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第十九話 その名を語る

 ぐるり、と居間を見回す。


 視界に映る皆の困惑気味の表情から、私と同様に突然探偵に呼び出されたのだろう、と察しがついた。


 父、ガリバー=アーキライト。そのお付きにして執事長であるエイラムと、メイドの一人にしてアーキライト家の遠縁であるディアメ。


 そして、私。この屋敷にいる人間は、使用人を除けばほぼ全員がこの場に集められたことになる。


 ただ一人、ロビンの姿が見えないのが不思議だったけれど。


「……無理をしていませんか、ティーナ様」


 後ろからエイラムに声をかけられた。


 どうやら、心配されるほど表情に疲れが出ていたらしい。


「いいえ、大丈夫よ。それよりロビンは?」


「分かりませんが、探偵さんの話では別室に待機している、と」


 先日の死んだエド兄さん。そして、今日遺体となって見つかったイラーミともあの子は仲が良かった。


 ロビンは強く育ったけれど、まだ子供だ。もしかしたら、あの二人の死に気を病んでいるのかもしれない。


 コホン、と咳払いが聞こえた。


「では、皆様おそろいのようですので、お話させていただきましょうか」


 よく通る声が、部屋の雑談をかき消した。


この部屋の視線がその音の主、そしてこの場に屋敷の人間を集めた張本人である、探偵へと集まっていた。


「探偵さん、まず初めに君が何を話すのか、それを聞きたい」


 誰もかれもが視線を探偵に寄せる中で、父が問うた。


 それは当然の疑問で、そして、探偵もおそらくは最初に口にするつもりだったことだろう。


「エドワード=アーキライト氏とイラーミ=トゥクオール氏、その両名の死の真実です」


 探偵が口にした瞬間、皆の視線が鋭くなった、と感じた。


 たった二日。彼はそれだけで答えに至ったのか、という疑問。


 少なくとも、父の視線は射抜くように探偵をにらみつけていた。


「――ずいぶんと威勢がいい。だが、この場でそれを口にすることがどういうことか、わかっているね」


「もちろん。偽りか、侮辱であると受け取られればこの首を跳ねても結構」


 いくらロビンの友人とはいえ、偽りの殺人の罪を着せれば死は免れない。それを意味した父の忠告であり、探偵はそれを理解したうえでこの場に立っている。


「真実を話す限りそのような真似はされないだろう、とアーキライト家の血脈を信じてはいますがね」


 探偵の挑発するような口ぶりに、父は薄く笑った。


「君はやはり面白い。いいだろう、どんな類の話であれ、君の話が終わるまではその真実とやらを聞かせてもらおう」


「それでは、始まりに私がロビン=アーキライト氏から依頼された件。すなわち、なぜエドワード氏の遺体は首吊り死体にもかかわらず、膝をついていたのか」


 思い出す。そもそも、エド兄さんの死が自殺ではないかもしれない、というところからこの話は始まった。


「遺体には膝を長くついた痕がなかったこと。死因が窒息ではなく頸椎の骨折が原因であろう、という点からも膝をついたままの首吊りで死んだ、とは考えにくい」


 彼は視点をぐるりと回し、私と目が合ったところでその旋回を止めた。


「そこで質問です、ティーナさん」


「なんでしょう」


「彼を殺した犯人は、なぜそのような細工をしたのでしょう」


「さあ、すぐには思いつきません。ごめんなさいね」


 それがすぐにわかるのであれば、そもそも探偵を呼ぶ必要もなく、彼はこの場にはいなかっただろう。


「いえ、仕方がありません。そのままでは、実は私も答えを出せなかったんです」


「……どういう意味ですか」


「前提を違えていた、という話ですよ。そもそも、エドワード氏に細工をする、などという前に彼はすでに死んでいたのだから」


 どういう意味か、一瞬判断がつかなかった。


 しかし、父は理解したようで、なるほど、と相槌を打った。


「つまり、エドワードの死因は自殺だった、と」


 探偵は無言。だが、父はそれで納得いったのか、そうか、と一言だけ。


「では、エドワードについていた痕。自殺とは考えにくい痕の数々はどう説明する?」


 父の質問に、探偵の方が薄く笑った。


「別に、誰の手も加えられていないとは言っていません。エドワード氏の遺体を見た後で、ある人物が手を加えたのです。遺書がなく、死体の死因も奇妙な状態になる様に。となれば、自殺ではないかもしれない、と疑うのは必然でしょう」


