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√トゥルース -010 兄



「ただいま~。外でさっきの雷に驚いた馬たちが厩舎から出てうろついてるんだけど、どうする?親父...って、叔父貴(ターラー)と...トゥルース?」


 村の中では主に女性が使う雨傘を折り畳みながら家の中に入って来たのは俺の二つ上の兄、トゥーリー・バレットだ。

 俺が父さんを相手に、村の特産品である宝石(レッドナイトブルー)の原石を選別しているところだった。師匠もそれに付き合って窓口に来ていたが、こちらの様子を見るというよりはシャイニーに言い寄っているように感じる。しかし、元々口数の少ないシャイニーは人見知りも手伝って異性でもある師匠にはいつも以上に口が重くなっていて会話にすらなっていなかった。師匠、いい加減諦めてシャイニーを解放してやってくれ。


 ってか、馬たちが厩舎から脱走?あまり慌ててないのは村が門以外は崖に囲まれた場所であるからだ。逃げ出しようもない。でも雨の中を走り回っているのなら、厩舎に戻ってきたら拭いてあげないとな。いくら温かくなってきたとはいえ、山の上の方にあるこの村では大した事は無いから身体を冷やしたら大変だからな。ま、ラバは頑丈だって話だから、ウチのミールやメーラはそんなに心配はしていないけど、村や師匠の馬は気を遣うだろうし。

 って、余計な事を考えてた。お兄(トゥーリー)の視線が痛い。先にお兄に声を掛けたのは師匠だ。



「おう、トゥーリー。久し振りだな。そうか、馬が逃げ出してるか。怪我してたりひっくり返った馬がいないなら、雨が弱まるまで放っとけば良い」

「...叔父貴はいつまで村に?」

「ああ、数日はいるつもりだが、特に決めては無いな」


 計画性がないのは師匠の定番だな。三日で旅立った時もあれば、半月以上居続けた事もある。

 毎度気紛れで出立するので、行方不明扱いされた時もあった。直前まで俺の稽古を付けていたので、何処へ行ったのか聞いていなかった俺が皆に責められたが、悪いのは何も言わず村を出ていった師匠が悪い。そんな師匠の性格は父さんが知っている筈なのに、いつも見て見ぬ振りなのだ。


 そんな事を思い出していると、お兄はまだ紹介されてないシャイニーの方を見る。

 おいおい、俺に気付いていながら無視かよ!


「ええっと、叔父貴のお連れさん?ここの長男のトゥーリーです。よろしく」

「いや、おれの連れじゃなくて、トゥルースの連れのシャイニーちゃんだ」

「...はぁ?何?トゥルース、お前、良い度胸してんな。たった二ヶ月で女を引っ掛けただけじゃなく、しれっと村の中にまで連れ込むなんて...少しもメルサに悪いと思ってないのか!?」

「トゥーリー!あれは事故だったんだ!トゥルースのせいではない!」


 お兄の言い様に父さんが声を荒げる。何もシャイニーの目の前でその話をしなくても...

 思ってもいない鋭い視線を向けられたシャイニーがビクッと震えた。よく見るとブルブルと震えているように見える。

 久し振りに受けた異性からの明らかな悪意を向けられて、孤児院で受け続けていた酷い仕打ちを思い出したのかも知れない。今朝、下の町で孤児院の女たちに出会った事も影響していると思われる。

 ...不味いな。


「母さん!シャイニーを別の部屋に連れてってくれないか?」

「は~い、はいはい...って、ええ!?どうしたの!?」


 師匠の隣で小さくなっていたシャイニーだったが、今では小刻みに震えて視線は足元に...いや、あれはもう視線が定まっていないぞ?汗もだらだらと尋常でない量が流れ出ている。

 俺は慌ててシャイニーの元に寄り、落ち着かせていた。その場に崩れなかっただけで、過呼吸寸前だった。

 何はともあれ、休ませた方が良いだろう。落ち着いてきたので、後は母さんに任せよう。



「全く!この大馬鹿者がっ!」

「だってよ、トゥルースが...」

「まだ分かっとらんのか!だからお前には窓口はまだ任せられんと言うのだ!」


 シャイニーを母さんの部屋に連れて行った後、戻ると、滅多に怒らない父さんがお兄を叱りつけているところだった。

 この家を継ぐ筈のお兄が窓口にいないのは、お客様である村出身者に対して録に気遣いが出来ず、さっきのように相手を誹謗中傷するのが散見されたからで、行商の経験を済ませた後、僅か十日で窓口を外されたのだ。

 新米であるお兄がベテランの行商相手に何の誠意も見せなかったどころか、簡単なお仕事で良かったな、と暴言を吐きまくったのだ。


 村の者は経験を積む為に、全ての者が一度は行商に出る。どれだけ石を売るのが大変かを知る為でもあり、どれだけ石が羨望されているのかを知る為でもあった。それにより、どの仕事に就こうとも矜持を持って真剣に挑むようになるのを狙っていた。

 しかし、その行商にベテランが付いた事で、お兄は勘違いする。あまりにも話がスムーズに進み過ぎたのだ。これは事前にそのベテランが買い手を見付け出し予算も聞いておいたからだった。

