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第十二話:盲点

「――――ふむ、もうこんな時間か」


 たいして時間は経っていないと思っていたけど、時計を見ればすでに22時を過ぎていた。


 夕食より一時間ほどで、十二分に腹ごなしもすんだところである。


「そろそろ姉さんのところに行きましょう。待ちくたびれているでしょうから」


「そうだね。夜更かしをさせるわけにもいかない」







 居間の奥に取り付けられたラウンジにて。


 寒々とした夜の庭が窓に映る。


 その手前に、優雅に腰を落ち着けながら、まどろんでいる姉を目撃した。


「ティーナさん。お話よろしいですか」


 姉は探偵の呼びかけに振り向くと、穏やかに微笑んだ。






 使用人が持ってきた紅茶を一口飲むと、姉は口を開いた。


「……事件当日の話、ですか。さあ、正直なところあまり覚えていません。その日は確か、エティーニ大戦の資料の検分で一日を費やしていましたから」


「資料の検分、というのは具体的には?」


 探偵の問いに姉は口元を抑えながら答えを探る。


「簡単に言えば真贋を見分けるのが一番。それと、面白そうな話があれば、物語のアクセントに使うために話のストックとして用意しておく、ということもするかしら。これでも作家として生きるための努力はしているのよ?」


「なるほど、働かざる者食うべからず、の原則はこちらでも存在しているようですね」


 アーキライト家の直系ではない人間には、僕や兄のように領地を与えられていない。別にただ住んでいても文句を言う人間はいないのだけど、働き口として作家という形をとったのがティーナ姉さんである。


「……そういえば、ティーナさんにお聞きしたいことがあります」


「あら、私に答えられることならどうぞ」


 ことり、とカップをソーサーに置くと、姉はその佇まいを直し、探偵の言葉を聞く態勢を戻した。


「いえ、なんてことはないのですが。この辺りで起きた大きな事件についてご存じありませんか」


「エドワード兄さまの死以外にも、ですか」


「私はグランブルトの方ならともかく、ティーチカの話にとんと疎く。作家であるティーナさんなら話のネタ作りにでも情報を集めているのではないか、と思いまして」


 探偵の問いに、姉は視線を宙に浮かせながらわずかに唸る。


「ううん、私は五年くらい前にこちらに来たばかり。なので、そもそもティーチカの実情に根を張れるほど詳しくはありません」


「噂話程度でも構わないのですが、なにかご存じありませんか?」


「……どうかしら、そんなのあったかしら」


 探偵の意図するところは読めないが、困り顔の姉に助け舟を出すくらいはいいだろう。


「このあたりで有名な事件、と言えば一つ思い当たるものがあります」


「なんだい、それ」


 ぎぃ、と椅子を軋ませながら探偵は僕の方に振り向いてきた。


「近年、ここ十年くらいでしょうか。ティーチカ近郊の貴族が行方不明になる、という事件が時折ありまして」


 ああ、と姉が思い出したような声をあげた。


「『雲隠れ』のことかしら」


「そうです。一年に一人か二人くらいですが、必ずと言っていいほど雲と霧の濃いところで起きる現象であることから、雲隠れ、あるいは霧隠れなんて呼び名で呼称されている事件です」


 探偵はほう、と感心したような声をあげた。


「その雲隠れ、何か特異な点は他にもないかな」


「……どこまで真実かは分かりませんが、この『雲隠れ』によって行方不明になった人物は二度と戻ってこないとか。その遺骨すらも」


 彼はふんふん、と数度うなずいた。


「……やっぱりこちらでも有名なんだな」


 ぼそりとつぶやかれた探偵の言葉には少し違和感がある。


「やっぱり、って。先生は知っていることを聞こうとしたんですか」


「いや、念のための確認というやつさ。それより、その雲隠れとかいうやつ、ロビン君も標的になりうるだろう。呑気にしてると危ないんじゃないか」


 ごまかすような口ぶりではあるものの、まじめな顔で探偵は心配してくれているらしい。


 ただ、その気配りも無用なものである。


「ご心配なく。そも簡単に悪漢に負けるほど魔術の研鑽は怠ってませんし、僕が行方不明になっても【方位(ノイト)】の魔術での探知が可能なように特製の魔石を常に携帯してますから」


