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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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10 夜に潜む甘い声

深い夜。

 人の営みは闇に溶け。

 月明りすらも群雲に陰り。

 風が揺らす草花だけが世界を支配する中。


 かつ、かつ、と石畳を革靴が叩く音が空気を裂く。

規則正しい周期で周囲に響かせながら。


 紺黒のローブを揺らし、夜と同化しそうな影が光のない街を闊歩する。

 自らの衣擦れの音さえやかましく聞こえる静寂の中。

 砂利を踏みしめる音が届く。


 カン、と一度大きく音を響かせてローブの動きが止まる。


「やあ、クルビエ。こんな夜遅くにどこへ行くんだ」


 甘ったるい声が影の背をつく。

 クルビエは深くかぶったフードの中で顔をしかめつつ、振り返る。


「どこだろうとかまわないだろ、エドワード」


 刺すような冷たい声に、エドワードと呼ばれた男は喉の奥でくぐもったような笑い声を漏らしながら、姿を見せる。

 漆黒を基調としたコートが夜の闇に調和しつつ。


金色の装飾がちりばめられた装いが少なくない主張を欠かさない。

 月よりも白い肌と、月明りが反射して紅に輝く瞳はどこか、物語の怪物を思わせる。

 

男は牙のない歯を見せて笑みを浮かべながら、口を開く。


「気にはするさ。国防に力を注ぐのは我らイシュティム家代々の役回りであり、君は現在の王国最大戦力の一角だからね、その動向を押さえておきたい、というのは我々としては当然の欲求なんだ」


 ああ、と気だるそうな声がクルビエから漏れる。


「とんだ意識違いだな。ボク個人なんかよりも、『動乱』の対処に力を注いだ方がいいんじゃないか」


「おや、よく知っているじゃないか。限られた人間にしか知れてもいないはずなんだが」


 心底驚いた、とでも言わんばかりの表情。

 クルビエはそのわざとらしい顔に、フードの下で顔をしかめた。


「人の口なんて勝手に開くものさ。酒や菓子でもあれば、思ったより簡単にね」

「なるほど、随分熱心に調べてくれたわけだ。であれば、少しくらい興味も沸いたのではないかな」


「具体的に話してほしいもんだ」

「そんな国の大騒動が起きるというんだ、優秀な人材を確保したい、と言うのは当然だろう?」


 声は夜の闇から忍び寄るようにゆったりと、引きずるようで、けれど、耳をかたむけずにはいられない深さがあった。

 言いようのない、まとわりつくような感覚に、クルビエは一度手を大きく振って遠ざける仕草を取る。


「熱心な勧誘でもしてるつもりなんだろうが、あいにくそんな熱はボクにありやしないよ、他を当たってくれ」


「より良い国づくりに興味はない、と」

「その言葉に反論の余地もないでもないが、そもそも意識の居所が違う」


「ほう?」

「正直、国がどうなろうとボクの知ったことじゃあない。ボクの研究に関わることでも、ボクに関わることでもなし。どこまで首を挿げ替えるつもりかは知らないが、君たちの権力争いに手を貸すつもりも邪魔建てをする気もないよ」


 クルビエの言葉は線を引くように、そして壁を作るように。

 自分と言うモノを重視し、自らを規定する方を優先し、外界との関りは善にも悪にもよるものではなく。


 ただ、自分と真理にのみ執着する。

 それが、『魔術師』と呼ばれる人種。


「魔術師らしい、と言わざるを得ないな」

「話はこれで終わりか? ならボクは――」

「『夕暮れ』についてなら、少しは気を惹かれないか?」


 踏み出そうとしたクルビエの足を、エドワードの声が縫い留めた。


「友人である『探偵』君の話なら耳を貸してくれるらしいね」


 クルビエは背を向けたエドワードへ、ゆっくりと振り返る。

 視えたのは、薄暗い街灯に照らされた、底の見えない笑顔。


「何か、関係すると?」

「あるとも。様々な思惑が相まって彼を容疑者に仕立てるに至った、と思われるが、中でも『動乱』に密接する要因が存在する」


「それは?」

「ある一つの疑惑が上がっていてね。彼がグランブルト国内で武装蜂起し、国家転覆を狙っている、と」


 クルビエは笑い飛ばす。


「まさか、そんな甲斐性のあるやつでもないよ」

「真実なんてのは世の中には関係ない。ただ、情報さえあれば世相という波と言うのは荒れ狂うのさ」


 エドワードの口調は確信に満ちて、悪意がにじんでいた。


「人々は玉石かまわず、新たな情報だけを求めている。彼は他国とのパイプを持ち軍を呼び込む力があるとか、また奇妙な知識を数多く有していることから有史以来人類を脅かし続けてきた『魔王』に酷似している、なんて与太話じみた指摘もあったくらいだ」


「『魔王』、なんてのはもう終わった話じゃないか」

「私もそう思う。十年前の『戦争』によって『魔王』が生まれる余地はなくなった。だが、旧い貴族どもにとってはトラウマじみた話らしく、それを若い連中が点数稼ぎも兼ねて追随している、なんてあさましい状況になりつつある」


「衆愚極まれり、だな」


「ま、愚かと言うだけならどうにでもできるが、タチが悪いことにそれらの話はコントロールされているようでね。何者かが、『敵』を創り出そうとしている。国家に敵対しようとする、何らかの組織が国内に存在するのだ、と言う幻影をね」


「まさか、それを討伐する、と言う名目で国内でも合法的に軍を編成しようとする貴族が出てくる、とでもいうのか」


「可能性はある。そうなれば、首魁とされる『探偵』の身柄は――少々、安泰と呼ぶのは難しくなるだろうね」


 エドワードの声は深く、闇に沈むような声だった。

 その声に寄り添うように心を傾ければ、底にまで引きずり込まれてしまいそうな、引力に満ちた声。


 クルビエは眉根を潜めて、小さく息をついた。


「まったく、驚いた。君がここまで真に迫った脅しができるようになるとはね」


「人聞きの悪い。ただ、事実と推論を述べたまでさ」

「なおさらたちが悪い」


 クルビエはふん、と鼻を鳴らす。

 エドワードは受け入れられていない様子を見て、やれやれと首を振る。


「少しくらい興味を示してくれればありがたいんだが、どうかな」


 クルビエはローブをひるがえしながら、エドワードに背を向ける。


「どこまでキミの話が信用できるかもわからない。ボクなりに調べてから結論を出すよ」

「動いてくれるだけで助かるよ」


「キミのために動くわけじゃあない」

「――そりゃあそうだ。人間だれしも、己のために動く」


 二つの足音が、先ほどよりも早い周期で足音が響きながらこの場より遠ざかる。

 風がごう、と一度強く吹くと、音は闇に溶け。

 月がようやく顔を見せたころには、路地には足跡しか残っていなかった。



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