√トゥルース -013 ルー君の幼馴染 1
崖崩れから四日目の朝。
ルー君以外の人と寝たのはどれだけ振りなのだろう、記憶にない。その心地良い温もりがふと消えたのを感じて目が覚めた。
「あら。起こしちゃった?もっと寝てても良いのよ?」
「...いえ。ウチも起きます」
よかった。いつもとそんなに変わらない時間だ。
ウチは毎日、同じ時間に寝て同じ時間に起きる。そうしなくちゃならない理由はある。でもそれは口に出来ない。ただでさえ人に嫌われ易いこの顔の痕があるのだから、これ以上可笑しな事を言う子と思われたらいよいよ居所が無くなってしまう。
ウチは今、運良くルー君に付いて旅が出来ている。どちらかと言うと足手まといだし、所謂穀潰しだと思うけど、それでもルー君は一緒にいて良いと言ってくれる。
ウチはその言葉に甘えている。
今までウチの顔を見て良く思わない人ばかりだったけど、ルー君だけはそんな事無かった。そしてルー君のお母様も。
ルー君とこの村に来た日、大雨で足止めされて村に留まる事になった。そしてその晩、ルー君と一緒になってから初めてルー君以外の人、ルー君のお母様と寝床を共にした。
ルー君と違う温もり。
それは包み込まれるような柔らかさと温かさ。ルー君とは違う。
これが母の温もり...
このウチが知らなかったもの。それは今日で三日三晩続いている。たぶん、もう少しの間は続くと思うの。
ルー君には申し訳ないけど、それはとても心地の良いものなので、もう少しだけ続いて欲しいと思ったの。
「今日はどうするの?昼から作業は休みでしょ?」
ずっと休み無しの復旧作業なので、身体を休ませなければならないからって事で半日だけ休みになった。本当は丸一日の休みにした方が良いって言ってたけど、早く復旧しないと食材が心許ないからだって。
「え?どうするって...ウチはここと厩舎くらいしか出歩けないし...」
「そんなの、もうどうでも良いわよ。あなたはよくやってくれてるし、ルースと一緒なら問題にはならないと思うわよ?」
「でも...ルー君は若い人たちと反りが合わないって...ウチのせいでルー君に迷惑が...」
作ったお昼ご飯は、ウチは主に年配の人たちに配るようにしていた。若い人たちにはルー君を毛嫌いしている人も多いと聞いていたから。年配の人たちの中にも村の外の人間であるウチをよく思っていない人もいたけど、そこは村長さんが許可を出したんだからと他の人たちが庇ってくれた。
「ああ、それもあったわね。いっその事、ターラー君の連れって事にしておいた方が楽だったんだけどねぇ...」
お母様は溜め息を吐くと、朝ごはんを作りに炊事場に向かう。ウチも着替えると、それに続くのだった。
「シャイニーさんって、お料理が上手で羨ましいな」
大鍋を二人で手に提げ、話しながら作業現場へ向かう。
その相手はルー君の幼馴染みのメルサさん。
折角の美人さんなのに、頬に大きな傷がある。同年代で同じく顔に火傷のような痕のあるウチとは直ぐに打ち解けてくれた...んだけど、その傷のせいか表情に陰が。
確かルー君のお兄さん曰く、その傷はルー君のせいだって...
「...やっぱり気になる?この傷の事」
「いえ、その...」
ああっ!ウチは何て馬鹿なんだろう!
自分ではこの顔の痕を人に見られ蔑まれる事は嫌っているのに、よりにもよって同じく顔の傷に心を痛めている彼女に、そんな人たちと同じような目を向けてたんだ!
「ふふふ。やっぱりルース君が一緒にいるだけあるね。今、シマッタって顔をしてる。ね、この傷の事って、どこまで聞いてる?」
「ええっと...ルー君のせいだって...でも、ルー君のお父さんは事故だって...」
「ああ...」
メルサさんが、全然言葉が足りてな~い!と憤ってる。
メルサさんの話を聞くと...