 上着を広げて、内側についた今も赤く光っている魔石を見せる。【方位】の魔術を使い、対応する魔石の波長を知っていれば、僕の居所はどこからでも探し出すことができるだろう。


「GPSみたいなものか。備えは……こちらでは何という格言だっけ」


「万事への治療薬、です。それに、いつもはエイラムが護衛についています。人気の少ないところに行くときなんかは、いつも彼に護衛してもらってますよ」


 僕の回答に探偵はほう、と感心したような声を出した。


「彼、そんなに頼りになるのかい」


「エイラムはかつて王城に勤めていた騎士の一人です。その剣の腕前は魔術なしでも熊くらいなら切り伏せるほどです」


「……それはもはや頼もしい以上に、恐ろしいという領域だね」


 げんなりとした表情の探偵をみて、姉はくすりと笑った。


「彼がこの屋敷の使用人の長を務めているのもその強さと義理堅さを評価してのものなのよ」


「まあ、確かに彼は実にカタい。堅いというよりも硬い。石のような方でした」


 探偵の顔はさらにしわが寄る。


「そんなにエイラムが苦手ですか」


「苦手、というか敵わない、と言うべきかな。彼も彼で私の様な口八丁の手合いはあまり好まないだろう」


 今日のエイラムは妙に張りつめていた。普段の彼を見ればもう少し印象も変わるんじゃないかとも思うが、探偵がそんな彼の姿を見るまでこの屋敷に滞在することはないだろう。


「それで、探偵さんは『雲隠れ』にご興味があるんですか?」


「いやあ、それほどでもありませんがね」


「ふふふ、知らないふりをしながら実に回りくどい聞き方をしておいて、それは通りませんことよ」


「……いやあ、まったく。そういうことにしておいてください」


 探偵があきらめたようにため息をつくと、姉の小さな笑い声が再度聞こえてきた。


……ずいぶんと楽しそうで何よりである。


「でも、そうね。『雲隠れ』に興味があるならイラーミに話を聞いてみたらどうかしら」


「イラーミくんに? 彼、そういった事件に詳しいのですか」


「詳しいところは分からないけど、『雲隠れ』の資料を探すため、と言って倉庫の鍵を開けているのを見たことがあるの。もしかしたら何か知っているかもしれないわ」


 姉の言葉に、どこか違和感を覚えた。


「……質問よろしいですか? 倉庫、というのは森の中にあるあの倉庫ですか?」


 それが形になる前に、探偵が姉に問いかける。


「ええ、この家の鍵までかけた倉庫と言えばあそこしかありませんよ」


「その鍵、誰かが貸し出したりした、ということでしょうか」


「いいえ、まさか。そもそも、あの倉庫の鍵を作り直したのはイラーミです。彼なら鍵なんてなくても開けられますよ」


「イラーミくん、いえ、イラーミ氏は門番、ということではありませんでしたか」


 彼はイラーミの呼び方を切り替えた。彼にとって、それは対象の属性をも切り替える物なのだろうか。つまり、イラーミを容疑者の一人として考えることにしたのだろう。


「ほとんどはあそこで見張り番をしていますけど、時折自身の用事があるときは誰かが代わっていますよ」


「……なるほど」


 探偵は小さく息をつくと、手帳を取り出しつつこちらに目線を向けてきた。


「ロビン君、確か、あの倉庫は鍵を使わずに侵入するのは難しく、万が一できてもイラーミ氏ならその侵入があったことを判別はできる。そうだね」


「そうです。そして、イラーミの証言ではそんな侵入者は存在しなかった、ということでした」


「……しかし、その証言も侵入者がイラーミ氏自身であったのなら破綻する」


 椅子の脚と床がこすれ合う音をたてながら探偵は立ち上がった。


「急用ができました。ティーナさん、申し訳ありませんが、話の続きはまた後日にでも」


「……残念ね。でも、次の楽しみができた、と考えましょう」


 姉は眉尻を下げながらも、探偵に笑みを見せた。






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