3 白昼堂々
クルビエは、くるくる、と古びた杖をもてあそびながら目深にかぶったフードと縦長のコートで身を隠しつつ学園の廊下を歩いていた。
本日担当していた授業も終わり、残った午後は自分の研究に当てられる。
自由が約束されたも同然だが、表情は明るくない。
理由は前日に知った探偵への令状。
本来であれば、国家犯罪者レベルの相手にのみ発令されるはずのもの。
なぜそんなものがわざわざ平民相手に出されているかも不明だが、探偵がすでにこのグランブルトに帰ってきていることは知っている。というよりは、家に隠れ潜んでいるのを覚知したというべきか。
なんであれ、義理堅い探偵のことだ、そう遠くないうちにせめて手紙でくらいは連絡をよこすだろう、などと考えながら扉にとん、と手を触れ、【開錠】する。
「やあ、久しぶり、クルビエ」
開いた扉の中には、我が物顔で部屋の中央に陣取る探偵の姿。
「――なにぃ?」
不意の訪問者に、クルビエは思わずうめくような疑問の声を上げた。
バタン、と扉が閉じる音は心なしか大きな音だった。
クルビエは念入りに扉に【施錠】を施す。
万が一にも今この部屋を見知らぬ誰かに、いや、誰であっても覗かれるわけにはいかない。
なんせ、目の前に居るのは、現在国宝を窃盗の疑いをかけられている人間なんだから。
「まあいいさ。積もる話もないでもないし、聞きたいことも山ほどある」
クルビエは上ずった声で応じながら、扉に、入り口をふさぐようにもたれかかる。
「ああ、私も君に最低限話しておかないと、と思ってね。昨日の借りもあることだし」
探偵は椅子に腰かけた姿勢のまま、机の上で頬杖をつく。
その姿を見て、クルビエは少し顔をしかめた。
「君、寝てないだろ。少しは体を休めるべきだと思うぜ」
クルビエから見て、探偵は貴族的な儀礼を収めているとは言い難いが、突然押しかけておいて怠けた格好を取るほど粗野な人間とも思っていない。
ゆえに、そんな自分の状態にも気を取れない程度には疲労がたまっているのではないか、というのは容易な予測だった。
「いや、時間がない。学院に侵入して君に話に来るぐらいはね」
ふぅん、と応じるクルビエの声色に大きな変化はない。
探偵の返事など分かりきったことで、最低限の事実確認に過ぎなかったからだ。
「ま、授業も終わったし、スリエスたちも大がかりなクエストに出かけちまったもんでボクも暇ではあった。話ぐらいは聞いてやるよ」
「ありがとう」
探偵の真っすぐな礼と笑みに、クルビエは調子を崩されたようにうめき声を漏らす。
「それで、君はどうやって夕暮れ窃盗の疑いを晴らすつもりなんだ」
「――いや、そっちの方は大した問題でもないんだ。答えは大体出そろっているようなもの、と言うかね」
ずいぶん歯切れの悪い探偵の言葉に、クルビエは眉を顰める。
「じゃあ何が問題だっていうんだ」
「まず話の始まりなんだが、私がこの学園に来たのは『夕暮れ』を追ってきたんだ。最後に『夕暮れ』の存在が間違いなく確認されていたのは、『夕暮れ』を含めた国宝の展示会がこの学園で行われたときだ。君もこの学園の教師の一員なら覚えがあるんじゃないか」
「……いや、まったく」
クルビエはバツが悪そうにそっぽを向く。
探偵は目を細めながら、クルビエの視線を追うように少し体を傾ける。
「君は本当に魔術以外への関心が薄いな。学校で行われる行事位把握してるものじゃあないのか、教師として」
「キミこそ余計なものにばかり興味を持ちすぎだ」
クルビエは視線だけを探偵に戻し、横目で非難の意思を見せる。
「そんな好奇心旺盛だから、余計な嫌疑をかけられるんじゃないか『探偵殿』」
「――そういわれると弱いな」
探偵は小さくうつむき、口を閉ざした。
クルビエはまたもバツが悪そうに眼をそらすと、咳払いをする。
「悪い、言い過ぎたよ。それより本題に戻ってくれ」
探偵は小さくうなずきながら、顔を上げる。