一年ちょっと前の事、その日は若い者みんなで近くの見晴らしの良い丘へ行く予定をしていたらしい。
村の門を出て少し下ったところに脇に逸れる獣道を辿った先にあるそこは、道はそれ程険しくはなくピクニック気分で行ける場所だそう。元々は山菜の多く採れる場所への通り道なんだって。丁度山菜採りの時期なので大人の通った跡がくっきりと付いてるから、迷子にならないだろうとお許しが出たって。
そして門に集まった中にルー君の姿は無かった。直前に下の町への買い出し部隊に混ざるよう男の子たちに命令されたそうで、"良い天気で良かったな!"と嫌味を言っていたらしい。
みんなはピクニックへ、ルー君は町へ。
そして運命の時が迫った頃、空から雨が。道と言っても所詮獣道に毛が生えた程度の道。雨が本格的に降れば、下手をしたら遭難してしまう。慌てたみんなが走り出してしまった。
「慌てるみんなに置いてかれないようにって、私も走り出したんだけど...うっかり足を滑らしちゃって...ね」
運悪く湿った落ち葉に足を取られたメルサさんが、山肌を滑り落ちてしまったそうだ。顔の傷はその時に付いてしまったらしい。小道に入るからと長袖長ズボン姿だったから他に大きな怪我はなかったそうだけど、目を瞑っちゃって顔を守りきれなかったんだって...
そしてその傷は一生消えないかも知れないって...
「でね。いつもルース君が嫌味を言うと逆の事が起こるからって、その時も良い天気で良かったなって嫌味を言ったルース君のせいだってみんなが騒いで...足を滑らしてしまったのは私のせいなのに、ね。ルース君は何も悪くないよ」
メルサさんが項垂れる。自分のドジのせいなのに、みんなから無理矢理外されたルー君が悪者にされるなんて、と。
確かにルー君だって除け者にされたから嫌味を言ったんだよね?て事は、ルー君を仲間外れにさえしなければルー君が嫌味を言わなかったって事になるんじゃ。もしルー君の呪いのせいで雨が降ったのなら、ルー君に嫌味を言わせたみんなも同罪なんじゃないかな。
...何か腹立ってきた!ルー君のせいじゃないじゃない!いや、でもルー君の呪いのせいなら、ルー君も悪く...なるのかな?あれ?よく分かんなくなってきちゃった。
「何れにしてもみんなだって悪いのに、ルー君だけ悪者にするのは良くないよ!」
「何れにしても?何の事か分からないけど...そうよね!ルース君だけを悪く言っちゃ駄目だよね!」
何故かそんな意見で意気投合する。
鍋を配膳用の机に乗せると、みんなを呼んできて欲しいと言われだので二人で少し離れた作業現場へ向かう。残りがどれだけなのかまだ分からないけど、結構なスピードで土砂を取り除けているみたい。
あまり近くで広げると泥が食べ物に入ってしまうから、食事する場所は現場から少しだけ離している。二次被害の防止でもあるって昨日聞いてるし。
「皆さ~ん、お昼で...す...よ?」
何か騒がしいと思ったら、ルー君が男の子たちと言い争っていた。その中にはルー君のお兄さんの姿も...
「だから!お前のせいでメルサが顔に傷を残す事になったんだ!」
「何言ってんだ!そうならないようにってお前らが俺を買い出しに行かせたんだろうが!」
「いいから謝れ!お前はメルサに一言も謝ってないだろ!」
「だから何でそうなる!謝るならメルサを置いてきぼりにしようとしたお前らがだろ!」
「おれらはそんな事はしてない!お前が降らせた雨のせいで後ろにいたメルサにまで注意が及ばなかっただけだ!お前があの雨さえ降らせなければ、メルサの顔に傷は付かなかったんだ!」
「...一生消えないかも知れないってな、あの傷。ふんっ!お前らみたいに見た目でしか人を見ないクソ共の為にも、"メルサの顔の傷は治らない"方が良いんだ!」
「なっ!テメェ!!」
みんなの言い分は無茶苦茶だと思う。でもルー君、今のは...
ルー君の怒りも尤もだと思うよ?自分のいない所で、それも自分が仲間外れにされた場で起きた事故を自分のせいにされているのだから。でも...ルー君のその嫌味は関わりのある人にとっては暴言だと思うの。況してや本人にとっては...
「あっ!メルサさん!」
その言葉を耳にしたメルサさんが涙を浮かべてダッと駆け出した。まさか幼馴染みのルー君に、傷が治らない方が良いだなんて言われるなんて、きっとショックな筈。慌ててウチはメルサさんを追う。
後ろでは駆け出したメルサさんとウチの姿に、漸く今の話を聞かれた事を察したルー君たちが慌てているみたい。でも。この場はウチが適任だと思うの。同じように顔に火傷のような、女にとっては屈辱的な痕のあるウチが。