11 噂
一夜明けて、ロビンは馬車に揺られていた。
目指す先は魔導学院。
国王の言葉である『勇者』の正体を探るために。そしてもう一つ、情報収集を依頼した御者に話を聞くためだった。
「来てもらっておいて申し訳ない話でやすがね」
馬車の前で馬を引く御者の声は、ため息交じりで、昨日よりずいぶん元気がないようであった。
「そこらで話を聞いてみても、噂が少ないもんで、ロクな情報は集まらんもんでしたぜ」
「噂が少ない、と言うのは妙な言い方ですね」
ロビンの声は不可思議だ、と言わんばかり。
御者も同調するように、手も首も大げさに振ってくたびれた様子を見せつけた。
「つまるところ、話のタネがホントに少ないんでさあ。どいつもこいつも同じ話ばかり」
「少ない、と言うことは一つはあったのでしょう」
「ま、その通りでやすが、妙にキャッチ―なオハナシというか、作り話じみてるんでさあ」
「もったいぶらないでくださいよ」
鼻をこすりながら御者が振り向く。
「『大泥棒』。噂の根もとはそんなあだ名で呼ばれてやすな」
「なるほど、たしかにそれは市民に受けそうだ」
ロビンが納得いった、とうなずくと、御者は歯をみせるように笑みを浮かべて、再度前を向いて座りなおし、話をつづけた。
「大衆酒場でちょいと話をしようもんならすぐに『大泥棒』の話になっちまうもんだから大した話が集まらんのですよ」
「どんな話が出回ってるんですか」
「どうも、近頃貴族の中で盗みが多発しているようで、その犯人が『大泥棒』氏ということに世間はなっているんだとか」
「盗まれた、なんて体のいい賄賂の言い換えでしょう」
「坊ちゃんは夢がないですなあ」
金品や貴重品を贈与することで気を惹く、というのは誰にだって珍しいことでもない。
異性の気を引くためにきらびやかな装飾品を渡したり、商人が取引先の気をよくするために。
貴族もまた、それを大きな規模で実践するに過ぎない。
その際、盗まれた、と言う名目を使うことで税金などを隠しつつ、対外的にその懇意を隠しながら賄賂を成立させることができる。
古くは貴族たちが主権を握ろうと覇を争う時代に使われた内密な同盟の結び方の一つだったらしい。
もっとも、現代においては別の意味を持つ。
「贈与税はかかりませんし、政治の場で治安の悪さを訴え、軍備増強の札にもなる。ずいぶん狡猾ですね、その貴族どもは」
ついでに言えば、そんなわかりやすい脱税を見過ごすしかない国王の姿を喧伝する、と言う目論見があるのかもしれない。
「盗まれたと主張する貴族の名前は?」
「さあ、たくさんいますぜ。数えるだけでもお金がもらえるほど」
どうやら、その手法は貴族の間ではいいだけ広まったものらしい。
ロビンの脳内では、昨日聞いた、国王の権力の低下と、どうしても話がむすびついてしまう。
「義憤に燃えてやすかい、坊ちゃん」
「――まさか。そのような正しいものでも、必要なものでもありませんよ」
今求めるべきは、そんな社会にはびこった悪習への怒りではない。
空の木のコップのふちをなぞって、魔法で生み出した水で中身を満たす。
ぐい、とガラスを傾け、喉を鳴らして、要らない感情ごと奥へ流し込む。
口元を抑えながら、小さく息をついた、
「十把一絡げの輩を漁っても面白い話なんてありませんね」
「つまらん話ならいくらでもひねり出しますがね」
ロビンはその言葉を、役に立つ話はできないだろう、という意味だと理解する。
「では、その噂話の中心である『大泥棒』は何者なんですか」
「正義の大泥棒『カタム・シュトワール』の生まれ変わりだ、かたや遠方から流れ着いた盗賊団だの、あるいは天国から来た民衆の救世主だ、ってのもありましたぜ」
