√トゥルース -015 半年後の約束
俺とお兄たちとの言い争いから三日後、漸く土砂崩れの復旧作業が終わった。今後、似たような場所がないか調査して、危ない場所は事前に処置する事になったそうだ。
食料は村の小さな畑の育ちかけの菜にまで手を付けて何とか繋いでこれた。暫くは下の町頼りになるだろう。
そしてそれを見越してか、翌早朝村に銀行の人がやってきた。下の町の銀行で俺を叱った年配の男性だ。
「どうだい、勉強になったかな?」とは行員の言葉、頭が下がります。町でお金を下ろす時に教えてくれれば...とも思ったけど、そうしてたら地方の片田舎で大金を下ろす事が困難だという事は覚えなかっただろう。
結局、その行員と共に村を後にする事になった。回数で言えば、この行員の方が俺よりもこの道を多く通った事があるからだ。町からの入り口に掲げられた警告文(遭難しやすい事、資格のない者は村に入れない事)を無視して入ってしまい、二度と町に姿を現さなかった余所者も少なくないが、その道に慣れていない村の若者も例外ではない。まだ慣れていないであろうと父さんが行員さんに頼んだのだけど、俺にそれはもう必要ない。
そもそも何故行員さんは無事に村までやってこれるのか。昔は村の者が銀行に出向くか迎えに行っていたらしい。ところが父さんの代になり行員さんとの信頼関係が出来てくると、一人でも迷わないようにと道中に目印を付けていたのをその行員さんにだけ教えたそうだ。
そして俺はと言うと、二年程前にお兄が行商に出てから、次はお前が村を出ていく番だからと他の若い連中に下の町への買い出し部隊へ同行するように毎回のように命令され、何度も通る内に大人たちが目印を見ている事に気付いたのだ。
元々は冬の降雪期にでも食料を買いに行く必要があって迷わない為に付けた目印らしく、今でも草の伸びる時期等に重宝されている。俺はその存在を知った為、一人で町へ下りる事が出来たし、シャイニーと二人で村に辿り着けたのだ。
「おう、行くのか?気を付けて行けよ!」
「師匠はまだ村に?」
「おう、もう少しゆっくりしていくつもりだ」
「フン、碌に復旧作業を手伝いもしないで、よくも...」
父さんが横から愚痴る。でも師匠は作業には殆ど参加しなかったが、食料になる獣等を獲ってきてくれていた。そしてもうひとつ、やってくれていた事がある。
「ターラーさん、指導してくれて、ありがとうございました」
「おう。まだまだだから、道中トゥルースに教われよ?」
師匠は手の空いたシャイニーを捕まえて最低限の保身術を教え込んでいた。
確かに今までシャイニーには体力を付ける事に専念していたから、そういった事は後回しにしていた。勿論、復旧作業から戻った俺も捕まり、いつも以上にしごかれたけどな。
「トゥルース。帝国に行くって事だが、無理はするな」
「うん。分かってる」
父さんが珍しく言葉短めだが声を掛けてきた。初めて村を出る時でも、行ってこいの一言だったのに...やっぱり国を越えるのは気になるのか。
「ルース、ちょっとこっちへ」
母さんが手招きする。え?何?ちょっと怖いんだけど。
「良い?シャイニーちゃんはあんたが守るのよ?勿論シャイニーちゃんに手を出そうものなら...分かってるわよね?」
「わ、分かってるよ。そんな脅さなくても...」
「それと、顔の呪いはあんたが治してあげなさいよ?あの子、本当に可愛い顔をしてるから。あの顔を取り戻してあげてね。それが出来るのはあんただけよ?」
「え?それって...もしかして母さん、ニーの顔を?」
「ええ。最初の夜、月の明かりで見たわ、シャイニーちゃんの真の顔を。あの子、そんじょそこらの子じゃないんじゃないの?」
そうか...やっぱり月の光で...って、あれ?
「母さん、ニーって夜中に抜け出してなかった?」
「ん?そんな事は無かったわよ?あたしと一緒にぐっすりと寝てたわ。それより分かってるわよね、あんたの呪いが人様にバレないよう用心しなさい。シャイニーちゃんを治してあげるのも、誰もあんた達を知らないところでしなさいよ?でないと何があったんだって騒ぎになっちゃうから」
「う、うん。分かったよ。でも俺の呪いは俺の思った通りになるとは...」
「何とかなさい、それくらい。分かった?」
それくらいって、何て無茶な。俺だってこの呪いを受け入れるだけでもいっぱいいっぱいなんだけど。
それにしても...奇妙だな。この村に帰ってきてから、毎晩俺が寝る時にこっそりと寝具に潜り込んできてたのはシャイニーじゃなかったのか?でもあの柔らかさと温もりは...
ふと背筋に悪寒が走る。おいおい、俺に何か憑りついているっていうのか?冗談じゃないぞ?呪いの上に更なる呪いって!!呪い塗れじゃないか!
