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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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12 勇者

 二人はテーブルをはさんで向き合い椅子に座っている。

 リェールは手に瓶を持つと、ゆらゆら、とロビンに見せるように揺らす。


「飲むかね」

「未成年です」

「興味もないかね」

「未成年です」

「一杯くらいどうだ」

「未成年です」


 リェールは小さく「そうか」と寂しそうにつぶやくと、とくとく、と瓶の中身をグラスに注ぐ。

 ロビンはなみなみとそそがれた液体を見ながらつぶやく。


「なぜこんな昼からお酒を?」

「なに、『英雄譚』は酒か、さもなくば音楽とともに、と言うのが作法なんだ」


 リェールはグラスの中でゆらり、と紅を波立たせる。

 部屋に、ほのかな果実の匂いが漂う。


「勇者とは、世界の救世主だった。魔王と呼ばれる地の果てで待ち構える脅威に対峙すべく、勇者は空を羽ばたき世界を巡り方策を見出し、蒼の役目を終えた後はまた自らの場所に戻る、とされている」


 リェールはグラスに口をつけてから、上機嫌に語り始めた。


「この世界には常に、『魔王』と呼ばれる世界を滅ぼす存在がいた。勇者とは『魔王』に対する決戦兵器として特別な力を授けられた、あるいは覚醒した者たちの総称を指す。ここまでは知ってるね」


 ロビンはうなずく。

『勇者』に関する話は歴史の授業でも学ぶような、初歩的な話だ。

 彼らを輩出した数を国ごとに競い合ったり、時には直接的に戦争に彼らの武力が使われ、時には文明の技術革新に彼らの頭脳が使われたり。

『勇者』はそのすべてが、普通の人類とはかけ離れた能力を誇る。

 その力をもってして、『魔王』はさらに強大で、人類の発展を阻害し続けてきた。


「ですが、『魔王』は十年前の『最終戦争』で命脈まで絶たれ、この世には二度と『魔王』は現れない。そう聞きました」


 ロビンの答えに、リェールはほほえみながらうなずいた。


「よく勉強している。さて、その要因はなぜか、と言うのは知ってるかな」

「『勇者』の特別な力による、ということだけは」


「そんなものか、市井に伝わっている話は」


 リェールは少し悲しげに、空につぶやいた。


「すみません、僕が不勉強なばかりに」


 ロビンが恥ずかしそうに目線を下げると、リェールはいやいや、と首を横に振る。

「いや、所詮は終わった話だ。市民にとっては、街の良質な料亭の名前の方がいくらか価値はある。だがまあ、私に話を聞きに来た、と言うなら、その結末くらいは語らせてもらうが、いいかね」

「お願いします」


 リェールは笑みを浮かべる。

 許可などなくても、自分が語りたいから話すのだ、と言いそうな口元だった。


「もともと、『勇者』というものが、『勇者召喚』という魔術によって特殊な力を与えられ、この世界に召喚させられた、異世界の人間たちのことだった。元の場所に戻る、と言う伝説もね、彼らの死後、元居た世界に戻る、という『勇者召喚』の保険のような効果のことだ」


 ロビンは息をのむ。

 その言葉に、一つ心当たりがあったからだ。

 探偵は以前、自らのことを『別の世界』から来た、と言っていた。


「……おや、何か気になることでも?」


 リェールはロビンの様子をみてか、優しく問う。

 ロビンはコホン、と小さく咳払いをしてから、ごまかすように別の疑問を口にした。

「そんな魔術は知らないな、と思いまして。見たことも聞いたこともない」


 ロビンとて、貴族の実子として生まれた身。

 数多くの教育を受けたし、その中に魔術に関する歴史だって数多く学んだ。

 しかし、そんな奇妙な魔術を、ロビンは一度も聞いたことがなかった。


「そりゃあね。元国家機密だ」

 リェールはさらりと、なんでもないことのようにつぶやく。


 ロビンがごほごほとむせるのを横目に、リェールは話を続ける。


「『勇者召喚』は少々長い詠唱を必要にするが、優れた素質の持ち主ならたった一人の魔力消費で一騎当千の武力を持つ戦士、あるいは万人を率いる大将軍を呼び出せる。彼らは召喚と同時に『勇者の器』と呼ばれる魔道具を持って現れ、百の地域を超えて、千の伝説を遺し、万の敵を打ち払ってきた」


