32 紡がれる心
降りしきる雨の中。
探偵は痛む体を押し通して、外壁に背を預け、駆けまわる人々に視線を向けていた。
傷だらけで、痕だらけで、平常からはまるで程遠い世界。
それでも、それでも。
走り続ける人々の背中はたくましく、強く。
彼らは、輝かしいものが見えずとも、明日と言うモノへ向かっている。
――それを。無下にするわけにはいかない。
優しく、見守るような瞳が、きつく引き締められた。
自分もまた、先へ進むべく体をひるがえそうとした時。
「――あの、真っ黒い服のお貴族様の知り合いですよね」
雨をしのぐ同じ軒先の下、雨に体を濡らして、息も絶え絶えな少女の姿があった。
探偵は逡巡して、すぐに答えに思い至る。
おそらくは、エドワード卿のことだろう、と。
「ああ、彼がどうしたのかな。もし彼に会いたいというならちょっと難しいかな」
腰を下ろして少女と視線を合わせて、困ったような表情でしか言葉を出せなかった。
「ち、ちがいます。私、あの人に孤児院を紹介してもらって、助けてもらったんです」
少女が取り出したのは、ボロボロの一枚の地図。
「今の宣言はきっと、貴族様たちを退治するって話だと思うんですけど、あの人、きっととってもいい貴族様のはずなのに、きっと今の騒ぎに巻き込まれて大変な目にあってるはずなんです。だから、どうか、どうか、助けてほしいってお願いだったんです」
「――そうか」
探偵は心の内でため息をついた。
大きく、意志を込めて、でも、目の前の少女には寸分も意図を伝えないように。
「……むりでしょうか」
「いいや」
探偵はボロボロになった地図を受け取りながら、小さく微笑む。
「必ず君の意思を共に伝えて見せるとも」
「ほんとうですか!」
「――ああ、結果がどうなっても、必ずね」
ありがとうございます、と深く腰を折る少女に背を向けて、探偵は歩き出す。
強い足取りで。
深く暗くても、向かうべき未来へ。




