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√真実 -005 夏の大会 地方大会2



「なんだってーーーー!?」


 その大声に、周囲の視線が痛い。


「ワタシの華麗な跳躍を、三人とも見逃したってどういう事よっ!!」


 昼休み...と言っても競技が終わった後、ウチの学校の集まっている所の近くに移動した俺たちを見付けて、気分良さそうに近寄ってきた和多野への俺たちの仕打ちに拳を震わす彼女。


「だーっはっはっはっは!残念だったな、ワタ!ちょうど我らがエースのトモが、100mで余裕の走りを披露していたからな!」

「キィーーー!なんだってそんなタイミングだったのよ!くっそーーー!!」


 100m予選を軽々通過して悪い流れを断ち切った智樹の快走とほぼ同時に、地方大会通過を決めた跳躍を部員ですら誰も見て貰っていなかった上、応援に来ていたクラスメイトにまで見逃されていたのだ。憤慨も当たり前と言えよう。

 だが布田よ。それは火にダイナマイトを放り込むようなものじゃないのか?案の定、取っ組み合いの喧嘩になりつつある。しかし、俺たちにはこの人がいる!


「...二人とも、喧嘩は駄目っ!ね?仲良くしよ?」

「き、キラリ...くっ!」「く、クロ...ううっ!わ、分かった...」


 黒生に止められて素直に分かったと引き下がる二人。流石は黒生!我が天使!

 二人の喧嘩は日常茶飯事、誰が止めようとも中々止まらず半ば止めるのを諦めて放置する事が多かったが、クラスの中でも滅多に喋らない人として知られる黒生の重い言葉には逆らえないようだ。


「す、すげぇ...あの先輩二人の夫婦喧嘩(・・・・)を一瞬で...」

「あの人って誰?あたしらの学年にはいないわよね?一年生...でも無さそうって事は先輩?」

「あ、あのっ!お姉さまって呼んでも良いですか!?」

「...ふぇっ!?う、ウチの事!?」


 そして毎日のように繰り広げられる夫婦喧嘩(いちゃいちゃ)にうんざりしながらも止める事の出来なかった陸上部の下級生たちには、黒生は女神のように映ったようだ。慌てて俺の後ろへ隠れる黒生。こういうの慣れて無さそうだもんな~、俺もだけど。ってお前ら、目が怖いんだけど?



「おう、来てくれたんだな。ありがとう、みんな」


 爽やかな笑顔で競技から戻ってきた智樹が、その騒ぎの中心に俺たちがいるのを見付けて来てくれた。

 一学期中は話を聞くために俺にベッタリだった為忘れがちなのだが、そのルックスや何でもそつなくこなす優秀さで陸上部でもいろんな意味でイケメンとして慕われている智樹。案の定、近寄ってきた智樹の姿に下級生の女子たちからきゃぁきゃぁと労いの言葉に交じって黄色い声が上がる。全く。世の中不公平だ。


「言ってた通り、軽く食べられる物を作ってきたんだけど...どうする?」

「おっ!有難い!ハッキリした休憩が無いからまともな食事は出来ないだろうって、毎年弁当を持ってこないんだ。スポーツドリンクで腹がチャポチャポ言いそうだよ」

「そうなのか。それだと走るのに支障が出そうだな。遠慮なく食ってくれ」


 そう言って袋から弁当箱を取り出す。中にはこの一週間黒生から習った料理の数々を一口で食べられるように小さく切り分けて爪楊枝で挿して食べられるようにした物がぎっしりと。


「...あの...ウチも持ってきたから...どうぞ」


 黒生も袋から取り出すが、それは俺の持ち込んだ量より多い。

 黒生のは俺のより少し油っこい物が多目だ。これは俺がまだ揚げ物を、黒生が付いている時にしか作ってないのが大きい。油の温度管理が意外と難しく、ベタっとなったり真っ黒になったりと安定しないので、今回は揚げ物を黒生にお願いした。


「おっ!やっぱりこういう時は唐揚げだよな!」

「あら。これって天むすじゃない?」

「唐揚げうめぇ~!」

「天むすなんて、お店でしか作れないと思ってたわ?でもこれ、一口サイズで小さいけど、ホント美味しい♪」

「マジか!クロ、おれにもそれをくれっ!」


 黒生弁当絶賛なう。

 ふんっ!いいんだ、いいんだ。俺の作ってきた弁当だって黒生のには負けるけどさ、ほらこの玉子焼きなんて、自分でも最高の出来だって思っているんだ。ポイントはマヨネーズを隠し味に入れたところだ。ほら、智下がひとつ口に入れてウマっ!て目を剥いている...って、その驚き様は少し失礼じゃないか?俺だって黒生がいなくてもやる時はやるんだぞ?

