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第十三話:門番(仮)

「――まったく。節穴にもほどがあった。イラーミ氏は犯行にかかわる余裕はないと思っていたんだけどね」


 屋敷の外、探偵のつぶやきを聞きながら森を歩く。


「いえ、イラーミはここしばらくめったに門を離れなかったので、僕も考えから抜けていました」


「ここしばらく、というと以前は離れることもあったのかい」


「昔は僕の魔術の講義のために、あるいは倉庫の改築のためにもこの小屋を離れることはときどきありました。そのときは別のメイドや執事に門番を任せていました。ここの門番の仕事自体はそう難しくありませんから」


 極端な話、客人が来ない夜に限れば寝ていても構わない。体裁として、あるいは緊急の要件を持った人間が来た時のために門の前で用を受け持つのが門番だ。


「つまり、イラーミ氏が誰かに門番を代わり、倉庫に行くこと自体は十分に可能だったわけだ」


「……すみません」


 こころなしか、探偵の脚がすこしだけ早まったような気がした。


「いいや、君が謝ることじゃあない。少なくとも、先入観のない私は考慮に入れねばならないことだった」


 ただ、言葉のうちに感じたのは焦っている、というよりは苛立ちの様なものだった。


「先生、そんなにも盲点でしたか」


「まあ、盲点というのもあるのだけど、あまりにもピタリと一致するだろう」


「何とですか?」


「執事のエイラム氏のあの口の堅さだよ。その理由がイラーミ氏と考えるなら、合点がいく」


 エイラムが口をつぐんでいたのはみるだけでも決定的になりかねない証拠があるから、というのが探偵の仮説だった。


「門番を務めているはずのイラーミを、事件の次の日に見掛けてしまった、ということですか」


「そう考えるのが自然だろう、ということさ」






 白く大きな門は、星空の下でもその色を夜に映していた。


「イラーミ、いるんでしょう」


 僕が声をかけると、外の物置小屋からがたがたと音が聞こえてきた。


 いつもどおり、と思ったのだけど、小屋と家の中を通じる小窓から出てきた人物は予想していたのとは別人だった。


「残念ながらイラーミくんは不在につき、このフーリエルが御用を仕っておりますっ」


 長い髪を揺らしながら、不慣れな敬礼をして顔をのぞかせる少女が一人。


 先ほど居間の前で見かけた、フーリエルの姿がそこにあった。


「……なぜフーリエルが門番を?」


「イラーミくんに頼みごとをしにきたところ、その対価として門番を代わってくれ、などと言われてしまいましてっ」


 別にその行動自体は咎める点はない。フーリエルの勤務時間はもう終わっているはずだし、自由時間に何をしようと勝手ではある。


「フーリエルさん、少し質問させていただいても?」


 ただし、それは通常の業務において。今回の事件にイラーミがかかわっているのなら、彼がどこにいるのか、何をしているのか。それを問いただす必要がある。


「それは構わないんですけど、少し困りごとが」


 しょんぼりした様子のフーリエル。


「フーリエルが元気のないようすを見せるとは珍しい。何か悩み事でも?」


「……それが、甘いものが足りないんです! 分けてくださいっ」