「『夕暮れ』がこの学園で展示されてから、国王の膝元、『国宝殿』へ戻るまでのルートで事件は発覚した、というところまでは調べがついてね。だが内情は外からではつかめない、と言うことで忍び込んだわけだ」
「なんだ、ボクにだけ用があるわけじゃないのか」
「逆に言えば、この部屋にまでは来なくてもよかったんだ。直接会って話そう、と言う誠実さは買ってほしいね」
クルビエはいぶかしむように探偵へ視線を向ける。
少しの間だけ無言でにらむと、はあ、とこれ見よがしにため息をつく。
「まあ、君は誠実ではあるもんな」
「含みがある言い方じゃないか」
「まあね。そんなことより、だ」
クルビエは思うところがありながらも、話題をいったん打ち切ると指先で椅子を少し引くと、細い体を置くように座る。
人間の性質がどうこう、なんて主観的で胡乱な立ち話ではなく、彼がかかわる事実を聞くために。
「そこからどうしてキミが盗んだ、なんて話になったんだ」
「今年になってから一度だけ、戯れに訪れたことがあってね。その際目に付いた警備の穴を手当たり次第に指摘したんだ」
「それが盗みの下準備って思われたんだな」
「親切心だったんだが」
「余計なことして無駄な注目を集めるからそうなるんだ」
探偵は、すん、と落ち込んだようにうつむく。
クルビエはバツが悪そうに小さくうめくと、「そうだな、うん」と言葉を探すような声を漏らす。
「キミが誤解っていうならそう伝えてくれば話は解決するんじゃないのか」
クルビエの提案に、探偵は顔を上げると小さく笑う。
「心配かけたね」「……してない」
探偵はさらに笑みを深めた後、「普段ならそれでいいんだけど」といいながら、真剣な表情を取り戻す。
「だが、おかしな話も多い。事情聴取とはいえ自由を奪われるわけにはいかなくなった」
「おかしな話ってのはなんだ」
探偵は「そうだね」と小さくつぶやきながら、唇の下に手を添える。
「そもそも夕暮れが盗まれた、なんて事実が警察連中にだけ広まるはずはないんだ」
「捜査上の秘匿、なんて珍しくなさそうだけどな」
「本当に簡単な話だ。国宝殿は王家が有するもので、失態を認めるにしても、貴族の中でも王族よりの連中なんていくらでもいるんだから、そっちを利用するんじゃないか、と思うんだが、そのどちらでもなく、庶民上りも大勢いる警察だけを頼る。妙な話じゃないか」
「そこまで考えたうえで、キミの結論は?」
「この『夕暮れ』に関わる騒ぎはただのフェイクで、警察機関を遠ざけるのが目的なんじゃあないか。お家騒動でも起こして更なる混乱を招く、なんて『シナリオ』と予測してるんだけどね」
探偵が一息に語り終えるところを、クルビエはフードの奥でじっと見ていた。
「キミにかかると、何もないところからでも謎を引っ張り出して勝手に解き明かしてしまいそうだな」
「どういう意味だい、それ」
「ずいぶんと信じがたい話をしてくれるもんだ、ってこと」
ついで包帯とフードの内側から染み出した声は、間違いなくあきれたような声だった。
探偵はクルビエのつっけんどんな対応も予想通り、といった様子で肩をすくめて見せる。
「やはり信じてもらえないか」
「キミの話だけであれば信ぴょう性のかけらもない、と言ってもいい。ボクならその論理で世界中の人間を怪しい、と言うことだってできる」
「けど、クルビエなら、これくらいで十分察してくれるだろう?」
探偵の視線は固く、まっすぐにフードの奥を見つめる。
クルビエは小さくため息をつきながら、背もたれに強く体を預けた。
「キミはいつから情に訴えるようになったんだ」
「君の論理性を信頼してる。一種の警告になってくれれば十分だ。じゃあ――」
立ち上がろうとする探偵を、クルビエの手が制する。
「まてよ。信じられないとは言ったが手を貸さないともいってないぞ、ボクは」
探偵は驚いたように目を見開くと、クルビエの手を両手でむんずとつかみ取った。
「本当かい、クルビエ!」
「ええい、まとわりつかないでくれ!」
しっし、とクルビエは追い払うように手を払うと、まったく、といいながらフードをかぶりなおす。
