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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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13 流れ

 ノイアは人々の営みの中を、巨体を見せつけるようにして歩いていく。

 昼にもかかわらず、薄暗い街並みが視界に広がる。


 街の砦の下で太陽の光は大きく遮られながらも、広がる出店と集う客たちは盛況で、暗がりの中のランタンを想像させるような光景。

 眼が合うたびにときにはこびへつらうような笑みを、ときには目を背けられる。

 そうかとおもえば、何の憂いもなく笑顔を向けられたり、あるいは快活な挨拶も見られたり。


 泣きはらす子供を慰める母親や、高所の壊れた手すりを直す工具の音。

 スラムと言うには整った治安だが、大通りのように清潔感に満ち溢れているわけでもなく。


 言い逃れできる程度の『非合法品』が集う、闇市場。

 イローダルとよばれる無法な売人の中間のような連中が住まう場所から来た人間も多いと言われている。


 王家、あるいは貴族にとって経済の腫瘍のような場所であり、市民にとっては数少ない、娯楽品や禁制品の入手場所でもある。

 放置すれば裏社会の資金源にもなりかねないが、根こそぎ壊滅させる、なんて方法は市民の不満を買う上に何の解決にもならない。


 ゆえに、ノイアのような国家権力に属する人間が定期的な見回りをする、と言う方法で現在の均衡を保っている。


 誰もが目をつぶるような悪逆はなく、誰でも足を踏み込めるほどの清廉さもなく。


「砦下の中間層」。


 それがこの出店通りの役割でもあり、あだ名でもあった。


「――へえ、香辛料の魔石か」


 ノイアが見回っていると、街並みの中から聞き覚えのある声がした。

 人ごみの中でもよくとおる、誰のものかもわからないが、何となく惹かれる若い男の声。

 人をかき分け音源を辿ってみれば、妙に小奇麗な露店の前で、その声の主は店主と話し込んでいるようだった。


「ええ、実は西方の砂漠国家で人気の商品でしてなあ、こいつを使うだけで二十七の香辛料を再現できるんでさあ」

「ふうん、西方と言うとウッカイの街の方かな」

「そのずいぶん先の方で、本場の味が試せますぜ」


「興味はあるし手が出ない値段でもないんだが、こんなときに娯楽品に手を出すというのもなあ」


 ノイアは、ちらりと見えた横顔に覚えがあった。

 先日、宝物庫に見学に来た青年のものだった。


「いやあ、損はさせませんぜ、旦那」


 店主の誘いに、ふうむ、とうなる青年。


「パンや水の魔石は手に入れたんだが、味覚の娯楽もないと飽きるものだよなあ」


 どう見ても買い気であるが、魔石と言う物は一般的には高価な買い物だ。

 そして詐欺行為が多く知れている代物でもある。

ノイアはつい一歩足を踏み出していた。


「そこの店主。言葉巧みなのはいいが、純朴な青年をだますようなやり口は感心せんな」


 振り返った青年は一瞬目を見開き、店主の方は「おおっと」とわざとらしくとぼけてみせる。

