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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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22 闇に潜む真実へ無謀にも手を伸ばす

 貴族たちが集い、親交を深めあうための『会合』。

 幾度となく開かれてきたそれは、今回は全く様相の違う催しとなっていた。

 集う貴族たちは、全て中空に浮かぶ映像にくぎ付けになっている。

 

 破壊があった。

 白い化け物によってなぎ倒される建造物の数々。

 蹂躙があった。

 立ち向かったが最後、なすすべもなく化け物に体を裂かれ、物言わぬ死体となっていく住民たち。

 混沌があった。

 統制の取れなくなった市民たちがただただ逃げ惑う。

 

 灰によって空は埋め尽くされ、低くなった空を火事の炎が赤く染める。

 人の声は、悲鳴と怒号しか聞こえない。




 貴族たちの囲う広場の中央。

 王は怒りと困惑に満ちながら、目の前の男に言葉をぶつける。


「エドワード、これは一体何なのだ」

「ただの現実です」


 応えるエドワードの声は悠然としていた。

 ゆっくりと立ち上がるだけの動作が、周囲の衆目を集める。

 動揺する集団の中、落ち着き払った個人。


「お判りになりませぬか、グランブルト王」

「なら一刻も早く救出に向かわなければならん」

「――違います。違います、王よ。この無残に対処せよと言っているのではありません。この現状に至った責任を問うているのです」


「何を言っているんだ、エドワード」

 王の戸惑いに、エドワードは不遜な笑みを浮かべるだけ。

 それを見て、王は勘づく。


「まさか、君がこの惨事の主犯とでもいうんじゃあないだろうな」

「ここまでしろ、とは命じていませんが、主役には相違ないでしょうね」

「忠臣と思っていたのだがな」


「忠を尽くしてもおります。臣でもありますとも。ただ、私が尽くすべきは王ではなく国であり、民。そして、市民が真に持つべきは王の庇護にあらず、自ら生をつかむための権利と力。――ゆえに、あなたにはここで果てていただく、王よ」

