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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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25 地の底より


 地上の喧騒がよく耳に届く。

 地下深くまで降りてきたというのに。

 周囲が静かなせいか、あるいは岩盤を貫くほど地上の混乱が苛烈なせいか。

 探偵は軋む梯子を降りきると、ランプを照らしながら地下に降り立つ。


 オレンジ色の灯りに照らされた通路は、洞窟のよう。

 両手を広げられないほど狭く、ランプが照らす先に闇が残るほど深く。

 土と砂利を踏む音が響く。

 最低限の木組みだけで支えられた洞穴は、蛇のようにうねるために、奥を見通せない。




 支えのためについていた手が泥だらけになったころ、ようやく開けた通りに這い出る。

 探偵は見まわして、予想通りだ、とうなずく。

 場所は魔導学園の真下。

 積み重なるガラクタのほかに、人影は見えない。


「よう、こんなところで何してる」


 喉元に突き付けるような声が、すぐ後ろから聞こえてきた。

 探偵はとっさに振り返り、ランプを掲げる。


 薄汚れた白衣が、橙色に照らされた。

 長髪を揺らしながら、声の主はゆっくりと立ち上がる。

 人の悪い笑みが、ランプの影で一層濃く映った。


「悪い、脅かしちまったかな」


 アルセトはぼさぼさの長髪を払いながら、ガラクタの山を器用に下る。

 探偵はランプを下ろしながら、

「珍しいところで会うものですね、アルセト教授」

「教授はいいって。それで、なんでこんなところに居るんだ、ロージキィ」

 アルセトの口調に咎めるような色はなく、ただの疑問をぶつけるような声だった。

「地下にかくれんぼもいいが、さっさと逃げないと地上の逃げ道がなくなるぜ」

「地上の竜。アレの発生源をつぶしに来ました」


「――へぇ」

 アルセトの声は深く、喜色を隠せず語尾がせりあがったものだった。

 探偵もまた、その声を聴いてにやりと笑う。

「あなたもここに居て、かつ私に手を上げない辺り似たような目的とお見受けしました」

「まったく、嫌に鋭いね」


 アルセトはわざとらしく首を横に振る。


「どうです、共闘というのは」

 探偵の提案に「いいね」とアルセトはうなずき、先導するように前を歩きだした。

「互いのすり合わせもある、道すがら話すとしようぜ」




 石造りの地下道の上を二つの足音が踏み進む。

 がしゃがしゃとがれきを踏み越える足音と、規則正しく石畳を叩く革靴の音。


「ロージキィ、アンタはどうしてここに目を付けたんだ」


 アルセトは積みあがったがれきの上を器用に渡りながら、下部の通路に問いを投げかける。

 探偵は薄暗く、表情も見えないままに、ちいさく「ふうむ」と唸る。

「ここに謎の発端が存在したから、というところでしょうか」

「へぇ、聞かせてもらおうじゃねえか」


 かしゃん、とランプがアルセトの手元で揺れると同時、探偵の表情を明るく照らし出した。

 思考にふけるように細められていた瞳は、揺らめく炎に当てられて、微笑みを見せた。

「まず、第一に。あの白い化け物、通称【竜】は人の手で生み出されたものでしょう」


「数は少ないが、魔導機械が自我を持つ、ってケースもなくはないらしいぜ」


「まあ、由来はどちらでもよいのです。アレらは何者かの意思によって街へ放たれている。そちらはほら、疑いようもないでしょう?」


「――まあな。組織だった破壊、計画的に都市機能を奪うような襲撃。何者かの計画なしにはこの惨状は成り立たないだろうよ」


 アルセトの言葉に探偵はうなずきながら「それに加えて」と言葉を続ける。


「彼ら【竜】を組成したのはこの場所に運び込まれた物品を利用したもの、と考えています」

「ずいぶん自信があるらしいが、その根拠は?」

「学長に案内されましてね。ここに【赤】と呼ばれる術式の残滓があったそうです」

「へぇ、学長が言うなら間違いないだろうが、もうここにはないんじゃないのか、その【赤】の魔術に使われた武器ってやつは」


「【竜】と呼ばれる兵器、彼らが【赤】の特徴である紋様を体の表面に現出させていたようです。――つまり、【赤】はクーデターを起こす武装勢力の武器としてではなく、彼ら【竜】の力とするために使われていたのではないでしょうか」

