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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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15 旧知の決裂

15 旧知の決裂

 外の喧騒は、窓一つ挟んだだけで随分と遠く聞こえる。

 部屋はテーブルの上の小さな灯りだけ。

 広い、豪奢な室内に椅子は二つ。

 片方の椅子には、アルドレッドは背もたれに身を預け、腕組みをして目の前の男に厳然とした表情で視線を注ぐ。


 従者フルズとローゼはその背後で、微動だにせず佇んでいる。

 もう片方には、エドワードが余裕を持った、わずかな微笑を浮かべていた。


「それで」


 アルドレッドがわずかに前に体を傾ける。

 椅子が、きい、と小さくしなる音を鳴らした。


「何用で私を呼びつけた、エドワード」

「おや、アルドレッド。君と私の付き合いだ。言うまでもなくわかりきっているだろう」

「二十年余りか。たしかに、理解しあうには十分だが、同時に袂を分かつにも余りある期間でもあるな」


「人はそう変わらないだろうに」

「そうだな。昔からそのきらいはあったが、最近は目につくようになった、と言う話だ。ずいぶん、裏で動き回っているようではないか」


「最近精力的に活動しているのは認めるが、そう邪険にされることでもないはずだ。むしろ、よく働いている、と褒められるべきだと思うんだ」

「ふん、権力争いに足を引っ張りあう狸共よりかは幾分まし、とは思っている」


「君に評価してもらえて光栄だよ。見識を広めた甲斐もあったというモノかな」

「そういえば、少し前はよく家を空けていたな」


 エドワードは『ああ』と大きくうなずく。

「政の隙間を縫って、いくつもの国を巡ってきた。貧困にあえぐ国や、あるいは富に満ちた国。誰もが死に恐れた街と、安心して暮らせる街。――それらの違いは、君はどこにあると思う」


「さて、な。地政学的な有利不利、穀物や鉱物の産量、川や海のような水と航路――さまざまな理由で、はるかな歴史の間に国は生まれ、そして成長と衰退、発生と滅亡を繰り返してきた」


 アルドレッドが歴史を紐解けばその例は数千と見つかることだろう。

「今君が挙げたのは土地の優劣だけじゃないか」


 しかし、エドワードが触れたかったものとは少し違う物のようだった。


「それを超えて成長する国もあるんだよ。グランブルトは小規模なものしか鉱山はないが、それと同規模のくせして、十二倍以上の能率を生み出すことだってできるらしい。――なあ、これはすごいことだろう」


 声だけでも、期待があふれるように、弾んでいて、わずかに前のめりな姿からはその高揚が見て取れる。


 アルドレッドは近頃目にしなかった姿に、わずかに口元をほころばせる。


「そうだな、利益に見合うなら、私の領地でも採用したいものだ」


 エドワードはほんの少し眉をひそめた。


「――それと同時に、こうも思ったんだ。今のグランブルトでは、あの領域に達することは叶わない、とね」

「聞こうか」


「初歩の初歩さ。そこに住む人々が、己の力で、己の意思で、己の思考で、田を耕し、鉱物を加工し、国を廻す。国にすら縛られちゃいない、自分自身と言う自由を獲得した人々が、最も自分を発揮する場所へ流れ、知識を練り上げ、技術を開発し、無駄をなくし、更なる開発を推し進める。――そうでなくては、国と言う規模での発展は、望めない」


 エドワードが思いのままに拳を振り落とすと、がちゃん、と陶器が傾く音が響く。

「おおっと」とつぶやくと、咳払いをした。

 アルドレッドは気にした風もなく、目を細めるばかり。


「相変わらず、その手の話では熱く語るな」

「ああ、すまない。だが、アルドレッド。君も理解してくれるだろう?」


 アルドレッドは「そうだな」とうなずいた。


「若人だけをとっても。同様の教育を受けるにしても自発的な者と受動的な者ではその吸収率はだいぶん違う」


「そうだ。誰もが興味のあることを自発的に行える環境づくり――それこそが、国のあるべき姿で、国を強くする道じゃあないか」


「――そのための国家転覆か」


「なんだ、知ってるのか。王に忠を尽くす、なんて政治はもう終わりだ。貴族による統治でもない。国民一人一人が力を持ち、意志を持ち、実権を持つ、新しいグランブルトを作るんだ」


