√トゥルース -011 認めたくないものだな、
「これだけで良いのか?」
父さんが怪訝な顔をするけど、石の卸値がうんと上がったので、思っていた分は買えそうもない。
「ああ。今日はこれだけ分しかお金を用意して来なかったし」
「ん?お金?まさか現金を持って来たのか?」
「まさかって...お金が無ければ売ってくれないでしょ?」
何を当たり前な事を、と首を捻るが、父さんはハァ~っと溜め息を就いた。
「トゥルース、お前知らなかったのか?現金なんて持ち歩かなくても振り込み手続きをすれば済むんだぞ?お前も銀行で口座を作ったんだろ?」
「えっ!?振り込み!?だからみんな、お金のやり取りをしているところを見た事がなかったのか!」
師匠が何を今更...と白い目で見てくるが、遠目でしか見ていないし聞いてもないから知る由もない。よくよく話を聞けば、この家を継ぐ者は銀行業務も請け負っていて、定期的に銀行の指導も受けていると言う。そう言えば銀行さんが珠に来ていたな。てっきりお金の回収に来て貰っているのかと。
「それならもう少し...今度は帝国まで足を伸ばそうかと思っているから、なるべく多く石を持って行きたいし」
「ん?帝国までか。まあ、街道が通っているから比較的安全に行けるが...どうして帝国に行こうと思ったんだ?」
「それは...実は下の町でシャイニーの身元に繋がりそうな情報を得て。丁度良い機会だから、駄目元で辿ってみようかと」
俺がそう言うと、お兄が何か言いたそうな顔をした。しかし今度はグッと堪えたようで、口を出す事はなかった。
ならばと俺は追加の石を選んでいく。路銀に取っておく金額を予め決めて、残りを石の購入に充てる。ラバたちもいるし緊急時の事も考えると、もう少し多く残しておいた方が良いかな?と思ったが、いざとなれば屑石から換金していけば良い。最初の旅でもそうしてきた。
石を決めると、下ろしてきたお金と通帳を出す。ラバや衣類の購入と路銀に少し目減りしたが、あまり贅沢するのは良しとしない二人なので使ったお金は高が知れている。たぶんこれからも無駄使いはしないだろうから、仕入れに出来る限り注ぎ込む事にした。
「おいおい、何だそれは。ド素人だな、現金を持って来たなんて」
仕入れに再び訪れたニーフが、カウンターに何枚も積まれた大白金貨の山を見て笑うが、ニーフも最初はベテランに面倒を見て貰って予め知らされていた筈だ。人の事を笑う資格はないと思う。
外を見ると、降り続いていた雨が漸く小降りになっていた。西の空は明るくなってきているので、間もなく雨は止むだろう。
だが、今日はもう出立は諦めた方が良い。既に日は随分と傾いており、下の町に出るだけでも日が暮れてしまう。それにこの雨でぬかるんでしまってまともには下りられないかも知れない。無理はしない方が良いだろう。
「そう言えばお前らも下の町に泊まってたんだよな。今朝、町で何かあったのか?オレが教会を出てくる時、何だか教会や孤児院の者たちが騒がしかったんだが。話を聞こうとしても、はぐらかされて聞き出せなかったんだよな」
昼飯を食べて機嫌が良いのか、いつも俺を敵視してくるニーフが、比較的穏やかに聞いてきた。あ~、シャイニーの身の上をそうペラペラと話す訳にはいかないな。そう思った俺は、俺たちが直接関わった事を伏せて銀行前で起きた騒動を伝えた。
「ああ?あの教会って言うか孤児院は、そんな理不尽な事をしているのか!有り得ねぇ!今まで寄付しながら利用していたが、そんな胸糞悪いところはもう二度と行かねぇ!」
俺の話に憤りを顕にするところ、常識はお兄よりは持っているようだ。まあ、それが俺やシャイニーだった事を話して同じ事を言うのかは分からないが。
一方で何かを察したのか、父さんと師匠は俺の方に白い目を向けていた。バレているよな、シャイニーの話をあれだけしてあるし。
仕方ない、後で二人には明かしておこう。勿論、シャイニーにも話した事を謝っておかないとな。
しかし、教会と孤児院か...後々面倒な事にならなければ良いけど...って、これフラグじゃね?いやいや、まさかね。
無事に石の仕入れが終わると、シャイニーのいる部屋に引っ込む。これ以上ニーフといても、いさかいが起こるだけだ。お兄もあの後、逃げるように家を出ていった。女物の傘を差して。
たぶんあれ、メルサのだろうな。そしてお兄が行った先はメルサの家。全く、少しは仕事を覚えようという気にならないのかな。あのままだと家を継げるのはいつの事になるのやら。
「母さん、シャイニーの様子は?」
「やっと来たか、この馬鹿息子はっ!」
「ルー君...ごめんなさい、ウチ...」
あ~、こっちはこっちで話していたか。母さんが何故黙っていたんだ?と憤るけど、ニーフがいたし、そう良い話じゃないから。孤児院出身ってだけでも偏見の目で見られる事があるのに、シャイニーの場合は顔の痕が原因で孤児院の中でも特に酷く虐げられていたのだから。
「こっちこそごめん。あっちでも話してしまったよ」
話したのはこの家の者にだけ。本当は村長にも聞いておいて欲しかったんだけど、ニーフを連れ帰って欲しかったからな。
「それだけじゃないよ!ルース、あんたの言葉に呪いが掛かってるって...それで商会の会長さんの呪いが解けたって...」
「いやそれは!俺のは呪いなんかじゃない!只の偶然だからっ!」
認めたくない!認めたくないぞ!そんなの。これが呪いだなんて!そんなの認めたら一生付き纏うのを認めるものじゃないか!