 アルセトは首を大きく横に振った。


「【赤】は魔術だ。魔術ってのはただの機械や動物に教えるなんて生半可じゃあないし、まして【色付き】なんて複雑な様式は不可能と言ってもいい。突飛な発想もいいがな、魔術には当然の原則ってやつがあるもんだぜ」


 アルセトはおおげさに首をすくめて見せる。

 からん、と金属が擦れる音と同時、足元を照らしていた光が浮かび上がってきた。

 アルセトが思わず見下ろすと、ランプを大きく掲げた探偵と、目が合った。

 じぃ、と覗き込むような瞳の下は、引き締められた唇。


 真剣そのものな表情の中で、わずかに見開かれた眼は、ひどく、力強く見えた。

 まるで、視界に映る情報をかき集めようとするように。


「なんだよ、どれだけ見たって何も変わりやしないぜ」


 アルセトのぶっきらぼうな声に、探偵は眼の鋭さを保ったまま、口を開く。

「【竜】の正体は人工的に作られた人間だから【赤】を扱える、というのも突飛な考えでしょうか?」


 がしゃ、と一段高い音を立てると同時、アルセトの脚が止まる。

 それに合わせて、探偵の靴音も、カコン、と響きとともに収まった。


「あんな四つ足の化け物みたいな姿を見て、アンタは人間と思ったのか」

 アルセトの怒りのこもった、あるいは非難さえするような声に。

「姿かたちは人間であるかどうかに関係ありませんし、ここでは正確には【人間を模したもの】であればいい。魔術を扱う部分だけ人間にして、その皮をあの鋼鉄の獣にした、というのであれば納得できましたので」


 探偵は淡々と答え。

「――部外者のアンタがオレと同じ結論にたどり着いてるなんてな」

 アルセトは驚いたように、目を大きく見開いていた。


「【赤】と呼ばれる術式。それを扱う、人工的に作られた人間――と言う名の戦術兵器。それが【竜】の正体というところですか」


 探偵はついでのように語りながら、アルセトに視線を向ける。

「それに、あなたも一枚噛んでると思いましたよ、アルセト教授」

「どうして、と聞いておこうか」


「地下倉庫の探索中に出くわしたこと、そしてあまり語ろうとしてくれなかった材料づくり、と言うのは竜の体づくりではないか、ともね」

 はあ、と大きくため息をつく音が洞穴に響く。


「――そうだな、当たらずとも遠からずだよ。もっとも、あの竜を見る限りオレの研究はずいぶん根深く奴らに寄与してそうだ」


「根深く、と言うのはアルセトさんの研究が悪用されている、と言うことですか」

「魔術を扱う基幹部分はオレの魔導物理論を転用しただろうし、あのボディはオレの造った部品を量産したんだろう。あとは、それを繋ぐ精神さえあれば【人】は出来上がる。そこの担当が誰か、ってのが見当つくんでね、ここまでのこのこやってきた、ってわけさ」