「キミに令状が出ているのは知ってるんだ、現状の君は噂通りの大泥棒か、はたまた数奇な運命だか妙な策略に飲み込まれそうな若者か、のどちらかだけれど、君の人柄を知ってる身としては、後者の方がまだいいし、キミを野放しにすると何をするか分からない、と思っただけさ」
一息でたたきつけるように言った後、クルビエはすねるように体を背けてしまった。
探偵は一瞬あっけにとられた後、笑みを浮かべる。
「どうあれ、君が協力してくれるならありがたい」
ふん、といいながらクルビエは視線だけを探偵に向ける。
「それで、ボクに協力してほしい内容ってのはなんだ」
「目先は連絡手段の確保だな。追われてる身じゃあ協力者と接触するだけでも危険だ。特に頼りになるロビン君にも直接会った、と言う証拠は残したくない。何か、彼と連絡する手段はないか」
「【伝話】でいいだろ。他の協力者とやらは知らないけど、君の家に彼住んでるわけだし」
【伝話】とは、魔力を伝導させやすい素材でできた回線をつなぐことで遠く離れた相手とでも会話を可能にする、近年に行われた発明の一つでもある。
今ではどの家庭にも一台あるのが当然で、探偵の家もまた例外ではない。
しかし、探偵は首を横に振った。
「【伝話】は国の機関を通じて遠距離通信を可能にするものだ」
ああ、そうだったな、とクルビエも納得したようにうなずいた。
一般的に、魔術は膨大、遠大、詳細であるほど魔力の消費が大きくなる。
【伝話】も例外でなく、国を横断するような距離の通信が十や百できかないほどなされる昨今、発信者が用意する魔力だけでは賄うにはコストが大きい。
そこで、グランブルト王国では王家直轄の土地に膨大な魔法陣と魔力の貯蔵庫を作り、そこで空気中の魔力や大地から得られる魔力を国中で使われる【伝話】のために用いている。
「【伝話】の発信、受信先、それに会話内容のコントロールも王家が握ってるんだっけ。理由がなければ妙な妨害なんてされないだろうけど、今のキミじゃあな」
令状が出てる犯罪者相手には名目なんて初めから出来上がってるようなものだ。
「今の私は会話内容どころか居場所だって知られたくない。そんな盗聴し放題の回線を使うわけにはいかないんだ」
クルビエは少し考えたそぶりを見せた後、そういえば、と思い出したように口を開く。
「ボクの貴族回線を使えば、その手の面倒ごとを避けられるかもな」
「何だい、その貴族回線ってのは」
「貴族御用達の店なんかにある専用線でね、ある程度貴族としてグランブルトに縁があれば、名前を出すことで王家の回線を経ずに通話できるって代物だ」
「なんでまた、そんなシステムがあるんだ」
「貴族連中が王家に自分たちの内緒話を把握されるのを嫌がったんだろうよ」
グランブルトに【伝話】の回線が敷き詰められる際、グランブルトに属する貴族たちが王家直属に【伝話】用の魔力貯蔵庫が設立されることに反発した。
そういったインフラを国王の財で作ってくれるのはありがたいが、そんなものを使えば自分たちの会話が筒抜けになりかねない。
かといって、わざわざそんな便利な技術を自分たちが使えない、と言うのも不便な話。
そこで、貴族たちは自分たちの分は自分たちだけで使える機密回線を作る権利を条件に、王家が【伝話】のインフラを管理することに賛成した、と言う歴史がある。
「なるほどね、貴族様たちなら自前の魔力で【伝話】もたやすい、ということか」
探偵は得心がいった、と言わんばかりに数度うなずく。
「ボクも大した功績はないが、第二貴族の名前だけはあるからね、用意はされてるんだ」
「しかし、いいのか」
「何が」
「そんな貴族の特権のようなもの、私が使っても」
遠慮するような探偵の声に、「気にするな」とクルビエは答える。
「かまわないよ。どうせ使ったこともないものだし、誰かに使われる方がまだいい」
「恩に着るよ」
「ああ、存分に恩を押し付けてやる」
クルビエは机の隅に置かれたメモ用紙を一枚切り取ると、さらさらとペンを走らせる。
