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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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21 突貫せよ

『会合』の会場の前。

 ロビンたちは馬車から降りた風景を目にして、息をのんだ。

 地面を赤く染める血の川は、今もなお雨に混じり道路を流れ続ける。


こと切れた遺体を包む鎧が無数に転がっている。

誰も、何もかもが死にゆく世界の中。

ただ一つ、唸りを上げる獣が一体。

 通りの中央に、紅の紋様を乗せ、白く輝く装甲を纏い、鎮座していた。

 ふさぐように、遮るように。

 奥に見える、貴族たちの集う会場の前で、獣は静止していた。


「竜が門番とは、なかなかしゃれた賊もいたもんだ」


 老婆がおかしそうに笑う横で、御者は青ざめる。


「最悪だ、あんなの相手じゃあマトモに横を抜けられませんぜ」

「よかったこともあります。予想通り、竜と賊につながりはある、と言うことですから」


 ロビンの視線はその奥の扉へと向けられ、わずかにもひるんだ様子は見えない。

老婆は笑みを深める。


「いいねぇ、若者はそういう発想でないと」

「そういう魔術師さんはどうお考えで?」


 ロビンが顔を伺うように下から覗くと、老婆は歯を見せて笑う。


「ヒヒ、全くの同意見さね」

「なんだ、ならあなたもまだまだお若いじゃないですか」


 老婆とロビンが目を合わせてほくそ笑む。


「……仲良いようで何よりですが、この状況を突破する策はお考えで?」

 御者の声に、ロビンはバツが悪そうにそっぽを向く。


「どうあれ、中に入らないと如何ともできませんよ」

 一方、老婆はその言葉を待っていた、と言わんばかりに目を開く。

「向こうが最新ならこっちは古代の力を借りる――ってのはどうだい?」

「――それ、自信はありますか」


 ロビンが覗き込むように、わずかに不安な色を顔ににじませながら問う。

応える老婆は自信満々に笑う。

「当然。ちょっとばかし、あの竜と真正面から向き合う必要はあるけどね」


 そう答えると、馬車の扉を乱暴に開き、飛ぶように降りた。

「坊やがいかないと言うなら、アタシはここで他の当てを探すが、どうする?」


 ロビンは一瞬引きつった顔を見せた後、目を閉じて、思考を巡らせ、そして。

「この場に至れば、余計な策を僕が講じるよりは最速で中に入れるでしょう」


 しっかりと目を見開きながら、確かな足取りで地面に降り立つ。

「死角を縫って忍び込む、って手段もありそうですがねぇ」

 御者の声に、ロビンは小さく首を横に振る。


「状況がすでに動き出している以上、悠長なことを言うべきではありませんよ」

「なら、せめてあっしが先陣を――」

「いいえ。あなたは裏手で馬車の準備をお願いします。何がどうあっても、あの場から逃げ出してくることになるでしょうから、その際に足が欲しい」


 御者は反論の言葉を出そうとして、代わりにため息を一つ吐き出した。

「こういう時に、聞き分けのあるような方じゃあありやせんなあ」

「迷惑をかけます」

「まさか。委細承知しやした、何からだって最速で逃げ出す準備をしておきやすぜ」

 駆けていく馬車を見送りながら、老婆は微笑む。


「待つだけの役でも快く引き受けてくれるなんて、良い従者を持ったものだね、坊や」

「友人ですよ。――それに、この作戦で一番損な役割は魔術師さんでしょう」

「ヒヒ、言い出しっぺがどうこう言うわけないだろ。それに、殴りこんだ坊やがどうするか、が最難関だろうに」


 ロビンはじっと、『会合』の開かれている屋敷を見つめながら、思考を整理する。


「王が争いの中で殺される、と言うのが最悪ですから、そこを避けられれば争いは最小限に食い止められることと思います」


「そうだねぇ、現状の混乱も統率者がいないのが原因でもある。旗頭さえしっかりすればいくらか手段はある、か」

