√トゥルース -012 呪いと力
「やっと気付いた?先ずはその力を使いこなせるようにならないとね。どんな時に呪いが掛かるのか自分で把握しないと、ね」
母さんが俺の様子を見て言い放つ。
今まで俺の呪いは、周りが言っていて俺は否定していたが、もうそうも言っていられないようだ。
でも以前シャイニーも同じ事を言っていたな。俺のは呪いなんかじゃなくて力だ、とか何とか。確かあの幼女と話していた時か。
そうだ、フェマのお婆さんは大丈夫かな?床に伏せっていたけど。老い先短いって言ってたけど長生きして欲しいな。村を出たら先ずはあそこに向かって立ち寄ろう。
「でもこの事は口にしちゃ駄目よ?シャイニーちゃんも。そんな事が知られたら、どんな要求をされるか...脅してくる人が大半でしょうね。目の色を変えて。でなくても懇願されるわ。そんな事になっても良ければ自由になさい」
...そうなる、のか...そんなの絶対避けなければ。シャイニーも、気を付けてくれよ?
それにしても...遂に呪いだと認める事になるのか。本当に認めたくなかったんだけど...母さんにこうまで言われては認めざるを得ないな。
「ルース?その力を使いこなせるようになったら、シャイニーちゃんの顔を治してあげなさいよ?」
「...お母様」
えっ!?お母様?いつの間にシャイニーは母さんをそんな風に呼ぶように?
でも...そうだな。シャイニーの顔の痕は呪いのせいで間違い無いと思う。孤児院に預け入れられた幼児の頃にはその痕があって、医者に火傷等ではないと言われているそうだし。出来るのであれば治してあげたい。
以前、旅に出た直後と王都で月夜に照らされたシャイニーの、顔の痕が無い姿が思い浮かぶ。一瞬しか目にしなかったので幻を見たのかと思ったが、あれは見間違い等ではなかった。
ザール商会で商談を終わらせた後、直ぐ近くの一流の宿~王都の、それも宮殿の直ぐ近くの大きな宿に夕食を兼ねて宿泊する事となり徒歩で移動した際、満月だった月明かりに照らされたシャイニーを通り掛かった人たちに見られていたようだ。後日、乗馬訓練で俺が駄ラバに苦労していた中、先に形になっていたシャイニーは様子を見に来ていたサフランと話をしていた時に聞いたらしい、商会に問い合わせが何件も来ていると。
宿に一緒に歩いていた美女は何処の令嬢なのか?
サフランの見立てたドレスを着て、商会の化粧品売場の粋を動員して化粧し、着飾ったシャイニーの事だ。
商会の皆の顔は広く知られているので、見掛けない顔のシャイニーを指しているのは明白である。勿論、化粧で顔の痕が分かり難くなってはいたのだが、それを見た人たちから顔の痕の事は一切話題にはならなかった。それは化粧のおかげだと後のシャイニーは言うが、どうしても化粧だけでは誤魔化せない変形が顔の痕の中にあり、よく見ればバレてしまうのに、だ。
その話を聞いた時、俺は思わず舌打ちした。今のところ俺しか知らなかった筈のシャイニーの素顔?が、見ず知らずの人たちに見られていたという事実に。それが嫉妬だとも気が付かないまま。
結局俺たちは雨のせいで一晩村に滞在する事を伝えたが、母さんは何を今更、と一蹴した。
取り敢えず俺は寝泊まりする場所の確保の為、元の自分の部屋に行く...のだが。
「...何コレ」
部屋の中は荷物が積まれていた。曰く、いない人間の為に部屋を空けておく必要が見出だせない、と。
仕方なく寝る為のスペースの確保はしたけど、こんな荷物だらけの部屋にシャイニーを連れてくる訳にはいかないか。
「は?何を言っているの?あんたと一緒にあんな荷物の中にシャイニーちゃんを寝かせる訳ないに決まってるでしょ?シャイニーちゃんはあたしと寝るに決まってるわ」
ガシッとシャイニーの両肩に手を置き、俺に何を言っているんだこのヤロウ!と睨む母さん。アワアワとしているシャイニーも満更でもない様子だから、まあ良しとするか。
それにしてもシャイニーは駄目で俺は荷物の中で寝るのは良いのか?俺の扱いがぞんざい過ぎないか?母さん。
この後、夕食の仕度に母さんとシャイニーが向かうと言うので、俺も手伝おうとすると邪魔だから要らないと。ぞんざいだ。
仕方ないので自分の部屋に戻ってもう少し荷物の整理をする。寝床分の確保はしたけど、少し...いや結構危険な状態と言わざるを得ない。
「ん?これって...」
ひとつの箱に見覚えがあった。蓋を開けると、ずっと大切にしていた物が出てきた。カラフルに塗られた馬車の模型だ。捨てられないようにキチッと仕舞うようにしたので、こうして残っている。あの母さんが子供の隠した玩具を見付けられない訳はない筈だが、こうしてこの歳になっても残っている。やっぱり大きくなったからってのは只の理由付けだったんだな。本当に大切にしている物までは捨てる気はないようだ。
あ。これは...
