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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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31 闇に覆われ抵抗の火は消えゆく

 暴虐のような、破壊の雨を目にして。


「おいおいおい、あんなもん街中に降り注がされたらたまったもんじゃあないぞ」


 医者の困惑の声は、他の誰にとっても同じことだった。


 エドワードの声は、ひどく、優しいものではあったけれど。


 あまりにも降ってわいたもので、底が見えないもので、そして、何よりも、あまりに視点が違う。


「こんなの、ただの上に住んでるやつの首がすげ変わっただけじゃあねえか」


 医者の怒りと困惑の言葉に、クルビエは首を横に振る。


「いや、そんなのが奴の目的じゃあないだろうな」


 見上げる視線の先に、高くそびえたつ塔。

 はるか遠くを見つめるような瞳は、どこか達観していて、そして、意志の光は霧散したように消え去っていた。


「エドワードの奴の目的は、地上に巨大な魔法陣を作り上げ、その内側にある魔力を吸い上げ、その魔力を我が物にしていく――いわば、国中の魔術の乗っ取りを行おうとしてるんだろう」


「――でも、魔法陣ってのは作るのは大きくなればなるほど難しくなるんだろう?」

「複層加算がある。アイツに終わりはないよ」


 ぼそりとつぶやかれた声に、周囲の視線が向く。

 注目を集めた声の主は、クルビエ。

「複層加算ってのはなんですか」

 ロビンが周囲の疑問を形にするように、クルビエに問いかける。


「簡単に言えば、一つの魔法陣を使って、別の魔法陣をさらに書き足していく技術だ」

 クルビエが机の上に六芒星を記す。

「【延焼】」


 詠唱に呼応して、机の上に炎がぼわりと燃え上がる。

「――何すんだアンタ!」

「焦げ跡を作っただけだ。見たまえ」

 クルビエが指をはじくと、机の炎は風に吹かれたように消え去る。


 跡には、机に書かれたものより一回り大きな焦げ跡の六芒星が出来上がっていた。

「魔法を使って、魔法陣を作ってるってことか?」

「そうだ。あとはこれを無数に繰り返す。これだけで――」


 パチン、パチンとクルビエが指を鳴らすたびに、机の上に焦げ跡は書き足され、その大きさは増大し続けていく。

 最後に、ひときわ大きく指が響く音ともに、机一杯の紋様が刻まれていた。


「――魔術ってのは、巨大な魔法陣を描くほど威力が増す。つまり、無限に魔術の威力が増大するってことか」

「普通の魔術師なら限度がある。どれだけ大きな魔法陣があろうと、その燃料である魔力は限度がある――普通ならな」

 強調する言葉の奥に、意図を悟りながらも、医者は質問を続ける。


「今回のは、どうなんだ」

「おそらく、魔導学院の魔術塔を最初の魔力源に、グランブルト王都を覆う魔法陣を作る気だろう。そうなれば制限なんてものはないな」


「最終的にはどうなるんだ、それは」

「それだけの規模の魔法陣ができれば、その魔法陣によって土地そのものから魔力を吸い上げ、無法にも近い魔力を得られる。次はグランブルト王国の領土を覆う魔法陣を作り、その次は大陸を食いつくす魔法陣の完成だ」


 クルビエは語りながら、視線を机の上の魔力検知針へ向ける。

 ぐわんぐわんと揺れ動くさまは、嵐を想起させるほど。

 ただ、クルビエの視線は物語る。

 まだ、こんなものではない、と。


「この針が折れるような事態になれば――世界を掌握する大魔術が発動しようとしている、と言ってもいい」


 つぶやくような声は、すでにその未来を見据えたように。

 あきらめの色が、ひどく濃かった。


「待ってください、でもその『最初の六芒星』ができてませんよ」

 それでも、食い下がるように、ロビンは疑問をぶつける。


「そうだな、膨大な魔術を行うに当たっては、円を支える六芒星は必要不可欠だ」

 クルビエは極めて冷静で、落ち着いた声で、淡々と答える。

「さっき空からミサイルが振ってきただろう。あれはただの示威行為じゃあなく、六芒星の頂点にする気だ」


 指さした先には、真っ白い柱が降り立っている。

 おそらくは真下からでは見上げてもなおその頂点は見通せないだろう、と推測できるほど、周囲の建物などよりはるかに高い。


「並みの魔術師なら一年以上かかるような膨大な魔力を詰め込んだ柱だ、あれだけあればグランブルト全域を覆う――いや、この大地すべてを覆う魔法陣でも十分な量だろう」

「しかし、魔法陣には最低限『円』が必要です、そんなもの、どこに」

「竜共が暴れまわっただろう、あれを六芒星を繋ぐ円にするくらいなら容易だろうし、奴らの動きをさらに見れば六芒星やさらに複雑な紋様を描いたものがあるだろう」


 ロビンの口がわずかに開いたまま止まる。

 反論をしたくとも、その先を言葉にできないと、理解しきってしまったように。

 その様子に、クルビエも目を細めることしかできなかった。


「いや、まだだ。そんなあきらめたような顔をするべきじゃねぇはずだ」


 医者が声をわざとらしく、張り上げる。

 静寂を裂くように、冷え切った空気に熱を無理にでも入れるように。


「魔法陣そのもの――つまり、頂点である塔と竜共が描いた辺をつぶしていけばエドワードのたくらみを退けられないか」

「根本の解決にはならない。竜共は魔力を垂れ流しながら地中の深いところに線を引いているから、円を引っぺがすのは難しい。そして見ただろう、さっきのミサイル。あれを別のところにぶち込めば、すぐに別の六芒星の六点は作れるんだ」


「魔術ってのは相手のを奪う技術もあるんだろう、それで発動した後でその主導権を奪っちまえないのか」

「インターセプトのことなら、無理な話だ。発動者よりも魔術そのものに近づき、そしてそいつの肉体の一部をもっているのが前提だ。ここまで複雑なもの、本人がど真ん中に陣取ってる時点で外からいくらつつこうが揺らぎもしないよ」


「なら、本山をつぶせばいい。あのエドワードがふんぞり返ってる塔をぶちぬいてやればいい」

「すでにいくらか試してみたが、全部止められた。魔力を検知する結界がある。それに察知されたが最後、魔弾の雨と巨人の腕みたいなツタが襲ってくる」


「なら、直接乗り込むのはどうだ」

「この竜共がひしめく地上を抜ける戦力なんてないよ。そうでないと、こんな防戦一方の陣なんて引かないだろう」


「――くそ」


 言葉を尽くしたように、医者が吐き捨てると同時、乱暴に椅子に座り込む。


「そも、エドワードが『自然の宝玉』を手にしている以上、一人二人が近づいたところで奴を倒す手段はない」


 告げるような声。

 それは、この場にいる人間以上に。

 自分自身にも言い聞かせるような声だった。


「詰んでるんだ、この状況に陥った時点で。――もしも、せめて竜どもの発生だけでも止められてれば話は違ったかもしれないな」


 悔恨に満ちた、絞り出すような声。

 それを聞いて、誰にも恨みも、励ましも、声を出せなかった。

 誰もが、どれもが、まやかしに過ぎないと分かりきっていたから。


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