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第二十話:代役

 ロビンに会おうと尋ねた書庫。


 その扉の前でメイドが一人立ちはだかっていた。


「おや、お嬢様」


 メイド、フーリエルがこちらに気づいて声をかけてきた。普段の彼女に比べると、どうもおとなしく見える。


 そういえば彼女はあの居間にはいなかった。門番代理をしていると思っていたけれど、こちらの書庫にいたらしい。


「フーリエル、あなたが見張り番なのね」


「そうです」


 この場に何の理由もなく立っている、ということはあるまい。


 ならば、彼女もロビンのことを知っている、ということだろう。


「なら、開けて頂戴。あの子に話を聞きたいの」


「いいえ、ここは開けられません」


 快活な彼女が、いつもよりも声のトーンを落として答えた。いつもと違って真剣な様子の彼女から、それは命令でもされたんだろう、と感じた。


「どうして? 話をしたいだけなの。壁越しでも構わない。駄目かしら」


「いいえ。特にティーナさまには合わせられません」


 分からない。彼女がどうしてここまで意固地なのか。


「その理由、答えられないの?」


「探偵さん、もしくはその話を聞くであろう旦那様からお聞きください」


 取り付く島もない。笑顔の一つも見せてくれない彼女からは、話を聞けそうにもない。


 強引に入ろうとすれば、多分彼女も全力で止めてくる。


「……貴女を押しのけてまでは入るつもりもないし、私も話を聞いてみます」


 彼女は何も言わず、その頭を少し下げた。


 騒がしいくらいに明るい彼女が、そのように静かなだけで、どうしてか心を締め付けられる。












 書庫から引き返して居間に戻る途中、ラウンジにいる父の姿が目に入った。


「……ティーナか」


 父も同様のようで、私の名前を呼ぶのが聞こえた。


「お父様。お聞きしたいことがあります」


「そうだな。私も話さねばならないことがあった」


 父の隣の椅子が空いている。口にはしないが、座れということだろう。


 椅子から眺める夜空によどみはなかった。実に美しい、と感じた。


 どんな心情のときでも、美しい景色はきれいに見えるものらしい。


「ティーナ」


 私を呼ぶ声とともに、氷の入ったグラスがカラン、と音を鳴らした。


 父の手元に置かれたそれは、ただの冷や水だろう。


 夜酒を楽しむほど父の体調はよくない。


 それに表情も、酒に酔った赤い顔ではない。


 いつもよりも眉間にしわの寄った、険しい表情だった。


「お前の聞きたい話というのはなんだ」


 父の態度は、いつもよりも堅い。エド兄さんのことも、ロビンのこともあったからだろう。


「私、ロビンに会いに行ったの」


「……そうか。それで、ティーナを書庫に入れられない理由を聞きに来たというわけか」


 父はずいぶんと察しがよかった。まるで、聞かれることは分かっていた、といわんばかり。


「私の話す用件もそれにかかわる物だ。探偵さんから一通り話を聞いたうえで、ティーナにも話さなくてはならない、と思ったのでな」


 私と父は同じことを話そうとしていたらしい。都合がいい、というのも違うのだろうが、父にとっては手間が省けたのだろう。察しがいい理由にもなる。


「ロビンが口を閉ざす今、あの子が何を目的にエドワードの死体を細工し、イラーミを殺したのか。それを聞き出すことはできなかったそうだ。何も話さぬ理由が激情によるものだとしたら、今は誰かをあの子に近づけるわけにはいかん」


 激情に溢れたあの子が一体どうなっているのか、というのは想像もつかない。けれど、無用にあの子を傷つけないためにも、今は距離を置いた方がいいとは理解した。


「でも、お父様の本題はそれではないのでしょう」


「ああ」


 くい、とグラスの中の水を父は呷った。


「探偵の言葉通り事件をそのまま世間に公表すればどうなると思う」


「…………」


「おそらくは、『雲隠れ』の責任すらロビンに押し付けられるだろう。そして、ロビンは殺人者を生み出した家の看板を背負う。かといって、罪を隠してこのままロビンを党首に立てるのは難しい。何よりも、この家の人間ですら認めるかどうか。誰もが、それ相応の罰を欲するだろう。あの子自身もな」