 一口サイズで作ったのは、智樹たちの話を聞いた黒生が競技の合間に食べ易いようにと指示してきたからだ。案の定、これから競技に向かう者も、ひょいと一口食べて顔を綻ばせながら走って行った。


「和多野はもう良いけど、祐二はあまり食い過ぎるなよ?あと一時間もせずに出番だろ」

「おう、分かってるよ。でもエネルギーを補給しとかないと力が出せないから、ちょっとでも食っとかないとな」


 フム。この後、布田は競技が始まるのか。そりゃあまりガッツリは食べられないな。そんな時は...


「祐二、こんなのはどうだ?」

「ん?おっ!レモンの砂糖漬けか?」

「いや、少し奮発して蜂蜜漬けだよ」

「美味そうだな...でも今、飯粒食ったから後にするわ。競技に行く前に貰うから、忘れないでくれよ?」


 そう言って天むすをもうひとつ口に放り込むと、芝生の上に横になる布田。おいおい、本番前でも昼寝するつもりか。中々豪胆だな。和多野もそれを見て呆れ返っているが、それでも黒生弁当が気に入ったのか手が止まらない。


 俺たちも一緒に昼食にする。智下だけでなく、黒生も俺の作った弁当を褒めてくれるが、やはり黒生弁当には敵わないな。たくさん持ってきたので、他の部員にもお裾分けするが、俺のより多かった筈の黒生弁当の方が先に無くなってしまった。くぅ...やっぱり俺の師匠だけある。


「あれ?天むすがあるって聞いて来たんだけど...」

「ああ、一歩遅かったな。一人で二つも三つも食った奴がいたから...」


 今、競技から帰ってきたであろう下級生の女子にそう返して昼寝している布田の方を見やると、その下級生は、ああ...と肩を落とす。俺の弁当でも食ってくれ。


「でも本当に良かったのか?二人とも余裕はそんなに無い筈だろう」

「ああ、予算の事か?それなら...」

「ふふん。あたしに感謝しなさい。材料費はあたしが出したのよ?」


 そう、料理の出来ない智下が何か貢献出来ないかと考え、資金面で協力してくれた。

 夏休みに入って一週間。遊びにも行かず、使うお金は道場の帰りにジュースやアイスを買う程度だった智下は、ハッキリとは言わないが結構な小遣いを貰っているようで、毎年夏休みは小遣い不足に陥る筈が、今年は随分と余裕があるので構わないと。そう言えば以前、俺が食費兼小遣いの金額を言った時、自分の小遣いとそんなに変わらないような事を漏らしたのを聞いた気がした。良いな、金持ちめ。

 何を隠そう天むすは智下の資金援助で海老が買えた事が大きいのだ。神様仏様智下様~!

 その話を聞いた智樹が智下に礼を言う。対して、遠慮なく黒生弁当を口にしていた下級生たちは申し訳無さそうにしていたが、美味しそうに食べてくれたからそんな事は気にしなくても良いのだ。


「あれ?天むすがあるって聞いて来たんだけど...」

「ああ、一歩遅かったな。一人で二つも三つも食った奴がいたから...」


 今、競技から帰ってきたであろう下級生の女子に、そう返して昼寝している布田の方を見やると、ああ...と諦めたのか肩を落とす。俺の弁当が残っているから我慢してくれ。


「...そう言えば、布田先輩ってまだ行かなくても良いんですか?」

「あっ!!ヤバい!祐二!もう時間だ!起きろ!」

「んあ?時間?何の?って、ぬおっ!やっべ!マサ、レモンの蜂蜜漬けをくれっ!」


 お、おう...

 タッパの中から2~3枚を取って一気に頬張ると、慌てて走り出す。


「祐二!アップする時間がないから、ちゃんとストレッチくらいはしろよ!」


 智樹の声掛けに、おう!と手をヒラヒラさせて集合場所に駆けていくのを見送る。

 流石は布田。こんな時でも緊張するどころかぐっすりと昼寝するとはな。





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