「貴族専用線は基本魔術詠唱による合言葉を必要とするんだが、キミに教えても伝わらないだろう」
「私に魔術なんて使えないからね」
「なんで、これを貴族印が置かれてる店員にでも見せてあて先を伝えればいい。勝手に連絡先を繋いでくれるさ」
クルビエの指先がメモをピン、とはじき、机の上を滑らせる。
探偵は受け取りながら、まじまじと眺める。
「なんだ、材質でも気になったか」
「いや、ずいぶんきれいな字を書くと思ってね」
「魔術師の当然の技能だ。最終的に魔術を能率よく機能させるには精密な魔法陣を書く技能が必要不可欠だからな」
「なるほどね」
探偵は神妙な顔で小さくうなずく。
「――そういや、『探偵殿』はずいぶん字が汚かったな」
「ネイティブじゃあないからね」
「にしてもな、字と認識できるか曖昧過ぎる。ロビン君も苦労してるんじゃないか」
「そうか。……そうか」
探偵はややトーンの落ちた返事を吐きながら、小さくうつむいた。
「今更気にするなよ、もう一年経ってる、存分に慣れてるよ、彼も」
クルビエはテーブルの隅にあった逆さのコップをひっくり返すと、魔術で水を注ぎ始める。
「そんなことより、なんならこの部屋も好きに使えばいい。どうせ休憩室代わりにしか――」
使っていないんだから、と言おうとして、クルビエは一つの疑問に行き当たる。
「そういえば、キミはどうやってこの部屋に来た? カギはしっかりかけていたはずだぞ」
「――ほら、確か魔術の乗っ取り、とかいう技術があるだろう。それを使ったかもな」
探偵の言葉は、信じられないほど適当な言い草で、あからさまにごまかすような物言いだった。
「インターセプトのことか。そんな単純な術式じゃあないよ」
「そういうものか」
「術式の中心を見抜いたうえで、その構造を把握することで、魔法陣の中心にアクセスすることでその魔術の権限を奪うのがインターセプトだ。それがあるから、ほとんどの魔術は自分自身を中心にするし、そうでない外付けの【施錠】のような魔術を扱う際には巧妙に隠すんだ。複数の魔法陣を使って、中心をずらしつつ、別口の技法を使って解析しづらいようにしてね」
「なるほどな、勉強になる」
「……そんなこともしらないんなら、なおさらキミがインターセプトなんてできるわけないだろう。いったいどうやってこの部屋に侵入した」
「白状するよ。扉が閉まってるなら残りは一つしかないだろ?」
悪びれもせず、探偵は当然のように語る。
クルビエの視線が窓へ移る。
一目異常はないが、よく取っ手の部分を見ると小さな穴と、鍵を開くのに使ったであろう小さな針金が見て取れた。
「まさか」
クルビエは椅子から立ち上がると、窓に張り付くようにして階下を見下ろす。
ここは三階。しかも、アパートのような小さなものではなく、巨人種でも悠々と暮らせるよう天井は普通の民家の二倍ほど。クルビエもわざわざこんなところから、特に貴重品を置いているわけでもない部屋に侵入する人間はいないと思っていたから、魔術的なカギを窓にまではかけていなかった。
「どうやって入ってきたんだ、この高さを」
「上から、するするっとね」
クルビエが見上げる先には垂れ下がった縄。
大した騒ぎにもなっていないことから、音もたてず姿を誰かに見られることもなく一連の作業を終わらせたのだろう、と推測できる。
「……キミ、本業は泥棒とかじゃないよな」
「私利私欲を満たすための悪行はしないよ、私は」
「そこは法を破るつもりはない、とかそもそも悪い行いはしないよ、なんていうべきなんじゃないか」
どうかな、と探偵はつぶやく。
「悪行というのは結局、他人が感じる、あるいは法律によって定められたものだ。進んで行うつもりもないが、やったことがない、なんて潔白ぶるつもりもない、というだけさ」
探偵があまりに自然に語るものだから、クルビエもまた頭の中に浮かんだ疑問をそのまま口にしてしまった。
「じゃあ、なんだ。ボクの領地に忍び込むのは悪行って分かってやったのか」
「君に会いに来るのが迷惑だった、と言うなら謝るよ」