 ……主人と客にそれを頼むんじゃない、と口にしても聞いてはくれないんだろうな。そう思うとため息が漏れた。


「ちょうど持ち合わせがあります。こちらでよければどうぞ」


 探偵が差し出したのは、小さな包装。フーリエルは慎重にその包みをつまむと、おっかなびっくりと言った調子でその中身を開いた。


 中には、茶色い正方形の物体がいくつか転がっていた。


「……これ、チョコレートですか?」


 フーリエルの問いに、探偵はうむ、とうなずいた。


「ご名答。最近グランブルトでも流行っていてね。甘いものには目がない物で、つい買ってしまったんです」


「……食べてもいいんです?」


「もちろん。そのために渡したんですから」


 二本の指でつままれたチョコレートは、フーリエルの口の中に消えた。


「んー、すばらしいっ。普段はイラーミくんに作ってもらっているんですが、負けず劣らずですねっ」


 その花の咲いたような表情からすれば、どれだけ美味だったかは見当もつく。


「この見張り小屋、キッチンでもあるんですか?」


 探偵の問いにフーリエルは二度うなずいた。


「キッチンどころか、生活空間として必要なものはだいたいありますよっ」


「へぇ、おもしろいものだ」


 記憶の限りでは魔術灯、トイレに寝室まで完備されている。この一室だけで一日を過ごすのはそう難しいことでもない。


「ところで、このチョコ、ロビン君も一つどう?」


「夕食を食べたばかりですし遠慮しておきます。それにもう僕の分は消えてしまったようですよ」


 おや、と向き直った探偵の視線の先には、空になった包装紙のみ。上に乗っていたチョコレートはすべてフーリエルに吸収されていた。


 はしたない、と咎めるべきなんだろうけど、そもそも客人に甘味をねだっている時点でメイドとしても淑女としても落第である。


「すばらしき甘味でした、感謝します、探偵さんっ」


 それに、フーリエルの蛮行はこの朗らかな笑顔を見ると大概の人間は許してしまう。それは探偵も変わりないらしく、困ったように笑っていた。


「……ま、お嬢さんが元気になってよかった。対価と言ってはなんだけど、お話を聞いても?」


 その口調もどこか、先ほどよりも優しげなものに変化していた。


「いえす、好きにお聞きくださいっ」


 糖分の補給がそこまで重要だったのか、フーリエルの顔にもハリが戻ってきたような気がする。


「では、イラーミ氏は今どこでなにをしてる?」


「書庫に行く、と言っていました」


 普段であれば大したものではない、と咎めるどころか記憶にすら残さないだろう。ただし、彼が犯人であるのなら。


「……証拠を消しに行った可能性もある、か」


「書庫に行ってみますか?」


 探偵は横目でこちらを見ると、首を横に振った。


「本当に書庫に行ったかもわからないし、急いだところで間に合わないだろう。後回しでいいさ」


 彼の視線がフーリエルへ戻る。


「それで、フーリエルさん。イラーミさんと門番を交代した、ということだけど、それはいつものこと?」


「ううん、坊ちゃまが魔術の講座をイラーミくんから受けなくなってからはほとんどありませんでした。彼は本だけ読めればよい、という人間なので。私が払う対価も大概はアーキライト邸の本を持ってきてくれ、というものでしたし」