「あたしもずっと疑ってたんだけどね。実際にそんな事があれば...良いかい?この事は誰にも話しては駄目だからね!」
「いや、だから...俺のは呪いじゃ...」
「まだそんな事言ってるの?そもそも、村の若い子たちは少なからずあんたが言った事と逆の事が起こるからって、あんたを蔑んだり慄いたりしてるんだから。その上、それがあんたの呪いのせいだなんて知れたら、もう村に入れさせてさえ貰えなくなるわよ!?」
母さんの言葉にぐうの音も出ない。
これまでも同年代からは散々言われはしたが、自分ではどうしてそうなるのか分かってないから偶然が重なっているだけだと否定していたのだ。しかし、そんな偶然は二度や三度ではない。大なり小なり月に何度も重なる事もあったのだ。
「...分かってるよ。俺だって何かおかしいと思っていたから、みんなと距離を置いてたんだし...」
項垂れる様にそう答える。
実際のところ皆が俺を避けていたのもあるが、俺も皆を避けるようにしていた。俺が何も言わずにさえいれば何も起こる事は無いのだから。俺だって皆が不幸になるのを見たい訳じゃないんだ。
覚えている最古の出来事は、お兄が相手だったと思う。幼かった俺にお兄が悪戯をしたのが切っ掛けだ。大のお気に入りだった木の玩具を隠されて必死に探す俺を笑ったんだ。それは今は亡き婆ちゃんが綺麗に塗ってくれた馬車の模型で、お兄のお下がりであった他の玩具には興味も示さなかった。そんな俺の宝物を隠して嘲笑うお兄。俺が"お兄の玩具は沢山あって良いよな!"と嫌味を言ってやると、翌朝にお兄の玩具が全て焼却処分されてしまった。大きくなったからもう遊ばないでしょ?と。母さんが人を陥れて嘲笑うのを好としなかったのだ。
この出来事は、お兄にもだが俺にも衝撃を与えたからよく覚えている。そしてお兄が俺を良く思わなくなったのもこの時からだ。俺、悪くないよね?
その前にも何かあったのかも知れないが、覚えてはいない。
でも...
「でもさ、それが本当に俺の呪いのせいなのかも分からないんだ。もしかしたら違うかも知れないし。それにもしそうだとして、どんな条件で呪いが掛かるのかも...」
「...はぁ~。分かってないわねぇ、ルースは。もう呪いじゃないかもなんて言う次元じゃないでしょ。既に他人の人生を変えちゃってるのよ?あんたは誰にも出来ないと言われている事が出来るのよ?」
「え?どういう事?」
他人の人生を変えた?誰にも出来ない事が出来る?何を言っているんだ?俺はまだ駆け出しの売人で、何の力もない。初めての行商で良い数字を出せたのも、偶然の積み重ねで俺の力ではない。云わば棚からぼた餅だ。
しかし、そんな俺の様子を見た母さんが、深い溜め息を吐く。
「良い?ルース。あんたは商会の会長さんの呪いを解いたのかも知れないのよね。その呪いは人に迷惑を与えるものだったんでしょ?それが解消されるって事は、その人にとってどれだけの出来事なのか考えてみた?間違いなくあんたが考えているよりずっと大事の筈よ?だってもう自分の意志外で人様に迷惑を掛ける事が無くなるのだから。うちだけで見ても、あのエロ親父たちの勘違いを今後はもう心配しなくて済むのよ?
そしてそれは、これからあんたが出会う人の人生を変える事が出来る事を意味するのよ?呪いのせいで人と交わる事を諦めた人も、あんたのその力でやり直せるかも知れないの。あんたのその力は今まで悪い結果ばかり起こしてきたのかも知れないけど、良い方向に向けば?それはあんたの気の持ちようよ?これからはもっと考えて言葉を選びなさい」
衝撃だった。俺は今まで怨まれるばかりだったので、この呪いを恨む事はあっても感謝する事はなかった。しかし、アガペーネたちには感謝された。それにエスピーヌは自らに掛かっている呪いを仕事に生かしていた。相手の心の内を知り商売に繋げていたのだ。
呪いは全てが悪いものではない。活かす事が出来るのだ。今までそんな事は考えた事もなかった。しかし、使いようによっては...
俺は身震いした。俺の呪いに可能性がある事に。