 エドワードは言葉の熱に浮かされるように立ち上がっていた。

「もういくらかの貴族たちと交渉も済んでる。あとは君のような第一貴族でも武勇、内政、外交すべてに名が通る人間が参加してくれれば、一気に趨勢は傾くはずだ」


 確信に満ちた言葉。

 ずっとため込んできたものを、吐き出すように。

 そして、あまりにも明るく希望に満ちた声。

 それを聞いて、アルドレッドは深く息をついた。


 想起でもなく、友情でもなく。

 ただ、哀れなりと、精いっぱいの憐憫を込めて。


「やめておけ、と進言しておこう。やり口がなってないうえに、実に甘い」

「いいのかい? ここで参加しないなら、君は貴族側に立たされる。手を出さない、と明言したところで、今までのような地位を保てるようなものじゃあなくなるんだぞ」


「そうだな、革命とはそういうものだ。どううまく立ち回ろうと、最初に立ち上がらなかったものには小さくない報いを与えに来ると言うモノだろう」

 アルドレッドは小さく息を継ぐと、「しかし」と続ける。


「貴族側も何も、私もお前も貴族じゃないか」

 あきれたように言葉を吐き出すアルドレッド。


 わかってないな、とエドワードは鼻を鳴らす。


「それをひっくり返すのさ、それでようやく地盤が固まって、国を鍛えることができるようになる」


 エドワードのはつらつとした反論に。

「ならそもそも、地に足をつけて話し始めることだ。今の貴様の話など聞く耳持たん」

 アルドレッドは刺すように言葉を返す。

「――なぜだい、アルドレッド」


「当然だ。貴様の提案、何も民のことなど考えてはおらぬではないか」

「何を言ってるんだ、こんな制度を維持することなんかよりもよほどいいだろうに」


「民の声を聴き、民の意見を識り、民の景色を視ろ。そうでないのに、どれだけ語ったところで机上の空論だ」


 机の上に、エドワードの拳が振り下ろされる。

 アルドレッドはそれを冷ややかに見つめるのみ。

「――聞いた、知った、そして見てきたとも。それでも、それだとしても反対するのかい、アルドレッド」


「貴様こそ、私が何を言おうと、意見を曲げる気などあるまい」

「そりゃあ、ね。もう決行するかどうかの段階さ」

「なら、私の関わる余地などないだろう。いてもいなくても、貴様の望んだ結果へと堕ちていくだけだ」


 エドワードは瞳を閉じると、「そんな男だったな、君は」とつぶやく。

「自らの関わる余地のないと感じたことには、手も口も出さない。貴族主義――いや、利己主義か」


 あきらめ交じりの言葉には小さくない皮肉の色を込めていた。

「少し違うな。変わらぬものに価値を感じないだけだ」


「これほどの変革を前に、そんなことを言えるのは君だけだよ、アルドレッド」

「貴様と私では基準が違う、と言う話だ」

「――へえ」


 エドワードは片目を開くと、覗き込むように首をかしげた。

「君の基準だと、どういう話になるんだ?」

「貴様の行いはな、ただの手戻りと言うのだ。始まりに戻ってくるだけの、無為な回転に過ぎん」


 踏み込むことを拒絶する、明確な意志。

 アルドレッドの言葉にその先はないことを明確に感じ取り。

 エドワードは納得したようにうなずいた。


「決別だな」

「ああ」

「残念だよ、アルドレッド。また君と隣を歩みたかった」


「つゆほどにも思っていないだろう、そんなこと」

「――まあね。楽しみですらあるさ。君と私、どちらが正しいのか、実証できるのがね」

 エドワードは不敵な笑みを浮かべながら、扉を閉ざした。




 アルドレッドは静かになった部屋の中、背もたれに体重を預けなおす。