「……結局、警察の見解の方が正しかったわけか」


 父が言っているのは、ロビンの言っていた殺人説との比較だろう。


「だが、自殺であろう遺体にわざわざそんな細工を?」


「無論、もう一人に罪を押し付けるためです。イラーミ=トゥクオール氏にね」


「……ほう」


 興味深そうに父は声をあげた。


「筋書きとしては、イラーミ氏が長男のエドワード氏を殺害。その後、その罪に耐え切れなくなったとしてイラーミが自殺した。そうなれば、これ以上二人の死は捜索されることもなく、闇へと消える、といったところでしょうか」


「筋は通るかもしれん。だが、疑問が残る。そんなシナリオを誰が信じるのか、という点もそうだが、なによりも、だ」


「なんでしょう」


「誰がそんなシナリオを立てた。それが問題だろう」


 父の問いに、探偵は悲しげな表情を見せた。


「それは、第一の事件がなぜ起きたか。いいえ、起きたと思ってしまったかを考えればおのずとたどり着く答えです」


 その表情で、わかってしまった。


「一つは、仕込みが存在したから。もう一つは、それをもって殺人かもしれないと言った人間がいたから」


父も同様に、理解してしまったのか、目を見開いていた。


「彼はその狂言を事実にするために、偽りのシナリオを作りあげられる私を呼び出した」


 その名に応える人間は、ここにはいない。


「ロビン=アーキライト。彼が、今回の事件において犯人と呼べる人間でしょう」






 ぎりり、と父の座る車いすが軋む音がした。見れば、その取っ手が父自身によって、見てわかるほどに強く握りしめられていた。


「――イラーミがエドワードを殺す。先ほども言ったが、そんな無茶な話を考えたところで、信じる人間はいない。そんなこと、ロビンにもわかるはずだ」


「あの二人につながりがない、と考えるならそうかもしれません。ですがこちらを」


 探偵は数枚の書類を父に手渡した。


「これは?」


「『雲隠れ』と呼ばれた行方不明事件をご存知ですか」


「このティーチカに住んでいて知らぬ者はそういないだろう。まして、生まれてからここで暮らす私が知らぬはずもない」


「それなら話が早い。『雲隠れ』にエドワード氏が関与……いや。彼が主犯であっただろう、と推測するに至った情報の数々です」


「――――まさか」


 答えた父は、手が震えていた。衰えた体故のものではないだろう。きっと、動揺が体に現れてしまったから、というのは想像がつく。


「犯行日時の彼の移動経路、被害者と連絡が取れなくなった時間と場所。断定するには難しいが、『雲隠れ』が起こり続けた十五年、年に一度起こる犯行の十五件すべてにおいて同様に彼は犯行が可能な場所にいたんです」


「――だが、可能だっただけではないか」


「そして、この書類がエドワード氏とイラーミ氏の部屋から見つかりました。『雲隠れ』に使った計画書とみてもいいでしょう。おそらくは、エドワード氏の犯行の証拠となりうるものをイラーミ氏が処理していたのでしょう」


 受け取った父から、反論は出てこなかった。父もこのティーチカで起こった事件を調べていないはずもない。だからこそ、ロビンに【方位】の魔道具を持たせる、などという対策をしていたのだから。


 だから、父は資料だけで理解できてしまったのかもしれない。探偵の語る言葉が真実であろう、と。


「ですが、探偵さん。あなたの発言は信じがたい」


 その父の後ろ。車いすで移動する父の補佐についていたエイラムが口を開いた。


「情に基づいて、ですか」


「いいえ。『雲隠れ』の凶行を知れば、正義を執行する気持ちも理解はできる」


「……ま、共感できるかはともかく、動機としてなくはないでしょう」


「しかし、それ以上に理にかなっていない」


 エイラムの態度は毅然としていた。


 その態度にか、あるいは理という言葉にか、関心を惹かれたらしく、探偵の眉が吊り上がっていた。


「……その理とは?」


「今イラーミを殺す理由がない。あなたを呼んだこの場で彼を殺せば、その犯行を見破られる可能性は高い。殺人がばれてもいいならそんなシナリオなど作らない。どちらにしてもおかしな話でしょう」


 なるほど、と探偵はうなずく。


「それも前後が逆なんです。私が来てから殺しを決意したのではなく、殺すしかないと決断したからこそ私を呼んだ」


 探偵はカバンから袋を取り出した。その中には、白く小さく薄いモノが入っていた。


「……それは紙の欠片ですか」


「ええ。イラーミ氏が最期に握りしめていた紙片です。これは犯人が奪い去った紙の一部でしょう。では、その紙は何だったのか」


 取り出された指の先ほどの紙片は、もっと大きな紙の一部のように見える。


「死の直前まで握りしめられていたもの。そこから察するに、この紙こそが犯行を決意するに至る証でもあったのでしょう。そして、ここまでの捜査で必要にもかかわらず見つからないものがありました」