 視界を見張り小屋に向けてみれば、いくつもの本が積み重なっている。そのほとんどのタイトルは僕が目を通したことがある物である。


「でも今日は別のものを要求された、と」


「今日の対価は門番の代役なのでしたっ」


「……ちなみに、以前にも門番の代わりを務めてほしい、と言われた経験は?」


「ちょうど四日前に一晩代わってくれ、と言われましたっ。その時も、自分で本を選びたい、なんて理由だった気がしますっ」


 四日前、と言えば事件発生の夜。


「――なるほど、貴重な情報をありがとう」


 探偵は笑みを浮かべていた。その理由はイラーミが事件にかかわっていたという確信を得たためだろう、というのは容易に想像できた。


「いえいえ。でも、わざわざイラーミくんの動向を聞く、ってことは彼を疑っているということですか?」


「ええ、まあ。あくまで容疑者の一人だけどね」


 探偵の包み隠さない返答に、フーリエルが腕を組みながら小さな唸り声を上げた。


「イラーミくんとは長い付き合いですけど、彼はそんなことをするとは思えないんですけどねぇ」


 人は時に、表面上からは考えられない手段をとる。


 その瞬間を以前にも見たことがある。そんなことをするとは思えない、という言葉も信用はしてはいけないのだと知ってしまった。


「その理由をお聞きしてもいいかな?」


 けれど、探偵はその不確かな心理の根拠を尋ねようとした。


「うーん、なんとなくですっ」


「……そうか」


 フーリエルから得られた情報は、ほぼゼロ。あるいは、確かな根拠を語られたところでイラーミが犯人かどうか、という情報の助けにもならないだろうに。


「ま、それはそうと、ちょいと興味本位の質問を一つ」


「どうぞ、なんでもござれっ」


「イラーミ氏とは長い付き合い、ということですが、何年ほど?」


 彼女は頭に手を当てて、しばし考える姿勢をとった。


「さあ、イラーミくんがここに来てからですから……十年くらい?」


「イラーミ氏の年齢が二十代後半と考えると、彼は二十歳になる前にすっぱ抜かれた、と。実に優秀な……うん?」


 探偵は何かに気づいたのか、疑問の声をあげた。その視線は、射抜くようにフーリエルを見つめていた。


「どうしました、探偵さんっ」


「……いえ、彼がこの館に来てから十年、ということは、あなたはそれよりも前にこの館にいた、ということですよね」


「そうですよっ」


「……なら、あなたは何年ほどこの館に勤めているんですか?」


 うーん、と顎に手を当ててフーリエルは宙に視線を泳がせる。


「…………120年くらい?」


「――――え?」


 探偵は引きつった笑いを浮かべながら一歩たじろいだ。うろたえて声も出ない、といった様子の彼。


「いや……え?」


 驚きか、あるいは戸惑いか。なんにせよ、彼は二の句を継げないでいた。


「先生、事件に関してフーリエルに聞きたいことはありますか?」


「いや、それはないけど。しかしね」


 多分、フーリエルのことが気になるんだろうけど、彼女自身の噂話は本人の前で無暗に話すことでもない。


「なら行きましょう。フーリエルも夜分に失礼しました」


 いえいえ、と言いつつ手を振ってくるフーリエル。


 立ち尽くしている探偵を引き連れつつ、門を後にした。






「…………結局、どういうことなんだ」


 どうも探偵はフーリエルの言葉が頭から離れないらしい。


 そういえば、彼は長寿の民を知らないところから来たんだったか。もしかしたら、その実物は初めて見たのかもしれない。


「僕からも付け加えておくと、フーリエルは少なくとも五代前のアーキライト家の家長には勤めている、という記録が残っています」


 その前からも務めていたかもしれないが、使用人一人一人の記録などそこまで詳細なものは残っていなかった。


「……嘘だろ」


 探偵の口から漏れた声は驚愕に満ちていた。


「だって、彼女。ただのお嬢さんにしか見えないじゃないか」


 なぜか小声で話しかけてきた探偵に耳を傾けつつ、フーリエルの容姿を思い出す。


 実際、人間でカウントするなら20歳いくかいかないか。というぐらいだろう。


「フーリエルはロウの民と呼ばれる一族の一人です」


「ロウの民?」


 初めて聞いた、と言わんばかりに探偵は聞き返してきた。長寿の民族を知らないのなら、彼らを知らないのも当然か。


「ロウの民は千年の時を生きる、とも言われる長寿の民族です。実際のところは同一個体を千年もの間人間が認識し続けた例がないので噂止まりですが、百年二百年程度なら人間社会でもまれに見かけますよ」


「……それにしたって、若すぎる。身体的特徴はともかく、性格が若すぎるだろう」


 探偵の疑問はもっともである。多分、僕もフーリエルがロウの民であることを知らなかったのなら、同じような疑問を抱くと思う。


 実際、フーリエル以外のロウの民は達観したような性格の持ち主で、落ち着いた者たちばかりである。食事も不要であるから、森の中でひっそりと生き、森と共に死す者たちもいるとか。