「いやあ、警官の旦那。べつにあっしは悪いもんを押し付けよう、ってつもりはありやせんぜ」


 店主は底の見えない笑顔で、よどみなく言葉を吐く。

『砦下の中間層』での取引においては、多くの不良品や質の悪い商品が出回っている。

 取り締まりもなく、また客もそれでもいいから入手したい、と言う需要の供給のつり合い、と言う側面もある。


 とはいえ、それで悪徳を見逃していい、と言う話にもならない。


「口では何とでも言える。商品を見せてみろ」

「かまいませんぜ、どれでもお好きなものを」


 ノイアは店主の広げた魔石の中から一つを指先でつまむと、目の前にかざしてまじまじと検分する。


「むう」


 思わず巨体から漏れる声。

 品質は悪いどころか、最高品質にも近いと呼べるほど。

 ノイアのような一般市民では手に取ることすらなかなかない、と言えるような贅沢品。

 値段を横目に見ると、その品質と比べれば破格、と言わざるを得ない安値。


「――確かにその言に偽りはないが、だからこそ怪しい。この魔石、どこから仕入れた」


 ノイアは盗品の換金にこの場を使っているのではないか、と推論を立て、問い詰めるように語気を荒げる。


「いやあ、仕入れ先を言わない、と言うのがココでのルールでしょう」


 店主はくく、と笑いながらごまかす。

 ノイアはその言葉に、無言で商品を置く。

『砦下の中間層』では商人の仕入れ先を問えない。

 それが昔からの慣習で、そしてここでの自由な貿易が保たれている理由の一つでもある。


「それが通用するのはなんのいわれもない時だけ、と言う但し書きがつく。」


 ノイアのような警官が難癖をつければ罪状を問う程度はできる。

 彼の思考が巡る。

 捕えてから、その罪状を洗い出しても遅くはあるまい、と。


「不自然な価格設定で詐欺を働こうと――」

「いやいや、少々お待ちを」


 ノイアの言葉を、隣にいた青年が遮ってきた。


「実は私、この店主殿と『古いつきあい』でして。なんならこれらの商品、ただで譲ってもいい、と言われていたんですよ。しかし、最低限は払うのが礼儀だろう、と言ったらこのような価格設定をしてくれた、と言うわけなんですよ」


 青年は流暢に事のあらましを語ると、視線を店主へ送る。

 店主は頭を掻きながら目を背けると、


「――ああ、そう。その通りでさあ。ちょいとばかり縁があって融通してやろう、ってのは本当に間違いありやせんぜ」


 ノイアは店主に視線を注ぐ。

 万が一嘘をついていれば偽証の罪まで重ねることになる。

 ノイアの直感からして、そこまでのリスクを重ねてまでここでの商売にこだわるような男ではない。


「まあ、いいだろう。そういうことであれば今回は見逃そう」

「――はは、そりゃありがてぇ」

「ただし、今回の取引に不正がないか、くらいは見張らせてもらおうか」


 ノイアの言葉に、店主は乾いた笑みを貼り付けたまま。

 隣の青年は気にした風もなく一歩引くと、見せつけるように魔石を指で挟み、手を振って見せびらかす。


「ではまあ、『当初の提案通り』この魔石、頂戴してもいいかな。金銭の入り混じる取引ではなく、ただの友人からのもらい物、と言うことであれば警官君もなんの疑う余地もないだろう」