アルセトの声は一段低く、暗い感情が、奥に見え隠れする。

「正義心に燃えている、と言うことですか?」

「ただのポリシーってやつだよ。正義なんて飾り気のある物なんかじゃあない、もっと自分の奥にあるエゴから来たもんだ」


 吐き捨てるような物言いは、アルセト自身に向けられていた。

 自分の持つ感情は、決して人様に見せられるようなものじゃあないと、自戒するように。

「ロージキィ、研究ってのはなんのために行われると思う」


「知ること。その一種の探求の仕方、と思っていますよ」

「そうだな、それで間違いない」


 そう答える声は少し、明るいものに変わった。

 未来を視るように、前を見る顔は、少し上を向く。


「今ここにある未知。それが、どのように構成されている、あるいは構成されてきたのか。それを『知る』のが研究だ。歴史をひっくり返し、重ねきれないほどの実験を繰り返し、無数の論理と式の組み合わせの中につじつまが合うものを探し出す、あるいは生み出す。それをどこで、あるいは何で行うかの違いはあるが、研究ってのは大体そういうものだ」


 説く声は希望が入り混じったように明るく、そして懐かしむように引きずる物があった。


「その先がどうなるか、ってのは研究者としての領分じゃあない。勿論、別にその領分を兼任するのは構わない。研究者として開発に明け暮れ、経営者としての才で世界中に売りさばいて一財を成す、ってのもそりゃあ、悪いことじゃあない。しかし、な」


 ぐっ、と強く握った拳は、その引き締まる音が伝わるほど、強く、感情が滲んでいた。

「領分から足をはみ出したうえで、そのまま報われたい、ってのはちょいと――オレには許せない。それを一人で勝手にやろうってんならかまわねぇんだが、オレのものを使って好き勝手やろう、ってのはすておけねぇって話さ」


