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異世界探偵 京二郎の目糸録  作者: 水戸 連
終章:執念と情熱の讃美歌
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9 お忍びですので

 ぱたぱた、と軽い足取りが廊下に響く。

 周囲は金箔を惜しげもなく使った調度品が立ち並び、高貴さを前面に押し出しつつも、緻密な配置で上品さを損なわないようになっている。


 ロビンは成金の男爵が似たようなことをやったらひどいことになるだろうな、と思いつつ、廊下の先に顔を出す。

 壮大。百人規模でダンスパーティだってできそうな部屋に、たった十数個の国宝がケースに入れられ保管されている。


 ――相変わらず贅沢な使い方。

国宝殿はその名の割に、あまり多くの国宝が飾られているわけではない。


 むしろ、その国宝にまつわる歴史の解説がメインの資料館とでも呼ぶべき建物で、部屋を占めるのも誰が持っていただの、この宝物を求めてどんな戦いが行われただの、という話が記されたパネルばかり。

 国内を巡る展示会に使うためにこの場に置けなかったり、あるいは国宝と呼ばれ重宝される理由がそもそも有用であるから、と言う理由で飾っておく暇などない物だって存在する。


 ロビンがもっと小さなころに訪れたころはなんだ、国宝殿っていうのは名前ばかりじゃないか、いつか歴史館にでも改名してやると思ったものだった。


 ただ、今見てみれば。

 国宝と言うのは、ただあるだけでは国宝足りえない。

 価値があることを見出す、人間的観点が必要だ。

 それを鑑定するのに使うのが、人類が積み重ねた歴史。


 そう考えてみれば、文字だらけのこの館は、国宝は物体そのものだけでなく、そこに至る歴史まで含めたものなのだ、という主張がある――のかもしれない。

 幼いころの疑問は、今頃になって自分の中で昔よりは消化できたような気分になり、一息ついた。


「ずいぶんと物思いにふけっているけど、考え事かな」


 背後からの声に、ロビンの肩がビクリと震える。

 探偵の物ではない、深く、つやのある男の声。


「それとも、思い入れがある物でもあったかな」


 再度の声に振り返ると、つばのついた帽子を深くかぶった男が一人。

 宝玉もかくや、と言わんばかりに艶やかにきらめく金髪。

 対して、それに映えるような蒼を基調とした絢爛とした装い。


 胸部や腕にこれでもかと言わんばかりに施された装飾は、一介の貴族が着れば成金だの田舎貴族だの、と馬鹿にされかねないような過剰にさえ見える。

 けれど、ロビンの前に立つ男は、宝石の輝きをもってなお、佇まいと振る舞いの美しさの方がなお目に付く。


 まるで生まれ持った時からの高貴さがあふれ出るよう。

 凍り付いたように視線を注ぐだけの機械になったロビンに対し、男はフフ、と笑みをこぼす。


「おっと、眼も合わさずに話そう、だなんてのは失礼だったな」


 右手の指先をピン、と天に向かって伸ばし、その先で帽子のつばをちょこんと持ち上げた。

 ロビンの視界に男の眼が見える。

 空よりも、海よりも蒼い双眼が。


「――陛下?」

 それを見て、グランブルト国王と気づかない国民はいない。




「申し訳ありません、ご無礼を――」

「いや、まてまて」


 あわてて膝をつこうとするロビンを、国王の手が遮る。


「こっちはお忍びなんだ、あんまりかしこまられちゃ困るし、キミも話しづらいだろう」

「多大なご配慮、感謝します」


 ロビンが再度深く礼をすると、国王は「ホント、かしこまらなくていいのに」と言いながら困ったように頬をかく。


「しかし、人払いをしておいたんだけど、よく入ってきたもんだ」

「お言葉ですが、広げた手から水が零れ落ちるほど容易に侵入できました」


 そうかあ、と王は大して気にした風もなくうなずく。


「ま、お忍びだったし、大々的に人払いするとそれはそれで広まっちゃうし、君みたいな国民と談笑、と言うのも悪くない」

「光栄です」


「それで、一人でこんなところに来て何か用でもあったのかな」


 おそらく、国の宝が集う国宝殿をこんなところ呼ばわりできるのはグランブルト国王だけでしょう、と言う言葉をロビンは飲み込んだ。


「国宝殿そのものというか、ここに滞在する、という貴族に話を聞きに来たんです」

「貴族って、今のところ、ここにいるのは私一人だけど」


 王は逡巡したそぶりを見せた後、「なるほど」とつぶやきながら目を細めつつ頬を吊り上げた。

 同時にロビンも感づく。


「滞在する貴族っていうのは陛下のことだった、と」


 ロビンが頭を抱え、王はククク、と笑う。


「一応、私もグランブルト一世の直系だし、くくりは第一貴族だからねえ。アルドレッドかエドワードにでも聞いたかな。彼らなら耳ざといから私の動向くらい把握してるだろうし、そんな回りくどい言い回しも好きそうだろう」


