返答が...


「いえ、あの人はそのままですよ。あの後、翌日辺りに臭いがしなくなってきてその次の日には臭いが全くしなくなってたんです。遂に自分の鼻が馬鹿になったのかと思ったけど、花や果物の匂いも嗅ぎ分けられたのでそうじゃないと...」


 俺はその話を聞いて後ろに未だ隠れていたシャイニーと顔を見合わす。これってもしかして...

 勿論、思い当たるのは俺の呪い。あの時、何やらこの人相手に喋っていたので、その時に知らずの間に俺の呪いが発動して...

 しかし、俺はシャイニーに口止めして惚ける事にした。それこそ俺の呪いを事細かに説明するなんて事をするつもりはない。解けないと言われている呪いが解けたんだから、良かったじゃないか!と返しておく。


 店の繁盛については、あの後直ぐに席をいくつか外に並べたら、景色が良いから外で食べるって人が何人か現れ、それを見た通行人たちが我もと立ち寄るようになったそうだ。更に只の休憩所として短時間の滞在だったお客が、景色を見るという目的が増えた事で滞在時間が増え、それに連動して客単価が大きく上がったそうだ。


 王都から離れれば離れる程、通行人の数は減るが、山間部への往き来になると極端に減る。ここの前を通る人もそれ程多いとは言えないので、通る人が立ち寄る率を上げるのは店の悲願だった。

 怪我の功名とはこの事だろう。今後は雨避けの屋根を造っていく予定だと言う。壁も造ってしまうと客寄せには不向きだと判断したようだ。



「何だかんだで良かったじゃないか」

「呪いが溶けたのは信じられないですが、こうしてうちの人が良くなったんです!貴女も望みは捨てないで!」


 店員さんがシャイニーの手を握ってブンブンと振る。どうやら店員さんにはシャイニーの顔の火傷のような痕は呪いだと直感したようだ。悪臭という隠しようもない呪いを、身をもって体験したからこそだろう。とは言え、ちょっと暴走気味だ。


 暫くして少し落ち着いた店員さんは、俺達に昼食をご馳走してくれた。親戚の作った野菜や山で採れた木の実で新しく出そうとしている昼食の新作二種を作ったので試食をと。ふむ、どれも美味い。しかし...


「俺の方もニーの方も美味いけど、量が多過ぎかな。これ、量を減らして一つにしてみては?最初からみんな味わえた方が良いんじゃないかなぁ。複数人いて別々の物を頼んで分け合える関係って、夫婦ならまだしも仕事の人だとなかなか...」

「ほう、面白い考え方だけど...でも腹は膨れないんじゃないか?」


 話を厨房から顔を出して聞いていた旦那さんがそう聞いてきた。しかし、そこは腹を満たす物が既にいくつかある。それに元は休憩処なのだ、食事処ではない。サービスの一つと割り切った方が良いだろう。

 もしこの二つのメニューを始めると、恐らく厨房は一人では回せなくなる。作り置きをしておくにしても、出せる数も変わってくるかも知れないし。それに少量多品目って意外と満足度は高いと思う。そう言うと厨房の旦那さんは料理の残り物を小皿に少量づつ盛り付けた物を試してみる。


「これは配膳が大変じゃないか?」

「一品づつ運ぶから。お盆で纏めて出せば、出すのも引くのも一辺に済むから楽かと。それに並べ方で彩りも良く見えるし」



 まあ他人事なので無責任な意見が出る出る。自分の口なのか?と疑いたくもなるが、旦那さんはその意見を採用するつもりのようだ。

 いやいや、言っとくけど俺は責任持たないからな?って、名乗ってもないから、その心配はないか。


 その後、外のお客から注文が入ってきたので、俺たちはその場をお(いとま)し、先を進む事にした。シャイニーがコッソリと化粧してたのは見なかった事にしておこう。






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