 老婆のつぶやきに、ロビンは力強くうなずく。

「では、お願いします」

「あいよ」




 漂う冷気に竜の瞳が感応する。

 ぎょろり、と音すらしそうな視線の先には、魔女が一人。


「【氷流】」


 氷霧のベールが周囲を包み込む。

 同時に、周囲の水と言う水をかき集めた氷の弾丸が魔女の手元に集う。

 竜はその様を覚知した後、大きく口を開く。

 どっしりと構え、まるでその大口で目の前のすべてを食らってやる、と言わんばかり。


「躱すまでもない、ってかい。まったく傲慢な化け物だよ」


 杖を掲げ、いくつもの氷の弾丸を自身の周囲に浮遊させる。

 竜はそれを攻撃の意思と受け取った。

大きく目を見開き。


口内から、周囲の壁ごと焼き尽くす轟炎を吐き出した。

氷の弾丸は炎に触れるまでもなく、熱だけで一瞬で溶け行く。

魔女の構えた氷の武器も盾も、すべてが一瞬で無力と化す。


――それでもなお、魔女は不敵に笑みを浮かべる。

 

魔女は目を細めながら、しわがれた指をピン、と伸ばす。

 指先には、白く光る魔石。


「坊や、目と耳ふさいどきな!」


 魔女はピン、と小さな魔石を差し込むように投げつける。


「とっておきだ、受け取りな」


 投げつけた石は光の矢のように、炎の壁に飲み込まれる。

 瞬間。

 ――閃光が、全てを埋め尽くす。

 同時に、轟音が響き。

 炎は消え、煙だけが立ち上っていた。




 煙の中、竜は自らの感覚を研ぎすます。


 ――こすれるような、わずかな摩擦音。


 竜は逡巡すらせず、そちらへ大きくとびかかる。

 音に向かってその爪を振り下ろす。


 その軌跡は、中ほどで遮られた。


 受け止めたのは、ぼろぼろな巨大な腕。

かき集められたであろう鋼鉄やがれきの寄せ集めで形を成す、ガラクタの手のひらが、竜の爪を受け止めていた。


「――ハン、本当に勘が鋭い獣だよ」


 魔女はガラクタの腕を盾にしながら、わずかに体を覗かせる。

 竜はその顔を認識した瞬間、もう片方の腕を魔女へ力任せに振るう。

 魔女は杖を振るうと同時、暴風を叩きつける。

 竜の巨躯も爪もびくともしない――が、魔女はその反作用で大きく空を舞うようにして、竜から距離を開ける。


 攻防を経て、魔女は肩で息をつく。

 一方、竜は疲れもなくわずかに装甲を傷つけた程度で、ずんずんと魔女へ迫る。

 無駄で、無為。

 趣向を凝らした魔女の魔術は、竜を滅ぼすには程遠い。

 だが。竜のうごめく眼を、くぎ付けにするほどには、効果はあった。


「――」


 魔女は手を天に掲げる。

 同時に、竜のはるか後方で、ばきばきと木々をなぎ倒す音。

 竜がそれに感づき振り返る。

木々よりも大きな、氷の巨腕が地面から生えていた。

白い巨躯がそれを破壊しなければ、と走り出す前に。


 氷の巨腕は手のひらを天に掲げる。

 ロビン=アーキライトを乗せて。

 腕は振りかぶるように、わずかに地面に沈み込む。

 同時に、氷のヒモが土の腕に巻き付き。

 前方に、綱を引くように小さな腕が地面から生える。


 ロビンはそれを目にして、顔が引きつる。


「魔術師さん、まさか秘策ってのは――カタパルトのことですか!?」


魔女は口元をゆがませる。


「石器人類の遠距離兵器だ、古代の力にふさわしいだろう?」


 魔女は高ぶる声のままに、杖を薙ぐように振るう。


「さあ、行ってきな!」


 杖の動きをまねるように、氷の巨腕もまた、大きく振りかぶり。


「うわぁ!?」


 ぐわん、とロビンを投げ出す。


 勢いのままにはじき出されたロビンは、空を飛んだ。


「ああああああああああああ!」

 竜の追撃などよりも、速く、空を駆ける。


「あああぁぁぁ――――!」

 悲鳴を響かせながら、竜の横を抜けて『会合』の舞台へと滑り込んでいった。


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