「旦那、それは――」


 店主は何かを言いかけて、はあ、とため息をついた。


「――仕方がありませんな」


 青年は店主とは笑みを交わすと、くるり、とノイアへ振り返る。


「さて、ノイアさん。ここを離れましょうか。さすがに警官の『巨人種』が物言いをつけたまま居座る、と言うのでは彼の商売にご迷惑ですから」


 ノイアは青年の言葉を聞いて周囲へ目を向ける。

 客も店主も問わず、多くの眼がノイアへと向けられていた。

 ノイアは逃れるように小さく咳ばらいを一つして、


「そうだな」


と言って、青年の方へ向き直る。

 青年はノイアの方を振り返りながら、広い通りへと歩き出そうとしていた。

 ノイアは巨躯を人々の隙間に流し込むようにして、その後姿を追った。




 人通りの枯れた路地。

『砦下の中間層』に比べると露店はほとんどなく、立ち並ぶ廃墟の隙間に、いくらかの古びた店が開かれているかもわからない風情で存在しているのが確認できるだけ。

 なぜ、青年はこんなところに来たのか。


「掘り出し物とはえてしてこういうところにある物ですよ」

 ノイアの問いに先制するように、青年はつぶやいた。

「私は職務中なのだがね」

「まあまあ、見回りと言い張れば誰も文句は言えませんよ。ほら、人目をはばかる取引をするなら人通りの少ないところでするでしょう?」


 ノイアは辺りを見回してもう一度ため息をつく。

 確かに自分があまり見回るような土地ではない。

 緩やかな雰囲気であり、後ろめたい犯罪が行われている気配はないが、こういったところを見回ることにも意味がないでもない。

 しかし、ノイアは思い浮かべていたもう一つの質問をぶつける。


「だが、君の目的はただの買い物でもないだろう?」

「おや、なぜそうお思いに?」

「せいぜいが北部産の布を数枚程度買っただけ。上質とは聞くが、このような場所でなくても、ありふれたものしか手にしていまい」


「はは、あまり一つの店で多く買うと目立ってしまう、と言う理由もありますがね」

「それにしても、眼が広すぎる。先ほど周囲の視線を感じた時もそうだったし、あるいは今だってそうだ。目の前にある商品ではないものを見ようとしている」

「そこまでわかるものですか」


 青年は心底驚いた、と言わんばかりに目を見開いて見せる。

「魔石に武器に、あるいは奇妙な小道具だって色々あるのに、君は食料品だの生活用品だの、ありふれたものばかりに目をやっているようだ。それを見ればいやでもわかる」


「――なるほど、それはそうだ。人を見るのは得意なんですが見られるのは意識しないと難しいものですね」

 青年はやれやれ、と言いたげに肩をすくめてみせる。


「本当の目的は宝探しなんかじゃあなく、商売の隙でも探してるんじゃあないか?」

 ノイアの言葉に、青年は笑みをこぼす。

「お優しい発想だ。実際はちょっと違います。流れを見極めたかったんです」


「商品の流通、と言うことか。やはり、商社にでも勤めてないとそういった考えで街を歩かないと思うが」


「しがない――学者みたいなものです。商人の発想とはちょっと違うでしょうね」

 青年は口を開きながら視線を周囲へ向ける。

「私が見て、そして聞いていたのは情報です。何が多く、何が高く、何が噂されているのか。それを見極めたかった」


「それを知って、どうする?」

「見えてくるものですよ。この国で行われようとしている作戦の規模もね」

「作戦?」

「まず、大量の火薬が運び込まれているようです」

「近く、花火大会がある。グランブルトでは二年に一回、大規模なものを国王陛下の名で開くのだ。そのせいじゃないか」


「例年の数倍の規模と言う話ですよ」

「――活気があってよいではないか」

「ええ、それだけなら、ね」

 青年は語りながら、視線を反対側へ向ける。


「武器や防具も少なくない数出回っているようですよ」

「――最近盗賊騒ぎも多いからな」


 ノイアの返す言葉は、明らかに語気が弱まっていた。

「その噂話を利用して商売に花を咲かせているというなら少々あくどい程度で済むでしょうが――少々、不透明な流れも多いようです。国家で把握できない闇のルートも増えているとか。刑事さんなら存しているのでは?」