 視線も鋭く、そして言葉はずいぶんと強く、さらに深く。

 染み出した怒りの色は、隣で聞き手に回る探偵にも強く、伝わった。


「つまらん話を長々聞かせちまったな」

 アルセトの誤魔化すような言葉に、探偵は強く首を横に振った。

「いいえ。ただの好奇心で来たんじゃあないかと思っていましたから、熱い思いが聞けてうれしいですよ」


「ただの好奇心でこんなところにいる人間なんているわけないだろうに」

「――ええ、まあそうですね」


 曖昧な返答にアルセトは不思議に思いつつ、それよりも、出会った時から気になっていた疑問を口にする。

「なぁ、ロージキィ。どうしてこの地下にアタリをつけたんだ。そも、どうしてこの学園の地下の構造に詳しいんだ」


「十年ほど前です。ある女性に案内されたのです。『たえず移り変わる未来でもキミはこの地下を活用する羽目になるだろう』とね」


「へえ、ずいぶん先見の明があるヒトもいたもんだ。その人は今は?」

「亡くなりましたよ」

「――そうか」


「気にしないでください。彼女、死ぬことも分かっていたようですから」

「――余命いくばくもないのに他人の気遣いまでしてたのか、そりゃあ強いヒトにもほどがある」


「死ぬ前に遺品さえもらいましたよ」

 探偵は暗闇の中、ポケットからペンを取り出した。


 青く煌く、透き通る空のような意匠。


「力をもらえるような気がしましてね、今回は持ってきました」

「アンタもそういうの気にするんだな」

「どちらかと言えば、逆かもしれませんね」


「逆?」

「自分が死んだ後でも、その存在が何かの役に立っていてくれればいい、と思うことがありまして、その実践を自分でやっている、と言ってもいいかもしれません」


「別に自分でやることもないだろうに」

「自分が効果を実感できないのに誰かもやってくれるだろう、と祈るのも筋違いでしょうから。――そうだ、私が死ぬようであれば骨くらいは拾ってくださいよ」

「縁起でもないこと言うなよ」


「ふふ、あなたも研究者の割には気にするじゃあないですか」

「研究の果てに、どうしたって人間がたどり着けない領域、ってのは視えちまうからな」

「へぇ、興味深いお話ですね」

「改まって話すことでもねえさ」


「アルセトさんこそ、たった一人でどうしてここにとどまっていたのですか」

「アンタと違ってね、オレは一人じゃあ乗りこむつもりはなかった。あんまりにも分が悪いからな」

「増援が来るまで待機していた、と」

「一人でどうにかできる、なんて思えなくてな。誰も来ないなら逃げ出すつもりだった。……こんなオレをアンタは軽蔑するかい?」


「まさか。自分の力量を正しく測れる証でしょうし、機会を伺って次を待つ、と言うのは常とう手段で正しい戦術でしょう」

「次なんてものはなく、ただただ責任から逃げるつもりだったよ、オレは」

「まさか、あなたはそんな方じゃあないでしょう」


「……どうしてそう思う?」

「【勇者論】の話聞きましたよ。貴方の尽力あって、完成した論文だったと」

「別に、オレが振った話だったからな。オレが逃げ出すのも話が違う、と思っただけだ」

「ほら、誇り高い方だ」


「――アンタと話してると調子が狂う。オレの本位じゃあないところを見透かされてる気分になる」

「おや、癇に障りましたか」

「いや、不思議と悪い気分にはならねえよ」


 理由は定かではないが、アルセトはさっぱりとした調子で返す。

 穏やかな笑みをたたえ、こんな時間も悪くないと思っているのが分かる表情。

 ただ、まどろむ余裕はないと、二人とも理解している。

「ロージキィ、アンタはどうやって竜共を止めるつもりだった」


「竜たちはいくつかの基地に集まっているようでしたから、そちらをたたいていくつもりでしたよ」


「そいつだけだとだめだ。根本を崩す必要がある」


 探偵がうなずくのを見て、アルセトは言葉を続ける。

「竜共はオレの開発した時と仕様は大きく変わってなさそうだ。基本的に魔力で動く。魔法陣で外部から魔力を充填させることで、それをエネルギーに活動できるようになるんだ」

 なるほど、と探偵は力強くうなずく。


「充電池みたいなもの、ということですか」

「……なんだい、そりゃ」

「私の地元ではそういう形式で動くおもちゃもありましてね」

「へぇ」

 アルセトは気の抜けた返事をして、探偵はそれで相手の興味度に感づく。

「失礼、続きをどうぞ」


「なんであれ、アンタの言う基地ってのは魔力を充填させるための装置の一つに過ぎないんだ」

「水道をとめても意味がない、と言うことですか」

「蛇口をとめるんじゃあなく、水源をつぶす必要がある」

「――なるほど」


 探偵は一度神妙にうなずくと、笑みを浮かべる。

「では、アルセトさんは策がおありと言うことですね」

「アンタ、魔術はどれくらい使える」


「魔石を使えば、パン粉と水からパンを作れるようになりましたよ、この間」

「――本気で言ってるのか?」

「せいぜい創作料理程度で、そのくらいからきしと言うことです」

 堂々と言ってのける探偵に、アルセトは面食らった後、ため息をついた。

「……ま、それならそれで役割は分かりやすいか」


 ぶっきらぼうに言い放ちながら、腰のカバンからくるまった紙の束を投げつける。

「オレが『竜』どもを引き付ける。その間にロージキィ、アンタが魔力の源を破壊してくれ。場所はこの地図のどこかだろう、とは思う。

 探偵は受け取った紙束の中の地図に目を通した後、アルセトの瞳をじっと見る。


「場所を熟知してるあなたがこちらを担当した方がよいのでは?」

「魔術を使えない奴が囮をやってもな。並みほどだが、魔術が使えるオレの方が陽動には向いてるよ」

「――」

「気にすんな、これでも奴らの皮膚の製造者だ、弱点なんていくらでもつける。ましてここはオレの庭でもある。どうとでもしてやるさ」

 探偵は逡巡の後、深くうなずいた。


「おまかせしますよアルセトさん」

「さあ、うまくやって来いよ、ロージキィ」

「アルセトさんもお怪我のないように」

「無茶言うぜ」


 こぶし二つを突き合わせて。

 二人は雨の降りしきる大地に降り立つ。

 獣の暴れ狂った、荒れ果てた大地を横目に、二つの影は走り出した。


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