√真実 -003 一学期の終わり
「土砂崩れ?確か道の突き当たりに村があるって...出られないんじゃないか?」
いつものように朝イチから智樹が俺の夢の話を聞きに後ろを向いて座る。
俺が今話しているのは、朝イチに村を出ようとしていた日の出来事を、だ。村に辿り着いた日にゲリラ豪雨に遭い、石の仕入れを済ませてその日の内に村を出ようとしていたのを諦めて一晩村に留まった。そして翌朝、逃げ出すように村を出た...のだが。
昨日の大雨に、村唯一である通り道が土砂で埋もれていたのだ。いくら悪路も平気なラバたちも、いつまた崩れるか分からないそこを通らせる気にはならなかった。何かあれば俺たちも無事では済まないし。
村の周辺は堅い岩盤の上に土砂が堆積しているようで、土砂崩れの起こった山肌には岩盤が剥き出しになっていた。大雨で表層崩壊が起きたみたいだ。何十年、何百年と堆積した土砂が今になって崩れるなんて、何と運の無い...
「そうなんだよ。で、村総出の復旧作業になってね」
まあ、採掘の連中の凄い事。流石は本職だ。それでも普段は硬い岩盤が相手であり、軟らかい土砂では普段の半分くらいしか力を発揮出来ていないそうだ。それ以外の者もそれなりに頑張って土砂を掻き分けるが、土木機械なんて無いから全て手作業だ。おかげでその日の昼には既に手足がパンパンになった。
採掘の連中が作業の始めに、無理せずのんびり行こうと声を掛けていたのはこの事か!と後悔したのは俺だけでは無かった。
勿論、女子供はそんな危険な力仕事はさせて貰えず、半数は作業の補助、もう半数は炊事に精を出した。村が町に買い出しに行って溜め込んだ食材はある程度備蓄があったけど、何日作業が続くのか分からない現状に於いて、それが充分とも言いきれない。
そこで俺が持ち込んだ食材だ。ラバ二頭に積めるだけ積んで来たので、それなりの量だった。文句を言われないようにと、少しでも良かったところを大量に持ち込んだのが、今回に限っては一部から絶賛された。そう、一部から。
他の意見として、中には日保ちの悪い物もあって普段なら顰蹙を買うところだ、と。他に、トゥルースの癖に生意気だ!と言う声も混ざったけど、それは無視しておこう。
シャイニーは母さんと炊事の班に混ざっていた。孤児院で大量に飯を作るのには慣れていたからだ。
「成る程、ねぇ」
「何日かは村に留まる事になりそうだよ」
「すると、明日明後日の話ではないって事か...」
人知れず正規ではない道を行く師匠ならいざ知らず、初心者の俺たちはその道を下るしかないのだ。道が開通するまでは足止めである。早く出ていきたければ手伝うしか、文字通り道はないのだ。
「おかげでみっちりと作業した後、久し振りに村の大風呂に入ったよ」
「へぇ、銭湯みたいな?」
「いや、温泉っぽいのが湧いてるんだ。村の脇に川が流れてて、露天風呂っぽくしてあるから気持ちいいんだ」
「良いな、露天風呂。あ、そうか。村人しかいないし村の脇なら誰かに見られる心配も無いから露天風呂なのか」
「あ~、それもあるけど...以前、覗きをした馬鹿な人がいて、捕まったその人は裸に剥かれて門の外に放り出されたって。いつの間にか家に戻ってたらしいけど」
「...それって」
「そう、師匠。それでは罰が軽いって事で...何か色々されたらしいよ、女の人たちに」
終業式から戻ってきた俺たちは、相も変わらず向かい合って話をする。今日は七月二十日、一学期の最終日だ。
二時間目は教室で夏休みに対しての注意事項の伝達や宿題の配布だ。いらね~。運動系の部活に入っている者たちは最後の夏に全てを掛けて戦う。智樹たちもだ。
特に羽目を外し過ぎないようにと事故の無いように言われて二時間目を締めくくった。
三時間目は学級会だった。他のクラスの一部では遅れていた学科の授業をしているらしい。ウチのクラスは...
「おい、お前ら。約束の日は昨日だったんだぞ?ちゃんと提出してOKが出たのは一班だけだったぞ?修学旅行に行きたくないのか?」
ん?珍しく担任が吼えてるぞ?昨日までの約束?修学旅行?何の事だったっけ?
「この時間をやるから計画を練り直せ。OKが出るまで帰さないぞ!」
方々からええ~っ!と悲鳴が上がる。
ん?んん?計画?修学旅行の?あっ!そうか、自由行動の計画だ!でもそれって...