 浸るように言葉は紡がれる。


「そんな英雄譚を容易に実現できる人材を呼び寄せる夢のような魔術と思われていた。大国の一部がその情報を隠しもち、市井には流れ込むことはなかった」


「でも、今話している時点で、その『勇者召喚』は欠点があるんですね」

「ああ。時は二十年よりももう少しだけ前にさかのぼる。時の最も高名な【未来視】を持つ女性が予言したんだ。魔王の発生要因はほかならぬ、勇者である、と」


「それは、あべこべでしょう」


 世界を滅ぼす魔王を倒すために勇者が現れるのではなく。

 世界を救う勇者の敵となるために、魔王が現れたことになってしまう。


「その時の多くの学者も同じこと思ってか、否定のための論議をいくつも重ねたが、歴史を紐解くほど一つの結論に至った。どの時代においても、勇者が名前を広めると同時に魔王による被害が確認され始める。まるで、その存在が対になっているかのように、ね」


「歴史書にありがちな捏造、とかではなく?」


「年代が入れ違うような虚構を整理したうえで、いくつもの地域にまたがる歴史書を整理したうえでの結論だ」


「魔王に対する勇者の召喚があまりに適切な対応だった、とかでもなく?」

「魔王と言うのはこの人類史を辿れば百の地域で、千を超える数生まれているわけだが、そんなに理性的な為政者がわんさかいると思うかね?」


 リェールの逆質問に、ロビンは言葉を詰まらせてしまった。

 それを横目に、リェールはさらに言葉をつづける。


「同時期、魔術そのものへの解析が始まった。魔術組成学――現代では魔導物理学という名前で受け継がれているが、その解析である原則が明らかになっていた」


「ある原則?」


「魔術の発動において、かならず代償が必要とされることだ。それまで魔力を用いないため魔術ではない、とされていた錬金術や呪術も、物質と言う触媒や、自身の血液といった代償をもちいることで、発動される一種の魔術である、とカテゴライズされたのもこの研究故だった」


 ロビンもそれはよく知っている。

 膨大な魔術には、膨大な魔力と、それに接続するための巨大な魔法陣か永い詠唱が必要になる、と暗記できるほどに繰り返された文章。


 教科書通りの説明に過ぎないと、普段なら聞きすごすような内容。

 ただ、今は別の結論にたどり着くための踏み石にしか過ぎない。


「では、『勇者召喚』の代償は何だったのか。千の兵力を宿した人間を生み出す儀式の代償はなんだったと思う?」


 ロビンは問われて思考する。

 多大な代償、と言われてもそう多くは思いつかない。


「魔力、あるいはそれに準ずるものと言うのが当然ですが、そうではないのですね」

「ああ。魔力どころか、物質も時間も必要としない。『勇者』は『正しき祈り』なんて代物で召喚される――とされていた」


「実情は違った、と言うことですか」

「安易にもほどがある魔術で、そいつは魔術世界への革命だとさえ言われた。――だが、支払うべき代償は存在した。プラスを失うことではなく、マイナスを生み出す、と言う形でね」


 ここまでの話をひっくるめて。

 ロビンは一つの答えにたどり着く。


「それが、魔王を生み出すことですか」

「その通り」とリェールは感心したようにうなずく。


「『勇者』は人々の正しき祈りを受けて、『魔王』は人々の悪しき呪いを受けて、異世界から同時に召喚される。この二つが同時に行われてしまうことが、『勇者召喚』の致命的な欠点だった」


「人々を苦しめてきた悪しき存在は、人々自身が生み出していた、と」

「皮肉なことにね。だが、人類はそこまで知ってなお過ちを繰り返すほど愚かではなかった。『勇者召喚』という魔術そのものを消し去ったんだ」


 振り返るように、懐かしむように。

 リェールの声は、ロビンに聞かせるだけでなく、自分が景色を思い出す過程を楽しんでもいるようだった。


「『勇者召喚』の事実が判明した時、グランブルトの王が各国に提案したんだ。『勇者召喚』の魔術を発動させ、『夕暮れ』と呼ばれる魔術を封印される魔道具を用いてそれを永続的に封印しよう、と。各国もそれに同意し、『勇者召喚』封印の儀式が執り行われたのが十一年前だ」