「フーリエルはロウの民でも特殊なんです。十年か二十年くらいで、性格を切り捨てているとか。……記憶を魔術で封印している、と言った方が正しいかもしれませんが」


「どういう意味だい、それ」


「彼女は生まれも育ちも人間社会なのですが、長すぎる人生で達観しすぎるためか、百年くらいしたときに社会での生活に馴染めなくなってしまったんだとか。若い少女の見た目で老婆の様な価値観をしていると、気味悪がられた、という話です」


「……大衆は世論に迎合する。一般的でない人間を排他しようとするのは察しが付くね」


 探偵も若いとはいえ、僕よりも社会で年月は長いはずだ。彼なりに思うところもあるらしい。


「ならば、肉体の方に精神年齢を合わせればよい、ということで今までの自分の記憶を切って捨てたんだそうです。結果、若い性格を獲得し、周囲にもなじめるようになったとか」


「その成功経験から定期的に性格をリセットするようになったわけか」


「切り捨てた経験も知識としてはあるようですけどね」


 ゆえに、昔の記録よりも、彼女が記憶していることの方が過去の歴史を探るうえで重要な資料になることもある。アーキライト家の伝承なんかも、彼女だけが知っていることもあるかもしれない。


「……しかし、記憶を捨てるとは。ずいぶんと無茶なことを考えるものだね、以前のフーリエルさんも」


「彼女にとっては、永い時を生きるための手段でしかなく、無茶なことと思うことはないのかもしれません」


 ふうん、と探偵はつぶやいた。そこには同情も感化もなく、ただの相槌だけがあった。実際のところ、永い年月を生きた彼女の気持ちなどわかる由もないのだから、何の感情も抱けないのが普通だろう。


「しかし、記憶を消すという魔術は少し気になる。どんな魔術を使うんだい」


「【切断(ティウク)】の魔術で記憶のつながりを切り離すんだとか。百年もの記憶を切り捨てる感覚、というのは想像すら絶しますが」


「その【切断】での記憶の切り捨て、っていうのは他人にもできる?」


「……それは、目撃者の記憶を消すということですか」


「もしもそれができるんなら、犯人くんがエイラム氏の記憶を消すんじゃないか、と思ってね」


 この場で言う犯人、というのはイラーミのことだろう。


「それは不可能でしょう」


「断言するあたり、確かな根拠があるとみた」


 探偵の予想は正しい。これは、僕の推測ではなく純然たる事実でしかないからだ。


「倉庫にいるときも話しましたが、魔術師には魔力を生存に利用してしまう本能がある。そして、この世界に生きる『循環』を持つ生物は微弱であれ魔力を持ちます」


「魔力がほとんどない、といわれた私でも最低限の【伝達】魔術は使えるしね」


「そして、その微弱な魔力で最優先に守られているのが魂と脳です。この二つを改ざんするのはどれだけ人間が無防備であっても、他者には基本的には不可能と言ってもいいでしょう」


 信頼しきった相手からの行いであればそんな記憶の切断も可能かもしれないが、そんな相手の記憶をいじくり回すメリットもない。


「ちなみに、基本を無視すれば可能なのかい」


「人格ごと『破壊』してしまえば、あるいは可能かもしれませんが。人形のようになるか、廃人になるか、狂人になるか。考えるまでもなく、日常生活を送れる社会性は消え去るでしょうね」


 過去の例からして、血に飢えた亡者や、死を恐れぬ兵士を作り出すことはできたらしいが、都合よく他人の記憶を切り取るなんて器用な実験例は存在しない。


 探偵は小さくため息をついた。


「……こうも手掛かりがないと、イラーミ氏が一体何をしているのかを予想するのは少し難しい。となれば、今日の選択肢は残すは一つだろう」


「一つ、ですか」


「ああ。時間も時間だ。明日のために眠るべきだろうさ」


 探偵の言葉を聞いて腕時計に目を向ける。


 時刻は23時。明日のことも考えるなら、今から寝ても早すぎることはない時間だった。


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