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√真実 -006 夏の大会 地方大会3



「それにしても...何て言うか...そのユニフォームって...」

「ん?何?」


 俺はずっと気になっていた事を誰に聞こうか迷った挙げ句、和多野に声を掛けた。俺の弁当を貰いに来る下級生の女子に声を掛けようか迷ったけど、その選択をすると多分俺は死ぬ。社会的に。

 だからと言って和多野に聞くのも憚れたんだけど、同級生の女子なんていつもの三人以外には声を掛け辛いからなぁ...でもやっぱり和多野相手でも聞くのは憚れるなぁ。


「何よ、ヒダ。このユニフォームがどうしたの?ハッキリ言わないと分かんないけど」

「ああ、分かった!女子のユニフォームがエロいのって何でか聞こうとしたんでしょ、飛弾は」


 ぐをっ!俺が聞き淀んでいると、智下が横からグヒヒと悪徳商人のような顔をして聞いてきた。そうなんだけど、誓う!そうなんだけどっ!

 目の前の和多野を見ると、すらりと延びるカモシカのような足、普段は半袖なのだろう二の腕辺りに日焼けの痕がくっきり付いた腕が肩まで出ており、更に普段は学生服はおろかスクール水着ですらお目にかかれなかったお腹が出ていて(へそ)が丸見えだ。惜しむらくはゼッケンで半分以上隠れている事か。思わず、男には無いくびれや魅惑的な窪み、対比的なたわわとした双丘に目が行ってしまう。美術の授業なら、黄金比が云々って講釈が始まってしまうだろう。


「へ?エロい?これが?こんなの水着に比べたら全然でしょ」


 クイッと胸元を引っ張る和多野。ちょっ!あかん!あかんて!同級生女子の中でも、大きな方に分類されるだろうお前の胸がそれ以上引っ張ると丸見えになってしまうぞ!?


「そうだけど、そうじゃない!男子が普通のタンクトップみたいな形なのに、何で女子のはお腹が出ているのかなって...」

「ああ、それね。女子は男子と違って胸が出てるからね。ブラを付けてると動きが阻害されるから、ユニフォームがブラ代わりなんだ。で、男子と同じ形だと胸がホールドされず揺れて邪魔だし、クーパー靭帯が切れて垂れちゃう。それにユニフォームが体に密着してないと空気抵抗が増えてタイムが落ちるしね。因みに下も基本は何も着けず直穿きだな、慣れてない子はパンツ穿いてるけど。陸上ユニフォームはそれだけで完結だね。去年からこのユニフォームになったんだよね。良いでしょ」


 な、何ぃぃぃ!ユニフォームの下は何も付けて無いだってーーー!?

 周囲にも聞こえる程の声量で説明する和多野に、聞いてはいけない事を聞いてしまったようで、思わず顔が熱くなる。多分陸上界の中では常識なんだろうけど、和多野の説明が思ってた以上に生々しかった。そんなに胸やらブラやら垂れちゃうやら言わないで欲しいし、説明しながら胸をぽよんぽよんと手で持ち上げないで欲しい。ユニフォームの下は何も付けて無いのか!?その質量が重力に負けて垂れちゃうのか!?それはけしからん!けしからんぞっ!?そんな下着すら着けて無い女子がここにはわんさかいるのか!!思わずごくりと喉を鳴らしてしまったじゃないか!周囲の女子たちも、何を聞いているんだ!何を教えているんだ!と目を剥いている。男子たちはもう目が釘付けだ。でも俺は悪くない...筈だ。一度は聞くのを躊躇ったからな!


 てか煽ってきた智下もだけど、何故か黒生までユニフォーム姿の和多野の胸元と自分の体を見比べながら、どよ~んとしている。何かダメージを負ってるようだけど、どうしたんだろう?前にもこんな事があったような?何だか分からないけど、ドンマイ!俺は今、色々想像してしまってそれどころじゃないんだ!暫く体育座りを解除出来ないんだぞ!?周囲の男子も動けないみたいだぞ!?




 しかし...ここに布田がいなくて良かった!いたら何が起こっていたやら!

 その布田は...まだ順番が回ってきてないみたいだけど、こちらのやり取りを見ていたのか肩を伸ばすポーズのまま固まっている。全く。集中してくれよ?お前だって幅跳びのエースなんだろ?って、順番じゃないのか?あれ。周囲の選手たちが布田を見ているぞ?


「おっ!やっと祐二の番だな。お前らのせいで見逃すとこだったぞ?」

「...智樹、それって俺のせいか?な、俺のせいなのか?」

「...いや、オレらは気にしてなかったんだけどな。今の会話でみんな意識しちまったみたいだ」


 よって有罪!と言ってくるが、どちらかって言うと煽った智下と生々しく答えた和多野の方が有罪だろ。俺、そんなに悪くないと思うぞ!?

 っと、布田が飛ぶ番だ。見とかないと文句を言われそうだ。和多野みたいに、な。いや、ネタで視線を外しておくとか?

 そんな馬鹿な事を考えている間に布田が助走に入る。いかん、いかん。意外に破壊力ある見た目ながら、中身は残念系女子の和多野に惑わされ過ぎた。



 一気にスピードを乗せていく布田。

 因みに全国大会に行く為の条件に、出場標準記録と言うものがある。今年は6m55を跳べなければ例え地方選や中日本大会で優勝しようと、全国大会には出られない。布田はこの数値には厳しいかも知れないが、この地方選では上位に入れるだろうと言われている。目指すは中日本大会で入賞、あわよくば標準記録をクリアして全国...らしい。

 そして今、それを目指して布田が跳ぶ!