「そのどれも噂話の対象とは違うんでしょうね」
「確か、坊ちゃんが追ってる例の国宝。アレを盗んだのは『大泥棒』なんじゃないか、って話も聞きやした」
「それはまた、あらぬ冤罪でしょう」
仮にそんな大泥棒がいるとして、今回のようにわざわざ話を大きくするはずもない。
泥棒なんて少しでも足がつかない方がいいはずなのに、むやみに泥棒行為を働く理由もないはずだ。
「あとは、つい昨日、かの有名な宝物庫を荒らしまわったとか」
「それもまた――冤罪でしょうね」
なんせロビンは犯人を見ている。
金髪蒼眼のこの国の王である。
自分の家を散らかしただけ、ともいえるので、誰にも捕まえる権限はないだろうが。
「なんだ、坊ちゃんの方がよく知ってるようじゃねーですか」
からかうように笑う御者の声に、ロビンは「偶然です」と否定する。
「裏を取れるような場に立ち会う機会が多かっただけです。それにしても、よく広まったものですね、名前もない盗賊の存在なんて」
「それが、匿名性が高いわりに『警察共が追い立ててる泥棒』ってのだけが出回ったせいか、尾ひれ背びれが付け放題のなんの。どうも、あらゆる話題を『大泥棒』にむずびつける方向に動いてるようで。噂話の怪物、都市伝説とでもいうべき存在になりつつありますな」
ロビンはふと思い出す。
以前、アーキライトの家の領内で不作が見込まれ飢饉目前になり、アーキライト家の失策が市民に広まり始めたころ、急に『資材をため込む商売人が悪い』という噂が出回り、ちょっとした騒動が発生したことがあった。
その後しばらくして、アレは自分の知らないところで家族の誰かがそういったうわさを流していたのではないか、と疑えるような推測、噂が出てきたこともあった。
その時は確固たる証拠を上げることはできなかったが、今回の件も似たような論理が働いていたのではないか。
「まさか、意図的に情報をゆがめている存在がいる、と」
「断言はしやせんがね」
御者はぶっきらぼうに、ため息交じりだったが、どこか確信があるようでもあった。
「もしかして、身に覚えが?」
「さあ、少なくとも、今のあっしはただの馬車の御者でごぜぇます」
ロビンはあからさまな隠し事を追求しようとして口を開き、言葉にする直前でため息に変えた。
「人に歴史あり、ということですか」
御者は、ロビンの元家名であるアーキライトに古くから仕えていた。
ロビンが先ほど思い出したアーキライトの噂話の問題に一枚噛んでいたかもしれない。
しかし、それを追求して得をする人間はいない。
ゆえに、ロビンは言葉を濁して終わらせた。
「さすが、ひくところをわきまえてる。大成しますぜ」
「貴族の座を没落してしばらく、なんの成果もあげていない人間にはずいぶんな皮肉ですね」
「なあに、たかだか一年。気に病むほどでもありやせんし、今後の話でさぁ」
御者の含み笑いの入り混じる声に年長者の余裕を感じて、ロビンは感心したように、ちょっと不満げに、「そういうものですか」と返事をした。
「それより、つきましたぜ」
馬の嘶きの後、軋む音を立てながら揺れもなく馬車が停止する。
窓の外に見えるのは、グランブルト最大の学府にして、ロビンの今日の目的地であった魔導学院。
馬車の扉が開くと同時、御者がのぞき窓から体を乗り出す。
「帰りも乗りますかい?」
「――いいえ、それより、これを受け取ってください」
ロビンが手渡したのは本来よりも少々以上に多い魔力の込められた札。
「ちょいと多いですが、また情報を集めてこい、と?」
「いえ、むしろ手を引いてください。敵、と呼ぶべきかはわかりませんが、国家を巻き込む陰謀は市井にまで浸透しているようですから」
「だから逃げろ、と。こいつはその支度金な訳だ」