 ロビンはリェールの語りを聞きながら、頭の端に、引っ掛かりを感じていた。

 話の中に混じる、何か。

 それを聞き逃さんとすべく、精神のすべてを耳に傾ける。


「最後に一度だけ行わなくてはいけない『勇者召喚』。生み出される魔王は、勇者の強さに比例する、と言うことも分かっていた。ゆえに、最後の『勇者召喚』によって何の力もない勇者――いわば、勇者の身代わり、あるいは勇者の形代を別の世界から召喚したんだ」

 『別の世界から』という言葉で、ロビンは一人の男の顔を思い出した。


探偵。

彼は十年ほど前にグランブルトに召喚された、と言っていた。


「その対として生み出された最弱の魔王ではあったが、しかし、人類を最も追い詰めたのもかの魔王だっただろうな。『最終戦争』と呼ばれるほど過酷な戦乱を超えて十年前、ようやく魔王軍は平定され、大陸に平和が戻り、二度と魔王が生まれない世界が戻ってきた。――と、ここまでが私の知る勇者についての講義、と言うところだ」


ロビンはその話を最後まで聞いて、一つ疑問が浮かぶ。

「その勇者の形代さんはその戦争に関わっていないんですね」

「ああ。時間軸をずらして、戦争が終了すると見込んだこの時代に呼んだらしい。【未来視】の魔術師曰く、勇者と魔王が向かい合えば、魔王が真の力を発揮しかねない、と言うことだった。最弱の魔王が覚醒しようと大したことになるわけもなく、怪しい言い分だと誰もが思ったが、結果的には全員が賛同した」


「なぜですか」

「その人だけはあの戦いに無関係だった。何の力もなくこの世界に呼ばれておいて、戦争に参加するのも酷な話だろう」


 リェールは美談のように語る。

 ――けれど、ロビンにとっては、少し、偽りが混じっていた。

 勇者の形代、と言うのはおそらくは探偵のことなのだろう。


 けれど、その探偵自身は語っていた。

 自分が召喚されたのは十年ほど前。

 戦争が終わった直後であり、その収束は【未来視】なら容易に予想できること。


 そして、その未来視の女性とはほかならぬ、ロビンの母。エナ=ウトフだろう。

 ロビンの知る限り、十年前にグランブルト王国に仕えた【未来視】の女性は彼女しかいない。

 エナ=ウトフと面識があった、とも探偵は語っていた。


「今の話は、勇者召喚と言う魔術の封印に関わった人全員が知っている事実なんですか」

「ああ。歴史家と魔術師、そして現国王を含む少数の王族、総勢数百名だけの事実で、全容を知る者はいない秘匿ではあるがね」


「リェールさんは勇者の形代さんの顔は知っていますか」

「いいや。ただの人として過ごしてもらうために、国王と一部の人間しか名前も顔も知らないはずだ」


「【未来視】の女性と勇者の形代さんが出会った、と言う話は?」

「いや、そもそも彼女は十年前に亡くなってる。――知り合いだったのか?」


「そう言えなくもない関係です」

「――ふむ?」


 ロビンははぐらかすように答えながら、思索にふける。

 エナ=ウトフと面識があった、とも探偵は語っていた。

 けれど、リェールは知らない様子だった。


 探偵が十年前を経由してこの現代に来た、と言うことすら伏せられている。

 つまり、エナ=ウトフは探偵に何か密談したいことがあった。

【未来視】の魔術を使えば未来を好きなだけ見通せるはずの人間がなぜ、初めて出会う人間にそんな密談をしなくてはならないのか。


 謎は深まるばかりで、未知は積もるばかり。


「おや。その表情を見る限り、得るものはあったようだね」


 リェールの指摘に、ロビンは口元を隠すように手を当てる。

 ――使命感でここまで来たつもりだったけれど。どうも、僕は僕で、謎を追うのが好きらしい。

 ロビンは自分の気持ちを見つめなおして、改めて笑みをこぼした。


「すみません、興味深いお話だったもので」

「そうか。君の役に立ちそうかな?」

「はい。大変参考になりました」


 ロビンが大きく礼をすると同時、リェールも、いやいや、と首を横に振る。


「私も久々に昔話をできて楽しかったよ」

「すみませんが、もう一つ用事ができましたのでお暇させていただきます」

「かまわないとも。帰り道には気を付けたまえよ」


 ロビンは一礼してから教授の部屋を後にする。

足は学園の出口ではなく、別棟へ。

 知己であり、魔術についての造詣が深い、ローブに身を包んだ魔術師の元へ向かっていた。



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