俺がげんなりしている中、あちらではシャイニーがメルサと何やら話し込んでいた。聞き耳を立てるとメルサが、あと半年、抜け駆けはしないでね!と力説していた。いつの間にあんな仲良くなったんだろう...って、炊き出しでか。
俺とお兄たちとの言い争いの時、俺たちの会話を聞いてショックを受けたメルサが走っていくのをシャイニーが追い掛けてたしな。あの後、二人を追い掛けようとしたら炊き出しをしていたオバちゃんたちに遮られたんだよな、追い掛けるなって。お兄たちも止められてブーイングしてたけど、あいつらが行けば余計話がややこしくなるのは目に見えてるから、今思えばオバちゃんたちのファインプレーだな。
てか、オバちゃんたちもお兄たちを良くは思ってないのかな?確かに俺が村を出る前からお兄がメルサの家に入り浸ったり小さなトラブルが頻発してたからな。幸いメルサの身にあれ以上何かあった訳じゃないらしいけど、これ以上お兄がメルサにどっぷり浸かってしまうと俺が家を継ぐ話も現実味を帯びてくる。そうならない為にもお兄にはもう一度行商の旅に出て貰う必要がある。どうにか行商が簡単な仕事ではない事を身を以て知って貰わなくては。下手したら、そんな甘い考えが若い連中に蔓延して村が立ち行かなくなってしまい兼ねないのだから。
「ねえ、ルース君」
とてとてとシャイニーと話し終えたメルサが俺に近寄って話し掛けてきた。メルサと話すのも久し振りだな。村に帰ってきてからも、お兄の目があったり復旧作業があって今までまともに話が出来なかった。
「シャイニーさんの事、守ってあげてね?今、シャイニーさんが頼れるのはルース君しかいないのだから。勿論シャイニーさんを襲っちゃ駄目よ?当たり前の話だけど、ね?」
いやいや、メルサさんよ。俺をどこの野獣と思ってるんだ?しかしメルサは、あとね...と続ける。何だ?何か言い難そうだけど。
「私もあと半年で15歳、成人なの。その時に...また来て欲しいな。それまでにトゥーリー君の事はちゃんとけじめを付けるから...その...」
は?そう言えばメルサは俺の半年ちょっと後の生まれだ。なのでじきに成人となる...んだけど、お兄とけじめを付ける?何を言って...
「あの...ルース君の旅に...私も連れてって!」
「...へ?俺...と?はぁ!?」
「駄目...かなぁ...」
「えっ!?ちょっ!ちょっと待って!何で?メルサが俺と?お兄とけじめって...え?え?」
何を言ってるんだー!?メルサはお兄と...って話じゃないのか!?訳が分からないっ!
助けを求めに周りを見るが、父さんと師匠は目を剥いている所を見ると寝耳に水の様だ。母さんは...驚いてはいるようだけど、ほうほうと頷きながら俺がどう答えるのか興味津々の様だ。シャイニーに至っては、受け入れてあげてとばかりに俺に目を向けてくる。
「ルース?ちゃんと答えてあげなさいよ?あなた。あなたはトゥーリーをちゃんと抑えてね。言っていた例の行商の話は厳しい人か全然慣れていない人に付かせるようにね。間違っても手慣れた人には付かせないでよ?ターラー君なんて引っ張り回してはくれるだろうけど、甘やかすに決まってるから他の人にね?」
「おれじゃ駄目ってか...まあ、受けるつもりもないけどな」
「しかし、ターラーが駄目となると誰が適任か...ニーフなら口ばかりでまだ慣れていないだろうが、トゥーリーと同調して甘やかすかも知れんし...う~ん...」
母さんの言葉に、師匠はハハハと乾いた笑みを浮かべ、父さんは熟考に入ってしまった。
それにしても、お兄は仕事そっちのけで何をしてるんだろう。メルサの気持ちは無視して毎日家に押しかけて...今日なんかはメルサが見送りに来る直前に出掛けて行ったが、そのまま今に至るも戻っていない。
「...師匠。帝国までの往復って、どのくらい掛かるんです?」
「ん?帝国か。帝国も広いからなぁ。あのラバ...だっけか、あれで行くんだろ?ロバと同程度の速さなら行き先にも依るが...そうだな、近くて二ヶ月、遠くだと...半年以上ってところか。寄り道無しでだけどな」
そんなにも差が?とも思ったけど、実際帝国は広い。広い上に山脈や大きな湖があるから回り道をしないといけない所もある。じゃあとシャイニーに例の手掛かりの住所を出して貰うが、聞いた事のない地名だそうだ。師匠も帝国全部を知っている訳ではない。
「まあ、おれの知らない所って事は近い方ではないと思うな」
「そうかぁ...じゃあ聞き込みながら行くしかないから、戻ってこれるのはいつになるか分からないぞ?それでも良いか?メルサ」
「え?じゃあ...良いの?ルース君!」
「まあ、成人したら自分の責任でって事だしな。でも両親の了解は取っておけよ?でないと今度は俺が誘拐犯にされちゃうから」
「うんっ!!待ってるね、ルース君!」
ああ、眩しい。怪我をする前からどことなく陰のあったメルサ。怪我をした後は更に表情に陰があったのだが、今のメルサにはそれは全く見られずとても良い笑顔だった。
「さあ、挨拶はもう良いですか?では、出発しましょう」
俺たちのやり取りの間、静かに待っていてくれた銀行員さんが出発を告げ馬を歩ませる。俺たちもラバたちに乗るとゆっくりと進ませた。
メルサは俺たちが見えなくなるまで手を振っていた。