√トゥルース -014 ルー君の幼馴染 2
「メ、メルサさん!待って!メルサさん!」
村の中にある、お馬さんたちが放牧されている一画の柵の前で追い付いた。柵の中では先日の雨で青々と伸びた草をお馬さんたちが美味しそうに頬張っている。
「シャイニーさん...私、ルース君に...あんな風に思われていたなんて...」
「メルサさん、さっきのはルー君の本心じゃないよ、きっと」
「で、でも!あんな言葉が出てくるって事は、少しでもそう思ってるって事じゃないの?」
「...ううん。あれはきっと態とよ。ルー君の嫌味は逆の事が起こるってメルサさんも言ってたじゃない。だから、ね?それを裏返せば...」
「...私の傷は...治る?」
「そう。治るわ、きっと」
とても信じられないという顔をするメルサさんに、ウチは自信を持って頷く。だって、さっきの言葉には...
「ウチの顔ね、お化粧で誤魔化していてこれなの。産まれながらにあるみたいなんだけどね。これ、呪いだって言われているの」
「え?呪いって...決して治らないって言われている?」
「そう。ウチはこの顔のせいでずっと人に嫌われていて親の顔も知らない。どこへ行っても嫌な顔をされ続けていたの。でもね、ルー君は、ルー君だけは少しも嫌な顔をしなかった。寧ろそんな嫌な顔をする人たちを睨み付ける程だったの」
「...それって、私のこの傷を見慣れてたからじゃ...」
「ううん、きっと違うと思うわ。ルー君はウチのこの呪いの顔で商談が不利になってもウチを非難する事もなく、相手の心が狭いか、自分の力不足なんだって言って次の商談相手を探すような人なの。そんな事が何度も続いても嫌な顔一つする事なく...」
途中、路銀が心許ないからって石を売ろうとして、どうにも売れなかった事があったんだけど、それは全部ウチのせいだったと思うの。だって相手の目がウチに向いた後、ルー君が一生懸命に石の説明をしても耳に入らないのか石を偽物だって...それに路銀が少なくなってしまったのもウチの食い扶持が増えちゃったからだし...
それでもルー君はウチのせいにはしなかった。全部、自分の力不足だって...絶対ウチのせいなのに。
「そんなルー君がメルサさんの傷を考えもなしに悪く言うと思えない」
「...。」
「きっとルー君は自分の呪いの力でメルサさんの傷を治そうと...って、ああっ!!」
しまった!ウチ、ルー君の呪いは口止めされてたんだ!ウチの顔の事はウチが話す分には問題ないけど、ルー君の呪いは呪いだと断定してしまえば、今までの事もルー君が悪かったって言われてしまう。間接的にだけど、このメルサさんの傷だってルー君の呪いが切っ掛けだって言われても反論できなくなっちゃう!
「そう...やっぱりルース君のは呪いだったの...」
「あ、あのっ!それは...」
「分かってるわ。みんなには内緒、よね?そんな事が知れたらルース君は本当に村にはいられなくなっちゃう。それは私も望まないから」
ううっ!メルサさんに助けられた。でも...メルサさんのこの言い方は...
もしかしてメルサさんってルー君の事を?でも今、メルサさんの元にはルー君では無くてルー君のお兄さんが入り浸ってるって...
そう言えばメルサさん、ずっと表情に影があるのが気になっていたんだけど、顔の傷だけじゃなくてその事も?