 父の言葉はすべて、ロビンのためのものだった。罪を口外するにしろ、しないにしろ、彼が得てしまった殺人者の看板は、重くのしかかる。


「では、どうするつもりですか」


「ならば、世間に罪を公表せず、ロビンには相応の時間罰を与え、罪のない人間がこの家を継ぐしかあるまい。そうだろう、ティーナ」


 ここで私の名前を呼ぶ理由など一つだろう。


「私にこの家を継げ、と」


「偽りの存在のクリストファーでは家を継げん。領内の諸侯の眼もあるのだから、これまでに領内で活動してきたものでなくてはならん」


 父の言うことは間違っていない。けれど、一つ大きな前提を無視している。


「しかし、ティーナ=アーキライトという人間にはこの家の当主となる権利はありません」


 傍流の血であり、遠縁の子。父であるガリバーどころか、祖先ロバートの血も引いてはいない。


「分かっている。だから、ロビンを名乗れ。【変装】の魔術を使っていることがばれても、多くの人間は気にしまい。葬儀の様な公式の場にはエイラムだけを行かせてもいい」


 まるで、決定事項のように父は話す。


「――冗談でしょう?」


「いいや、本気だとも。あの子本人が牢にいる間、もう一人のロビンがこの家の領主となる」


 そうすれば、この家が殺人者の看板を背負うこともなく、ロビンも罪を償うために牢で過ごせる、ということだろうか。


「――――」


 なんて、身勝手な。


「納得いかない、という顔だな」


「当然です」


 父は今、己が息子よりも家の体面を優先する、と言ったのだ。


 反発しない子がいるだろうか。


「私はてっきり、ロビンの犯行を否定するために、その証拠を集めるための裁判をするのだと思っていました」


 それに、今の父の言葉は、罪にふたをするような行いだ。


 無意味である以上に、先がない。


「ロビン自身が、己が犯人であると口にしない以上、本当に犯人だなんて決めつけるのは早計でしょう」


「では聞くが、あの探偵の推理を覆す何か。それを用意できるか」


「…………」


 私に答えがないと知ると、父は大きくため息をついた。思い悩んだ量と同じくらいではないか、と思わせるほど。


「ないんだ。後だしになってもあの子が犯人でなかったと言えるモノは、もう――」


 言葉を終える前に、ごほ、ごほ、という父自身の咳がそれを遮った。


「旦那様」


 背後に控えていたエイラムが近寄ってきて父にコップに入った水を差しだした。


「……すまない、エイラム」


 父はそのコップをわずかに傾け、喉を潤す程度にその中身を口に入れた。


「そろそろ、お戻りになった方が」


「そうしよう。……それとティーナ。この件、考えておいてくれ」


 父はエイラムに背を押されながらラウンジを後にした。











 残ったのは私と月が照らす夜空だけ。その中で、父の言葉を反芻する。


 父は私がロビンの名前を名乗り、この家の跡を継ぐ。この家の存続のためには、それしかないと思っているようだけれど。


 この家の正当な後継者であるロビンが殺人者と思われなければいい。


 要はこの事件の犯人が他に居れば、すべては収まる。


 エドワードとイラーミ。この両名を殺害した、と名乗る人間が他にいれば。必然的にロビンの疑いは晴れる。


 例えそれが偽りだったとしても、ロビンが口を閉ざす限り、真実へとすり替われるだろう。


 ただ言っても狂言のそれと思われるだろうけど、命を賭ければ、その言葉を疑うものはそういまい。


 遠く、白い倉庫が目に入る。


 高い、高い、白い塔にも見えるそれは都合よく見えた。


 人は、高みから落ちれば大地に叩きつけられて死ぬ。そんな当然の摂理を思い出した。


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