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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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19 炎とがれきの中、前を向く


 車輪が石畳を超えて、ガタガタと揺れる。

 前方に目を凝らす御者と、後方を見張るロビン。

 両者は同様に、自分が見ている景色を疑っていた。

 これは、本当に現実なのか、と。


「――これはまた、地獄のような風景で」


 視界の端々には、先ほどの怪物がいる。

 一体や二体ではない、少なくとも目で追って数えられる範疇ではない。

 個体差はあるようでその大きさは先ほど学園に居たものよりもいささか小さいものばかりだが、一体ですら手に負えないやつらが我が物顔で闊歩している。

 そして、時折思いついたように腕を振るうと、石造りの家が一瞬で鉛筆でも折るように砕かれる。


「あんなもの、触れただけで肉片にされますよ」


 現実離れした破壊の権化。

 恐怖で、体がすくむ。

 逃げ出す足も、抵抗する腕も、あがく声も、ただ震えるばかり。

 

 二人の思考が黒く塗りつぶされつつあったとき。

 ガシャン、と破砕音が響き、意識を引き戻した。

 

 二人が同時に振り向くと、荷台の屋根に立つ、ローブ姿の老婆が風もものともせずに立っていた。


「よう、無事で何よりだ、坊やたち」


「――いったいどこから来たんでさあ、アンタ」


 あっけにとられるような御者の声に、老婆はピンと指を伸ばして天に向ける。

「その辺の屋上さ。あのデカブツども、空は飛ばんし家の中までは入ってこないみたいで、屋上を伝ってくる分にはスムーズだったよ」

 老婆は杖を器用に窓の隙間に差し込むと、体を滑らせ、ロビンの乗る荷台へ乗り込んできた。


「なんて無茶な」

「親切なオトコから情報提供があってね」

「いや、それよりも礼を言わないと」

「ふぅん、それならお代をもらおうか――知恵を貸しな」


「――知恵?」

「アタシ達の平和を脅かそうっていうこいつらの正体とその根をそぐ知恵が欲しい」

「そんなこと急に言われてもとっさに浮かぶようなものじゃあないですよ」


 冷や汗をかきながら、応えると。

「何もないかね、探偵の助手」

 冷や水を掛けるような、老婆の温度を感じさせない声が返ってきた。


「――ああ、先生なら、どうするか」

 ロビンの頭の芯に凍てつく空気が通る。

 今すべきことは慌てることでも、考えを止めることでもなく。

 思考を重ね、仮説を立て、論理を導く。

 ――きっと、よく見てきた男の背中があれば、そうするだろう。


「状況の起点はあの白い化け物――竜です。彼らの存在が混乱を招いている以上、彼らがどこから現れたか、よりも、なぜ存在するのか、という問いが解決するべき問題です」

 老婆は興味を引かれたように、腰を据えて、ロビンへ向き合う。


「――ふぅん、面白い視点じゃないか、坊や」


 ロビンは手を組みうつむきながら、これまでの情報を脳内で整理する。


「あの化け物――竜の目的の一つは目立つことでしょう。世間の目を奪い、街に住まう人々のリソースをあの化け物の退治に当てさせ、社会の機能をマヒさせるのが目的の一つでしょうね」


「だが、それだけじゃあないと坊やは考えるわけだ」

「ずいぶん統制が取れています。建物を破壊したり街を破壊する意思は見て取れますが、その中にこもった人間を追い立ててまで殺そうとしたりはしない」

 ロビンはわずかに顔を上げ、老婆に視線を向ける。


「まるで、これだけの化け物を自分たちは扱えるのだと示す――示威行為のようではありませんか」


「だとしたら奇妙な話じゃないか。誰が、誰に向けてそんなことをするっていうんだい?」

「誰が、と言うのは分かりません。けれど、誰に向けてというのは解りきっています。権力にすがって生きてきた、力に寄り添うしかない者――つまり、落ちぶれつつある貴族たちです」


「ずいぶん自信があるようだねぇ」

「落ちぶれる、と言う事象を過程は違えど結果を先に味わった人間なので少しくらいは理解がある、と言うだけですよ」


 老婆は首をすくめた。

「ずいぶん高尚な落伍もあったもんだ」

「……何かの皮肉ですか?」


 眉を顰めるロビンに、老婆はヒヒ、と引きずるような笑みを見せる。


「今のが皮肉だとしたら全世界の落伍者に向けていってるさね。……なんにせよ、そんな落ちぶれた貴族どもを何人かき集めたところで、そもそもそいつらは裏切りの踏ん切りすらつかんだろうに」


「――王の死、というきっかけがあったとしても、ですか」

 老婆はピクリ、と眉を吊り上げただけで、口を開かない。


「膨大な力を手にして、『会合』という貴族たちが集う舞台もあり、この騒乱で王を守護する国家に属する武もくぎ付けになっている」


「……そんなこと、普通はあり得ない、と言いたくなるがね」

「机上の空論、と言うなら僕自身もそう思いますよ」


 ロビンは自信なさげに首をすくめる。

「ところが、坊やの推測を補強する材料がココにもある」

 老婆がローブの裾から取り出したのは、手のひらサイズの鉄のかけら。

 外から差し込むわずかな光すらも増幅してため込み、紅く煌く。

 ロビンはをじぃ、と眺める。


「――これは、なんですか」


 引き込まれるような魔性が、視線をつかんで離さない。

 まるで、ぼたぼたと零れ落ちる血のような、紅。

 人の原初に問いかけるような、おぞましさと美しさが同居している。


「こいつは【赤】の魔術を宿した破片さ」


 ロビンは、ハッ、と息をのむ。

「歴史の遺物扱いの代物じゃあないですか」

「よく知ってるね、坊や」

「少なくとも、グランブルト王国じゃあ禁制品の一つとして指定され、研究用以外の輸入は固く禁じられているはずです」


「ところが、つい先日、大量に輸入、あるいは生産している何者かがいた、というところまでは突き止めた」


 老婆の言葉に、ロビンは頭を抑えた。


「膨大な戦力を生み出す代わりに、常人には扱えない。それが【赤】の魔術ですよね」

「それをあの竜共は操ってやがった」


「――まったく、最近は歴史の骨董品の話をよく聞かれるもんです」


 ロビンは独り言ちながら、顔を上げる。

「つまり、あの化け物共はヒトの手で生み出されたもので、計画的に生産された可能性が高い、ということですか」

「それを効率よく準備できるのは自前の魔力が豊富なお貴族様たちだろうねぇ」


 ロビンは深く、深く呼吸をした。

 考えを脳内で反芻し、間違えがないかを確かめるために。

 そして、自らの心の決意を固めるために。


「魔術師さん。構いませんね」

「好きにしな、アタシは客将みたいなもんさ、行き先は坊やが決めな」

 ロビンはこくりとうなずくと、御者席に体を乗り出し、御者に耳打ちをする。


「向かう先は貴族が今宵集う場所。――『会合』です」



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