「あ、あの。もしかしてメルサさんって、ルー君のお兄さんじゃなくて...ルー君の事を?」
そうでなければ、あんなにもルー君の言葉にショックを受けるなんて考え難いもの。すると、メルサさんは諦めた様に溜め息を吐いた後に答えてくれた。
「...そっか、バレちゃうか。村のみんなにはバレてないと思うんだけどな。そう言うシャイニーさんは?」
「えっ!?ウチは...ルー君には感謝しかないけど...」
「本当にそれだけ?それだけで男の人と二人っきりで旅を?夜は別々なの?それだと準備とか大変よね?」
「えっ!?そ、それは...」
それはウチにもよく分からない。だって孤児院以外の人と話すのはルー君が初めてだったし、況してや同年代とは孤児院以外では異性どころか同性すら顔を合わせた事すらなかった。ルー君との日々は全てが初めての事だった。しかも、孤児院ではまず無かった、一日三食休憩付で衣類も流行りのを何枚も買って貰えるという毎日、しかも寝る時はルー君の温もりを感じられるようにぴったりくっついても文句ひとつ言われない...正にウチにとってはルー君は神様そのものだったんだ。だから、ウチがルー君を...その、好き...になるなんて、おこがましいとも思っている。
ルー君はご飯を作ってくれるだけでも有難いからお給金をくれるって言うけど、ウチはそれを断っている。お給金を貰う程ウチは働いてないばかりか、今まで感謝してもしきれない程の施しを受けているのだから。だから今までも、そしてこれからもお給金は貰うつもりなんてないの。
脱線しちゃったけど、ルー君が何かを求めてきたらウチは出来る限りそれに応えるつもり。ウチから何かを求める様な立場じゃないんだから。ホントはもう一人、感謝している人はいるんだけど...この世界にはいないから。
...でも、好きかどうかはまだウチにはよく分からない。何が好きで、何がそうじゃないのか。今のこのルー君への想いは一体何なのか。今まで一切そんな経験がないから分からない。結局のところ結論はそこに行き着く。
でも人の事になると何となくそうかなというのは分かる。メルサさんの気持ちも何となくそうじゃないかなと。
胸の奥が何だかチクリとした気がしたけど、それが何なのかも分からない。
「ねぇ、答えられないの?答えられない事をしているの?その...ルース君に...身体を...ごにょごにょ」
「ふぇっ!?ウチ、そ、そんな事はしてないよっ!?そんな事するのはまだ早いよっ!?」
「...そうなの?でも...ルース君もシャイニーさんも成人してるんでしょ?じゃあもういつしてもおかしくないんじゃ...」
「し、しないよっ!?そもそもウチ、ルー君に出会った頃はガリガリだったし!ウチ、孤児院出身で、殆ど食べさせて貰ってなかったの。お子様体型だったの!だから、ルー君もそんな気には...ならないと...思うんだ」
「えっ!?そうだったの?ご、ごめんなさい。私、聞いてなかったから...」
「ううん。話さなかったのはウチの方だし、ルー君が話さなかったのに甘えてただけだし」
「じゃあ...私にもまだチャンスがあるんだ...」
「えっ!?」
「私もあと半年で成人だから...その時はシャイニーさん、覚悟しておいてね?」
「それって...ん。分かった。その時はよろしく!」
「「ふふふふ」」
二人で微笑み合う。良かった。メルサさん、もうルー君の言った言葉は気にして無さそう。あのままじゃずっと誤解してたと思うし、きっと心の傷は深くなってたと思う。そのどちらもが解消して、尚且つ顔の傷に希望を持って貰えたと思う。たぶん治ると思う。あのルー君の言葉に何かを感じたもの。あのアガペーネさんの時のような...
それにしても...ウチ、本当に良かったのかな?メルサさんがウチのライバルに?ウチ、きっと負けちゃう。だって、メルサさんってとても魅力的だもの。半年後、きっとメルサさんはもっと魅力を増してると思うの。それまでにウチももっと自分を磨かないと...
って、あれ?
ウチ、何を?メルサさんのライバル?それって...ウチもルー君の事が...その...好き...って事?え?あれ?そうなの?ウチってルー君の事が好きだったの?え?え?
ちょっとパニックになってきたよ?
ウチたちに気付いて寄ってきたミールとメーラ。そしてメーラの背中のミーアを撫でつつ、混乱中の頭を落ち着かせてからメルサさんと共に臨時青空食堂へと戻ると、そこで食事をしていたみんながウチたちの方を一斉に見た。ひぃぃぃっ!
ルー君のお母様に聞いてみると、配膳をしていた女性陣が、走っていくウチたちを追い掛けようとした男の子たちを止めてくれたみたい。うん、あんな話を聞かれたらもっと大変な事になってただろうし、そもそも追い掛けられてたらあんな話すら出来なかったと思うの。
後でお礼しておかなきゃね。何が良いかな?甘味料があればあれかな?それとも...