そう言えば、暇な時間に作っていたな。仕上げ作業を残して根気と時間が無くなりお蔵入りした物だ。そうだ、道具も中に入ってるし、これを完成させて...
夕食に呼ばれるまで、俺はそれに勤しむのだった。
夕食にお兄は帰って来なかった。最近メルサの家に入り浸りで、殆ど寝に帰ってくるだけらしい。
「逃げているだけだ、あの馬鹿は」
そう言うと、顔を顰めた父さんはこちらを見やり少し考え込んだ。
「...なあ、トゥルース。相談なんだが...この村に戻る事を考えておいてくれないか?」
「は?それって...」
「村から出て直ぐで申し訳ないんだが...トゥーリーがアレでは、この家を任す事は出来ん。お前が家を継いでくれれば...」
「何を言っているんだよ!俺が継いだらもっとおかしな事になるよ!俺がみんなから嫌われているのは知っているだろ?それにお兄だって黙ってないよ!」
そんな事になれば、俺がトラブルの原因となるのは火を見るより明らかだ。村に戻って僅か半日で既に二人と争っているし。
「ルース、そういう話があったと頭の隅に置いておくだけで良いわ。頭ごなしに決めつけるのは良くないわよ?」
「おれは良い話だと思うけどな。トゥルースは同年代の者たちと比べて少し落ち着いていると言うか、大人びているように思う。今まで下の町くらいにしか出た事がなかったんだろ?それにしては世の中について無知ではないように感じる事が多いしな。他の子は良くも悪くも世間知らずなのに、だ。ま、トゥルースもそう言えなくはないが、あいつらの世間知らずとは質が違う。売人のおれたちとしては、やり易い相手になってくれるんじゃないか?」
何だ?師匠は俺の事を買い被り過ぎてないか?甥だから絶対色眼鏡で見てるだろ。でも母さんも否定的ではない。もしかして事前に相談し合っていたのか?
「...俺がこの家を継ぐのに誰も反対しないんだ。そんなの揉めるって分かってるのに...」
「そうだな...だが、中の者と外に出ている者と、どちらと揉めるのが良いかと考えるとな。わたしたちにも分からん。だから選択肢は多いに越した事はない。考えておいてくれ。なに、急ぎはせんからな。わたしが引退するまでにの話だ」
「...お兄をもう一度行商に出すのは?」
「それも一つの策だな。前向きに考えておこう。トゥーリーには少し楽をさせ過ぎたからな」
「...どうせお兄の事だから、"今度も楽する"んじゃないかな。せめて売る石は前の売上げから正規の値段で購入させてよ?」
「そうだな。でなければ他の者に示しが付かない。ちょうど卸値の改訂もしたばかりだから、本来の苦労を身を以て体験できるだろうしな」
やっと村を出る事が出来てホッとしたのに、また戻れってとんでもない話だ。まあ今のお兄では今は良いかも知れないが、今後外に出ている売人だけでなく村の中の人とも諍いを起こす可能性は高いといえるからな。
「だけどよ、兄貴。王都はもうトゥルースが石をバラ撒いた後だぞ?行商に行かすなら国内はあまり良くないだろ。また誰かに付かせて国外に出すしか...」
「それもそうだな...ターラー、請け負って貰えるか?」
「はぁ?ヤだよ。子守しながらじゃ思ったように動けんし、第一責任持てん。おれが普通の道を選んで行く訳ない事は兄貴も良く知ってるだろ」
師匠がそう拒否するが、その事は村の皆も良く知っている事だ。村に出入りする時は門を利用せず、愛馬と共に人知れず現れたりいなくなったりする。一体どこから出入りしているのか誰にも分からない。そんな師匠にお兄が付いて行ける訳がないのだ。まぁ、父さんも駄目元で言ってみた感がする。
そして白羽の矢が俺に向きかけるが、そんなのは火に油を注ぐようなものだ。口に出される前に俺はヤだからと釘を刺しておいた。
結局俺が村に戻る話は次に帰って来るまでにお兄に変化が無ければ本格的に考えるという事で話を終えた。夕飯の味が分からなかった。
母さんの部屋に連れて行かれるシャイニーを横目に、自分の部屋へと戻る。どうやら父さんは客間に追い出された様だ。寝るまでの間、先程の仕上げ作業を続ける。あとは見栄えだけなので、掛けた時間だけ良く見えるようになるだろう。
ひたすら磨き込んでいると、いつもの時間になったのか眠気が襲ってきた。早々に切り上げて寝具に入る。
...何だか、肌寒いな。そう言えば一人で寝るのって二ヶ月振りだ。いつも感じている温もりは、今日は母さんが独り占めしている。仕方なくそのまま目を瞑ると、何かが潜り込んで来るのを感じた。
あ、これはたぶん白猫だな...と思ったら何故かいつもの様な柔らかく温かい感触が...
あれ?シャイニー?母さんのところから...抜け...出して...来...
翌朝、早々にシャイニーと村を出て直ぐ引き返す事となったのは、この時はまだ知らない。