「ええ、アルドレッド侯爵から話を聞きました」

「やっぱりなあ、悪い奴だよ、アイツ」


 ククク、と王は愉快気に笑う。

 ただの貴族呼ばわりされたことなんて意に介した風でもなく、笑みを浮かべたままに言葉をつづける。


「それで、話って何だい。一介の貴族として話を聞こうじゃないか」


「些事ですから、改まって陛下に話すようなことでもないのですが」

「構わない、どころか気になるよ。アルドレッドがよこした話題、と言うことなんだからね」


 ぐいぐいと話を迫る王に、ロビンは観念したように口を開く。


「盗まれた国宝に関しての話なのですが――」




 ロビンはアルドレッドとの会話で得た「偽物」の話をすると、「なるほどねぇ」、と国王は大きくうなずいた。


「陛下に直接聞いていい類のことではない、と思ってはいたのですが」

「そうだねぇ、普段なら適当にはぐらかすんだけど――退かないでしょ、キミ」

「いえ、そんな陛下のお手を煩わせるようなことは」


「私の手を煩わせないようなことはする、ってことだ。それがちょっとくらい、『悪い』ことであっても。そうだろ?」


 ロビンが無言で目をそらすと、国王は「だよねぇ」とわかっていたかのようにつぶやく。


「キミの眼は意志が固いヒトの眼だ、そう簡単にあきらめないだろう、と言うのはすぐにわかる。いいさ、少しばかり話してやろうじゃないか」

「よろしいのですか」


「ああ、待ち人もいることだからね、時間つぶしにはちょうどいい。しかし、説明のために使えるものはあるかな、と」


 王が見回すように腰をひねると、目当てのものを見つけた、と言わんばかりに口元をゆがめた。

 短く【風来】の呪文を唱えると、室内に風が吹く。

 手をぐるり、と回り、空気が王に従うように渦巻く。


「ちょいと地図を借りようか」

「地図くらいなら、僕もポケットサイズのものを持ってますけど」

「なんでもいいというわけでもなし、それに説明には何でもでかい方がいいだろう」


 王が指先で宙をつかむ。

遠くから、ばさばさ、と風を仰ぐ音が聞こえてくる。

 ロビンが音のする方を振り向くと同時、小さく悲鳴を上げた。


――迫ってくる。廊下を埋め尽くすような大きな物体が。


波打ちながら、立ちはだかる者を飲み込むように。


「――!」

「おっと、驚かせたかな。危険な真似はしないよ」


 王が腕を大きく振うと、視界を埋め尽くそうとした波は直角に行き先を変え、壁へと打ち付けられた。

 ロビンが落ち着きを取り戻して飛んできたものをまじまじと見ると、その正体はすぐに知れた。


 見上げるほどに大きな一枚の紙に、大陸全土がぎっしりと詰め込まれて描かれた地図。


「――パクガアの大陸地図ですか」


 その昔、大陸は常に「魔王」と呼ばれた、強大な魔力を持つ人間に支配され続けていた。

 人間は多数の『勇者』と呼ばれる人材を投入したが、魔王の率いる軍勢に蹂躙されるがままだった。


 大陸を邪悪に支配した「魔王」とその配下に対抗するには、大陸全土を巻き込んだ戦略視点が必須、と考えた当時のグランブルト王が命じたのが大陸地図の独自作成だった。