 お兄はそんな裏事情も知らず、何の交渉も無しに売れていく石のお陰であって、売人の手腕だとは思わなかったのだ。

 要するに売人を下に見たのだ。そんな者が大元である村で売人たちに石を売る仕事に就けば大顰蹙(ひんしゅく)を買う。お兄を売場である窓口から外すのは当たり前だ。



「それにしてもよ。シャイニーちゃん、ちょっとあの反応は異常じゃないか?」

「師匠...そうですね。あんな姿を見られては隠したままじゃ...シャイニーは下の町の孤児院出身で、その中では酷く虐げられていたそうなんです」


 それから俺は仕方なくシャイニーの境遇を打ち明ける。

 シャイニーは孤児院では家事の殆んどを強制させられた上、永らく暴行を受け続けていたらしい。全く酷い話だ。その上、成人したその日に食い扶持を減らす為に孤児院を追い出されたところを俺が通り掛かり旅を共に。

 孤児院では食事も作らされていたのに録に食べさせて貰えず、出会った頃はガリガリだった。対して今朝絡んできた女二人は見た目的にも栄養不足とは縁がなさそうで、運動も録にしていなさそうなプクプクした贅肉を蓄えていた。シャイニーは毎日しこたま働かされていたにも関わらず筋肉も大して付いていなかったのは、運動量に対して圧倒的に栄養が足りなかったせいだろう。


 更に出会ったばかりのシャイニーは人に対して酷く臆病であり、顔の跡を奇異の目で見られる事に怯え、嫌悪感を顕にしてくる人たちに恐れを抱いていた。実際に手を上げてくる事がないと分かっているのに、だ。

 何故か俺には平気だったけど、その旅には適さない体格と、昼は食べてないと言うので遅めの昼食をとりに店に入ろうとすると、他の人が怖いのか嫌がって...今ではもう人に馴れてきたけど、最初の頃は本当に大変だった。


 手早く食材と寝具を買い込むと、逃げ出すようにその町を出て町の外で最初の食事をしたのだった。それも俺が料理の準備を始めると、シャイニーが料理は自分に任せてと言うので任せてみたら、何と俺の分しか作らなかった。

 食事は一日に二回、それもみんなの残り物しか与えられなかったそうで、昼は作っても口にする事は許されなかったのが身に付いていたのだ。なので先ずは一日三食をきっちり食べる事を約束事にした。それでも最初は恐縮して録に食べようとはしなかったので、食べなければ置いていくと言うと渋々だが漸く食べるようになっていったのだ。


 結局初日は町から殆んど離れる事が出来なかった。体力を付けなければ移動に耐えられない。それに俺も含め、旅自体に慣れなくてはならないからだ。

 屋外での炊事に寝床の確保等、覚えるべき事は多い。

 それと水場で身を清めるのだが、それですらシャイニーは録に出来てなかったようだ。仕方なく背中を拭いてあげるが、背中は背骨が浮き出て見るに堪えないものだった。同い年とは思えない体つきだった。思い出しただけで何だか涙が出た。


 それからは暫く歩くペースを落とし、村や町では充分に休息を取るようにして王都を目指した。馬車なら四~六日の道程だが、こちらの地方まで乗り合い馬車は通っておらず、運が良ければ通り掛かった個人の馬車に乗せて貰えるかもという程度で、それですらシャイニーが嫌がって仕方なく徒歩での移動となった。

 当初は使う事もなく貯め込んでいた小遣いで食材等を買っていたが、途中でそれも尽きかけて仕方なく商材の屑石を換金して進んだ。それを知ったシャイニーが自分の食事の量を減らすと言い出したが、俺はそれを禁じた。寧ろもっと食えと。今ではやっと女の子っぽい体つきになっているが、それでもまだ女の子(・・・)の体つきだ。女性的な身体にはまだ遠い。寝る時に俺にくっついてくるのだが、当初は骨が当たって少し痛かった。それが一月もすれば柔らかさを持つ様になったのだ。二月経った最近では当初の骨っぽい面影は殆ど見られないが、それでも発育が悪い事は見て取れる。



「...何と言うか...そこまで酷かったのか」

「そんな風には見えないけどな」


 顔を顰めた師匠と父さんが言葉を失いつつも口にするが、お兄は違った反応を示した。


「何でそんな女を拾うんだ?捨て置けば良いのに...」

「おい!トゥーリー!まだそんな事をっ!」

「トゥーリー...本気で言っているのか?それは無いぞ」


 確かに今のは心無い発言だ。父さんと師匠が憤る。だが、お兄の言いたい事も分かる。俺が面倒を見る責任はないのだ。それでも一緒に旅を始めたのは、シャイニーが俺に付いてきたからだけではなく、シャイニーを不憫に思ったからだけでもなく。その実、俺が一人旅に不安だったからというのは、今思えば当たらずといえども遠からずだろう。

 まだこの仕事が上手くいくかどうかも分からない云わば甲斐性無しの俺が、そんな余裕があるのかと。それでも健気にも俺の後ろを付いてくるシャイニーを放っておけなかった。


 そういう意味でもお兄の言いたい事は分からなくはないのだ...が、お兄は俺を頭ごなしに否定する。どうもお兄の視点は俺とは違うようだ。


「そもそもメルサを傷付けたトゥルースが、外で女を抱き込んでぬくぬくとしていられるのが間違っているんだ!今もメルサは顔に傷を残しているのに!」

「トゥーリー!だからメルサのは事故だったって言っているだろう!」

「でも親父!メルサの傷は医者が言うには一生残るかもって...トゥルースのせいで雨が降ったから!」

「何度でも言うが、あれは事故だ。メルサ本人も納得しているだろう!これ以上この話を蒸し返すんじゃない!」


 ピシリと言う父さんに、お兄は今度こそ口を喫んだ。





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