「……それは?」


「エドワード氏の遺書です。おそらくは犯人が彼の遺体から他殺に見せかけるときに奪ったもので、イラーミ氏は偶然にも入手してしまったのでしょう」


「…………」


 筋が通っている、と感じたのは私だけではなく、エイラムもそうであったらしい。彼も反論の口を閉ざし、探偵の言葉に聞き入っていた。


「イラーミ氏はその証拠を片手に犯人を脅したか問い詰めたか。彼にとってはそこまでのシナリオが隠されていたことは分からなかったでしょうが、自殺をわざわざ隠ぺいした、なんていうのはどうあれ理にはかなわない」


「そして、脅された犯人は殺害に至った、と」


「ええ」


 エイラムの言葉に、探偵はうなずいた。


「なるほど」


 納得したようにうなずく執事長。


「……どうしてですか」


けれど彼のその姿が不服なのか、私の後ろから震えた声が聞こえてきた。


「坊ちゃまがそんなことをするはずがないでしょう! そんなこと、この家の誰もが知ってるはずです!」


 まるで食って掛かりそうな勢いで、メイドのディアメが探偵に声を浴びせる。


 普段なら無礼だ、としかりつける声もあったろう。けれど、その場にいる誰もが同調していたのか、止める声の一つもない。


「その根拠は?」


「根拠? そんなものが、人を信じるのに必要ですか」


「もちろん。事実だけが、真実につながります」


「――あなたという人は、人に心がないとでも思っているんですか」


 探偵の言葉に煽られたか、隣に立つ彼女は感情をあらわにして一歩を踏み出した。


 これ以上放置すれば、彼女が手でも出しかねない。


「やめなさい、ディアメ」


「お嬢様」


 憤然としている彼女。弟のようにかわいがっていたロビンを殺人者と言われて彼女も黙っていられないのは分かる。


「……あまり、心などというものを推理に持ち込みたくはありませんが」


 探偵は証拠としていた紙をしまいながら話す。


「彼が『雲隠れ』の真実を知っていたとして。それに義憤を覚えない人間でしょうか」


「――――――」


「主犯と共謀者はともにアーキライト家の庇護を受けている。彼らに法に基づく罰を与えるのは難しい。であれば、己がやるしかない、と彼が決断することに貴女は違和感がありますか」


 私には、ありえないこととは思えなかった。


 正義に篤いあの子が。


 義に燃えるその姿を、否定はできなかった。


「そんな、そんなことって」


 ディアメは膝をついてしまった。彼女も、私と同じ気持ちを持っていたらしい。


私が支えるべきか、と思ったところで、エイラムが彼女に駆け寄った。


「それに、クリストファー氏の所在の件もあります。クリストファー氏がこの家を継ぐ可能性がない以上、エドワード氏の死によって彼がこの家を継ぐ人間となるのは明らか。彼を功利主義と思いたくはありませんが、その手の動機もあったかもしれませんね」


「そうか、君はそこまで知ってしまったか」


 うつむいたままの父が、小さくつぶやいたのが聞こえた。


「クリストファー氏の件については、私も少々知りたいことが残っています。よろしければ後程お話をお聞かせ願えませんか」


「……ああ、いいとも。君の知りたいことを知れるかは分からないがね」


 父の言葉を最後に、今のこの部屋には探偵に言葉を述べることのできる人間はいなくなった。すでに、彼の語った言葉の方が真実ではないか、と思う人間が多い証左だろう。


「私もよろしいかしら」


 最後に、私も。彼の説に異を唱えられるわけではないが、聞きたいことがある。


「どうぞ」


「あの子は、ロビンは何と言っていますか」


「肯定も否定もなく、無言です。彼が否定してくれるならその痕跡を探すくらいの努力はしますが、何も言わないのであればどうしようもない」


「……そうですか」


 探偵の表情は変わらない。ただ、声だけでもその悲し気な思いは感じ取れた。


 彼もまた、あの子の友人だからこそか。


「ほかに、ご質問は?」


「……そうね、あの子は今どこにいるのかしら」


「この屋敷の書庫に。あそこは外から鍵が掛けられますし、独房代わりにちょうどいいですから」


 あの子は本が好きだった。最後と思って本を読みふけているかもしれない。


「ありがとう。その書庫に行くくらいはかまわないでしょう?」


「私に止める権利はありません。どうぞご自由に。彼に会えるかは分かりませんが」


 意味深な言葉を残して、探偵はこの部屋を後にした。


 彼がどこに行くつもりか分からない。ただ、私もロビンの話を聞きたいと思っていたのだから、話し手の彼がいなくなったのはありがたい。


「エイラム。みんなをお願い」


 それだけ言い残して、私もこの部屋を後にした。


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