「……まあな。だが、チンピラ共が武装しだす、なんて治安の悪化にまではつながっとらんよ」


「ええ、そんな小金を稼ぐ目的ではないのでしょう」

 青年は後方、辿ってきた道を振り返る。

「そして、先ほどの魔石のような魔術用品も多く出回っているようですが、その最大の用途は何かご存じですか」


「モンスター退治のような、補給の難しい環境下でも戦闘能力を保持する用途だな」

「そのモンスターと言う単語、現代ではあまり使われず、成敗する敵という対象は様変わりしているようですね」


 ノイアには、青年の言葉は、空気へ染み込むように聞こえた。

 音が意味となり、意味を理解し、理解した言葉の真意を悟る。

 脳の機能が声に追いついた時。

 思わず、青年の肩を掴んでいた。


「――まさか、まさか、まさか、君はこのグランブルトが敵国に攻め込む準備をしているというのか!」


 ノイアは青年へ顔を寄せて、問い詰める。

 巨体が、青年を押しつぶすほどの圧力をかける。

 青年は躱すように身をよじると、首を横に振った。


「推論ですよ。そもそも、『敵』も『味方』も私は可能性がある、と言う程度にしか考えていません」


「――この際、誰が武器を握ろうと変わらんではないか。どうあっても、戦と成ればどこまで被害が出るか分かったものではないぞ」


「さすが、私が一を言っただけで十の危機を察してくださる」

 ノイアは青年の言葉を気にも留めず、うなだれる。


「……そうだとして、そこまで大きな事件に、君一人に何ができるというんだ」

 青年は笑みを浮かべた。


「なにがどうなるかもわかりませんから、目を光らせているというわけです。何分、近く騒がしくなるようですので」


 彼の視線はゆっくりと持ち上がる。

 はるか遠くを見つめるように。

 ノイアはその視線の先がどこまで遠くを見つめているのか、想像もできないほど先を見ているのではないか、と感じた。

 それほど、青年の言葉と佇まいが、現在から浮いて見えた。


「……君が何者かは聞かないが、こんな街の隅のような場所に来る必要は無かったろうに」


「ここは街の端ですが、同時に最先端でもある。自分が正しいと思う行動をするために情報は多く、そして早く入手し早く行動すべきですからね」


 青年の言葉に、ノイアは「むう」とうめくような声をもらした。


「おや、癇に障ることを言ってしまいましたか」

「いや、出会ったばかりの君に話すようなことでもない」

「せっかくです、お聞かせ願えませんか」


 青年はどこか人懐っこい笑顔でノイアへ振り向く。

 ノイアはそれを振り払ってもよかったのに、つい口を開いてしまった。


「私の場合早すぎて、先走ってしまうな、と自戒していただけだ」

「行動が早い。よいことではありませんか」

「いいや。先日もありもしない疑いをどこかの魔術師に向けてしまったし、今だって君の友人を詐欺師呼ばわりしてしまった」


 青年は朗らかに笑い飛ばす。

「彼に関してはそれで正しいですよ。あの男ほど怪しい人間もいない」

「しかしな」


「それに――いいではありませんか。貴方の正義の心があふれた結果と言うなら。一刻も早く手を伸ばさなければ救えなかった人がきっとあなたの前に現れますから、その時にあなたは迷いなく一歩を踏み出せばいい」


「見てきたように言うではないか。まるで予言者のようだ」

「ただの経験則ですよ。あるいは後悔と言ってもいい」


 青年はため息とともに言葉を漏らす。

 夕日に黄昏れるような顔は、記憶の奥底に埋められた過去を思い返すよう。

 ノイアはなにか慰めようとして、次の言葉は出なかった。

 何を慰めるかもわからない男の言葉はどこに届くわけもないのだから。


「さて、私はこれからまた別のところに向かいます」

 青年は振り返りながら、ノイアの顔を覗き込む。

「お別れの前に一つご忠告を。目の前に居るものにもう少しくらい気を配ってもいいと思いますよ。ノイアさん」


「どういう意味だ」

「ほら、目の前に居る男が大悪党かもしれませんからね」

「いや。君は優しいだろう」

「どうして?」


「目を見ればな。先を見据えようとしつつ、そして真剣で、かつ通りすがった程度のオレなんかに誠実だ。優しさから生じたものだと、オレは思うがね」


 青年は背を向けた。

 顔を隠すように帽子をかぶりなおしたせいで、表情はなおのこと伺えなかった。


「――――いやあ、買いかぶりにもほどがある。衝動的な欲望に溺れる、小市民ですよ」

「まさか。警官ほど悪人を見てきた人間もいない。悪意を見抜けるとは言えないが、悪意の性質ぐらいは知っている。君が欲望に飲まれるような人間ではない、というくらいは保証できるとも」


 青年は「そうでした」と言いながら、ため息をこぼしつつ、ノイアへ向き直る。

 その表情は、どうしようもなく、嬉しそうに。

「あなたのような方がいるから、この街はいいところなのでしょうね」


「――どういう意味だ?」


「安心できる、ということです」

 青年は意味深に笑うと、小さく手を振った。


「さようなら。あなたに幸のあらんことを」

 青年は体をひるがえすと、曲がり角へ姿を消した。


 ノイアはその背を追おうとして、足を止めた。

きっと、今やるべきことを全うすべきだ、と言う青年の激励のようにも感じたから。

「よし、がんばるか」

 むん、と踏み出した一歩は、先ほどまでの歩幅よりも大きく、力強かった。


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