 空を航行する魔術はいくつも存在したが、「竜」によってその大部分を支配され、見下ろして大地を観察する余裕などは与えられず。


 大陸を支配する各国の持つ地図は軍事的機密だ、と言って正確なものを外部には流出させず。

 そこで、家臣の一人であるパクガアが数年かけて大陸の全土を徒歩で歩き回り、ほぼ独力で完成させたものが、「パクガアの大陸地図」として知られている。


「『パクガアの大陸地図』は今のグランブルトを大国へと押し上げた一歩と言っても過言じゃない、正真正銘の国宝の一つさ」

「そんなもの、今みたいに扱っていいんですか」

「キミはどう思う?」


 質問を質問で返す王に、ロビンは逡巡した後、口を開く。


「贋作だから粗雑に扱ってもいい、と言うことですか」


 確信を持った口ぶりに、王は「そうだね」と嬉しそうに相槌を打つ。


「粗雑に扱うための贋作、というべきでもある。戦乱の世において地図なんて何枚あっても困らない。しかし、よく贋作と気づいたね」

「色が、少々気になりまして」


 ロビンの指摘に、王は眉をひそめながら地図をまじまじと眺める。


「くすんでいてはいてもそうおかしな色はしてないはずだけど」

「逆に、少々鮮明過ぎる部分があります。とくにこの海や川を表現するために使われている青。パクガアの時代にここまでの輝度で、かつ劣化が少ない染料を加工する技術は存在していなかったはずです」


 王はわずかに目を見開いた後、


「なるほどね、ようやく意図が分かった」


とつぶやいて、微笑みをたたえた。


「どういう意味ですか」


 ロビンの問いに、王は「慧眼だと思ってね」、と応え、地図に視線を戻す。


「君の言うとおりだ。コレは精巧ではあるが、当時の大陸地図の模写に過ぎない。実のところ、戦略的な視点で描きなおされてるからレプリカでも十分に価値はある物なんだけど――という話はいいか。重要なのは、こういった大作でも国宝殿には贋作が存在するということ、そしてその真贋を見極められるのは君のように目聡い人間だけだ」


「僕は偶然ですが」


「たとえ知識があってもね、違和感を覚え、疑問を持ち、疑いを重ね、結論へたどり着くのは誰もができることじゃあないということだ」


「しかし、それが『夕暮れ』に何か関係するのですか」


 王は「話を戻そうか」と言うと、視線を遠くに投げた。


「今回夕暮れがなくなったのが発覚したのはメイドの見回りの際に、破壊されたショーケースが見つかったためだった。この意味が分かるかい」

「盗まれた『夕暮れ』は誰もの目に付く贋作で、そしてその犯行そのものは誰に見られたものでもなかった、と」


 王は「そうだ」、と小さくうなずいた。


「正直、ここまで丁寧な侵入方法を持つ人間であれば、本物の方を盗んだって足がつかない方法はいくらでもあっただろう。本物なんて法の改定があった時、せいぜい年に一度しか使わない。そちらを贋作と入れ替えておけばしばらくはばれなかっただろうに、犯人はわざわざ贋作を盗んだうえで、その証拠を残していったんだ」


