34 友二人
向き合う二人は、しばし無言の時間を迎えて。
「先生」
ぼそりと、つぶやくように、ロビンが会話の口火を切った。
「なんだい」
ロビンは無音のままうつむく。
次の言葉を出そうとして顔を上げたかと思えば、すぐにその口を閉ざしてしまう。
探偵は微笑んで、その様子を見守る。
「無理に話題を探す必要はないさ」
「すみません。どうしても、言葉に詰まってしまって」
「いいんだ。言葉がなくても十分だろう」
「――ええ。顔を見るだけで、息遣いを聞くだけで、目を合わせるだけで、伝わる物はたくさんあります。ですが、このさきは、もう」
ロビンの言葉はしりすぼみに、小さくなっていく。
探偵は温かい笑みを浮かべる。
「そうだね、この街に探偵と言う役職がなくなる、という寂しさはあるかもな」
おどけたように首をすくめて見せる探偵に、ロビンはもつられて笑みをこぼした。
「先生がいなくなった後、この街で真実を探す方はいなくなりますね」
寂しげなロビンの声に、探偵は空を眺めながら口を開く。
「真実なんてものは、いずれ誰もが探し出そうとするさ。手段や目的は少々違えるかもしれないが、いずれ行くべきところには行き着く。――それに、だ」
流し目をロビンに向ける。
期待のこもった瞳は、夜の闇の中では浮かぬように眩い。
「君という後任がいるから私はどうとでもなるだろう、と思っているよ」
「買いかぶりすぎですよ」
「君は私以上に、真実と言う物に真摯だ。私以上に、真実を明かすという行為に意味を持たせられるはずだ」
「先生は真実には興味がない、と?」
「そうだね。私はきっと、謎そのものの方が好きなんだろう。隠された秘宝や、守るべき正義よりも、覆い隠すベールの意思を知る方が私好みなんだ」
ロビンは思い起こす。
ずっと、探偵は犯人を、犯行を、謎を見つめ続け、追い続けてきた。
「暗い、暗い闇の奥を眺め続けるのが趣味なのさ」
自嘲するような言葉に。
「そんなこと言って、その先を見たいというだけなんでしょう」
ロビンは笑う。
本当に視たいものは、闇の奥の光だと知っている。
そのくらい、隣で見ていれば、わかるものだ、と。
「――ああ、そうかもな」
探偵も思わず、薄っぺらい仮面を捨てて、朗らかに笑う。
それを見たロビンの胸中に、少し思うところはあった。
ここしばらく、張り詰めた物しか見ていなかった。
もう少し、この顔を眺めていたかったけれど。
もう、そうはいかないのだろう、とは。
鋭い眼が、語っていた。
「君に語っておきたいことがあった」
微笑みの中で、心地よい声。
「地球が丸いことも、魔術の原理のほとんども、天体の移動法則さえこの世界の人類もまた導いてしまった」
語る言葉は、もの悲しく、過去を見るように。
そのくせ、その眼は、どこまでも、輝かしい未来に向けられている。
「だがね、ロビン君。この世界には未知がまだまだ山ほどある」
ロビンはただ、うなずいた。
「どこにでも、誰にでも、いつだって、謎と言う物はあるものだ。君の前には、きっと、また別の謎が立ちはだかるだろう。宇宙の法則や世界の果てまで知り尽くせる、などとは言わないけれど」
眼があった。
「どんな謎も、人が作ったものなら人に解き明かせる。間違いなく、君にも」
希望に満ちた声。
耳の奥に染み込むよう。
ランプから香る油の匂いと、揺らぐ灯りが、なお、この場を優しく包むようだった。
カタン、と木片が机をたたく。
探偵が受け取った、クルビエが魔術の仕込みを終えた時に探偵を呼び込む仕掛けの音。
「先生」
「なんだい、ロビン君」
「話してるうちに、お話ししたいことをたくさん思い出しました」
「うん」
「仕事のことも、なんでもない日常のことも、あるいは先生自身のことも、そして僕の話も、二人で共通する友人の話も、それ以外のことももっと話したいことはありました」
「――今、話す時間がないわけじゃあないよ」
「行ってください。クルビエさんを待たせるわけにもいきませんし」
ロビンは、その背中を押すように語り掛ける。
「使命なんでしょう?」
「君は強いな。安心して任せられるよ」
探偵はくすりと笑うと、背を向ける。
次の一歩を踏み出すのにたっぷりと時間をかけて。
「さようなら、わが助手」
「悔いのないように、わが先生」
ロビンは、影も音も消えるまで、見送っていた。