「――ふざけるな、ここをどこと思っている。グランブルト王家に仕える貴族の『会合』だぞ、反逆など――」


 王は立ち上がりながら、周囲を振り返る。


「分かっていますとも。だからこそ、この場を選んだ」


王に応えるものはいなかった。

 ある者は隠しようもない悪意と共にあざ笑う。

 ある者はそっと目を背け、悲哀を見せる。

 ある者は――ただ、表情もなく、目を閉ざしていた。


 周囲の貴族たちに、王の背を追う者はいなかった。


「――この場は支配済みか」

「ええ、すべて、根回し済みでございます」

「――そうか、残念だよエドワード」


 エドワードは手元の『生命の宝玉』をもてあそびながら、王に視線を向ける。

 憐れみを込めた、見下すような瞳を。

「何か恨み言でもございますか。センスが良ければ辞世の句として後世に残して差し上げますよ」


 王はただ、小さく首を横に振った。


「いいや。君自身が残念だと言ったんだ。あるいは私の視る眼かな」

 王の視線はそれこそ、ただ、悲哀に満ちたものだった。

「何から何まで、ひどい矛盾じゃないかエドワード。才人が、愚かな堕落をしたものだと、残念がってるのさ」


「――この状況でそのような口を利くなんて、貴方の方がよほど愚かだ」


 エドワードは軽蔑したような視線のまま、手を小さく振う。

 一瞬の風切り音の後、王の体が弾かれたように転がり落ちる。

「――ガ、ァ、」


 王は声にならないうめき声とともに、血を吐き膝をつく。


「この場はすでに私のものなんですよ。人も、土地も、そして今後も、全てね」

 エドワードは高い靴音を鳴らしながら王へ一歩、一歩と近づいていく。

「私自ら首をはねて差し上げましょう。貴方へのせめてもの弔いに――」


 あと数歩、と言うところでその足はぴたりと止まる。


 視線はゆっくりと持ち上がり、ただ一つの大扉へ。


「――この場に呼びつけていない参列客はもういないはずなんだがね」


 扉が開く。

 ぎぃ、と重い、金具のうなる音ともに。

 かつん、と足音が周囲に響く。


「何者だ?」


 背後の照明が、影を伸ばす。


「ロビン=アーキライトと申します」


 衆目のすべてを引き付ける。

 嘲笑も、悲哀も、閉ざされた眼も、そのすべてを受けて。

 少年のあどけない表情は、覚悟の色に染まっていた。

「真実の一端を、解き明かしに来ました」




 エドワードは立ち入ってきた小さな侵入者を見て、訝しまずにはいられなかった。

「――どうやって入ってきた、ロビン=アーキライト」

 問いながら、エドワードは張り巡らせた結界の具合を確かめる。

 不備はなく、どこからも侵入する穴はない。

 ただ一つ、客の出入りのある玄関のみが、この屋敷に足を踏み込む入り口となる。


「そこも、竜の守りがあったはずなんだがな」

「人の家に上がる際に玄関以外から入るような野蛮な発想はもっていませんよ」

 ロビンは自然な調子で歩を進め、王を守るようにエドワードの前に対峙した。


「――手段など、ここに来た度胸の前では大した話ではないか」


 エドワードは喉の奥からひきつる笑い声をこぼしつつ、ロビンを下から上までじっくりと眺める。

 泥にまみれた靴。

どこで切ったのか、衣服は穴だらけ。

手や顔にも、小さな傷が無数にある。


「ドレスコード、なんて野暮な真似は言わんが、随分な格好だ」


 エドワードの声に、嘲るようなものはなく。


「座ってふんぞり返ってる余裕もありませんでしたので」


 ロビンは少しわざとらしく、首を振ってみせる。

 皮肉の混じったような物言い。

 けれど、その眼には余分な遊びはなく、ただひたすらにエドワードを見つめ続けている。


「さて、エドワード卿。どうしてグランブルト王の首が刎ねられようとしていて、そして誰も彼もが見守るだけなのか、理由をお聞きしても?」


 ガン、と周囲からガラスのぶつかる音が響く。


「今更なんだ、貴族の地位を失った小僧が余計な口をはさむんじゃあない!」


 声を荒げたのは、怒りをあらわにした中年貴族の男。

 それを皮切りに、周囲の貴族たちが、罵詈雑言を浴びせる。

 エドワードは目を伏せがちに、周囲を一瞥する。


 その視線は、貴族たちの足元。

 ほとんどが感情に任せて立ち上がっているが、その足は動くことはしていない。


「ああ、捨てることも、かといって誇りを胸に踏み込むことすらできんか」


 つまらなそうに眼を細め、吐き捨てながら、周囲を一瞥した後、ロビンに向き直る。


「戯言はともかく、だ。この場、この時に至って、いまさらそんなことを聞くのか、君は」

「あなたがその足を止めた以上、話す気があると思っていますが」


 エドワードはわずかに目を開いて、そして口元をゆがめた。


「――そうだな。愚昧共にも実物は見せていなかった。そのついでに、君の視たがっていた真実を見せておこう」