「おぅおぅ。皆、今更慌てて。やっておいて正解だったな、真実」
そうだった。終末にみんながウチに集まって計画を立てたんだ。で、月曜日に提出してOKを貰ってる。安心してスッカリ忘れてた。
「OKを貰った班は自由にしても良いけど、チャイムが鳴るまで教室からは出るなよ~。それと他のクラスで授業しているところがあるから、あまり騒ぐな~」
ドカリと教師机に着き、本を読み出した担任を余所に、教室の中が騒がしくなった。
皆、班毎に別れて相談を始めたのだ。そして唯一OKを貰ってる俺たちは、それを見てどうしようか悩む。突然降って湧いた自由時間、何も思い浮かばない。
俺と智樹は頬杖をつき、周囲を監察する。
「さて、どうする?智樹。夢の話も粗方話し終えたし」
「どうするって、別に。あ、そうだ。夏休みはどこか行くのか?」
「特には...まぁ、道場には行くかな?」
「ああ、智下や黒生が行くからか」
「べっ!別に二人が行くからかじゃないからなっ!俺自身の稽古の為なんだからなっ!」
「ははは。分かった分かった。そういう事にしておいてやるよ」
「智樹は?あ、大会か。全国まで行けそうか?」
「う~ん、どうだろう。私立の強豪校の壁が高いからなぁ。練習より良い成績が出せれば行けるかも知れないけど、そんな事は滅多にないからなぁ」
「弱気だな」
「現実をちゃんと見てるんだよ。ま、やれる事はやるから、よければ見に来いよ」
「何、なに?何の相談?」
そこに智下と黒生がやってきた。二人もやる事がないようで、こちらに移動してきたみたいだ。
見れば布田はここぞとばかりに寝る体勢になったが、一時間も寝たら逆に辛くなるような気がするんだが。そしてそれを見た和多野が布田の頭を叩きに行った。
「ああ、夏休みはどうするかってね。智樹たちは大会があるから、見に来ないかって」
「あ、良いわね。華子や布田君も出るのよね?いつ、どこでやるの?」
「27日に地方大会が市営運動場で、8月9日が中日本大会。出校日が5日だから、その後だな。で、運よく全国に行けたら8月の18日から22日だったかな?」
先ずは来週の地方大会か。中日本大会に行けるのなら地方大会の会場か出校日に学校で聞けば良い。市営運動場なら少し遠いけど、自転車で行ける距離だ。お金を掛けずに行けるのは良い。
「いだだだ!ワタ!引っ張るな!痛いって!」
「うるさいっ!アンタ、この時間中ガッツリ寝たら、午後からの部活で怪我するよっ!」
「はぁ?んな訳ないだろ」
「寝過ぎは集中力が回復し難いんだよ!5分10分ならまだしも30分以上も寝るなんて大会目前のこの時期に...言語道断っ!」
布田の耳を引っ張ってこちらへと来た和多野が吼える。
ああ、それは俺も聞いた事あるけど、昼飯を挟めば大丈夫なんじゃないか?って、こいつら弁当なら布田の事だ、また昼寝するかもしれない。寝過ぎだ。
ってか、何故集まった?自由時間の予定をOK貰ってる俺たちは、もう集まらなくても良いんじゃないのか?
「何か大会の話をしてるの聞こえてきたからさ。アヤノたちも応援に来てくれる?」
「今、その話聞いたところで...時間が取れれば見に行こうかなって」
智下の答えに黒生もコクコクと頷く。ああ、二人も応援に行くつもりか。
俺も自転車で行くつもりだと答えると、陸上部三人がそれぞれ頑張らなくちゃな、と気合を入れていた。
その後、夏休み中に何をしたいかを面白おかしく言い合うが、俺たち三人は道場に通う事しか決めてないし、陸上部の三人は大会の成績次第なので只の妄想に過ぎない。でもそれが楽しかったりするのだ。中でも黒生が目を輝かせる姿は希少だ。周囲で計画を立てていた他の班の者たちの中にも、それに気付いて目を奪われる者がチラホラ。こんな黒生の姿は俺たちは最近慣れてきたけど、他の者たちにはさぞ珍しい光景だろう。
お前らそんなに黒生に気を取られてても良いのか?帰れなくなるぞ?担任は弁当を持ち込んで長期戦に備えているから、本当に帰らせて貰えないぞ?
「俺たち、部活は午前中が中心なんだけど、真実たちは道場はいつ行くつもりなんだ?週末のように午前中なのか?」
「ああ、そのつもりだよ。午後は混みやすいから広々と使えないんだ」
「ならさ、午後から真実んちに宿題持ち込んでやらないか?」
結局、また俺の家で宿題や勉強をしないかと言う話が勃発したけど、どうして俺の家かが分からない。まぁ、俺んちなら黒生に料理を教えて貰えるから良いんだけど。
布田と和多野は何でそこまでして...と嫌そうだったが、智樹の次の一言で納得した。いや、させられた。
「どうせ一人だと毎日やってるつもりでも残り数日まで溜め込んで大変な目に遭うだろ。みんなでやれば効率的に出来るから、もしかしたら後半に何日も遊んで暮らせるぞ?」
...確か智樹、宿題と勉強をしようと言ってたよな。これ、早めに宿題を終わらせても受験勉強から逃れられないパターンだ!
納得させられた二人を余所に、そう決まる頃にはちょうど良い時間になっていた。
さあ、夏休み突入だ!