 ぎし、と椅子の足が大きくゆがむ。

同時に、鎧のこすれる音が背後で鳴った。


「よいのですか?」

 優しく、棘もなく、そして真意の読み取れない声がアルドレッドに問う。

 テーブルのグラスの表面に、笑みを浮かべた従者、ローゼの顔が映った。

「なんの話だ、ローゼ」

「私見ですが、エドワード卿がここまできたのは、義理なのではないですか」


 アルドレッドはグラスを手にとって、中身を喉へ流し込む。

 視線だけで、続きを促し、ローゼは応えるように言葉をさらに紡ぐ。


「もうすでにエドワード卿が為すべき根回しは終えていて、今すぐにでも作戦は決行できる。ただ、昔馴染みであるわが主にただ不利益を生じさせたくはない。ゆえに、今回の密会だったのではないのでしょうか」

「どうしてそう思う」


「従者は主よりも耳が早いものです。もっとも、今回のエドワード卿の話を聞くまでは疑う程度の話でしたが」


 ローゼの隣で、同じく従者のフルズも無言で小さくうなずく。

 アルドレッドはそれを見て、小さく笑みをこぼした。


「そうか。――成長したものだ」

 あっけにとられたような従者をよそに、アルドレッドは言葉を続ける。


「義理で渡された手形など受け取るモノじゃあない」

「なぜ、そのようにお考えで?」

「受け取ることがそもそも不義理だ。つまり、どうあっても矛盾する。そんなもの、呪いと似たような物だ」


 ローゼは首をかしげる。

「呪いであれ、我が主であればどうとでも利用できたでしょうに」

「もしもただの献策、献金程度なら、どうとでもな。だが、奴は自らのゆがんだ正義に殉ずる気らしい」


 アルドレッドは空になったグラスを机に戻すと、ゆっくりと立ち上がる。

「その行い自体が、私の正義と反する。さりとて、相乗りするほどの野心も私にはない」

 落ち着き払ったその様に、苛烈なる貴族、と揶揄された面影はない。


「――もっと、激情に浮かされる人と思っていました」

 フルズの思わず、と言った調子でこぼれた声。

 アルドレッドは紅蓮のコートを着なおしながら口を開く。


「怒りというのは――いや、大きな感情と言うのは、予想外の時にのみ生じるものだ」

「予想通り、と言うことですか」

「つまらんほどにな」


 アルドレッドは手に持ったグラスを高く掲げると、ぐん、と傾けた。

 勢いよく零れ落ちる紅のワインは、余すことなくアルドレドの口元へ吸い込まれていった。


「では、なぜ切って捨てなかったのですか。野心を捨てたというなら、王に忠を尽くして見せる方がよかったでしょうに」


「……人間は、選択を迫られたとき、心の天秤で重さをはかる。どちらの方が価値を持つのか、自分の過去でその天秤を試すんだ」

 なげやりに置かれたグラスが、グラグラと揺れながら机の上を周る。


「未来と友。ちょうど、それが釣り合ってしまった。それだけだ」


 グラスはくるくると意思を持ったように回り。

 ぴたり、と止まった場所で。

 差し込む月にこれでもかと照らされながら。

 窓の造る影を踏んでいた。


「どうあれ、穏やかな会にはならん」


 アルドレッドの言葉に混じっていたほんのわずかな柔らかさは露と消えていた。


「革ではなく鉄鎧を着こんでおけ」

「承知しました」

 従者二人は小さく頭を下げながら、意図を理解する。

 鉄の鎧が意味するのは、戦地への出陣。

 つまり、この先は――死地であるという、主からの警告だ。



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