クルビエは探偵が眉をひそめる姿を見て、はあ、とため息をつくと、
「気にしないでくれ」
とだけ言い放った。
深くかぶったフードの奥の表情は、誰にもうかがい知れない。
こんこん、と扉をノックする音が部屋に響く。
「クルビエ=シアキ殿。今後の授業計画について少々話があるのだが、よろしいか」
扉越しに、高い声が部屋に響く。
「少し待ってくれ、すぐ行くよ」
クルビエはためらうような逡巡を見せた後、探偵に向き直る。
「さて、これからキミはどうする」
「これ以上クルビエを巻き込むわけにはいかない。ここを離れて学園の中を探索させてもらうよ」
「案内人もなしに一人でか?」
「一人でだ」
はあ、とクルビエは大きくため息をつく。
「なら、カギを渡しておく。いちいち窓を壊されても困るしな」
「恩に着る」
「いいさ」
クルビエが銀色のカギを取り出し、探偵が受け取ろうとしてそれをつまむ。が、鍵はクルビエの手元から離れなかった。
「なあ、クルビエ。本当は嫌だったりするのか」
「いいや」
「なら素直に渡してくれると嬉しい」
「――そうだな。わかってるとも」
クルビエは再度ため息をつくと、手を大きく開く。
探偵はカギを受け取りながら、いぶかしげな顔をする。
「何だっていうんだ、いったい」
「別に。そんなことより、客人もいることだしさっさと出て行ってくれ。身を隠すでも窓から抜け出すでも構わないが、ボクの前で捕まる、なんてヘマはしないでくれよ。」
クルビエは身を乗り出して探偵の耳元に口を近づけ、「そして」、と言葉をつなぐ。
「できれば、貴族のごたごたにも首を突っ込まずこっそりと情報収集してくれ」
探偵の目があっけにとられたように広がる。
「クルビエ、君はどこまで――」
「ボクに言えるのはここまでだ。じゃあな」
クルビエはささやくような声で告げると、探偵に背を向ける。
「待たせてすまない、今出るよ」
クルビエが扉の外に呼び掛けると、背後でごとごとと音がする。聞いて、よし、とうなずき、振り返ることはしなかった。
探偵が人目を忍ぶ存在となった以上、しばらくはクルビエとまともに顔を合わせる機会もないだろう。そう考えれば考えるほど、別れだけが惜しくなる。
であれば、それ以上を考えずここで一方的に分かれてしまうべきだ。クルビエは結論付け、探偵の方も言わずとも同意してくれたらしい。いや、自分の居場所が露見する、と言う状況に立ち会ったが故に行動せざるを得なくなっただけかもしれないが。
探偵の慌てぶりをよそに、クルビエは優雅な足取りで歩を進め、扉にとん、と優しく一度触れる。
魔術の施錠は一瞬にしてほどけ、扉はひとりでに開く。
扉の前に立つ、一目では男とも女ともつかない風貌の客人を見て、クルビエは親しげな声を上げる。
「おや、キミがわざわざボクの研究室を訪ねるなんて珍しいな」
客人はいえいえ、と優しげな、あるいは自我を押しとどめたような、とげのない声で、ささやかな否定をした。
「礼儀程度はわきまえているつもりですから、教えを乞う際は部屋を訪ねもしますよ」
「ずいぶんと他人行儀じゃないか、他人の眼があるわけでもなし」
客人がクルビエの後ろを指さす。
「他人の眼なら、あなたの後ろに、ほら」
クルビエがぎょっとしたような声をあげて振り向くと、そこには男が一人。
部屋のどこかからかっぱらった白衣と、妙に様になった黒縁の眼鏡をかけた、探偵だった。
「ああ、どうも。クルビエ君の友人のロージキィと申します。私はお邪魔の用ですからお暇させていただきます。それでは」
探偵は流れるように偽名を名乗って、白衣をさぞ着慣れた衣服のようにたなびかせなると、悠々と去っていった。
クルビエは何を言うでもなく呆然と見送っていた。
「あのご友人に何か?」
客人が声をかけると、ようやくクルビエは我に返る。
「あの男、初めて会った時から思っていたんだが、見ているこちらが心配になるほど度胸がずば抜けているな、と思ってね」
クルビエは返事をした後、またも、あきれたようなため息をついた。