 世界が揺らぐ。

 地震だ、と人々の声がする。

 エドワードが剣を宙にかざすと、振動は地下奥深くから、せり上がる。

 実体を持たない魔力が、空気のゆがみとなって周囲を漂い、そして剣へ集う。


「――なんだ、これは」


 誰かの疑問に答えるように、エドワードはぐるり、と剣で宙を横薙ぎにする。

 剣の切っ先を追うように、大地から大樹の幹のような蔓が飛び出す。

 瞬く間に、辺り一帯を緑が覆いつくす。

 逃げ道の一つだった扉も幾重もの蔦によってがんじがらめに。


 石造りの壁のすべてが、ひしめくほどの自然に埋め尽くされていた。


「――おお、これが例の力か」


 誰かの感嘆に、エドワードはつまらなそうに顔を一瞬しかめる。

 懐に手を入れると、取り出したものを天に掲げるように周囲に見せつけた。

 手中にあったのは、緑色に輝く宝玉だった。

 手のひらで包み隠せないほど大きく、指の隙間からも漏れるような魔力が光となって外に溢れ出ている。


「これはね、生命の宝玉というものだ」


 エドワードは見せつけるように、宝玉を宙にかざす。


「いつぞや宝物殿に縁があった際、拝借させてもらった。――偶然にも別の容疑を掛けられた人がいたようでね、私への追及は一切と言うほどなかったよ」


 ロビンは「ああ」と得心が言ったように息をこぼす。

「あなたが先生に逮捕状を差し向けた方ですか」

「成り行きだが、そうなってしまったのは違いないな」


 エドワードの言葉に、ロビンはわずかにうつむき、だまりこむ。

「おや、そこまでショックだったかな」


 エドワードの声は煽るように、嘲るように音を紡ぐ。

そして、ロビンの表情を覗き込むよう、わずかに体をかがめた。

「それとも、仇を前にして怒りに震えて――」


 言葉の途中で、その口は止まった。

 ロビンの眼は、澄んでいた。


「気になっていたんです。『どうやって』に関しては、僕は及びもつかない。けれど、『どうして』なら、理解できるものの積み重ねのはずです。しかし、今こんなことをしたってエドワード卿が使えていた権力は低下する――今までの権力構造を維持する方が、余計な貴族を味方につけるよりも十分に楽で、それを理解できないエドワード卿ではない」


 見つめる場所は、今ここではない、さらに先。


「そして、私怨でもなければ大義のために動いている――にしては、今のこの状況はとても、狂人としか思えない破壊の権化だ。しかし、貴方の眼は狂ってなんかいない」


 うつむいた顔を上げて、真っすぐに前を見る。


「権力も、私怨も、狂気も違うなら。それはつまり。まだ、ここは真実の果てではない」


 周囲に奇妙な空白が走る。

「竜の暴走、議会の掌握。ここまでも大事件ですが、さらにあなたは先を見据えている。ここまでは真の目的を果たすための布石に過ぎない。違いますか」


 ロビンの言葉にピンと来るものはいないのか、疑問の声が周囲に漂う。

 向かい合うエドワードだけが、目を細める。

「だが、その真意には思い至らなかった、というところかな。ロビン」


「――ええ。その目的を遂行するために王の謀殺をもくろんでいるだろうとは思っていましたが」

「余計な思考だ、ロビン=アーキライト。そんなものより、力の前にひれ伏せ。さすれば命も地位も保証しよう」


 ロビンは間髪入れずに「まさか」と吐き捨てる。

「それは真実から遠ざけた場所に押し込める、と言う意味でしょう。僕にはそんな条件は飲めない」


 絨毯を革靴が擦る。

 ロビンがわずかに足を広げ、戦意を見せる。

 エドワードは、それを、奇妙なものを見るように、目を細めた。


「君はなぜ、立ちはだかる」

「ここで逃げても倒れても、真実が遠ざかるからです」

 冷めた風が吹く。


「君はなぜ、真実を求める」

「論理の積み重なった真実。それがどうしようもない破滅でも、眼をそむけたくなる無残でも、追い求めないといけないんです」

 ロビンの瞳は、真っすぐに目の前を貫く。

 熱を秘めた、意志を持って。


「そうでないと、向き合うことも立ち向かうこともできない」

 エドワードは真っ向から受け止めながら、指先を宙に滑らせる。


「――その蛮勇に敬意を表そう」

 鋼が柄を滑る音が響き、鏡面のように輝く刃が露出する。


「次の時代の礎の一つになりたまえ」


 エドワードが切っ先を向けると、周囲を覆いつくす植物がうねるように立ち上がる。

 石の壁すら貫く蔓の群れが四方八方を蹂躙し。

 呼吸一つの間に、ロビンの視界を緑で染めあげた。


 ――ああ。これは間に合わない。

 防衛のための魔術をとっさに繰り出すが、全てを防ぐには至らない。

 刹那の後の死が脳裏をよぎった瞬間。


「――【雷業】」


 銀の一閃が視界を切り開いた。


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