 ...え?あれ?全国を目指す割には前に跳んだ奴より随分と短くないか?もしかして失敗?確か三回跳べるんだったよな?じゃあまだチャンスはある。


「...祐二!」


 しかし、隣でそれを見ていた智樹が顔を顰める。その異変は俺にも分かった。布田が立ち上がらないのだ。

 え?ちょっ!まさか...


「ちょっと、布田君ってどうしたの?立ち上がらないんだけど」

「分からない...けど、あれは...」

「あれはって何?秦石...君?」


 智下が智樹に問い掛けるが、周囲の座っていた陸上部員が智樹と同じように身を乗り出すか立ち上がってその様子を見守っていた。その誰もの表情が硬くなっているのを見て、俺も智下も黒生も只事ではないと察し動向を見守る。

 何人かの大会関係者が集まり何か話し合うと、暫くして担架が持ち込まれ、布田はそれに乗せられた。布田が...怪我?

 布田はそのまま救護テントに運ばれ、それを見た引率の先生が駆け込んで行った。ああなっては俺たちに出来る事は無い。大した事がなければ良いのだが...


「布田君、大丈夫かなぁ」

「大丈夫じゃないだろアレ」

「...布田くん、棄権...だよね?」


 黒生の言葉に俺たちは勿論、陸上部の皆も項垂れる。あんなでも、この大会に向けて練習を積んできたのだ。それは俺たちよりも陸上部員たちの方が良く知っている。

 普段は隙あらば昼寝をし、和多野と夫婦漫才を繰り広げ、夫婦喧嘩で呆れさせる問題児だが、こと練習が始まると誰よりも真剣に、誰よりも楽しそうにやっていたのだ。それに伴って成績も徐々に上がっていき、今では走り幅跳びでは部で一番を誇っていた。しかし...


 布田の三年間を掛けた挑戦は記録を残す事なく潰えたのだ。



「みんな!気を引き締めろ!祐二に引き攣られると自分も怪我をするぞ!いつも以上にとは言わない!やり過ぎない程度に充分アップをして行け!祐二の分まで頑張って少しでも良い成績を収められるよう頑張って行こう!」


 動揺する部員たちに気が付いたのか、智樹が手をパンパンと叩いて注目を集めさせ、気を改めさせる。すると皆の顔つきが変わり、それぞれが身体を解しに散らばって行った。智樹、面倒だからって部長は断った筈だけど...

 しかし、一人それが耳に入っていなかったのか救護テントを見つめたままの者が...


「...和多野、そう思い詰めるな。お前はもう結果を出しているんだ。中日本で祐二の分まで頑張って全国へでも行って祐二を悔しがらせて見せろ!」

「で、でも...あの怪我ってフダが昼寝し過ぎたせいでしょ?いつもならワタシがそんなに寝かさないのに...食べる事に夢中になってたから...フダが寝続けている事に気が付かなかったから...」


 今にも涙腺が崩壊しそうな和多野。布田が怪我したのが自分のせいだと自分を責めている。しかしそれは...


「祐二が怪我をしたのは自分のせいだ。以前、教室で昼寝の寝過ぎは良くないってお前が祐二に忠告してただろ。それでも寝てしまったんだから、こう言っちゃ何だけど自業自得だ。決してお前のせいじゃないぞ?」


 智樹が和多野を励ますが、その言葉は和多野には届いているのか怪しい。

 しかし、幸いにも和多野は既に競技を終えて進出を決めているから、今日は影響は無いだろう。帰り道には気を付けなくてはいけないが、それは周りの者たちが付いているから大丈夫だと思いたい。



 程なくして智樹がリレーの為、アップをしにその場を離れていった。

 残ったのは和多野を含めた競技を終えた数人と俺たち三人。とは言え、残った部員の半数は男子。どう接して良いのか分からないという顔である。

 もう半数である三人の女子も二人が下級生であり、声を掛けられる筈がない。そして残った同級生の女子部員はたった一人。そんな彼女だって布田の負傷で動揺しているのだ、和多野に声を掛ける程の余裕はなかった。


 結局、残った俺たち三人が和多野を励ます。途中、引率の先生が布田を大会の係員と一緒に抱えるように駐車場の方に連れていくのが見えた。それに釣られて和多野も行こうとしたが、俺たちはそれを止めた。付いていったところで何も出来ないだろうし、布田が困惑する事態になるのは目に見えている。


 布田はそのまま病院に行った後、家へ強制帰還させられたようだ。荷物は智樹が責任を持って送り届ける事になった。布田の乗ってきたスポーツタイプの自転車は俺が乗って帰り、俺のママチャリはバスで来た智下に頼んだ。布田、こんな乗り難いのを乗ってるのか...と、帰り道で一人愚痴た。



 大会の方はあまり良いとは言えないものとなった。

 やはり布田の負傷が影響したのか、皆の動きが悪かったのだ。余裕で通るだろうという者は辛うじて。怪しかった者は惨敗に...

 智樹の出たリレーにも影響が出た。バトンを落としてしまったのだ。智樹が怒濤の追い上げを見せたが、残念ながら敗退となった。今年は行けそうだと言われていたので、これには皆が残念がった。バトンを落とした二人に至っては人目を憚らず涙を流した。


 因みに智樹たち一部は今日は予選のみで、明日に決勝が行われるそうだ。初耳だった。






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