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―― 遺すもの
炎の中。
影が身を揺らしながら、こつ、こつ、と靴音を響かせる。
塔の頂上まで足を運んで、周囲を見回す。
視えるのは二つの骸。
貴族の方に一度視線を向けると、小さく弔いの言葉を口にして、そっと手をかざす。
儀礼的な所作の後、もう一つの骸へ足を向ける。
探偵の骸にはもう大きく火が回り、衣服も灰となって解け始めていた。
無事なのは、零れ落ちた彼の持ち物の数々。
それも、いずれすべてが、塵となって空に消えるだろう。
それは、惜しいことだ、と思って。
散らばる彼の荷物の中の、間違いなく彼の物である、ペンの名を確かめる。
いくつもの彼ではない、きっと誰かの遺品であろう物品をより分け。
『ロージキィ』の名前を探り当てた。
彼がこの動乱を駆け抜けた名前。
名の刻印の上をなぞり、【保存】の魔術をかける。
火の手が消えるまでなら、きっと保つことだろう。
最後に、紅の花を手向けに置いた。
影は、名残惜しむように立ち尽くした後。
肌を焼く熱に背を押され、揺らめく炎を後にした。