御者はぴらぴら、と相応以上の魔力が乗った札を揺らしながら、うんうんとうなずく。
「ぼっちゃんはどうするんで?」
「真実を確かめます」
「別にほっぽって逃げたっていいでしょうに」
「アーキライトの倅ですから。その名に恥じるようなことはしたくないんです」
御者はピンと伸ばした札から、ロビンへ視線を流す。
「その名前に、もう捨てる物もなければ守る物もないでしょ」
だから、自由に生きればいい。
ロビンは御者の言葉の意味するところまで理解したうえで、小さくうなずく。
「家も、地位も、財産も、多くを捨てました」
軽く足に力を入れると、ぎし、と軋む車体から体を外へ。
「でも、この名前はまだ――僕のものです」
とん、と地面に降りる。
堂々と、そして迷う気もさらさらない姿。
それを見て、御者は微笑んだ。
「成長しやしたな、坊ちゃん」
「そう思うなら、その坊ちゃん呼びを改めてください」
ロビンはぶぜんとした表情で振り返る。御者はそれを見て、くく、と含み笑いをこぼす。
「なあに、変えられないモノもあるもんです。呼び方も。坊ちゃんがここにとどまるのも。そして、あっしがアーキライトの家に仕えた専属の御者であったことも」
「十分仕えてくれましたよ、あなたは。もう、忘れてくれていい」
「まさか。坊ちゃんがアーキライトの名前を捨てるまでは坊ちゃんの足を全うしますぜ。お呼びであれば一声でどこにでも参上しますとも」
「地の果て、海の中、空の上でも?」
「意地悪になったもんだ」
御者は嫌そうに言いながらも、口元は歯が見えるほど吊り上がっていた。
「そうですな、地の果てくらいなら特別料金をいただければ馳せ参じますとも」
「ありがとう、頼りにさせてもらいますよ」
「――そいじゃあまあ、ごひいきに」
ロビンは御者が操る馬車が視界から消えたところで、目的地へと視線を向ける。
立ち上るような巨大な塀に囲まれた、グランブルト最高学府。
ありとあらゆる学問の集積がなされた学園は、同時に国家の中でも最高機密となりうる情報を抱えるに至った。
ゆえに、砦と見紛う防護を誇り、ネズミの侵入すら許さない、とされている。
その見聞は、視界に映るただの石の壁にすら、にじみ出るかのよう。
手の平に汗がにじむような緊張感を覚えながら、一歩を踏み出した。
ロビンは人の喧騒を抜けて、『魔術の塔』と呼ばれる研究者の集う建物へ進み。
目的の研究室をたずねて、コンコンと扉をたたく。
がちゃり、と音を立てて、扉に小さな隙間が開く。
深く黒い瞳がじろり、とロビンを見る。
「――どちらさまかな」
かすれた声が、やや怒りにも近い意志を込めて発せられる。
「ロビン=アーキライトと申します。お忙しいところでしたか」
「……いいや、むしろ逆かな。少々予定が延期したもんでイラついてただけさ」
リェールはガシガシと頭を掻きながら、ロビンを見下ろす。
「それで、僕なんかに何用かな」
「とある人にリェール教授を紹介されまして」
「僕を紹介する奇人なんてそう心当たりはいないが」
「これを見ればわかる、とおっしゃっていましたよ」
ロビンは隙間に差し込むように、国王からもらった封筒を手渡す。
リェールはいぶかしげな顔でそれを受け取り表面をこするように触ると、得心がいったようにうなずいた。
「なるほど。相変わらず人を振り回す方だ」
「『勇者』についてお聞きしたかったのですが、ご迷惑でしたか?」
「そんなことはない」
リェールはぎぃ、と扉を大きく開きながら招くように視線をロビンへ向ける。
「上がりたまえ。『勇者』なんて昔話のようなものだが、だからこそ語り継ぐのはわけない、と年長者は言うべきだ」
ロビンは一礼してから、研究室へと踏み込んだ。




