√トゥルース -002 幼女と味覚の無いお婆さん 2
本日、三話目です。
ご注意ください。
「のぅ。お主たちは夫婦なのか? それとも恋仲かのぅ?」
朝飯を食らいながら、一夜の宿を貸した目の前の若き二人に、気になった事を尋ねてみる。昨夜、そっと覗いて見ると、思いがけない光景を目にした為だ。
「えっ!? いや、違うよ! 一緒に旅をする仲間だよ?」
「ほう? 只の仲間がひとつの寝具に引っ付いてくるまるのは普通なのか? わしはてっきり契りを結んだ者同士かと思うたが……」
あわわと狼狽える二人じゃったが、やはり帰ってきた答えは、只の仲間。そんな訳なかろうと思わずツッコミを入れたのじゃが、二人とも今まで人の温もりをあまり受けずに育ったようで今は安心して寝られるその状態が何より良いからという何とも奇っ怪な返答じゃった。何時の間にやら姿を現した白猫もすぐ脇で寝入っていたのには噴いたがの。
それにしても若き男女が抱き合うように寝ているのを見て、何もないと思える方がおかしいと思うのじゃが、事この二人に限ってはその言葉に嘘詐りはないようじゃ。
何とも不思議な二人じゃのう。
「と、ところで、お婆さんは? まだ起きて来ないの?」
「ああ、ぐっすりと寝ておるわ。無理して起こすのも憚れるからのぅ、そのまま寝かしておくことにしたのじゃ」
「良いのかな。昨夜は直ぐに寝ちゃったから、話し相手にもなってなかったと思うんだけど」
「ああ、良い、良い。婆様には寝れる時に寝ておいて貰わねば、体力が持たんからの。話は聞いた事をわしからしておくから気にせんで良い」
このご時世、まだまだ若いとは言え成人した者がたった一晩の宿を提供した程度で、これ程気を遣ってくれるなんぞ、早々ある事ではない。
それどころか昨夜話題に上がった盗賊が実は捕まっており、それにこの二人が関わっていたと言う。男たちの特徴から間違いないじゃろう。その話をするだけでも婆様は跳んで喜ぶじゃろう。あの者たちは一月程前にこの辺りに住み着いたらしく、一度畑を荒らされた。収穫直前の菜を根こそぎ持っていかれたが、何とか芽を出し始めていた一画は無事なのは幸いじゃった。じゃが実際のところ、婆様が跳び跳ねる事はないじゃろう。喜びはするじゃろうが、の。
朝食を食べた二人は早々に出立すると言う。わしはラバ二頭に乗った若き二人と白猫を見送りに表へと出た。
「お世話になったね。それじゃあ、俺たちは行くよ。お婆さんによろしく」
「フェマちゃん、元気でね。ご飯、美味しかったよ」
「……ちゃん付けは止して欲しいのじゃが、な。じゃが良いのか? あんなに食材を貰っても」
「ああ、泊めて貰ったお礼さ。それにこの調子なら王都で買った食材が使わないまま腐っちゃいそうだしね」
ふむ。確かに分けてくれたのは保存の効きにくい生物ばかりじゃった。有難く頂く事にしよう。調味料も少し分けてくれたのじゃが、何とかして婆様に味わって欲しいところじゃ。
「また立ち寄るが良い……と言いたいところじゃがのぅ、もういつまで婆様が持つか分からぬ。次にここへ来たとて、もう誰もおらぬやも知れぬのぅ」
坊は眉を顰め、嬢はそんな……と言葉を失っておるが、故郷の用事が終わったら、またここへと戻ってくると約束をしてくれた。そんな約束など、せんでも良かろうにのぅ。本に心優しい者たちじゃ。
「フェマ? お客さんたちは?」
「婆様、起きたのかや。あの者どもは今朝旅立ちおった。婆様によろしくと」
「おや、それは残念じゃのぅ」
「それはそうと、食材をたんと貰ったのじや。今朝はいつもより豪勢な朝飯じゃぞ?」
それは楽しみ、と起き上がる婆様に朝飯を配膳する。
最近は新じゃがばかりじゃったけど、今朝はそれに冷しゃぶと具沢山のスープが。味付けはわしが作っただけあって完璧じゃ。
……じゃが婆様には、この味が分からぬ。若い頃に発現したらしい呪いのせいじゃ。こうして普通の食事が出来る内に呪いが解ければ、と思うのじゃが…… 呪いの解く事の出来る呪いか……
あの坊がその力を巧く操る事が出来ればのぅ。まぁ無理強いは出来ぬが、戻ってくると約束したのじゃ。それに期待するとしよう。
「ん? フェマ。これは何か入れたのかい? 何だかいつもと違うような……」
「む? 先程三人で食べたが、特におかしな事は無かったがのぅ。何が違うのじゃ?」
「むぅ……なんじゃろう、何か懐かしいような……何と言うか……美味……い?」
……はぁ? 何? 美味い、じゃと?
「おい、婆様。今、何と言った? 美味いと聞こえたのじゃが……」
「おお? フェマ。ワシは今、美味いと言ったのか? いや、そうじゃ! 美味いのじゃ! これは久方ぶりに感じた味じゃ! フェマよ、ワシは今、何十年か振りに食事を味わっておる! 美味い、美味いぞ!?」
何という事か! あれ程にもう無理だろうと諦めていた呪いが解けたと言うのか!? 信じられん! 信じられんが、今、実際に婆様が美味いと涙を流しながら食べておる。
もしやわしを喜ばす為の演技かと思うたのじゃが、今の婆様からは本に味わって食うとるようにしか見えぬ。
じゃが、どうして突然?
はっ! もしや坊が!?
嬢が、坊には呪いを解く力があると言うておった。当の坊は、そんな力は自分にはあらせんと言うておったのじゃが……
昨夜、坊たちに婆様が味が分からぬと明かしたのは晩飯を食べておる最中。それも婆様は食が細くなっておるから、もう殆ど食べ終わに近かった。その時には婆様は何も言うてはおらなんだから、その後に何や起きたとしか考えられぬ。
それに時期が合い過ぎておる。何の前触れもなく……であれば自然治癒なり神の思し召しとも捉えられたと言うものじゃが、あの話を聞いておる以上、そんな偶然だとは思えぬ。
何はともあれ、そうであれば坊には感謝しかあらせんのう。
「ああっ! 死ぬ前にこんな事が起きるとは! 本に、神様に感謝じゃ。のう、フェマ」
「……ああ。そうじゃのう。本に良かった。この出会いに感謝じゃ」
「ああ、死んだ爺さんにもこの味を食べさせてやりたかったのぅ」
「ふむ、よう味わえ。そしてあの世で爺様に自慢でもしてやれ。わしはあの世に行くのはいつになるや分からぬでのう。わしを待たずに、あちらで料理の出来る者にでも頼むと良い」
「ふぁっふぁっふぁ。そうさせて貰おうかの。何、フェマはそう急かずとも良い。ゆっくりとすりゃあ良い」
「そう……じゃの。ゆっくりとしていくでの。あちらで見掛けたら声を掛けておくれよ?」
まあ、わしが死ぬ時はこの呪いが解けた時か呪いが進行した時やも知れぬがな、という言葉はボーネ婆様には届いてないじゃろう。
涙を流しながら、美味い美味いとにこやかに朝食を味わう婆様を見ながら、久し振りにゆったりとした時を味わうのじゃった。
本日、三話目です。
ご注意ください。
以後、不定期投稿の予定です。
よろしくお願いします。