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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
89/96

33 はるか遠くを見据えて


「――反省や後悔と言うのはまだ早いな、クルビエ」


 よく通る声が、部屋に響く。

 周囲の視線が、一斉に声の方へ向く。

 カーテンの向こう側からの声。


 彼はボロ布の隙間から、顔を出す。

 鷹のような鋭い眼をした、茶色のコートを見にまとう男。

 彼を探偵だと知らない者は、ここにはいなかった。


「事ここに至って、と言う話ではあるが、策がある」


 堂々と語る言葉は普段通り。

 けれど、その立ち姿はどうにも、弱弱しいものが透けていた。

 ロビンが思わず、と言った調子で駆けよる。


「先生、起きても大丈夫なんですか」


 探偵はロビンの肩を軽くたたきながら笑いかける。


「ああ、痛み止めを打ってもらってる」

「それが必要なほど重体なんじゃあ――」


 探偵は口元に指をあてると、ロビンに目配せをする。

 分かってくれ、と視線だけで意図を伝える。


「――――わかりました」


 ロビンは、言葉を飲み込んで一歩後ろに下がった。


「それで、だ」


 代わるように、クルビエが探偵に向かって一歩踏み込む。


「色々言いたいことはある」

「だろうね。それを聞く用意もある」

「どれだけ心配をしたか、言ってやりたいが――――」


 クルビエは天を仰ぎながら、小さくうなり、喉の奥に言葉をため込む。

「だが、今はそれを抜きにして、だ」


 それを飲み込んで、探偵に向き直る。

「その策ってやつを言ってみろ」

 探偵は「ありがとう」と小さく礼を告げると、一歩会話の中心に踏み込む。


「私が空からエドワード卿の元に突っ込む。私に魔力なんてものはないからね、検知されないだろう」

 周囲の困惑の視線が、探偵を貫く。


「どうするつもりだっていうんだ、キミは」

 クルビエがようやく開いた言葉に、探偵は薄い笑みを浮かべながら応える。

 余裕の表れのようで。

 わずかな笑みしか作れないほど、余裕がないようにも見えた。


「実は私は勇者の端くれでね」

「確かに、そんな話は聞いたが」

「そして、エドワード卿は少々事を急いてしまった。本来必要以上に使うはずではなかったであろう、『自然の宝玉』を全力で使っているようだ」


「――そうか、そういうことか」


 クルビエが納得したようにつぶやく。

 探偵はそれを見てうなずくと、視線を周囲に向ける。


「だから、チャンスが生まれた」

 語る言葉は淡々として、感情は乗っていない。

 しかし、周囲の視線は誰もが、希望を見るようだった。


「私が彼の元に行けば、垂れ流しの勇者の力をなかったことにできる。――私が今代の正式な勇者だから、力の流れに触れれば権利を乗っ取れる――魔術のインターセプトを私ができる、と言うわけだね」


 ドクターが思わず立ち上がりながら、「おいおい」と口をはさむ。

「そんなもんに成功率はあるのか」

 クルビエがうなずいて答える。


「可能だろう。起動している『自然の宝玉』に近づきさえすれば『本物』と『偽物』じゃあ魔術の権限に大きな開きがある。触るだけでも乗っ取りは可能だ」

「それが叶ったところで、竜共は収まらないんじゃないか」

「竜も収束させられる。彼らは魔力で動くゴーレムのようなものだからな、供給源をたてばいずれは燃料切れで沈黙するのは間違いない。ないんだが――」


 クルビエは語りながら、探偵へ向き直る。

「分かってるのか。魔術の使えない君では、アレを奪ったところで魔力の代わりに生命力を奪われつくす――死ぬんだぞ」


「はは、勇者と言うのはその使命を果たした後、召喚される前の世界に戻る。つまり、元通りになるだけだ」


「――キミは自力で元の世界に戻る方法を探していたんじゃあないのか」

「なあに、元に戻るなんて貴重な権利だろう。ここぞ、と言うタイミングに使いたいと思っていたからちょうどいいさ」


 空虚な嘘だと、その場の誰にでもわかるほど、薄っぺらい言葉だった。

 言葉の軽さに反して、彼の眼は重すぎた。

 意志と決意に満ちた、鋭い瞳。

 見据えた先で、彼は死を背負ってなお、止まるつもりはないだろう。


「クルビエには私の飛行のための魔術を準備してほしい」

「なら、ボクも同行する」

「だめだ。その傷では、君まで決死行になってしまう」

「いくらでも、どうとでもしてやるよ。ボクは稀代の魔術師で、竜殺しの異名だって――」


 クルビエのすがるような、懇願するような声を。

 探偵はその肩に手をのせて、押しとどめた。


「私にも、守るモノを作らせてくれ」


 ぼたぼだと、大粒のしずくがフードに隠れた顔から零れ落ちる。


「ずるいなあ、キミは」

「君の力だけを借りたい。そんなひどいことを言って、構わないか、クルビエ」

「――――ああ、――わか――ってる、とも」


 クルビエは絞り出すような声で了承の意を伝えながら、探偵に手を突き出した。

 包帯に包まれた手に握られていたのは、小さな木片。

「――準備をする。終わったらそれを鳴らす。そっちの準備ができたら、屋上へこい」


 探偵は受け取ると、「ありがとう」と囁くように言う。

 クルビエは何も言わず探偵に背を向けると、急ぐように部屋の外に飛び出した。

探偵はもう一度、念を押すように、「ありがとう」とつぶやくと、視線を再び周囲に向けた。


「皆さんにはもうしばらく辛抱いただきたい。どこまでうまくいっても竜たちはもうしばらく暴れているでしょうから、抑えが必要なんです」

「――辛抱なんて、オマエの言うことじゃあないだろう、探偵」


 医者はうつむきながら、手を握りしめて、こらえるように声をかける。


「なに、私の方が先に楽になりますから」

 応える探偵はあっけらかんとして。

 医者はその様を見て、「ああ」と小さくつぶやいた。


「受け入れてんのか」

「ずいぶん、前から今日が来ることは分かっていましたので」


 医者は大きくため息をつく。


「そんな決意に満ちた顔をされちゃあ、誰も反対できやしねえよ」

 周囲の大人たちは同意するようにうなずく。


「これ以上、犠牲者を出させはせんよ」

「傷病者の手当も全力を尽くしますから、ご安心を」

「アンタが力を尽くすっていうなら、俺たちももうひと頑張りしてくるぜ」


 ぞろぞろと集まっていた人々は思い思いに言葉を紡ぎながら外へ。

 沈んだ表情の人間は一人もなく。

 闘志が、彼らを前へと前進させていた。

 最後の一人、医者がドアに手をかけた状態で振り返る。


「探偵。それでも、最後に、きちんと別れを告げておけよ」


 そう言い残すと、パタン、と扉を閉ざす。

 部屋に残ったのは二人だけ。

 ロビン=アーキライトと探偵。

 二人は目を合わせると、何も言わずに椅子に手をかけた。

 ぎし、と軋む木の音を響かせて、互いに向かい合うように座り込む。


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