「では、犯人は『夕暮れ』を盗み出したうえで、それが盗まれたと知らしめなければならなかった?」


「さて、細かい意図までは実行犯に聞かないと分からないが、確実に言えることは一つある。キミも関係者だから見たはずだろう、『探偵』に対する逮捕状を」


「ええ、その謎を明かしたいと思ってここに来ましたから」


「あの限定行使書状は王――私による承認のみが必要な代物ではあるが、貴族の一人でも声を上げれば議題には上るし、賛成意見が上回れば私の元まで流れ着く。私としても、相応の議論の末に形作られた結論を、妥当性のない理由で退けることはできない。そして、その様を貴族たちに見せつけるのが目的だったんだろう、と私は思っているよ」


 王は振り返ると、ひどく抑揚のない声で続けた。

「つまり、王はとっくに貴族に逆らってまで自らの強権を発揮するほどの力はなくなったのだ、と一部の人間に知らしめたかった、と言うことさ」

「でも、一介の市民である先生を追い立てたところで、陛下の立ち位置が悪くなることもないでしょう」


 王は首を横に振った。

「彼、いや、彼自身ではなく、その立ち位置は王家にとって非常に重要な存在なんだ」

「そんなこと、初めて知りましたよ」

「彼としてもわざわざ広める話でもなかったのだろう。それに、彼としても隠ぺいしたかった事実に触れざるを得ない。これも一部の人間が知る話でしかないがね」


「なんの話ですか」

「彼が勇者の形代、ということさ」

「勇者、なんてもう歴史やおとぎ話の一部ですよ」


 ロビンの困惑交じりの反論に、王は曖昧な表情を浮かべると、

「詳しく話してやりたいけど――すまない、そろそろ時間だ。もしも『勇者』について気になるなら魔導学院のリェール教授を訪ねるといい」

 と言って、裾から一枚の札を取り出しその表面をなでる。その場で封筒に入れた後、封をしてロビンに手渡す。


「それがあればリェールも熱心に話すだろう。少なくとも、キミが気にする話くらいはね」

 王は踵をかえす。


 その背中を見て、ロビンは最後に気にかかっていたことを口にした。

「なぜ、陛下は独りでこんなところに?」

「王と言うのは外にも中にも敵が多いのさ。私がこの場にいたことは秘密にしてくれよ」

 王はいたずらっぽく言うと、さっそうと立ち去って行った。




 ロビンはあっけにとられて少しの間茫然とした後、一つ思い出す。

 自分が入ってくる直前、探偵を見たはずだったが、影も形もその姿を目にできなかった。

 もちろん、指名手配にも近い現状でのんびりしている方がおかしくはあるが、何の理由もなしに動き回るような人間でもないはずなのに。


 つまり、よほど早く出ていく理由があったか、用事そのものがすぐに終わったか。

 前者は国王の姿を見て姿をくらました、ということかもしれないが、それなら隠れてやり過ごす手もあった。


 後者であった場合、果たしてこの場に一人で来て、何をするつもりだったのか。

 少し考えたところで、息をつき思考を止めた。

 結局、状況が複雑すぎて、意図が読めない。


 特にあの人は少々結果ありきで極端な行動に出ることがあるから、直接聞いてみないと考えは読めないだろう、と結論付ける。

 ところで、とロビンは立ち去る前に一度振り返る。


 さきほど王が無造作に風をまきちらし、展示物のあれやこれやが散らかり放題になったうえ、パーティーテーブルよりも大きな大陸地図があられもないところに張り替えられているこの惨状。


 これどうするんだろうなあ、と思いながら見渡していると、ばたばた、とあわただしい足音が聞こえてきた。


「おい、あの国王また逃げやがった!」

「見つけ出せェ! 今度こそ執務室に閉じこもらせてでも数か月たまった書類を処理させるんだァ!」


 ――怒号が、遠くから聞こえる。もしかして、王の言う『敵』とは彼らだろうか。

ロビンは巻き込まれてはたまらない、と思い、そそくさと逃げ出した。

 


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